私は尊敬されるリーダーの筆頭にいる
「この部屋に隠すのは、ちょっと当たり前すぎるけど、一応探してみるか。幸いにも、捜査と称して。そこら中触っても怪しまれないからな。だけど、その前に、隠された監視カメラがないかだけさり気なく確認しよう。ないはずだけど、万が一あったなら取り返しがつかなくなる。まあ、あるなら、田中太郎が映像を確認してるはずだから、わざわざ警察を呼んでないがな。でも、油断は大敵だから、しっかり探しておくれ。繰り返すが、さり気なくだぞ」
「はいっ!」「ワンッ!」
私の指揮のもと、阿部君と明智君は監視カメラを探し始めた。そして私も探そうとしたのに、阿部君に呼ばれる。明智君は阿部君の横で自慢気に立っている。まさか、監視カメラはあったのか。探してよかった。それにしても、こんなにも早く見つけるなんて、なかなかやるじゃないか。
「リーダー、カメラはありません。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
こういう手抜きが、取り返しのつかない失敗を招くので、私は二人をこっぴどく叱りつける。心のなかで。まあ、何度も言うが、監視カメラがあったなら、ひまわり探偵社の出番はなかっただろう。
「……。そ、そうか」
「では、他に隠し金庫のようなものがないか探しましょう。いっけん壁にしか見えなくても、押したり引いたりして確認してくださいね。脱税犯の隠し方は本当に巧妙なんだから。きっと、金銀財宝大判小判に現金が、首を長くして私たちを待ってますよ」
「あ、ああ……」
「明智君もね。自慢の鼻で現金の在り処を見つけてね」
明智君は本気を出せば、その強欲さからか、お金の匂いを嗅ぎ分けられるのだ。もちろん、お札で、さらに1万円札だけだ。
「ワン。……ワオンワワンワンワンワンオンワーン」
「えっ! 嘘?」
「明智君は、何と?」
「この家からは、お金の匂いが全くしない、と」
「そうか……。これだけの家にお金を少しも置いてないなんて、あるわけがないよ。よほど巧妙に隠しているということだな。おそらく税務署や警察やお金探知犬なんかが総動員されるのを想定しているのだろう。ということは、中途半端な額ではなく、国家予算並のお金を隠してる……」
「イッエーイ!」「ワッオーン!」
最後まで話せなかったから、冗談だと言えなかった。こんな分かりやすい冗談を真に受けるなんて普通は……阿部君と明智君は普通ではなかったな。そんな果てしない額のお金が、一個人の家にあるわけないじゃないか。
やはり私への信頼感がとてつもないから、私の言う事はすべてが正しいと思うのだ。まあ国家予算には遠く及ばなくても、それなりにあるはずだから、いちいち訂正しなくてもいいか。どうせこいつらが国家予算の額なんて知るはずもないし。
いや、でも、こう見えて、阿部君は大卒だしな。事実を知って、私の分け前を減らす暴挙に出るかもしれない。理由は忘れたが、そういう事があったのだ。
やはりはっきりと言っておこう。冗談だったと。
「あ、あべ、くん……こここっか、よさんは……じょ、じょ……う……だ……」
「リーダー! 国家予算が手に入ったら、何を買いますか? 私は、えっとぉー、あの有名お菓子メーカーが欲しいです。そして利益を度外視した今までにない高級和洋折衷お菓子を作らせますね。明智君?」
「ワーオ……ワワンワンアーンオワンワオワオ」
明智君は何が欲しいのだろうか。あの有名お菓子メーカーは無理としても、明智君の欲しい物が買えれば、明智君は私を味方してくれるはず。そうなれば、阿部君はそこまでへそを曲げたり怒ったり暴れたりはしないだろう。
あっ、忘れていた。阿部君は、犬に限らずあらゆる動物と意思疎通ができるという、奇跡のような能力を有している。本人は誰しもがそうだと信じていたので、それを売りにしてこなかったし、それを利用して優位な立場に立つこともなかった。
ただ、阿部君は基本的に性格に難が……。
「阿部君、明智君は何が欲しいと?」
「さあー、自分で聞いてみればいいじゃないですか」
「ううっ……。二人とも浮かれている場合ではないぞ。まずは、この事件を解決しないといけない。と言っても、適当に捜査をして時間を潰し、最後にこの『神のゲンコツ』をそのマッサージチェアーに戻すだけだけどな。どうせ田中太郎はマッサージチェアーに座って『神のゲンコツ』を眺めていて、ついつい値落ちしたんだから。いや、待てよ。もしかしたらこれを盗んだ犯人は存在してるのかも。金庫から出したはいいけど、何らかの深刻な理由で一時的にマッサージチェアーに隠すしかなかったのだ。そして折を見て回収しようと考えた。田中太郎だってホテル王なんだから、忙しくて頻繁に宝石眺めタイムを設けられなかったのだろう。犯人はそこまで考えての行動だった。うん、きっとそうだ。仮に田中太郎のうっかりが真相だとしても、盗んだ犯人をでっち上げるとするか。どうせ田中太郎のような評判の悪い人の周りには、それなりの脛に傷を持つ人物がいるに決まっているからな。犯人を挙げれば、田中太郎は喜ぶし、『ひまわり探偵社』の株も上がるし万々歳だ。そして安心しきっている田中太郎から、ほとぼりが冷めるのを待つまでもなく、脱税したお金や表に出せないお宝を頂くとしよう。まさか私たちのような優秀な探偵が、盗んだなんて思わない。警察に届けないのは目に見えているが、疑われないのも大事だからな。こんな悪どい奴に恨まれていたら、何かと面倒だろ? ああ、万が一に備えて、根こそぎ奪うのは勘弁してやるか。腹八分目とか言うし。国家予算に遠く及ばなくても、車一台に積めるだけで妥協するぞ」
よしっ。一気にまくし立てたから、阿部君の思考回路はショートだ。私の話を何もかも忘れたが、すべてを理解した風で対処するだろう。後は、その都度、私が指揮すれば、何もかもが上手く運ぶ。
「そうですね。パパの車ではなくて、世界一大きなダンプカーを調達しましょう」
「いやいや。そんな目立つ車で……それに、車に積むのは人力なんだぞ。屋敷と車を何往復するつもりなんだ?」
「何往復でもです。見つかるリスクは高まりますけど、私たちはスリルを楽しむんです。私たちは泥棒ではなくて、怪盗なんですよ」
まさか、ひよっ子の阿部君に気づかされるとは。そうだ。だから私は怪盗に憧れていたのだ。
よーし、国家予算だと思い込んで、根こそぎ頂いてやろうじゃないか。『神のゲンコツ』とこの部屋に飾られているお宝もだ。警察に届けたければ届ければいい。私……私たちは捕まらない。
「ありがとう、阿部君。私は守りに入っていた。警察に届けられない脱税したお金やお宝だけでなく、すべての金目の物をいただくぞ!」
「えっ! そ、それはちょっと……。警察が介入するのは、極力避けないと。いや、あってはならないですね。日本の警察が本気を出せば、私たちのような弱小怪盗団なんてひとたまりもないんだから。仮に、警視長が頑張ってくれて、厳重注意だけで済まされたとしても、田中太郎が黙ってないですよ。ホテルの従業員を総動員して、四方八方からあの手この手で、私たちをいじめに来ますよ」
「大丈夫だ。私の指揮のもと動けば、警察も田中太郎も恐くはない。私たちが犯人だと気づかれる確率なんて雀の涙程度だ。何らかの不運が重なっても、最後には私がいるじゃないか。捕えに来たとしても、私一人で返り討ちにしてやる」
「明智君、是が非でも私たちが疑われることがあってはいけないよ。だから、この部屋にあるお宝には触るのもだめだからね」
「ワン」
「お、お前たち……」
これ以上の議論は無駄なのだろう。こいつらは、私の事で知らない事があるからだ。
私も最近まで知らなかったのだけれど、実は私はとても強いのだ。人間離れだと言っても言い過ぎではない。本当に。具体例を挙げると、現役バリバリの暴力団5人を瞬殺したこともある。これは、嘘でもハッタリでもない。
ただ、その場に阿部君と明智君はいなかった。そしてその私の実力を披露する機会がないまま、今に至っている。口で私が私の凄さを言っても、なぜだか二人は信用してくれないのだ。なので、わざわざアピールする無駄な努力は放棄した。いつか二人の前で私の強さを見せられた時のセリフは考えてあるが。
「それよりも、大量の現金を隠してあるような隠し扉が見つからないな。壁も床も天井までも。あまり時間をかけていると、変に疑いを持たれてしまう恐れがある。とりあえずこの屋敷の間取りを確認しがてら、客間に向かおうか。分かってるとは思うが、もし誰かに会ったら『迷ってました』と模範的な言い訳をするからな。だから、手分けして偵察したいのは山々だけど、3人一緒に行動するぞ」
「はーい。でも迷ったのは、リーダーということにしてくださいね」
「ワオンオン」
「リーダーオブリーダーの私が責任を取るのが普通だからな」
私が恥をかくのは、阿部君のせいだぞ、とは言わない。言って何になる? 偵察しながら、みんなが待っている客間に行くまでの間に、誰にも会わないように祈るのに全力を傾ける。それが、成功者の典型的な例だぞ。偵察なんて二の次だ。リーダーの面目が遥かに上なのだ。