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現場の調査

 ざっと見ると、鑑識はおろか見張りの警察官一人いない。想像通りなので、全く驚かない。最初に私たちを迎えてくれた警察官は、屋敷の前で見張りをしているかもしれない。でもまあ、帰った可能性が高いが。警視長の代わりに、私たちを迎えるためだけに来ていたのだ。

 消去法でこの事件の責任者になっているのが、給料据え置き警部だというのが、すべてを物語っている。そんな名ばかりの警部のお願いを文句一つ言わず聞いてくれるのが、真面目巡査部長だけだ。おそらくだけど、鑑識も助っ人の警察官も来ない。

 はっきり言って、今回の事件は科学的捜査は期待できない。凶悪事件だったなら、被害者がいくら警察の心証の悪いホテル王だとしても、必死で頼みさらに警視長の名前を使えば、指紋の一つくらいは調べてくれるかもしれない。しかし、警察の心証の良くない人物の何かが失くなったくらいでは、あからさまに無視をするに決まっている。

 まあ、私には望むところだ。私の名推理で犯人をきりきり舞いにしてやる。そして家主の田中太郎が安心しきっているところを、我々怪盗団がごっそりとお宝を……。

 すると、再び田中太郎は警察の被害届を出すじゃないか。私たちが、再度、招集されてしまうのでは? そうなると、犯人は私たちなのだから、どうしようもない。迷宮入りにしてサヨナラだけど、せいぜい『ひまわり探偵社』の評判が下がる程度だ。

 阿部君は納得してくれるだろうか。うーん、阿部君の分け前を8割で、私と明智君を1割にすれば、嫌々風を装いながら納得するに決まっている。明智君にはドッグフードハンターを約束してあるのだから、忸怩たる思いをおもいっきり顔に出しながら、否定はしないだろう。肯定もしないが、明智君なりの精一杯の抵抗だ。

 そうと決まれば、さっさと捜査に入ろう。こんな所で私があらゆる事を思い巡らせていたら、阿部君と明智君が強化ガラスケースの中のお宝を今すぐに盗みかねない。強化ガラスケースを派手に割るという豪快な方法で。そんな簡単に割れないとは思うが、強欲な二人の執念には目を見張るものがあるから、油断してはいけないのだ。

 あっ。捜査の前に、聞くまではないのだろうけど、念の為に確認だけはしておくか。時間を無駄にするなと、阿部君に叱られるリスクはあるが、万が一いや億が一がないとも言い切れないからな。

「あのー、鑑識の捜査は終わったんですか?」

「えっ! あっ! いや……その……」

 給料据え置き警部は、何かくだらない事を言って、話を逸らそうとした。がしかし、明智君が目に入ってできなくなってしまったようだ。先ほど噛まれたのが、よほどこたえているのだろう。明智君にしては強く噛んだからな。明智君が私以外の人物を噛むだけでも珍しいのに。

 ほんの少しだけ、給料据え置き警部に同情してしまった。助け舟を出してやるか。だから、もう下手にごまかすんじゃなくて、どうなっているのか正直に言うんだぞ。どうせすぐに分かるんだし。いや、既に分かっているが。

「私たちに気を使わなくてもいいので、状況を教えてください。なんとなくは分かっているし、悪いのは給料据え置き警部ではないので」

「は、はいっ! 鑑識は来ません。先ほども言ったように、田中太郎氏はアコギな方法でここまでのし上がったので、警察は進んでは協力したくないんです。だからといって、無視するのはまずいので、最低限の人員が派遣されました。しかし派遣された以上、本官として解決したいじゃないですか。それで、本官を心底かっている警視長にお願いしたんです。もう少しだけ人員を増やしてくれるように」

 警視長は給料据え置き警部をかってなんかいない。かっているなら、給料を据え置きにしない。実際に、警視長の口から、あれは役立たずだと聞いたし。それに捜査員が少ないのは、こいつの人徳もあるはずだ。

 だからって、警視長という立場上、無視を決め込むわけにはいかないのだろう。給料据え置きの能力がどうこうではなく、嫌われ者だろうが何だろうが、一般市民である田中太郎の被害届を。一方、そんな田中太郎のために身を削って捜査をしたくないという、捜査員の気持ちは痛いほどに分かる。

 おそらくだけど、これまでもこういう微妙な事件で、頭を悩ませていたのだ。そんな時に、私たちのような優秀な人材に巡り合った。それで逃れようのない白羽の矢を立てたのだ。

 弱みを握られたのもあるが、警視長には、これからも度々お世話になるだろう。なので、さっさと解決してやるか。そしてすぐに本業に戻ってやる。これだけのお宝を目の前にして、手ぶらでなんか帰れないからな。

 いや、待てよ。まだ会ってもいないのに言うのはあれだけど、田中太郎のような奴は、きっと脱税をしているはず。誰も信用していないのだから、この屋敷のどこかに隠している。そんな脱税のお金を盗まれても、被害届なんて出せない。

 ということは、今回の事件を解決してしまえば、ここでのひまわり探偵社の出番は、これっきりだ。ひまわり探偵社の評判が下がらないのだから、阿部君に気を使って分け前を多くあげる必要がないじゃないか。よし、盗るのは現金だけにしておこう。宝石や貴金属は、足がつくとか何とか言って、踏みとどまらせる。少なくとも、この部屋にあるものは。飾ってあるということは、税務署や警察に見られてもいい物なので、盗まれると被害届を出されてしまうからな。

 でも、脱税したお金と一緒にお宝が隠されていたなら、それは盗まれても被害届は出さない。荷物にはなるが、阿部君と明智君の好きなようにさせてやるか。

 よーし、分け前は3等分だ。やる気が出てきたぞ。

「給料据え置き警部、鑑識が入らないのは、私……私たちには申し分ないハンデです。それでも、あっという間に解決しますけど、『あっという間探偵社』とか言わないでくださいね。阿部君が残酷な暴力を振るうので。一応再度名乗っておくと、私たちの会社の名前は、優秀な阿部君の名前から頂いた『ひまわり探偵社』ですからね」

 阿部君が優秀かどうかは議論しないでくれるかい。議論そのものが不幸を招くのだから。

「はいっ! 危ないところでした」

 こ、こいつは……。本当に言う気だったのか。現場は分かったし、追い払うか。私が、阿部君と明智君に八つ当たりされる可能性が、飛躍的に下がるだろう。こいつがいない方が何かと動きやすいし。

「あとは我々だけで調べるので、給料据え置き警部は、関係者を集めて客間で待機しておきてください」

「はい、分かりました」

 ヒヒッ。客間の場所をあえて聞かなかったから、迷ったふりをして、屋敷内を偵察してやる。

「リーダー、客間の場所を聞いておかないとだめでしょ!」あ、阿部君……。

「大丈夫だ。私の持って生まれてさらに鍛え上げた勘で、大体分かるから。給料据え置き警部、そんな所でボーっとしてないで、早く行って関係者を……。私にかかれば、現場検証なんて、ものの数……んで終わるので」

「は、はあ」

 ちくしょー。それでも私は迷ったふりをしてうろちょろするから、後で恥をかくじゃないか。さっきまで恐縮していた給料据え置き警部が、私を小馬鹿にしたようだったし。まあいい。これを理由にして、私の取り分を増やす交渉くらいしても、大目に見てくれるだろう。結果は変わらないが。

 気を取り直して、盗む時の偵察を兼ねた現場検証を始めるとするか。今日はあくまでも偵察しかしないが、阿部君と明智君が我を忘れて何かを盗む恐れが多分にあるな。それも、目の前にある、田中太郎が合法的に手に入れたお宝を。どうしても盗むなら、せめて明らかに警察に届けられない代物にしてほしいが。

 明智君は、もし珍しいドッグフードがあったとしたら、確実に味見くらいはするだろう。被害届を出したとしても警察は相手にしないが、気に入ったからって持って帰るのだけは、かさばるから自重してくれるだろうか。しないな。

 やはり、いろいろと心配だから、これでもかというくらいに注意したうえで、二人からは目を離さないようにしないといけないようだ。あと、この家ではワンちゃんを飼っていないように、神様にお願いしておこう。

「阿部君、明智君、分かっているとは思うが、今日の私たちは怪盗団としてではなく、捜査員として来ている。だから偵察は構わないが、実行に移すのだけはだめだからな」

「そんなの分かってますよ。巡査のくせに、警視の私たちに指図をしないで欲しいですね。ねっ、明智君?」

「ワンッ! ワオワンワワンワンワオンワワワ……」

「そ、そうだったね。あっ、阿部君、明智君が何を言っているのか通訳しないでくれるかい。武士の情けだと思って」

 そう。本当に些細な行き違いがあって、阿部君と明智君は警視で、私は巡査の肩書きを持つに至っている。ただのミーハー心で任命されたようなものだ。くだらないのでいちいち説明はしないし、それに結局は主に捜査するのは、私だ。阿部君と明智君も、薄々だけど気づいているので、そこまでは階級を徹底しない。私がへそを曲げないぎりぎりの線を理解しているのだ。

 という訳で、私はまず、『神のゲンコツ』が保管してあった金庫に、私の意思で向かうことにした。阿部君と明智君は、きっと何も言わずについてくることだろう。

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