新たな容疑者が浮上
怪我の功名というのだろうか。人間追い込まれれば自分の限界を超えられる、の典型なのかもしれない。おぼろげにしかできていなかった五十嵐が無関係の理由を、私は全く噛みもせずスラスラと披露してしまった。無性に気持ちがいい。
しばらく余韻に浸りたかったのに、真面目巡査部長が話しかけてきた。楽しみを奪われるのは嫌いだと、事件が解決した後の打ち上げで100回は伝えるか。そういう場がなかったなら、100日連続ではがきを送るぞ、真面目巡査部長。
「リーダーさん?」
「なんだ?」話しかけるなら私が余韻に浸り終わってからにしろ、という怒りを込めた口調で、私は応えた。そんなんじゃ再出世なんて夢のまた夢だぞ、という説教をしているような目で。真面目巡査部長は察したのか、打ち上げ時の私からの説教を半減させたいと思ったのか、ご機嫌取りから入る。
「いやあー、おみそれしました」
今どき「おみそれしました」なんて言うやつがいるのだな。その言葉を受けてというよりも、そんな言葉を実際に使った人に初めて会ったことが嬉しくて、私の機嫌は直ってしまった。意味もなくバカにされた後に明智君に八つ当たりしたと同じくらいすっきりしている。
「そ、そうか? こんなの誰でもできるんだけどなー」
「いえいえ誰にでもできるものではないですよ。リーダーさんて、本当に推理ができたのですね。あっ! も、もしかしたら、前回の事件……」
「その続きを言ったなら、お前の後ろにいる奴に命を狙われるぞ」
「ヒッ! いえ、私は、その、何と言うか……ああそうそう、前回の事件は名探偵ひまわりさんが大活躍したから、今回はリーダーの面目を保つために相当頑張ってるんですね、と言おうとしたまでですよ。ふうー。昨日今日で、よほどたくさんの推理小説を読んだとかですか? それとも名探偵大百科とかかな。どちらでもいいですね。それよりも、まだ五十嵐さんが容疑者から外れただけなので……」
「そうだったな。田中奈々さんにも聞こえるが、気にしないで説明するぞ。と言うだけで、田中奈々さんが容疑者から外れているように思うだろう? でも、残念なことに、現時点ではまだだ。これから始める私の名推理により、田中奈々さんは無罪が確定するのだから。そのために、この私が気を利かせて連れてきたというわけだ。なっ? 分かっただろ? 私の勘違いとか早とちりとか失敗だとか、疑ったことを恥じて反省するんだな」
「あっ、いえ、本官は……う、疑ってなんか……。そういう発言はしそうになったか、もしくはうっかりしてしまったかもしれません。だけど、リーダーさんの能力を疑ったことなんて……ですよ」
「うん? はっきり聞こえないぞ。まあいいか。結果がすべてだからな。私は、人の失敗を責め立てるような、小さな人間ではないし。では、そんな大きい人間の私が話を聞きますね、田中奈々さん。えっとー……」
今の今まで大人しくしていた田中奈々が、たまりかねたのだろう。名探偵お決まりの出だしか感動的かつ独創的な出だしで話そうか、私がほんの少し迷っただけで、勝手に話し出した。私は大きい人間なのだから、問い詰めるようなまねはしない。まだ抱えているヌイグルミを持つ腕に少し力を加えたくらいだ。
「そちらのユニークな探偵さんを疑っているわけではないんですけど、身の潔白を、私自ら説明して構いませんか。私は、百歩譲って、手段や動機なんかはあるのかもしれません。部屋の鍵はおろか金庫の鍵までも、されていないと知ってた数少ない者です。ちなみに、太郎丸には、金庫には鍵がかかってると言ってあります。あの子が勝手に持ち出して失くすと、主人に怒られてかわいそうなので。だから太郎丸も無関係……太郎丸は話しましたか? 友だちに見せびらかしたいとか?」
「すいません。それは今のところノーコメントで」
「そうでしょうね。一応擁護しておきますけど、太郎丸は金庫には鍵がかかっていると本気で信じてます。もちろん開け方は知りません。そして、あの子は無駄な努力はしない主義です。なので、太郎丸があの石ころを見たいと思って主人に断られたなら、私にお願いするでしょうね。もし本当にマッサージチェアーの上に置いてあったのなら、そんなことができるのは、私だけでしょう。それでも、私はしてませんと言うだけです。まあ否定したところで、信用してもらえるとも思ってませんが。だけど万が一私がそれをしていたとして、警察がどうこうできるものではありませんよね?」
「はい。最初の取り調べで真面目巡査部長からも説明があったように、『神のゲンコツ』の所有権は田中奈々さんにもあります。なので『神のゲンコツ』がマッサージチェアーの上にあろうが、私のポケットの中にあろうが、はたまた粉々になっていようが、田中奈々さんには何の罪もありません」
「私の無実を証明していただけたのは嬉しいのですけど。だけど、ダイヤモンドを粉々になんていうふざけた表現をされると、真実味が薄れてしまいますわ」
「あっ、それは失礼しました。だけど私はふざけたわけではありません。根拠はないし実際にやり方を説明できませんが、私と阿部君と明智君が力を合わせれば、できない事なんてありません。普通に考えればダイヤモンドを粉々になんて、難しいというか不可能だとは思います。だけど私たちは決して無理からは入りません。やれるだけやってみます。それが、私たちなんです。実は、ほんの少し前に、ある困難な案件が私たちに舞い込みました。守秘義務があって具体的には言えませんが、それは厳重な金庫……のような難攻不落の城を攻め落とすようなものです。それを、私と阿部君と明智君と状況次第で愉快な仲間を加えて、今はやり遂げるイメージしかありません。見た瞬間はあまりの堅牢さに、逃げ出したくなったのは本当のところです。だけど、阿部君と明智君と目が合って、逃げ出すどころか前に進みたくなりました。その時は時間の都合で厳しかったけれど、今なら断言できます。私たちに不可能はないと。……。もしかしたら話が逸れてしまったようですね。すみません。すみませんついでに、もう一言。阿部君明智君、私たちの前では難攻不落の城なんてピクニックのようなものだ」
「私たちのリーダー!」「ワオワオーン!」
実際には、難攻不落ではない。あの厳重で堅牢な金庫には鍵がかけられていない、という貴重な情報を田中太郎から鮮やかに聞き出したからな。それを知ったから、こんな強気な発言をしているとかではない。例え完璧に鍵を掛けられたくさんの人が警備していたとしても……。今は、宝石盗難事件を解決するのに集中するか。
「では、盗難事件の方に話を戻しましょう。えっとー、どこからだったかな。うーん……マッサージチェアーに『神のゲンコツ』を置いたのは誰か? からでいいですよね? 田中太郎さん、太郎丸君、そして田中太郎氏の3人の中の誰かです。他にはありえません。登場人物から漏れているこの屋敷に出入りできる人々は他にもいるでしょうが、五十嵐さんと同じ理由で省けます」
「えっ! 被害者の田中太郎さんも容疑者に含まれるんですか?」と真面目巡査部長が思わず口を挟んだ。私の邪魔をするな、だなんて思わない。むしろその発言で盛り上がるので、私は心の中でガッツポーズだ。本当なら阿部君と明智君の役目なのだろうけど、今の二人は再び金庫の中身で頭がいっぱいなので、話を聞いていないのだ。
私は冷静に真面目巡査部長をたしなめながら話を続ける。なぜか気持ちが良い。探偵ズハイになっているかもしれないようだ。ホームズ、分かるよな? ポアロも。
「もちろんだ。だけど、その前に田中奈々さんと太郎丸君について話そう。太郎丸君は、金庫に鍵がかかっていると信じて疑っていなかったようだった。しかし実際には鍵はかけられていなかったので、その証言にさほど重要性はない。が、五十嵐さんと同じ理由で、太郎丸君がマッサージチェアーに置く意味もない。太郎丸君単独の犯罪だったならだけど。そう、マッサージチェアーに置いた意味を見出そうとするなら、田中奈々さんと太郎丸君の共犯となります。太郎丸君に頼まれた田中奈々さんが直接渡せば済むと思われますが、それだと明らかな共犯になります。なので、マッサージチェアーというワンクッションで薄めた。田中奈々さんは、ただ意味もなく『神のゲンコツ』をマッサージチェアーに置くだけ。それをたまたま偶然見つけた太郎丸君は、田中太郎氏に渡すために手に取るでしょう。マッサージチェアーに置いたままにしておいたら、不用心ですからね。といっても、それは所持しているのを父親の田中太郎氏に見つかった時の言い訳です。それでも、田中太郎氏は不審に思うでしょうけど。マッサージチェアーにあるのは当たり前に不自然ですから。そういう最悪の状況になっても、田中奈々さんが適当に言い訳をすれば、おそらく簡単に終わるのでしょう。順当に行けば、太郎丸君は友人に見せびらかすという熱望していた行動を起こしてから、再びマッサージチェアーに置きます。そしてすぐさま、田中奈々さんが金庫に戻せば、何事もなく終わります。という計画を練った可能性はあるのかもしれません。私が見つけた時は、田中奈々さんが置いた後か、目的を果たした太郎丸君が置いた後かまでは、判別できませんが」
私は一旦間を取り、阿部君を見つめ、抱いている明智君を優しく叩く。私を褒めさせるためだ。だけど二人は、まだ金庫の中身の事で夢うつつだった。分かってはいたがな。なので、再度、真面目巡査部長の出番だ。察しろよ、真面目巡査部長。私を感動させておくれ。
「ブラボー!」
真面目巡査部長の奴め、手を抜きやがったな。ダメ出ししたいけど、もっと褒めろだなんて言おうものなら、私が小さいと勘違いされてしまうのだろう。仕方がないから、粛々と続けるか。この先を聞けば、今度は真面目巡査部長も手を抜きはしないだろう。それでも手を抜いたなら……私は悲しい。私の話を聞いているふりをしながら、誰もが納得できる感動的な褒め言葉を考えておくんだぞ。
「まあ今のは、そういう考えもありますよと、可能性を示しただけです。私の本命は、田中奈々さんでも太郎丸君でもありません。そう、わざわざ被害者である田中太郎氏を容疑者に入れたということは、そういうことです。自作自演の狂言で悪知恵というよりも浅知恵を働かせたのでしょうけど、私には通用しない。私に限らず、田中奈々さんも薄々気づいてるんじゃないですか? そしてどうしてこのような警察沙汰にしたのかも」
「……」
「奈々さんっ!」
「はい、はい。証拠を示せと言われれば思い当たりませんけど、主人がしたことだと、私は感じました。だけどそれを言ったところで、信用してもらえないどころか下手な言い訳をする犯人だと決めつけられる、と思いましたので……。そちらのユニークな顔立ちの方は、顔に似合わず鋭いのですね」
どいつもこいつも、なぜ余計な事を言って、私を悲しませるんだ? 誰も田中奈々を咎めもしなければ、私を慰めもしないし。ああ、そうか。阿部君と明智君は、まだ金庫の中身の事で夢うつつだったな。それから真面目巡査部長は、私の褒め言葉を考えるのに精一杯だもんな。
「……」「ヒヒヒ」「ワワワ」
田中奈々の発言を聞いていたじゃないか。それなのに……。真面目巡査部長、堪えるのが一番酷いぞ。阿部君、推理ショーの主役を譲ってあげるのだから、たまには私に味方してくれないだろうか。そして明智君、明智君は私と顔が似ているともっぱらの評判だというのを、忘れたのか? 仕方がないから、このやり場のない怒りは、すべて給料据え置き警部に向けよう。同情するよ、給料据え置き警部。ヒヒヒヒヒ……。




