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初老新米大怪盗の終わりなき探偵事件簿with見習い怪盗の阿部君とゴールデンレトリバーの明智君  作者: バスバスキヨキヨ


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薄氷って割れそうで割れないものだ

 犯人を確定させるには、まだまだ早すぎる。とりあえずは、今日の夜に田中太郎の屋敷の隠し金庫のお宝を頂くついでに、田中太郎が怪しい動きをするかどうか確認してからだな。わざわざまたとない機会を作ってあげたのだから、田中太郎が犯人なら、さらに何らかの行動を起こすはず。田中太郎が容疑者に指名した3人の所持品を、『神のゲンコツ』を保管しておいた金庫の近くに置いたら、確定だな。私が徹底的に調べたのなんて気にしないでやるだろう。あいつの知能指数はその程度だから。逆に、大人しく寝てすごしたら、容疑者から外してやるか。

 なんか消去方みたいだ。私らしくないか。盗まれたはずの『神のゲンコツ』はあるし、はっきり言って立件できるような事件でもないのだから、本気を出せないのだ。それに、『神のゲンコツ』を取り戻したのを知っているのは田中奈々だけとはいえ、他の容疑者だって薄々気づいているかもしれない。そうなると、犯人を指名したところで、強気に否定するだろう。今回に限っては、消去法で外堀を埋めていって、犯人の自白を引き出すのが最適なのだ。ほ、本当だぞ。

 それよりも、今は、もっと異次元的に大事な事がある。私の言うことなら何でも快くきいてくれるマリ先生に、病院に容疑者たちを一晩泊めてくれるように頼むのをすっかり忘れていたのだ。病気でもない人間をホテルというか留置所代わりに使われるだけでもおもしろくないだろう。なのに、いきなり連れて行くなんて。いくらなんでも快くきいてくれる……いや、正直になる時だな。私の言うことなんて一切合切きいてくれないマリ先生が、私のお願いを快くきいてくれるなんて、夢物語もいいとこだ。

 阿部君、出番だぞ。少しくらいは働いてもらわないとな。

「阿部君、すまないが、マリ先生に電話してくれないか? 病室を2、3部屋貸してほしいと頼んでおくれ。渋ったなら、明智君の名前をだせばイチコロだ」

 明智君は誰にでも好かれるのに漏れず、マリ先生も明智君が好きなのだ。ただ、なんでもかんでも明智君の名前を出せばいいとうものではない。見返りを要求されるからだ。それなら、知らぬ顔をしておけばいいなんて、姑息な考えはご法度だ。絶対にどこかから明智君の耳に入るようになっている。そして、報告前に明智君に知られたなら、見返りも段違いに跳ね上がる。ドライだ。だけど、それが、明智君だ。

 だけど、阿部君が明智君の名前を使っても、明智君は見返りを要求しない。仲が良いのもあるが、阿部君を恐れてもいるからだ。というわけで、阿部君にお願いしたのだ。といっても、普段の阿部君なら、見返りを要求する。だけど、ひまわり探偵社の仕事をしている時は別だ。なんと、無報酬で私のお願いをきいてくれる時が多々ある。阿部君に推理ショーの主役の権利をあげるのが前提とはいえ、阿部君なりに感謝しているのだろう。それに、阿部君の中での便利屋である私の、一時離脱は避けたいのだ。

 なぜ私が一時離脱するかと言えば、今の私は明智君に知らせなければならない大事な事案が発生しているからだ。そう、五十嵐からドッグフードを提供してもらう件がご破産になってしまったことを。明智君はこれを聞くだけでも、我を忘れて暴力的になるかもしれない。目が合っただけでも、無意識にパンチが出る状態だ。そこに、事後承諾という名の、無断で明智君の名前を使ったなら、明智君は承諾するどころか殴る蹴るの暴行をやらずにはいられなくなる。結果、ひまわり探偵社の社員は、一身上の都合により1名と1頭になるだろう。良くて半年、悪ければ永遠に。私の体力と回復力をもってすれば、全治半年にはできると信じたい。

 そういう訳で、仕方がない感を全身で表して、私を睨み、返事もせず、阿部君は携帯電話を手にした。マリ先生に電話するためなのは言うまでもない。万に一つあるとしたら、阿部君ママに私の悪口を私に聞こえるように言うかもしれない。その後で、マリ先生に電話をしてくれるだろうけど。

「マリ先生、急で申し訳ないんですけど、病室を2つ3つ貸してもらえないですか?」

 …………。

「色々事情があって。被害者だと言われている人と容疑者扱いされている人が、接点を持たないようにしたいそうなんです。この阿部警視と明智君警視のたってのお願いを……」

 ……。

「リーダー、マリ先生が、リーダー巡査は頭を下げないのかしら、って言ってますけど」

「阿部君が一緒に名前を出してくれれば良かったじゃないか。携帯電話をちょっと貸してくれ。あっ、マリ先生、この通りです。病室を貸してください」

「あー。リーダー、頭を下げてないじゃないですか」

「わざわざ、そんな大声で言うことないだろ。あっ、マリ先生、この通りです」

 阿部君が見てるので、今度はきっちり頭を下げた。見えない相手に頭を下げる意味があるのだろうか。それでも、まるで見えていたかのように、マリ先生は納得してくれた……のだろうか。

「ひまわりと明智君のたってのお願いだから、聞いてあげるわ。貸せる病室はトラゾウに伝えておくわ。病院に着いたら案内してもらって。しばらくはキッズルームでくつろいでるはずよ。もしいなかったなら院内放送で呼んでもらいなさい。私じゃなくて、トラゾウをよ。ガチャ……」

 マリ先生は一方的に話すと通話を終わらせてしまった。いちいち阿部君に代わったというのに。気持ちの悪い悔しさだけが残っている。考えてはいけなかったな。留置所代わりの病室を確保できたことを素直に喜んでおこう。私は素直だから。

 それに、トラゾウに久しぶりに会えるのだ。久しぶりとはいっても、3、4日だけど。ずっとそばにいたのだから、いなくなるとやっぱり寂しいのだ。トラゾウは我が家兼アジトが日本での住居だったが、病院でのセラピータイガーの職を得てからは、病院で寝泊まりしている。病院側が強く希望したからだ。だけど、それだと、私がとても辛いと分かった。週末だけでも我が家で滞在できないか交渉してみようか。病院には平日も週末も関係ないだろうけど。トラゾウの意見を聞いてからにしよう。

 小一時間で私たちは病院に着いた。警視長が明智君を喜ばせるためだけに日本一周しなくて安堵だ。まずは、五十嵐を片付けよう。ある意味、文字通りだ。今の私は、五十嵐と目を合わせるのもそばにいるのも、嫌悪感しかないからな。先に到着していた警部補君と小林に、ぞんざいに引き渡す。警部補君は残り、小林が五十嵐を他の容疑者が待っている所に連れていってくれた。

 警部補君が残ったのは、私たちと一緒にキッズルームでトラゾウに合流して、それから留置所代わりの病室の場所を確認するためだ。わがままな容疑者たちを、無駄に歩かすと不機嫌になるとの判断だろう。判断したのは、小林に決まっているが。私としては、明智君からの八つ当たり係として申し分ないので、警部補君の方が残ってくれて本当に嬉しい。それ以前に、初めてのヘリの遊覧飛行で明智君が上機嫌であることを期待するがな。

 厳密には、明智君がヘリに乗ったのは2度目だ。だけど前回は意識不明だったから、今回が初めてのヘリと言って差し支えないだろう。それに操縦席という特等席だ。悪人から現金を奪った時の次に嬉しいはず。

「明智君、ヘリの遊覧飛行は楽しかったかい?」

「ワオーン」

 おおー。予想していた通りのご機嫌さんだ。美味しいドッグフードを、田中太郎の屋敷から発掘も五十嵐に作成も、できない旨を話すのは、今だろうか。せっかく機嫌がいいのに、嫌な事を聞かせるのは邪推だろうか。どうせいつかは知るのだから、早い方が、明智君のためにも私のためにもいいような気がする。今なら、警部補君もいることだし。警部補は、気を利かせてか危険を察知しているのか、気持ち離れているが仕方がない。いざとなれば、警部補君めがけて逃げればいいだけだ。

「明智君、せっかく機嫌のいいところをすまない。実は、田中太郎からは美味しいドッグフードが手に入らない」

「ワーン……」おそらくへこんでいる。雰囲気からして間違いない。暴力に訴えなくて良かった。暴れる気力すらなくなるほどに、明智君は……。口約束で終わらせるつもりだったけど、ドッグフードハンターを真剣に検討してみるか。

「明智君、ごめんよ。この事件が解決したら、世界のどこかにある美味しいドッグフードを、まず探しに行こう。だから、元気をだしておくれ」

「ワーン……」おそらく喜んでくれている。田中太郎からは、最低限、渡航費用を提供してもらわないとな。もし空振りに終わったなら……ボランティア探偵を卒業して、警視長からきっちり探偵料をもらうしかない。もしくは、警視長の海外研修にお付きの人として強制参加だな。冗談はほどほどにして、田中太郎のあの金庫には何億円あるのか楽しみだな。

「先輩、僕も一緒に行ってはだめですか?」と、いきなり子供じみた内容で会話に入ってきた。警視長の仕事って、実は暇なのだろうか。しかし、ドッグフードを探しに行くといっても、スーパーやドッグフードを作っている会社に行くわけではない。

 金に糸目をつけずメーカーがセレブのためだけに作った限定販売のドッグフードを、買い占めたであろう悪徳な金持ちから盗むのだ。ついでに、現金や金目の物も。私たちが怪盗団なのを知っているからって、警視長を連れていくのは……。下手なごまかしは警視長には通用しないから、正直に言うか。

「警視長、単刀直入に言わせてもらいますね。私たちは、ドッグフードを買うのではなく盗むのです。探しているドッグフードというのは、市場に出回る前にコネやお金に物を言わせたセレブによって、買い占められた類のものだから。全く情報がないので、正直言って、そういうのがあるのかどうかは疑問です。例の悪徳政治家の家にはあったので、おそらくあると……いえ、必ずあるんです。もちろん、真面目に生きているセレブからは盗りません。残念ながら悪人というのは世界の至る所にいるので、そういう奴から分けて……可能なら根こそぎいただきます。幸いなことに、大抵の悪人は警察を呼ぶのを嫌いますしね。警察が来たら、自分たちに都合の悪い物を見られかねないので。あの悪徳政治家の時で言えば、もらった賄賂が事細かく書かれていた裏帳簿でしたね。あっ、もしかしたら、警視長は、非合法でもいいから、そういう裏帳簿のようなものを、世界中にいる悪人から……」

「さすがリーダー、と言っておだてておきましょうか。そうなんです。権力を持っている悪人をいかに逮捕するかを、世界中にいる警視長仲間の間で、よく話し合われていて。それで、この前の先輩たちのおかげで悪徳政治家を逮捕できた件を、彼らに説明すると、えらく感心されたんです」

「そういうことですか。分かりました。でも、言っておくことがあります。自分の身は自分で守ってください。例え警視長一人が敵に捕まったとしても、私たちのことは絶対に話さないと誓ってもらいます。その他の細々とした事は、作戦会議の時やその都度言います」

「分かりました。よろしくお願いします」

「今は、この事件を解決するのに全力を注ぎましょう。まずは、キッズルームにいるトラゾウに会いにいきますよ」

「は、はい。トラゾウに?」

「ああ、警視長はトラゾウを知らなかったですか?」

「いえ、トラゾウは知ってますし、会ったこともあります。すごくかわいい子トラですよね。でも、どうして、ここに? それに、捜査中にわざわざ」

「ああ。トラゾウは、ここでセラピータイガーをしてるんですよ。そして、容疑者たちを拘束するための病室を案内してくれる手はずになってるんです」

「そうでしたか。確かに、トラゾウの天職ですね」

「そうなんです。だけど、トラゾウの人気がありすぎるので、私が全然一緒に遊べないんですよ。トラゾウは、私と遊ぶよりは、ここで子供たちと遊んでる方が楽しいのでしょうけど……」

「先輩……。先輩の隣で一緒にごはんを食べている時のトラゾウは、本当に楽しそうでしたよ」

「そうそう。リーダーが作った、料理を、トラゾウは大好きなんですよ。だから、ある意味、トラゾウはリーダーが一番好きなんじゃないですか」「ワンワン」

 阿部君と明智君なりに、私を励ましてくれているのだろうか。少し剣があるような言い回しをしたのは、そういうお年頃なのだろう。それに、私がどうこうではなく、トラゾウがみんなに好かれていることが何気に嬉しい。

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