私はチビっ子のヒーロー
キッズルームを難なく見つけ、中を覗くと、トラゾウは子供たちと楽しく遊んでいた。せっかく楽しんでいるトラゾウに声をかけるのを躊躇してしまう。すると、トラゾウが気づいてくれて、なんと、私めがけて走ってきてくれた。阿部君でも明智君でもなく、私にだ。私は自慢気に阿部君明智君を見る。阿部君と明智君の目が「食べ物で釣ってるだけじゃねーか」と言っているが、負け惜しみなので気にしない。
「久しぶりだな、トラゾウ。今日は、パーティーだぞ」
「ガオガガオンガガッガーオ」
何度も言うが、私はトラゾウが何と言ってるのかは、具体的には分からない。阿部君は性格が悪いので、通訳してくれるかどうかは運次第だ。今回はどうだろうか。トラゾウが私に一番に挨拶に来たことを鑑みて、無視されるのは承知の上で、砂粒よりも小さい希望を持って阿部君を見る。
「僕はみんなを案内するから、リーダーは子どもたちの相手をしておいてね」と大笑いしながら、阿部君は通訳してくれた。明智君も阿部君の背後で大笑いだ。
こ、こいつら。トラゾウが、私に雑用を押し付けたと勘違いしているのだな。子どもたちの相手をできるのは、人間力の高い私しかいないと、トラゾウが判断したのに。いちいち正論を言って、こいつらをへこませるのはかわいそうだから、黙っていてやろう。人間力が富士山よりも高い私に感謝するんだぞ、と一応目で訴えると、キッズルームには、大人は私しかいなかった。トラゾウもいなかった。仕事は迅速にしないといけないからな、うんうん。
世界中のチビっ子のヒーローの私がキッズルームの子どもに近づいていくと、子どもたちは歓声で……いや、無言で迎えてくれた。まるで時が止まっていると思うほどだ。おいおい、さっきまでトラゾウと楽しく遊んでいたじゃないか。私を好きすぎて、畏怖に変わったのだろうか。私に対しての憧れがここまで強いのは嬉しい驚きだ。
いや、容体が急変したのかもしれない。なにせ入院するほどの病気なのだからな。みんながみんな同時にというのは……なくはないのかもしれない。実際に、目の前の子どもたちから生気が見て取れないのだ。き、緊急事態じゃないか。この子たちの命は、私にかかっているようだな。絶対になんとかしてやると、見渡しても、このキッズルームには……医療関係者だけでなく大人がいない。私はスーパードクターではないが正義の怪盗なのだから、なすべき事をする時だ。誰かしらを呼びに行こう。と思って振り向いたところに、明らかな看護師さんが歩いてくるのが見えた。
「すいません、子供たちが急変したかもしれないので、ちょっと診てくれませんか?」
「えっ! は、はい、すぐに……。うん? トラゾウがいないですね。あのー、かわいい本物の子トラを見かけませんでしたか? 冗談ではなくて、本物の。だけど、人に危害を加えるなんてもっての外で、いつも子どもたちと楽しく遊んでいる……あっ、見ませんでしたか?」
「あっ、大丈夫です。トラゾウなら、よく知っているので。保護者のようなものだし。トラゾウは、私の仕事関係者を案内してくれています。それで、私が代わりに子どもたちを見ていようとしたら……」
「あー、そうなんですか。なるほどなるほど。それで。確かに……。みんな、トラゾウはすぐに戻ってくるから、元気出して。それに、この面白い顔のおじさんは妖怪ではないから、みんなを食べないわよ。安心してね」
「ほ、ほんと?」
「ほんとよ。この……あのー、お名前を聞いても?」
「私は……通称、リーダーで」
「プッ……。あっ、失礼しました。みんなー、少しだけこのリーダーさんと遊んでくれるかな? いつも遊んでもらってばっかりなんだから、たまにはいいでしょ? あっ、だけど、顔が面白いからって、からかってはだめだからね」
「はーい」
嘘だろ。警察官時代は、私は笑顔で子どもたちと触れ合い、子どもたちも笑顔を絶やさなかったというのに。それを、こんな扱いを受けるなんて。なんて恥知らずな子どもたちなんだ……。分からないように、ついうっかり感を全面に出してぶん殴ってやろうかな。いや、だめだ。本当に偶然手が当たっても、間違いなく懲役刑ものだ。それに、この子たちは悪くない。病気な上に隔離された場所にいるから、顔なじみのない大人を見て不安が襲っただけなはず。
だからって、あの看護師、私の顔が面白いとかどうかとか言わなくていいじゃないか。そう言った方が子どもたちが喜ぶと思ったのだろうけど、大人だからって私が傷つかないとは言えないのに。まあ、私は面白い顔ではないから、冗談として認識できるけどな。もし本気で言ってるのなら、裁判沙汰にしてやるからな。まさか、私は負けないよな? うーん、目立ちたがり屋でお調子者の裁判官がいないとはいえない。うー……。あの看護師がトイレに入ろうとしたら寸前で誰かに割り込まれるように、祈るだけで許してやるか。なんでこんなにも私は心が広いのだろうか。おそらく、私の心の広さは、世界で10本の指に入るだろう。世界一と言わない私は、なんて謙虚なのだろうか。ふうー、だいぶ落ち着いてきたぞ。
これで、とりあえずは、このクソガキ……じゃなくて、いたいけな子どもたちの相手を平常心でできるだろう。トラゾウのためにも、うっかりキレないようにしないとな。私は、良い意味で、子どもを子ども扱いしない素晴らしい人間だから、クソガキども……お子様たち、言動に気を使っておくれ。
「面白い顔のリーダーさん、トラゾウと知り合いなの?」
「トラゾウの友だちというか家族のようなものかな。それと、私は面白い顔ではないぞ。どちらかといえば、かっこいい部類に……」
「はいはい。トラゾウとは、どこで知り合ったの?」
く、クソガキ……。この私を適当にあしらいやがって。私は笑顔を維持しながら素早く後ずさり、おちていた明智君風のヌイグルミを誰にも気づかれないようにヒールキックをして、すぐにクソガキの前まで戻ってきた。その間、およそ0、3秒だ。
「話せば長くなるけど……」
「じゃあ、いいや」
「……」
まずい。手が出てしまう。耐えろ、私。そうだ、手はだめだけど、口で攻撃してやる。めちゃくちゃへこむだろうな。私はトラゾウと世界中を旅したことあるんだぞと自慢して……この子たちの病気が治ってからにするか。旅はおろか学校にも行けない、いや、外にも出してもらえないのだろう。
よし、私がどこかの研究機関に多額の寄付をしてやる。近いうちに、きっと成果が出るから、希望をもつんだぞ。そして治った暁には、私と相撲で勝負だ。純粋に相撲を楽しむために、あらゆる技を披露してやるか。まずは、張り手をばんばんして、フラフラしたところを天高く投げ飛ばしてやる。「大人気ないぞー!」の野次が心地良いだろうな。
「変な顔のおじさん、相撲ごっこをしようよ。分かってると思うけど、わざと負けるんだよ」
ははっ。短い時間で『面白い顔のリーダーさん』から『変な顔のおじさん』に降格したみたいだな。私の理性はこの程度で崩れないから、安心しておくれ。普通に仕返しが楽しみになっただけだ。絶対に、このクソガキの病気を完治させてやる。
忘れないうちに、阿部君と明智君に相談しよう。田中太郎から現金を手に入れられたなら、病気の子どもたちのために寄付をしよう、と。強欲の二人でも、さほど抵抗しない……いや、二つ返事だ。私がこんな慈悲深い提案をしたことを訝る程度だな。下手に嘘はつけないから、クソガキどもに仕返しをするためだと正直に言うか。私を蔑み軽蔑しながらも納得してくれる。
「よし、かかってこい!」
私は、最初に私を侮辱したクソガキに対して、マッサージのような張り手に必要以上に顔を背け、雰囲気だけの上手投げに対して漫画のように飛ばされてあげた。この一戦で私はキッズルームにいる子ども全員の心を掴む。次から次に、私に挑戦してくるのだ。入院していて娯楽が少ないからなのだろうか、子どもなのに相撲の知識が豊富で、私も知らないような技を駆使して私を倒そうとしてくる。もちろん、私は負けてあげる。今は、まだ大人の強さを見せる時ではないからな。結局、私はみんなにそれぞれ3回負けてあげた。仕返しするのが、本当に楽しみだ。
当たり前に4順目に入ろうとしたところで、警視長を筆頭に、阿部君と明智君とトラゾウが戻ってきた。ようやく私は解放されるようだ。……。まあ、たまには、チビっ子のヒーローらしい仕事をするのも悪くはないか。だけど、次に勝つのは、私だからな。
「私は世界の平和を守るために、もう行かないといけない。さらばだ」
「えー!」
「なんだ、寂しいのか? わかるぞ。だけど、みんなが私を待ってる……」
「そんな弱っちいリーダーが、世界の平和を守れるわけないじゃん」
おおー! 『変な顔のおじさん』から『リーダー』に出世した。なぜか分からないし、『リーダー』と呼ばれるのは当たり前なのに、嬉しいじゃないか。仕方がないから、少しだけ喜ばしてやるか。
「じゃあ、君たちが世界の平和を守っておくれ」
「……」
「どうした?」
「僕たち、病気だもん」
「そうか……。君たちの病気は絶対に治してやる、絶対にだ」
「ほんと?」
「ああ。トラゾウに誓って。トラゾウー!」
トラゾウが私の呼びかけに速攻で走ってきてくれた。すぐに私は抱きしめ、そのまま持ち上げる。私とトラゾウの仲睦まじさを目の当たりにした子どもたちの目は輝いていた。私は、ヒーローらしく後ろ手に手を振りながら、子どもたちとお別れをする。トラゾウは私に抱かれているので、子どもたちと面と向かっている形で手を振っている。なので、子どもたちの顔が見えているのだろう。私に耳元で「ガオガガオ」と囁いた。きっと「ありがとう」と言ったに違いない。子どもたちと遊んでくれてではなく、子どもたちに希望を与えてくれての意味で。
「リーダー、バイバイー! また来てねー!」
そのまま、警視長と阿部君と明智君に合流した。警視長と明智君は、私がたまに子どもと波長が合う事を知っているので淡々としている。阿部君は、口に出してはいないが「お菓子で釣るんじゃねえ」と目で言っていた。何度も言うが、私は心が広いので、トラゾウとの仲良さをさり気なくアピールするに留めておく。阿部君は分からないように地団駄を踏む。さあ、頑張って探偵活動再開だ。
「先輩、もう目星はついてるんですか?」
「はい」
「さすが先輩ですね。ちなみに容疑者は?」
「田中太郎と田中奈々と息子の太郎丸と五十嵐という料理長の4人です」
私は意地でも、阿部君と明智君を見ないようにした。二人は、私が容疑者を増やしたり減らしたりした綱渡り的捜査を知っているからだ。容疑者の4人中3人も、田中太郎がお膳立てしてくれていたし。それでも、私は最低限の捜査はできた自負がある。対して、二人は、警視にもかかわらず、何か結果を出したわけでもないので、横やりは入れてこないだろう。だけど、後先考えないで私を下げようとしても、私は決して驚かない。それが、阿部君と明智君だからだ。




