私の起死回生の推理
まず、私は、自分の体で太郎丸と五十嵐からの死角を作った。そしてポケットから『神のゲンコツ』を取り出す……のギリギリ前に気づいた。阿部君と明智君にも、大人しくするように言っておかないといけない。ギャアギャア騒ぐとしたら、こいつらだ。
「阿部君と明智君も頼むぞ。何が起こっても驚かず騒がす暴れず、静かにじっとしていてくれよ」
「はい、リーダー」「ワン、ワーオー」
よし、これで大丈夫だ。今度こそ私はおもむろに……は、やめておくか。疑っているわけではないが、一人と一頭は精神的に未熟だからな。まるで『神のゲンコツ』が恥ずかしがっているのではという程度に、私はチラッと出した。
「……」「そ、それって」「リーダーのバカー、老害ー、くたばれー」明智君は何も言わずフライングボディアタックだ。
おいっ。言うことを聞いてくれたのは、田中奈々だけじゃないか。阿部君と明智君はまだしも、真面目巡査部長ほどのやつが大声を出しやがって。阿部君は、そこまで言う必要はないし。ちなみに、明智君の攻撃に備えていたので、私は見事に受け止めた。
明智君を受け止めた……。両腕を使っている……。明智君を片手でなんて持てないからな。ということは、私の右手にあった『神のゲンコツ』はどこにいったのだろうか。少なくとも、ポケットにも右手にも『神のゲンコツ』の感覚はない。勢い余ってどこかに投げたか、力なく真下に落とした? それらしき音がしたようなしていないような。太郎丸か五十嵐にぶつけていたなら、照れながら言い訳をしないといけないぞ。真下に落としたとしても、何らかの説明は必要か。なにせ、今回の事件の主役の『神のゲンコツ』が突如現れたのだから。私が天才マジシャンだと言えば、信じてくれるだろうか。まあ、何にせよ、私は言い訳世界チャンピオンだ。なんとかなる。
と覚悟を決めるのに10秒を費やしてしまった。勇気を振り絞って、まずは真下を確認する。『神のゲンコツ』をぶつけられた太郎丸や五十嵐の悲鳴はもちろん、床にダイブしたような音もしなかったのだから、見る前に気づくべきだったのだろう。私にしては焦ってしまったのだ。滅多にあることではないがな。それでも、言い訳世界チャンピオンとしては、焦ってしまった言い訳をするべきだろう。いや、でも、忙しいからまた今度にしよう。焦ってしまった理由は一つ二つではないし。様々な多種多様な原因が複雑に絡み合って……それよりも状況説明だ。
明智君はまだまだ何をしでかすか分からないので、私は抱きしめたままでいる。私と阿部君と田中奈々は、床に目を移している。明智君もだ。その床には『神のゲンコツ』ではなく、真面目巡査部長が横たわっていた。『神のゲンコツ』は見当たらない。太郎丸と五十嵐にだけは見せないとばかりに、真面目巡査部長が両手でがっちり握っていたからだ。
真面目巡査部長を褒めてあげたいところだけど、やめにした。『神のゲンコツ』をチラッと見たくらいで大声を出してしまったので、差し引きゼロだからだ。時には優しく時には厳しく時には時間を無駄にしないが、我がひまわり探偵社の方針だからな。いちいち決めたわけではない。阿部君と明智君の普段の言動から、私が当たり前に感じただけだ。
真面目巡査部長の評価や、ひまわり探偵社の面々の性格を遠回しに批評している時ではなかった。この大騒ぎに乗じて太郎丸と五十嵐が、私たちの方に来るかもしれない。「そこを動かないように」と私は目だけを使って言い放った。一応潤ませている。でも伝わらないので、声を使おう。と考え改めるか改めないかで、阿部君と明智君がものすごい目で太郎丸と五十嵐を睨んでいるのに気づいた。恐いもの知らずの無敵のシロクマでさえブルブル震えて動けなかっただろう。
私と阿部君と明智君が鉄壁の防御をしている間に、真面目巡査部長は素早く立ち上がった。私たちへの感謝の言葉を忘れているようだが、私たちは許す。少なくとも、心の広い私は。そんな真面目巡査部長は『神のゲンコツ』を軽く確認してから、自分のポケットに仕舞い込んだ。そしてすぐさま厳しい目をして詰問口調で私に問いかける。
「これはどういうことですか? 説明してもらいますよ」
『神のゲンコツ』を見つけた張本人の阿部君は、素早く真面目巡査部長の背後に回り込み、知らぬふりというか部外者を装い始めた。明智君も阿部君に追随したいところだろうけど、私が離さない。私を噛んで逃げるというのもあったが、ひとまずヌイグルミに化ける方を選んでくれた。それでも私は離さないが。
明智君を抱いていると落ち着いて説明できるのが理由だ。そして理由は一つではない。真面目巡査部長が早まって手錠を掛けようとしたら、明智君を盾にするためだ。だけどこれは明智君に悟られてはいけない。明智君は明智君で、すべてお見通しの可能性はある。だけどそれを私に気づかれると逃げるのに手間取るので、あえて力を抜いている可能性が極めて高い。
私は明智君との駆け引きをしながらも、真面目巡査部長に説明する。もちろん正直にだ。「さっき空から降ってきて私のポケットに入ったのを忘れていた」なんていう分かりやすい嘘は、私が言ったなら真面目巡査部長は信じるだろう。だけど後で辻褄を合わせるのが大変になってしまう。最低限、この屋敷のあの部屋の天井から空に通じる穴を開けないといけない。まあ、そんな風に嘘を嘘で固めるのだろうな。
結果、どこかで限界を迎え、仲間を売るか適当な奴を身代わりにするしかなくなってしまうのだ。だけど仲間を売るのは、あらゆる不幸が私を襲う。身代わりにできる適当な奴は……給料据え置き警部がいるじゃないか。でもまあ、この先何があるか分からないので、給料据え置き警部は保険として残しておきたい。
なので、とりあえず正直に話そう。正直にだけれども、あった事を事細かに話してはいけない。そう、阿部君が見つけたなんて言おうものなら……考えるのも恐ろしい。
「あの部屋にマッサージチェアーがあったのは知ってるだろ? その上に無造作に置いてあったんだ。ブランケットで隠されてはいたがな。鑑識が来ないのなら自分で調べるべきだったな、とそこの狸寝入り警部に後で言っておいてくれるか。私たちが調査する前に現場を荒らしたくない気持ちが大きかったのだろうけど」
「警部のことはおいとくとして、それは本当ですか? だったらすぐに教えてくれたらいいものを」
「まあ、確かに、見つかったぞと言ってあげたら、無事に解決の一件落着だろう。表面上はな」
「表面上? どういうことですか?」
「どう考えても不自然じゃないか。いくら金庫に鍵がかかってなかったからって、『神のゲンコツ』が一人でそこまで移動したわけではないんだぞ」
「確かにそうですね。誰かが置いたのは間違いないでしょう。だけど、その誰かは、何のためにそんな所に置いたのですか?」
「それは……これからみんなで意見を出し合って……。と言いたいところだけど、この名探偵リーダーが容疑者と動機を限界まで絞ってやろう。しっかり聞いてよく見ておくんだぞ。特に、真面目巡査部長の後ろに隠れている人! どうせ解決編では、喜んでお前が話すんだから」
「……ハイ」
ふうー、真面目巡査部長は信じてくれた。正直に話して本当に良かった。これからも正直な人生を歩むとするか。怪盗は……私にとっては正直な生き方なのだ。物は言いようだけど、それが我々怪盗団のモットーだぁー。
すっきりしたところで、ひまわり探偵社の仕事を正直に励むか。解決できなかったなら、探偵社の名付け親のヒラ社員がピーピー喚き散らすだろうからな。
「まず今回の事件の登場人物の中で、そんな事をする意味のない人を消すとしよう。それは、五十嵐さんだ」
「えっ!」「うそー!」「ワン?」
おっ、ヌイグルミが思わず声を出したぞ。まだまだだなと言いたいところだけど、真面目巡査部長が私の話を信用したみたいだから、安心したのだろう。私が疑われたら、自分だって疑われるのが必然だと思い込んでいるからな。私が明智君を道連れにすると分かっているのだ。明智君、そうなっても恨まないでくれるかい。逆の立場なら、明智君だって……。静かに仲間割れをしている場合ではないな。
一番動機がありそうな五十嵐を、取り調べもせずに無関係だと言った衝撃は、3人には思いの外大きかったようだ。そして理解したに違いない。名探偵リーダーは自信を持って五十嵐を早々に容疑者から外したから、再度田中奈々を連れてきたのだと。よし、これで私のうっかりミスが、ミスではなくなったはず。物忘れの酷い初老だと、誰にも言わせないからな。
だけど大事なのは、ここからだ。五十嵐を外した理由を説明しないといけない。落ち着け、私。頑張れ、名探偵リーダー。神様はお前の味方だ、大怪盗リーダー。
「『えっ!』とか『うそーん!』とか『ギャオオオン?』とか驚く必要なんてないじゃないか」
「そ、そうなんですかね? だって容疑者の中で唯一の身内ではない人物なんですよ。一番怪しいというか、怪しいのは五十嵐さんだけと言ってもいいくらいです。田中奈々さんと太郎丸君はわざわざ盗まなくても、頼めばいずれ借りれたでしょうから。最悪、勝手に借りたところで、罪には問われないんですよ。でも、五十嵐さんは動機は別として頼んでも貸してもらえないとなったら、盗むしかないじゃないですか」
「そうだな。五十嵐さんが欲したのなら、おそらく盗むの一択だろう。あの田中太郎の性格からして」
「それなら……」
「まあ最後まで聞け。もし五十嵐さんが盗んだとして、マッサージチェアーに置く理由がないじゃないか」
「そ、それは盗んだはいいけど、部屋から出ようとしたところで、田中太郎が音もなくやってきたから。それで慌てて近くのマッサージチェアーに隠したとか」
「真面目巡査部長、お前がその五十嵐さんの立場だったなら、そんな事をするのか? よく考えてみろ。いくら料理長で屋敷内を自由に歩き回れるからって、物置きと言われている宝石やら何やらの貴重品が置いてある部屋にいるなんて、不自然じゃないか。そこを田中太郎に見られて、その後で『神のゲンコツ』が失くなっているのが分かったなら、真っ先に疑われるだろ? それよりも、まずは、そこにいる理由を言わないといけないがな。迷ったなんて言ったところで、笑ってもくれない。そんな状況でマッサージチェアーに『神のゲンコツ』を隠せるか? 他人を信用しないあの田中太郎の前で。リスクが高すぎるというか、不可能だ。それでも実行するなら、ただのバカだな。できる事は、『神のゲンコツ』を所持したまま部屋を出て、後日速やかに戻すくらいだ。リスクは高いままだけど、不可能ではない。さらに言えば、そういう状況では相手に聞かれる前に自分がここにいる理由を言いつつ、田中太郎がどうしてここに来たのかを質問するのがいいだろう。それで田中太郎が『神のゲンコツ』を確認しに来たと言ったなら、何か嘘でも何でもいいから緊急の仕事を考えればいい。そしてそれは田中太郎の協力が必要だと言って、一緒に部屋を出るように持っていく。『神のゲンコツ』の確認ではなく、物置きに何かを置きに来ただけなら、無理やりにでも手伝ってから一緒に部屋を出ればいいのだ。一緒にというのがポイントだな。それからできるだけ早く『神のゲンコツ』を戻す。そして『神のゲンコツ』は諦める。うん? ……。長々と推理を披露してしまったようだな。真面目巡査部長の後ろにいる奴は放心状態か? お前が主役の大好きな推理ショーまでに、また徹夜で解説してやろう。とりあえず五十嵐無関係説の結論を言うぞ。五十嵐が『神のゲンコツ』を欲していたなら、金庫か五十嵐の手元のどちらかにあっただろう。中間地点であるマッサージチェアーの上になんて置かない」




