久しぶりの有益なミッション
私は、まず一人で後片付けをした。そのつもりだったから、みんなが素知らぬ顔をしていても気にしない。そしてすぐさま、料理に取り掛かる。みんなは、待ってましたとばかりに、思い思いの材料を持ってきてくれた。私は努力して素直に受け取る。明智君とトラゾウは手伝う素振りを見せてくれたが、阿部君とマリ先生に引きづられるように連れていかれた。明智君は全く抵抗していなかったので、手伝う素振りは芝居だったようだ。明智君、点数稼ぎは細部を作り込まないといけないぞ。
それでも、私は余裕を持って、またもや最高に美味しい料理を作り上げた。私は食べて間がないので、みんなの笑顔だけで満足することにした。腹ペコたちは、お客さんのマリ先生に遠慮させないためだろう、一緒になってもりもり食べている。阿部君、マリ先生の料理に睡眠薬をさり気なく入れるのを忘れないでおくれよ。
と私が心配していたのに、阿部君はやらかした。ペロッと舌を出して一応反省する。仕方がないので、私はデザートを速攻で作る。もちろん全員分だ。反省していた阿部君が睡眠薬を渡してきたので、明らかにマリ先生用にと一回り大きく作った焼き菓子に混ぜる。強欲どもが一番大きいのを無理やり取る可能性を十分に加味して、私は最後にマリ先生の前に置いた。さすがにお客さんでもあるマリ先生の焼き菓子と食べかけの自分のとは交換しないだろう。『マリ先生熟睡作戦』のことは、阿部君しか知らないので、まあまあの不安はあるが。阿部君に対しても、若干の不安があるのは本当のところだけど。それで眠ったら、ミッションには置いていくだけだ。睡眠薬は予備があるので、一向に構わないぞ、強欲ども。
強欲どもは、最低限のマナーは守ってくれた。相手がマリ先生というのが大きかったようだ。睡眠薬は即効性はないので、マリ先生は、みんなとおしゃべりしながら仕上げのコーヒーも楽しんでくれている。うーん、全く眠る気配がない。まさか本当にコーヒーのカフェインが睡眠薬に勝ったというのだろうか。それとも、小林が睡眠薬と間違えて砂糖を持ってきたのだろうか。もし、小林の失敗だったなら、あいつは巡査からアルバイト捜査官にしてやる。ついでに警部補君は、ボランティア捜査官だな。なんか楽しくなってきたぞ。
苛立ち1分、楽しみ9分で、マリ先生が眠るかどうか待っていると、その時は突然やってきた。薬が効く直前に医師なりに何か感じたのだろう、私をひと睨みしたかと思うと、突然崩れ落ちたのだ。事情を把握していなかった阿部君ママと明智君とトラゾウは、本気で驚いている。マリ先生が眠ったのよりも、3人のあわてふためいている様子を見られたのが、何気に嬉しかった。
阿部君が説明して、マリ先生をお客さん用の寝室へ運ぶと、私たちはすぐに出発した。もちろん捜査ではなく怪盗のミッションのために。マリ先生への言い訳は……また明日考えればいい。というわけで、マリ先生の存在は、我が家兼アジトを出るとすぐに忘れた。
深夜ということもあり道路は空いていたが、私は安全運転で田中太郎の屋敷を目指した。くだらない事故に巻き込まれるわけにはいかないからな。みんなも私の安全運転に感心……関心がないようで、楽しそうにおしゃべりしている。ときおり聞こえる私の悪口には、私は関心を示さないように努力したが、その瞬間だけは少しスピードが上がった。そんな山あり谷ありの安全運転でも、無事に田中太郎の屋敷が見えるちょっとした木陰まではたどり着いた。ここで一旦敵情視察をする。
夜の田中邸は、予想に反して真っ暗に近かった。防犯のためにきらびやかな照明を点けているものだと勝手に想定していたので、嬉しい誤算だ。どうせ電気代をケチっているのだろう。良く言えば節約志向だ、うん。さすが世界のホテル王だな。お金をたくさんいただくのだから、これくらい褒めておけば必要十分だろう。
お世辞はほどほどにして、屋敷を軽く見渡してみると、一か所だけ明かりが点いている。場所的には、『神のゲンコツ』があった物置きか、もしくはあの大きく堅牢な金庫がある部屋だ。
「田中太郎は、まだ起きているようだな。そして、あの辺りにいる。あいつは本当に田中奈々を陥れるために、自作自演していたのかもしれないぞ」
「そんなことよりも、あんな所にいたなら、ミッションに支障があるじゃない」
「大丈夫よ、マ……ブラック。敵は一人なんだから、ゴツンとやっちゃえば」
「うんうん、そうよねー」「ワン」「ガオ」
「だめだだめだだめだ。私たちはスマートな怪盗なんだぞ。身を護る以外には、誰にも手を出さない。まして、田中太郎は還暦間際のヨレヨレなんだぞ。ちょっとした暴力であの世に行ってしまう」
「それは、まずいですね。でも、明智君の単独犯とすれば……。じょ、冗談だよ、明智君。だから、もし捕まっても、リーダーの名前だけをだすんだよ」
「ワ……ワン……」「……」
「どうするかは、あいつがどちらの部屋にいるかで決めよう。物置きにいるなら、誰かがドアを開かないように抑えておく。その間に他のみんなで盗れるだけ盗ればいい。気づかれて騒いだところで、誰も応援に来ない」
「携帯電話で呼べますよ」
「深夜だから、電話は自室で充電中だ。まあ、万に一つあるかどうかだけど、携帯電話を持っていてどこかにかける素振りを少しでも見せようものなら、ドアごしでも分かるだろ。入っていって電話だけを攻撃して、また出てくればいい。それくらいは、私たちなら朝飯前だろ?」
「はい」「はい」「ワン」「ガオ」
「では、誰がドアを抑えておく名誉な役目をするかだ。立候補する者はいるか? 推薦してもいいぞ」
「リーダーで」「リーダーで」「ワーオワ」「ガオンガ」
金庫は開いてるのだから、金庫破りができる可能性を秘めている私がいなくてもいいもんな。できれば、田中太郎と相対する危険を冒したくなかったが、仕方がない。まあ、金庫と車を何回も往復するのも疲れるしな。いや、そうでもないか。運び屋は4人もいる。
「世界一の力持ちの私がドアを抑えておけば安心か。みんなの気持ちは分かるぞ。任しといてくれ。うん? まさか私を厄介払いしてないよな?」
「りりりリーダー、田中太郎が物置きではなく、今回のお目当ての金庫のある部屋にいたらどうしますか?」
「そうだなー……まずは少しだけ待って様子を見よう。金庫しかないあの部屋で、やることって言えば、お札を眺めるくらいだろ。1時間だけ待ってみよう。それでいなくならないなら、その時は実力行使といこうじゃないか。呼び鈴を鳴らして、出てきたところを……」
「みんなでボッコボコに」
「私の空手チョップで一撃で気絶だっ!」
「ひま……レッド、それくらいはリーダーにさせてあげなさい。見せ場がなくて落ち込み陰気臭い初老のジジイが祝勝会にいたら、盛り上がりに欠けるでしょ? それに、田中太郎を力づくで黙らせないといけないような状況は、まずないわよ。どうせ、『神のゲンコツ』の部屋にいるから。根拠はないけど……エヘヘ」
「そうだね。マ……ブラックの言う通りだよ。でも、リーダー、見せ場を提供してあげるんだから、感謝してくださいね。そういうイベントが発生しなくても、私たちが提供してあげたという事実は存在するんだから。祝勝会では、美味しい料理を作り、一緒に盛り上がってください」
「あ、ああ。『一緒に』は料理からでもいいんだぞ」
「料理は、リーダーの見せ場でしょ」
「……」
今日の獲物に期待しよう。私の精神を癒やしてくれるだけのものがあればいいな。
完璧な作戦ができたところで、私は改めて田中太郎の屋敷を車の中なら観察してみた。車と金庫を何度か往復するのと、阿部君阿部君ママが自力で塀を飛び越えるのは難しいことを、考慮して車を停める場所を決めるためだ。屋敷の周囲は、まるで刑務所かのようにコンクリートの塀で囲まれている。やはり、正面突破しかないようだ。阿部君と阿部君ママも無言で、そう言っている。
私は正門の方へ車を回した。な、なんと、鋼鉄の開閉式の門どころか、車両侵入を防ぐためのポールが何本か立ってもいない。何もないのだ。捜査で来た時にはタクシーが素通りしたし、帰りは庭からヘリで出ていったから、全く記憶になかったのが残念だ。知っていたなら、とりあえずは、ここまで来てから相談していたものを。
まあいい。これは幸先が良いぞ。車で玄関前まで行けるじゃないか。私は誰に聞くでもなく、玄関に向かって車を走らせた。反対する者などいないのは確実だからな。車のライトで田中太郎が怪しむかもしれないが、それを言ったら最高の横着ができなくなるのだ。万が一田中太郎が気づいたら、その時は、あいつが外部に連絡をとる前に空手チョップだ。こんなに堂々と乗り付けているのだから、少なくとも関係者だと思って玄関に出てくるからな。あいつよりも先に玄関に着けば、私の勝ちだ。なので、私は急いだ。スマートな怪盗に憧れていたのではと、責めないでくれるかい。我々怪盗団は横着が大好きなんだ。
私は最初のギャンブルに勝った。玄関のドアが開く前に、私たちの車は到着したのだ。田中太郎が出てくるのを想定して、静かに待つ。10秒もあれば十分だ。そして、田中太郎は出てこなかった。私たちの車に気づかなかったということだな。安堵はしつつも、私の空手チョップを披露する機会が来なかったことに、いくらか不満だった。まだチャンスはある。あいつが、私たちが目指す金庫の部屋にいるなら、呼び鈴でおびき出せばいいからな。1時間ほど待つとか言ったような気がするが、我慢できない。その部屋にいると分かった時点で呼び鈴に集合だ。私だけが呼び鈴に行けばいいと思われたかもしれない。違うんだ。こいつらは、呼び鈴を押したがるのだ。説明するまでもなかったかな。
「よし、田中太郎は気づいてない。次の問題は、この目の前の玄関から堂々と入るか、別の出入り口を探してコソコソと入るかだ」
「ここからで」と阿部君ママが食い気味に即答する。分かるぞ、阿部君ママ。少しでも疲れない方が嬉しいお年頃だもんな、私と阿部君ママは。阿部君ママがいて良かった。阿部君ママがいるおかげで、阿部君は私を年齢ではバカにできないようだし。まあ、阿部君ママがいなくても、横着者の答えは一つだったけどな。
横着者たちがミッションを楽しむために他の入り口を探す可能性がゼロではなかったし、とりあえずは喜んでおくか。遠回りをしなくていいし、他の入り口を探す手間が省けたのは大きいからな。それに、正面突破で私たちの痕跡を残しても、捜査に来た時のだろうということになるはずだ。明日の捜査では、意味なくそこら中を触りまくろう。そうだ、明日の捜査は、阿部君ママとトラゾウも理由を付けて連れてきてやるか。これで、うっかり素手で触ったり、トラゾウの毛が落ちる心配がなくなるぞ。
鍵くらいは、私の怪盗の七つ道具で粛々と開けるか。阿部君と明智君が力づくで開ける前に。いや、待てよ。田中太郎は鍵をしない主義の奴じゃないか。そして今日は、この屋敷には、あいつしかいない。阿部君も明智君も知っている。開けるフリをしても、白い目で見られるだけだな。またもや、私の見せ場がなくなってしまった。
せめて、掛け声だけでもと、潤んだ瞳で訴えてみた。トラゾウが真っ先に頷いてくれたので、みんなが渋々ながら、抵抗はしなかった。快く返事もしなかったが、掛け声に対しては、気持ちよく応答してくれるのだ。雰囲気が好きな団員たちだからな。
「よし、行くぞー!」
「はいっ!」「はいっ!」「ワンッ!」「ガオッ!」




