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ハレトケ  作者: 鞘塚菊丸
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第十話

「あー死んじゃったかぁ」


 例の国にて一人、いや一神がポツリと呟いた。どこを見ているのかは定かではないが一神の付近に小さな子供が二人、その神の話す言葉など知らぬといった顔で片方がもう片方を愛でるように頭を撫でていた。一神は指先を一つの国に向けて指すとにんまりと笑った。


「特別だからね」


 同刻。漁とセイ、コーマツの無数の穴の空いた亡骸を目の当たりにしたダングライの兵士たちは身じろぎをした。誰かの「ひ」という声を合図に多くの兵士たちがテントの中から出ていった。残ったのは細身の男とコーマツたち調理師を嘲笑うものもののみだった。

 その中で唯一マムシは足を前に出した。


(こんなにあっけなくやられるものなのか)


 肉、と言い表したいそれはマムシにとっては実習の授業や留学中で見た侵入者の成れの果てと変わらなかった。かすかにピクピクと動いている小指の爪も肉の飾りにしかならない。マムシはこの時、なぜか使命を与えられたような気がした。この三人を解体するという使命である。穴の隙間から見える肉の中身はなんとも子供には見せられないがそのさらに奥には何があるのだろうという好奇心ときっと解体したことによるその好奇心の満たした先の未来を期待した。

 

「そんなに、人が死ぬのが好きなのカ。お前達ハ」


 死体を笑うものが何をいうのか。マムシはダングライの兵士たちをきっと睨む、と昔のマムシだったらその選択をしていただろう。


(どうして故郷に帰りたいと思ったのだろう)


 マムシはほう、と息を漏らすと腕から一本の温度計を出した。


「何をするキだ」

「なぁに、死体は本当に冷たいのかなって確かめるだけサ」


 マムシは温度計をコーマツの排泄欲の溜まり場となるそこにさそうとする。しかしその前に一度コーマツ、漁、セイの体に触れる。想像通りに冷たい。


「おぉ、血も涙も通ってなさそうな奴ほどやっぱり体温は低いのカ」

 

 マムシは一人、微笑う。


「おい、死んだのなら死体はこちらによこせ。処分をすル」

「あぁ、わかった」

「敵軍はきっと火薬の補充を今頃している、逃げるなら今がチャンスだ。急げ」

「うーん」


 マムシは体温計を袖に戻すと鞘の回す向きを変えて体温計の針を鋭く光らせると、その兵士に向かって鋭く刺した。それと同時に大量の血が体温計の測りになる場所へ兵士の体から針へ伝わり、溜まっていった。兵士は血の気が引いたのか体温計を力一杯体から離させるとマムシに向けて針を向けて投げた。マムシは危ないな、と思いながらも針が手を貫通してもそれを受け止めた。


「お前、やっぱりダングライの兵士ではないな」


 受け止めた指の隙間から見える目はどこか冷たかった。兵士の表情は固まる。当たり前の反応である。兵士はダングライで生まれ育ち、ダングライの作物を食べて、ダングライの芝生の上で昼寝をするような、そんな人物なのだ。ダングライの兵士は心外だと吐き捨てるかのように言えば細身の男の胸に筒のようなものを当て、小さな風穴を開けた。

 とても乾いた音だった。


「残念だが俺は正真正銘のダングライのものだ、証拠に義務教育で受けたダングライの心得を読み上げてもいいぞ」


 ダングライの言語でマムシに語りかける兵士と体から風が通る音を出す細身の男を交互に見てはマムシは後ろにたじろいだ。

 

「お前、今、人を、殺したって、しかも、お前の上司……」

「上司?」


 兵士はわかりやすくあたりを見渡す。そしてはっと鼻で笑うとテントの外を指差した。


「俺の上司は今ごろ山の中で野宿中さ」


____そういうことか。


 マムシは理解した。

 腹の底から沸々とやかんの沸騰する音がなる。一度自身の腹に体温計を指してみたいものだ。きっと熱くて熱くてしょうがないのだろう。

 マムシの目の前には鎧を着た若い兵士。血管が浮き出る美しい筋肉、顔はそこそこであるものの清潔感はある。


(筋肉よし、血色良し、清潔感よし、年齢良し、骨の強度も問題ないだろう。唇もそこまで厚くなく鼻は平均より少し低め……)


 マムシは兵士の分析を始めると自分の腹の底にしまってあるやかんの正体に気づいてしまった。

 マムシはほんのりと頬を赤らめると今度は本物の体温計を懐から取り出したのだった。


 その頃、ハルケは一人荒野へ檻であったあの入れ物から解放されていた。


(風を切る音がしたと思ったら小さな丸いものにカンテラがぶつかって割れたんだよな)


 ハルケもまた敵国の武器による被害者だった。ハルケは数秒前の出来事を思い出す。

 まだ話は終わらないのかと考えてみれば風が切れる音が近づいてはカンテラを粉々のガラスの破片と化してその破片がハルケの火の体に触れた瞬間に一周んでどろりと桃の果実のように溶けていった。しばらくハルケはその光景に呆然としていたが布でできた簡易性の野宿部屋からの悲鳴で誰かが死んだと思われる音を聞いたことで我に帰った。カンテラという牢獄にいたおかげかあたりが改めてハルケにとっとは新鮮な外として認識が持てた。

 今、ハルケは異国の地の地面に立っているのだ。

 本来なら新しい発見を求めてその場から逃げるのが先だと多くの物語では主人公たちはそうするであろう。

 しかしハルケはいつかに読んだ絵巻の主人公たちとは違う自分の境遇から何も動けずにいた。


(硝子って味がしないんだな……)


 それはハルケが火だからこその感想なのか、または舌がないから言えることなのか、ハルケは地面に座ってそんなことを考えていた。遠くを見つめればマムシが言っていた山から小さな灯火が見える。


(もう、敵がここまで来たのか……)


 これは知らせたほうがいいことなのだろうか。

 そう疑問に持つもハルケを若い兵士横切っては大声でテントの中へ入ったのを見てまた深く座った。

 

(正直、敵国のことなんてどうでもいいんだけどな)


 ハルケは自分のことしか考えていなかった。血まみれの服を着ている兵士たちを見てよくそんな姿でいられるなと思うし、よくそんな血眼となって食べ物を奪い合えるんだろうと考えていた。

 

(食べ物が欲しかったら自分の国の神様にお願いして食べ物を恵んでもらえばいいのに)


 ハルケはまだ子供であった。子供だからこそ子供らしい思考しかできなかった。

 ハルケはまだ、戦争というものを、兵士が血まみれになって戦う理由も知らない。


『君はまだまだ、子供だねぇ』


 誰かがハルケの耳元で囁いた。耳が何のに誰かに語りかけられた、そんな気がした。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 テントの中から叫び声がする。テントの明かりによってうっすら映る影からは誰かが誰かを小さな刃物で突いている。そんな構図が写っていた。


(面倒事になりそう)


 ハルケは身震いをした。面倒ごとにまきこまれるとハルケの生存率は一気に下がるだろう。ハルケは息を殺し、その場にしゃがみ込んで静かに震えた。


「おい、誰だ放火したのは」


 しかし、ハルケの「面倒事」という推測はただしかったのか近づく足音とともにナニカを引きづり回る音もついてきた。


「ちょうどいい、ここにある死体一つを燃やしてしまおう。いい研究材料となあるはずだ」


 ハルケは火として見つかってしまった。

 火に意思があるとは思えないのだろう。当たり前だ。

 男は一人の男の死体を手に取る。


「ん、こいつのつけてる装飾品全部金でできてるじゃねぇか。いいところの坊ちゃんかどっかの看板だったってところか。けっ、戦場に洒落たもん持ってきてんじゃねぇよ」


 ハルケから見る男、それはまさに外国人の鼻の穴が見える角度から見る悪人の顔だった。人の見たことのない顔である。

 ハルケの国では確かに盗みはあったもののこの顔をするほどのものではなく、そんな装飾品を盗むほどの可愛らしい窃盗はなかった。そもそも一番価値の高い食べ物に手を出せば神である君主から直々にそれが起きた村全体に天罰を下すというものだからそんなことはなかった。あったとしたら少しいい材料で作った箸や食器を奪うぐらいであった。盗んだとしてもあの男のような顔はしていなかった。

 ハルケはここで悟る。


(こいつ、人間じゃないんだ)


 ハルケの心の霧が晴れたような気がした。

 よくみれば悪人顔の男はハルケたちを散々煽ってきたあの男ではないか。加えて食べ物を粗末にした愚かな男だ。神からの天罰が直々に来るはずもないような、人間ではないのだ。


(そうか、そうか、そうか、そうか)


 ハルケは火である。

 そのため顔がない。

 表情がない。

 だが愚かな男を前にしたら話は変わってきた。沸々と火の温度が高くなっていくのがわかる。


「ば、化け物!」


 男が叫ぶ。しかしハルケからすれば獣がキャンキャンと吠えているだけで、同じ言語を喋っていないのだから治されそれに見えた。男は装飾品を大事そうにポケットの中にしまうと剣を抜き出し、構えを取った。ふと、ハルケの視線が男の片手にいく。剣とは反対の手に一人の男が横たわっていた。

 

(なぜ、人を殺すのだろう)


 死体のように倒れ、びくともしない男には無数の穴が空いてある。みれば後ろにも髪を引きちぎられた女や目玉をくり抜かれたのであろう男と右足を切断された首輪をつけた男がハルケの家族だったものと同じ白い制服を身に纏ってどろりとしたもので赤く染められていた。

 

 白に、よく赤が映えている。


(___気持ち悪いな)


 ハルケはもう一度男が燃やそうとしていた風穴の空いた男を見た。

 前髪を中心で分けて少しカタコトに喋る男だった。

 無様な格好で目を開けながら血を流していた。


(本当に、気持ち悪い)


 ハルケの火がまたゆらゆらと揺れ、ハルケは目の前の久しぶりの食事に涎が垂れる感覚を覚えたのだった。

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