探偵料は現物支給
「もう4人に絞っているなんて、やっぱりひまわり探偵社に頼んで正解でしたね」
「いえいえ。だけど、おそらくですけど、この事件は厳重注意という終わり方をすると思いますよ」
「えっ! どういうことですか?」
「まあ、そのへんは、小林にでも聞いてください。あっ、忘れてた。あの給料据え置き警部の給料を上げてやってもらえないですか」
「ええっ! それこそ、どういうことですか? まさか何か秘密を知られて脅されているとかですか? それなら……」
「まさか。あいつがそんな陰険で知的な犯罪に手を染められるわけないじゃないですか。あいつは、せいぜい拾った10円玉を震えながら横領するのが関の山ですよ。あいつにしては珍しくというか初めてかな、なんと、私の役に立ってくれた、ただそれだけです。あっ、でも、タダでとは言いません。警部補に降格してもらえれば、通称『警部補君』と文字数も短くなって、何かと都合が良いので」
「そういうことなら。ところで、わざわざ容疑者4人のうち3人をここに連れてきたのには、何か理由があるんですよね?」
「はい。『神のゲンコツ』の持ち主で被害者の田中太郎を、容疑者から完全に外すためにと、今はそれだけ言っておきます」
「ああー、そう言えば、田中太郎が被害者でしたね。なるほどなるほど。では、これからまた田中太郎の家に戻って、話を聞くんですか?」
「あっ、いえ……。明日まで泳がせて様子を見ます。なので、今日の捜査は終了して、これからトラゾウのために歓迎パーティーを開きます。ああー、警視長、トラゾウもヘリに乗せてあげたいんですけど、いいですか?」
「構いませんよ。明智君のヘルメットを作った時に、予備を10個作っておいたので、ちょうど良かった。トラゾウも運転席に乗るかい?」
「ガオー!」
「良かったな、トラゾウ。お願いついでに、郊外の大型スーパーに寄っていただけると、すごく嬉しいんですけど」
「それは全然良いんですけど。だけど、トラゾウは、この病院以外ではまだまだ驚かれる存在では? ヘリだけでも目立つのに、中にトラがいたらパニックにならないですかね?」
「大丈夫です。トラゾウは、明智君もですけど、ヌイグルミに化けるのが本当に上手なので。スーパーの中に連れていっても問題ないくらいに」
「なるほど、そういう手があったんですね。ところで、僕もパーティーに参加してもいいですか?」
「だめです」
「……」
「パーティーという名のミッションが……あっ、いえ、今日のパーティーはひまわり探偵社の社員及び家族だけの内々のものなんです。珍しく自称有名女優の阿部君ママも来るんです。そこに、警視長のような偉大な人が来たら、みんな気を使って食事が喉を通らなくなりますよ」
「気を使ってですか……。でも、ヘリであちこち連れて行けと?」
「けけけ警視長ほどの人が、細かい事を気にするものではないですよ」と言ってすぐに、私は「ヘリに向かって走っておくれ」と明智君とトラゾウに耳打ちをした。阿部君は察してくれたのか、嬉しそうな演技をしながら二人を追う。
「おーい、待て待てー。ヘリは逃げないぞー。警視長のヘリが相当楽しいみたいですね。私たちも急ぎましょう、警視長。偉大な警視長がコックピットに収まってくれないと、何も始まりませんよ」
「はい、先輩」
この前来た時に、阿部君と阿部君パパが伝説を作ったスーパーに、私たちはヘリで乗り付けた。私の事なんて記憶の片隅にもないが、阿部君の事は覚えてくれているに違いない。そしてその阿部君のささやかなお願いを、きっときいてくれるはずだ。明智君とトラゾウが、よりヌイグルミに見えるように、特製の商品タグを作ってもらうという、本当にささいでバカげたお願いを。
ただ、阿部君自身は伝説を作ったことを知らない。阿部君としては当たり前で普通のことをしただけだったのだから。阿部君と阿部君パパの意識していないパフォーマンスの結果、店内にいたお客さんが喜び、私たち自身も少なからず売り上げに貢献した。私の自信をよそに、半信半疑で阿部君は一人先陣を切り、すぐに空のカートと一緒に戻ってくる。もちろん、商品タグを手に入れていた。阿部君のことだから、正直に犬とトラのために使うと言ったのだろう。お店の人はどこまで信じたのかは分からない。ただ純粋に阿部君のお願いを聞きたかっただけだ。
警視長はヘリにイタズラされるのを心配したのかヘリに残ると言ったが、私が涙ながらにお願いして買い物に付き合ってもらった。理由は2つある。一つは、阿部君パパの代わりだ。もう一つは、そう、支払いだ。何度も何度もボランティア探偵なんて……。田中太郎から現金を盗る予定ではあるけど、それはそれこれはこれだ。商品をカートに入れる前に、警視長にお願いする。
「警視長、今回の探偵料なんですけど、さすがに前回のように無料というのは示しがつかないと思うんです。なので、この買い物代をギャラとして払っていただけないですか?」
私と阿部君と明智君とトラゾウは訴えるような眼差しを向けた。警視長の答えは分かっている。我々怪盗団が一致団結した時の懇願を、断れるほどの非情な人間なんていないのだ。それに、警視長は知らない。私たちがどれほどの爆買をするのかを。
「そ、そうですね。それくらいは払うのが礼儀かもしれないですね」を合図に、私たちは3台のカートでスタートした。一台には、ヌイグルミと化した明智君とトラゾウが乗っていて、私の担当だ。今回は商品を入れるつもりはない。他の二台で十分だろう。その二台は今のところ、もちろん空だ。そしてその空のカートを阿部君と警視長が押すこととなった。本来なら、一番楽なはずのカートを阿部君が押すのが常のように思われるかもしれない。だけど、阿部君は買い物が好きでさらに支払いをしなくてもいいとなったら、自分自身で押さずにはいられないのだ。気づけば、芸術的な山車のようなカートを押していることだろう。ちなみに、警視長に阿部君パパの完全な代わりは期待できないので、警視長のカートに商品を入れるのも阿部君の役目となる。支払い担当とはいえ、口出しはできるはずがない。ここまでは、想定していた。
ここからが、私も予測はしていなかった。なんと、スタートしてすぐに、このスーパーの偉いさんらしき人が、阿部君のコンシェルジュに名乗り出たのだ。さらに「ひまわり買い物ショーの始まりー!」と店内放送が流れる。何度も何度も。具体的な場所を言わずとも、ギャラリーが一人また一人と増えていく。それでも、阿部君は涼しい顔で自分と警視長のカートに商品を入れていった。ときおりコンシェルジュに話しながら。私と明智君とトラゾウは特等席で眺めながらついていくだけだ。
これだけの人がどこから集まったのだろうか。いつしか店内は人人人で溢れかえり、祭り会場の様を呈していた。阿部君の向かう先だけが、モーゼが歩いているかのように自然と開ける。時間的感覚が麻痺した状態で、阿部君の押すカート、コンシェルジュ、警視長の押すカート、私の押すカートの順で進んでいると、いよいよ、私の場所からは警視長のカートの山積みの商品のせいで阿部君及びコンシェルジュが見えなくなっていた。そろそろゴールに違いない。気持ち加速したように感じるし。それでも、芸術的な山積みの商品は、崩れそうで、もちろん崩れない。だから客寄せになるのだ。そして、スタンディングオベーションが教えてくれた。『ひまわり買い物ショー』の終わりを。
レジの様子を、明智君とトラゾウにも見せて上げたい。だけど、大勢の人に遮られて、レジ向こうまでとてもじゃないけど辿り着けそうになかった。私はすぐさま閃く。
「明智君、トラゾウ、今なら動いても誰も気にしない。だから自力でレジまで行って、プロのレジ係の神業を見学してきてごらん。感動ものだぞ。私は一度見たから、今回は我慢かな。レジに着いたら再びヌイグルミに化けるんだよ」
「ワンッ!」「ガオッ!」
明智君とトラゾウは、警視長とコンシェルジュと阿部君の足元をすり抜けて行った。しばらくして「あらっ、かわいいワンちゃんとトラさん、どこから来たの? あの人たちの知り合いね? ここで待っててね」と歓声の間を縫って透き通るような声で聞こえてきた。商品タグをもらいに行った時に正直に話した阿部君の言ったことを信用してくれていたようだ。いろいろな意味で嬉しい。ちなみに価格はいくらに設定してあるのだろうか。バーコードを読み取ったなら、警視長が卒倒しかねないから、レジの人、いや、明智君トラゾウ、調子に乗らないでくれよ。少なくとも、億は超えてるからな。
警視長は卒倒までいかなくても、レジを通すまえから青ざめてはいただろう。国家予算で支払うつもりなのか警視長の自腹なのかは分からないが、どちらにしても痛いからな。そしてすべての商品をレジに通し終わり、金額を目の当たりにすると、私が初めて見る警視長の上の空だった。こんな警視長のヘリの運転なら、タクシーで帰った方がいいだろうか。少し悪いような気がしないわけではないし、タクシー代の分だけ警視長に返そうか。焼け石に水だな。安全にヘリを運転できるほどに回復なんて不可能だ。そうだ、コンシェルジュに頼めば、我が家兼アジトまで送ってくれるかもしれないぞ。タクシー代は浮くし、危険なヘリに乗らなくていい。警視長、少しでも運転に不安があるなら、タクシーで帰ることをすすめるぞ。もちろん自腹だけどな。
尊敬する警視長の心配を、私が心からしていると、なんと警視長に朗報が訪れた。結局、警視長のような人は、そういう星の下に生まれたのだろう。私もそうだから、僻むというよりは、同志という感じだ。うー…。くだらない見えを張ってないで、何が起こったか説明するか。
『ひまわり買い物ショー』のおかげで、このスーパーの本日の売り上げはスーパーになり、さらに絶大な宣伝効果があったのだ。すべての商品をプレゼントという形にしてもらった。素直に探偵料を請求すれば良かったと思うのは、私がひねくれているのだろう。今からでも遅くはないだろうか。警視長の方から言ってくれれば、一回だけ断ったうえで頂くのに。と警視長を見ると、そこまでするかと言いたくなるほどのガッツポーズをしていた。……。まあ、これで、安全運転のヘリで帰れるのだ。それに教訓にもなった。ギャラは現金が一番だ。
だけど、私の失敗はそれだけではなかった。警視長は喜びすぎて調子に乗り安全運転を放棄したのだ。まさかヘリでアクロバット飛行をするとは。買ったというか貰った商品を、コンシェルジュが気を利かせて我が家兼アジトまで運んでくれるとなったのだけが、不幸中の幸いだった。いや、明智君とトラゾウと阿部君までもが、キャッキャッ言って喜んでいたか。
私だけが命からがらの気分で、その他のお調子者はアドレナリン全開で、我が家兼アジトに到着すると、阿部君ママが待っていた。気づいたのは、我が家兼アジトに入ってからだけど。ちなみに、阿部君パパは絶賛俳優活動中だ。なので、来ない。別にどうでもいいが、忘れている人もたくさんいると思ったので、一応付け加えただけだ。
警視長は、気づけば去っていた。私があえて気にしないように努力しただけで、私以外のひまわり探偵社の面々は心からお礼を言っていたようだ。私は、しばらく警視長の顔を見たくないが、そういうわけにはいかないのだろう。まあいい。警部補君に八つ当たりしてやる。上司の尻拭いをするのが部下の役目だからな。
と、ほくそ笑んだところで、先ほどのコンシェルジュが山盛りの商品を大型トラックに乗せて到着した。もう来たのかという驚きを、もう少し早く来てくれたならという悔しさが瞬時に飛び越える。家の中に運ぶのを警視長に手伝わせられなかったからだ。阿部君と明智君には期待できないので、トラゾウだけに目で訴える。しかし、なんと、阿部君と明智君が率先して荷物に向かってくれたのだ。トラゾウだけに手伝わせるのをかわいそうと思ったわけではない。嬉しいことに、アドレナリンがまだ残っていたのだ。もちろんトラゾウも。さらに嬉しいことに、阿部君がカートに商品を積んだ状態で、トラックに乗せられていたのだ。そう言えば、レジを通した商品を阿部君が再びカートに積んでいたが、あの時からこういう手はずになっていたのだろう。
しかし、カートごとどうやって乗せたのだろうか。そして、どうやって下ろすのだろうか。と私が疑問に思ったのは一瞬だった。コンシェルジュがトラックの荷台に板を渡し、まず阿部君が、その上を後ろ向きでカートを下ろす。カートの上の商品は揺れどすれ崩れる気配は見せない。阿部君が地面まで下ろしたカートを、明智君とトラゾウが協力して、我が家兼アジトの玄関に押していく。阿部君は再びもう一つのカートを下ろす。私がそれを押していこうとすると、阿部君がそのまま玄関に向かった。気づけば、トラックはいなくなっていた。カートは……カートも、プレゼントなのだろうか。使い道はあるのだろうか。何かに使えるだろう、うん。小さな事は考えないようにしよう。阿部君が呼んでいる。
「リーダー、玄関を開けてくださいー」
「おおー!」
手持ち無沙汰がなんだか寂しかった私は、喜び勇んで玄関に向かった。颯爽と、阿部君、トラゾウ、明智君を追い抜いて。




