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進まぬ偵察

「はい、しゅっぱーつ」「ワッオーン」

「おい、待て。私が先頭だ」

 阿部君と明智君に任せておくと、事態がややこしくなる可能性が100倍上がる。と思って振り向くと、すでに二人の姿が見えない。『神のゲンコツ』があった部屋の隣の部屋のドアが大きく放たれているので、そこに入ったに違いない。

 そんな一部屋一部屋調べていたら、時間がいくらあっても足りないだろ。いや、率直に言って、二人の身勝手な行動に、私はほんの少しだけ頭に来ていた。間違っても、二人を懲らしめる良い機会がやって来たと、喜んでなんかいない……ような気がする。

 日頃の溜まりに溜まった恨みを晴らすため……ではなく、二人のために教えてあげないといけないようだ。何も考えないで行きあたりばったりの行動をしていると、予期しない不幸が襲ってくると。あくまでも教育だ。自然とニヤついている私がいるのは気のせいだろう。

 考えた作戦は2つ。入口の陰に隠れて、二人が出てきたところを驚かす。もしくは、開いているドアを力いっぱいに勢いよく閉めて驚かせるかだ。

 効果的な方はどちらだろうかと悩んでいて、私は気づいた。二人の驚いた時の大絶叫が客間にいる人たちに聞こえては、偵察が早々に終了してしまう。なので、ドアを閉めて二人の声が漏れない方を選ぶしかない。

 私って、本当に頭の回転が速い。例えるなら……例えている時間が惜しいので、さっさと実践しよう。一応言っておくが、何も思い浮かばなかったからではないからな。10個以上もあるけど、発表する時間が……。信じてくれるよな? 私は誰に言い訳を? そんなことよりも、早く二人に制裁じゃなくて教育を。

 私は抜き足差し足忍び足で、そっとドアに近づいた。しかし予想外の出来事が。なんと、同時にドアが私めがけて勢いよく動いたのだ。まるで意思でもあるかのように。私の神がかっている反射神経を持ってしても、避けることは難しかった。

 痛い。驚きよりも、痛いが先だった。いや、痛いしかない。ドアに張り倒され、あまりの痛みに無意識に大絶叫しそうになる寸前に、二人の悪魔が速攻で私をたしなめる。

「しーっ!」「ワーッ!」

 ニヤついている。人間ができている私は、すぐさま自分を抑え、小声で抗議する。

「何するんだ!」そしてさらに声を抑え、「ぶっ殺すぞ!」絶対に聞こえてはならない。

「だってえ、明智君が……」「ワッオー、ワワンワオワンワンワオン」

「なんと?」

「さっき尻尾を踏まれた仕返しだと」

「う、ううー」

 覚えていたのか。喧嘩両成敗だと阿部君が顔で表しているので、私は忘れることにした。受けたダメージは私の方が大きいが忘れよう。明智君の尻尾は踏んでも、阿部君には一切手も足も出していないが、忘れよう。うん、忘れよう。

「じゃあ偵察を始めますよ」

「ワオン」「……」

 主導権だけは渡さないぞ。このまま何も言わずついていくと思うなよ。

「ちなみに、その部屋には何があったんだ?」

「さあ?」「ワア?」

 この役立たずどもが。どうせ私を驚かすのにいっぱいいっぱいだったんだろう。二部屋続きで貴重品を置くのは、盗む方からしたら嬉しいが、なくもないのかもしれない。一部屋一部屋調べてられないとはいえ、せっかくなので簡単に見てみるか。その方が後々後悔しないだろう。何かあれば、私の手柄だ。何もなくても……二人の尻拭いをしたまでだ。

 私が部屋に入っていこうとすると、明智君と阿部君はあからさまに私から距離を置いてついてきた。阿部君は明智君を盾にしている。私がすぐにやり返すと思ったのだろう。その気持ちは分かる。しかし、私は、少なくとも今は、やり返さない。そんなつまらない事で時間を潰したくないのもあるが、やり返した後の仕返しが恐すぎるのだ。はっきり言って、命の心配すらしてしまうほどだ。

 だけど、ささやかな抵抗として、「仕返しなんてしないぞ」とは意地でも言わない。簡単に白旗を揚げると思うなよ。私は誇り高いのだ。

 それはさておき、部屋を見渡すと、『神のゲンコツ』部屋と違って何もない。文字通りだ。これだけの大きな屋敷なのだから、こういう部屋があっても不思議ではないくらいは分かる。しかし、私の持って生まれた怪盗センスが、何かがあると警笛を鳴らし始めた。

 と言っても、何がどうこうではない。私の事を舐めきった二人に、私の凄さを見せつけたい欲望が、私に思い違いをさせている可能性が高い。後先は考えないでおこう。

 私は意味ありげに、木製の壁と床を軽くトントンと叩く。言うまでもなく見せかけの行為だ。そして意味ありげに首を捻る。二人は、そんな私に興味が出てきたようで、無防備に近づいてきた。明智君は阿部君の盾のままだ。

 振り返って「ワアァッ!」と叫びたい衝動を抑え、私はさらに首を捻る。逆に捻ればよかったと思ったのも後の祭り。どう見ても不自然だし、首が痛い。

 阿部君と明智君が、私を指差し壁や床をガンガン叩きながら大爆笑するのを、私はじっと待った。言い訳一つ思い浮かばない。今さら逆に捻るのも、恥の上塗りのような気がするし。

 しかし、待てど暮らせど、笑い声が聞こえてこない。蛇の生殺しのようで、逆に辛い。なんて陰険な奴らなんだ。逆ギレして二人を問い詰めようとした時に、なんと二人は真剣そのもので私の横に並んだ。どうやら二人はこの部屋に何か金目の物があると信じたようだ。

 私の一芝居は、あながち失敗ではなかったのだ。強欲な二人に感謝だな。恥をかかずに済んだのはいいが、これでこの部屋に何もなかったでは済まない状況だと理解するのに、さほど時間は必要なかった。

 こんな特徴もない殺風景な部屋に、いったい何があるというんだ。この壁に使われている木は、希少で今はまず手に入らないグラム当たりの価値は金と同じだと、嘘をつこうか。だめだ。阿部君と明智君は、すべて剥がして板問屋に持っていって恥をかく、までをしてしまう。その後の私の処遇は言葉に表すのも恐い。

 何かないのかと、私は上を見る。うん、いたって普通の照明だ。私が必死に脂汗を堪え、何もない部屋で何か金目の物を探していると、阿部君が満を持して話しかけてきた。

「どの板を剥がしますか?」

 イチかバチかで壁か床を剥がすしかないのか。しかし、叩いた感じでは、どれも同じで空洞なんてないようだった。そんな真剣に叩いたわけではないし、真剣に叩いたところで、私にその差が分かるか半信半疑だけど。

 何かがあると信じ切っている阿部君に謝るなら、今しかない。と、阿部君を見ると、こういう時にだけ見せる潤ませた澄んだ瞳で、私に訴えかけている。何気に明智君もだ。

 謝る機会は瞬時に過ぎ去った。私にできる事は、もう一つしかない。そう、私の得意技の一つである、言い訳を発動だ。

「うーん……この辺りだと思うけど、今日は何も道具を持ってきてないからな」

 これで、この部屋を後にして、宝石盗難事件の捜査をしている間にあやふやにできる。怪盗のミッション決行の日にふと思い出すかもしれないが、バタバタしているふりをして無視してやる。

「大丈夫です。明智君に取りに行ってもらいます。これだけ大きな屋敷なんだから、何らかの道具はありますよ」

 明智君は分かりやすく驚いている。それはそうだ。この家の人や、役立たずとはいえ警察官もいるのだ。全く勝手の分からない他人の家で物色するのは、リスクが有りすぎる。人によっては、犬だというので大目に見てくれるが、逆に犬だということで必要以上に残酷な暴力を振るうかもしれない。

 ただ、明智君に何かひどい事をしたなら、私は黙っていないがな。もちろん阿部君だって。

 まあ暴力は極論だけど、物色しているところを見られたなら、石の一つでもぶつけられるに決まっている。その後で、私たちの仲間が誤解を招く行為をついうっかりしてしまったと説明したところで、ぶつけられた石による痛みは簡単には消えない。当たりどころによっては、しばらく笑い者にもなってしまう。

 仕方がない。私のためではなく、明智君のために助け船を出すか。明智君、感謝しろよ。間違っても、私が適当にさもあるような芝居をするからだなんて、恨むんじゃないぞ。

「いやいや、阿部君。今そんな事をしたら目立ちすぎる。それに、こういうのは何かしらの仕掛けがあって、簡単に剥がせるようになっているんだ。隠し部屋のドアを開けるための、隠しボタンのようなものかな」

「そうですか」

「そういうものだ。なあ、明智君?」

「ワンワン!」

「うーん……2対1で不利だから、そういうことにしておいてあげますよ。明智君、何か安心してない?」

「ワッ? ワオワンワンワンワワンワアー」

 阿部君から目を逸らしながら、明智君は必死で平常心を保とうとしている。手足はジタバタしているが、本人は気づいてないだろう。

 そんな明智君が、突然ピタッと静止した。そして、明智君目線の高さの壁の一点を、一心にじっと見つめ始めた。

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