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ハレトケ  作者: 鞘塚菊丸
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第一話

初投稿です。


(__生き物の死骸ってこんなに気持ち悪いんだ)


「おい、ハルケ、何してんだ」


 ハルケ、と呼ばれて振り返った少年は自身の兄が近寄って来ると指で地面を指した。


「うわっ、なんだよこれ」

「死んだ人だよ」


 ハルケは死体を前に腹の虫をならせ、兄の袖を引っ張った。兄は弟に汚い手で触られたのが不快だったのか顔を顰めるも、何も言わない。

 ハルケは恐る恐る聞いてみた。


「これ、食べれないの?」


 ハルケの兄はハルケの頬から乾いた音を出させると今度はハルケの袖を引っ張ってその場から無理やりかのように離れた。

 ハルケの兄からも虫が鳴った。


「に、兄さんも腹が減ってるじゃないか」


 ハルケは赤くはれた頬を手の繋いでいない手で抑えながら言った。


「お前はこの国の御法度を忘れたのか。それとも異国人にとうとう魂まで買われたのか」

「そ、そんなんじゃないよ」

「この国では人を食うことは殺人よりも重い罪なんだ。そうそう口に出すな」

「は、はい」


 ハルケの兄はハルケを海に連れ出した。どこまでも広く、透き通った青い海には魚が泳いでいる。


「今日は腹一杯食えそうだぞ、ハルケ」


 にかっと白い歯を輝かせて笑うハルケの兄はそれはそれは魚の骨などきっと挟まることもなく、行儀良く食べるような品のよい男にしか見えなかった。ハルケはそんな良い男からなる虫の音に気づかないふりをして魚を釣る準備を始める。


「にしても最近はそこらへんの葉っぱでしのいでいたのにどうして今日になって魚を釣ろうって考えたの?」

「俺は目がいいからな。家の窓から巨大な鯨が見えたから一か八かを狙おうかな、と。釣れなかったら今日も草祭りだ」


(それは嫌だな)


 ハルケは苦笑しつつ、釣竿に目をやる。まだ、魚は釣れなさそうだ。

 その時、ハルケの兄の釣竿がピンっと張った。


「お、こりゃ大物だぞ」


 ハルケの兄が釣竿を引くと一匹の小さな魚が釣れた。


「よっし、どんどん釣るぞ」


 そこから海の色が夕暮れ色に染まるまで粘ったが二人の間に成果は出なかった。


「兄さん、もう帰ろうよ」

「嫌だね、まだ家族分つってないぞ」


 釣った魚の数はあの時と変わらず一匹。

 ハルケの家族は八人だ。今日の夕ご飯がこれ一匹では育ち盛りの子供にとっては足りないだろう。ハルケはそこら辺に生えてる葉っぱを今日も食べることになりそうだと半ば諦めた状態で兄より先に家へ帰る支度を進めた。


(お腹いっぱいになるには、やっぱり____)


 それはこの国において御法度だ。

 兄の言葉を思い出し首を振る。


(そうだ。人はそもそも食べ物じゃないんだ。なんてことを考えてるんだ僕は)


 なんて愚かなやつなんだ、と自信を心の中で叱咤しながらようやく諦めた兄が帰りの支度をし始めた。

 ハルケの兄は家族の中での最年長、つまりは長男だった。両親のいないハルケ達家族を唯一守ってくれる存在だ。腹を空かせた弟や妹を見るのはきっと辛かろう。ひどい時には自分の髪を食べ物だと思い込んでしまう妹もいた。


「今日は魚一匹と雑草が夕飯になりそうだけど、いいよな」


 ハルケの兄は陽気そうに笑った。ハルケはただ、頷くしかなかった。

 

「さぁ、海から離れよう。夜の海は寒いからね」


 ハルケの兄はハルケの元にせっせと魚一匹を片手に歩き出した。

 その時だった。


『警報! 警報! 我ら君主より伝令! 異国のものがこの地に踏み入れた模様! 直ちに建物の中に入るべし! 敵は近い、『狩り人』が来る前に直ちに避難せよ! 繰り返す___』


「また、侵略しにきたのか……、チッ」


 さぁ、逃げよう。ハルケの兄がハルケの手を取って走り出す。もちろん魚をしっかりと片手に。

 町に入ると人通りは当然だが少なくなっていた。兄が急いで町の隅にある家へ向かって走る。ハルケは兄の足の速さに追いつこうと必死になって追いかける。家の目の前にくると兄は安堵した様子で戸を開けた。


「に、兄さん!」


 弟や妹は無事だったようだ。ハルケと兄が家に一歩足を踏み入れた瞬間弟や妹は顔を青ざめた。

 そして、ゆっくり指をさす。

 ハルケの後ろに誰かから奪った野菜を頬張る顔と服が違う男がナイフを構えた小太りの男がいたのだから。


「お、お前さん達!」


 近所の人たちがハルケに振りかざさるナイフを見て叫んだ。ハルケは咄嗟に兄にナイフが届かないように突き放した。

 いつの間にかハルケの周りには人だかりができていた。

 ハルケは思った。


(こんな大勢の前で僕はあの死体のように気持ち悪く死ぬのだろうか)


 痩せこけた体で死ねばなおさら骨は浮き出て気持ち悪い以外の感想がないほどの姿を周りに見られるのにハルケは嫌悪を覚えた。


「ハルケ」


 兄の声がした。いつものようにたくましい声だ。


 そして、ザシュ、と魚を捌いたかのような音がハルケの背で聞こえた。

 兄が捌く用の包丁で背中に立つ男の頬に傷をつけたのだ。

 男は軽く舌打ちをするとその場から逃げた。


「あ、おい!」


 ハルケの兄が背を見せる男の姿に怒鳴ろうと家から身を乗り出す。ハルケは兄を落ち着かせようと家族総動員で止めにかかる。

 袖を引っ張るとやはり長男は嫌な顔をする。


「お前らなぁ」

「ちょいと、お前えさん!」


 若い女性の声がした。声のする方へ目を向ければ若い女性が先ほどの男に手を挙げられているではないか。女性が身に纏っている着物を強引に引っ張り、肌があらわになる。そこへ男の仲間であろうもの達がやってきてすぐさま強奪の時間が始まった。


 まずは戸を蹴り倒し、家の中に侵入し、金目のものを取ろうとする。簪や漆の食器、豪華な着物をきている人を見かければ着物を剥ぎ取ろうとする。

 

 そして、しまいには食料を町のものから取り上げた。


(____あーあ)


「あいつら、やっちゃったねぇ」


 長男がにこりと口角をあげ、この国の国民特有の黒い目をさらに黒くさせた。

 もちろんハルケの長男だけではなくこの町のすべての者達が同じように顔を真っ黒にさせていた。

 それは、果たして怒りなのか、うまく読み取れないその表情で彼らは片手にそれぞれ武器を持つ。


「俺もちょっと行ってくるよ。ハルケ達はいい子だから、そこで見ててね」


 向こうから何やら声がする。

 

(また、始まるのか。何回目だよ)


 ハルケは国の御法度を侵してしまった者達、侵入者をただただ見つめていたのだった。


 この国においてはいくつかの御法度と言われる国の掟が存在する。

 

 一つ、人を食べてはいけない。

 二つ、人に食べ物の名前をつけてはいけない。

 三つ、人の食べ物を奪ってはいけない。


 これらが主に挙げられるこの掟が存在するのにはこの国に住まう人々の性質に基づいていた。

 ハルケの赤子から感じるこの国の人々の恐ろしさ、そして何も気づかない侵入者。その状況を見るにきっと偶然彼らの元に来たという人でも嫌な空気は伝わるだろう。


「おい、通訳できるやつ呼んできたって、え!? なんだこの状況!」


 侵入者の前に一人の青年がやってきた。見るからに骨と皮でできていた彼は仕事終わりの疲れと通訳を呼んで来たことでの疲労で汗が尋常ではないほど流れていた。青年の横には彼と同じくらいの歳の男性が片手に辞書を持っていた。二人は互いに顔を見合わせなぜこのような状況になったのか最初は戸惑うものの、侵入者の持つ食料を目にした途端、彼らもまた目の色を変えた。

 しかし、愚かな侵入者は何一つ状況を理解しないのか、もしくはできないのかハルケの知らない言語で喋り出した。


「彼はこの国にいる神という奴に会いにきた、と。はるばる霧の海の中彷徨ってこの国に来たからその神にあうまではこの町で、食料を補給したい、とのことです」


 そして最後に通訳は「もちろん金は出す」と付け足した。

 実際侵入者からしたらこの町は確かにボロくさく見えて、貧乏人の集まりのように見えるだろう。いや、実際には見えた。侵入者の知る建物という建物が何一つ見当たらないのだから無理もないだろう。ましてや骨と皮だけの住人を人と判断するのも侵入者にとっては難しく、むしろ嫌悪の対象だった。

 

「ものを奪うことでお前達の国では頼み事をするのか?」


 ハルケの兄が通訳してくれと通訳に頼む。通訳は渋々といった様子もなく淡々と通訳を行った。すると侵入者はなんとも下品な笑いをした。黄色い歯の隙間から見える唾液が糸を作る様子はなんとも気味が悪い。


「おい、通訳、この侵入したものがいう言葉は必ず俺らにわかるように訳せ」


 骨が浮いて見える爺が通訳に圧をかけるように口を動かす。


『やはりこの国は野蛮人しかいらんのだな。さっきから骨しか人のように喋ってないではないか』


 鼻で明らかに隠すつもりもなく笑う侵入者は口に指をくわえ、口笛を吹いた。風のように響く口笛によってさらに侵入者の仲間が男の周りに集まる。

 ギラギラと目を光らせる侵入者は本当に食料補給だけのためにこの町に来たのだろうか。


『お頭、本当にこいつら俺らの話わかってるんですか? なんか怖いですよ』

『大丈夫だ、通訳というものが翻訳をしている。下手に変な翻訳をするわけはないさ。俺らは今こいつらの最も大事な王様とやらに会いに行ける重要な役職だからな』

『そんな嘘、本当に通用するのでしょうかねぇ。俺ら、この国を内部から荒らすために来ているだけでは……』


 下っ端なのだろう。いかにも自分たちの発言が翻訳され、この国の町の住民に聞かれていることを微塵も考えていない。


(なんて愚かな奴らなのだろう)


 ハルケは思う。 

 どうしてこんなにも賢く生きれないのか。

 少なくとも飢えに苦しんでいるハルケ達家族は盗みもせず貧しいながらも真っ当に生きている。本人なりの賢い生き方だ。しかし、目の前の侵入者はハルケ等を野蛮人と言い、自分よりも下の存在だと認識している。

 

『いうこと聞かないなら、この武器で襲うぞ』


 侵入者が腰に忍ばせていた短剣を取り出す。きらりとひかる金属はどこか錆びているようだった。

 

(汚いなぁ)


 探検に映るハルケの兄の口元が上がる。

 そして豪快に笑う。白い歯が夕陽に照らされてよく映える。


「そんな脅しで俺らが怯むと思ってんのか、こいつ! バカだな!」


 ハルケの兄は腰に収められた刀の鞘を手に持ち、ゆっくりと抜いた。しかし、鍔の先にあるはずの刃は侵入者の目には映らなかった。


『俺と戦おうってのか。いいだろう。その刃のない剣でどこまでやれるのか見てやるよ』


 ハルケの兄はこの町一番の力の持ち主であり、現在は職無しであるが以前はこの国の軍に入っていた。いろいろ事情があり、辞めたのそうだが現在も軍在籍時の力は持っているのだという。

 ハルケの兄が戦うとわかると町のものは建物の中へと避難する。ハルケも弟を連れて窓の隙間から様子を伺った。

 

(____あ、スイッチ入った)


 ハルケの目が再び蛇のように鋭くなり、墨色の目が深くなる。


「元調理者ノ一炊灯(イッスイトモル)、貴様等ヲ今カラ獲物トシテ認識スル」


 刀を構えるハレケの兄、トモルの目には侵入者をただただ肉の塊が動いているようにしか見えなかったのだった。


続きを望む声が多かったら第二話を更新する予定です。

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