名探偵リーダーの一番弟子は真面目巡査部長
「もう少し聞かせてください。あの部屋は、宝石などの展示ルームのような感じで、真ん中にマッサージチェアがありましたよね? どう見ても、マッサージチェアに座りながら展示されている宝石等を眺めるための部屋と思われたんですけど、あってますよね? くだらない事ですけど、一応聞いておかないと……」
「本当にくだらない、というか貧乏人の発想だな。あの部屋は、ただの物置だ。金庫以外は、借金のカタで取ってきた物だぞ。マッサージチェアもな。まったく、返せないから、借りるなって、な? お前たちも、お金を借りるなら、返せる目処をつけてからがいいぞ。でないと、身ぐるみ剥がされて路頭に迷って音信不通になるからな。俺様の知ったことではないが」
私はグッと堪えて聞き流す。しかし、こいつは阿部君と明智君が復活しているのに、よくこんな憎まれ口を叩けるよな。この二人の恐さを知らないからできる離れ業なのだろう。知らなかったというのは言い訳にならない、とだけ言っておこう。
あっ、阿部君明智君、行動を起こせとは言ってないからな。今は、今だけは、お願いだから我慢しておくれ。探偵の仕事は頓挫するし、怪盗の仕事に余計な障害ができてしまう。二人が暴れてしまうと、家の修理のために建築業者がしばらく滞在することになるからな。捜査の邪魔になるのは、まだいい。だけど、気まぐれで部屋の間取りを変えられたり、あの金庫の仕掛けを複雑にされかねないんだぞ。
阿部君と明智君はあまり接したことがないだろうけど、世の中にはこういう人種が少なからずいるのだ。ある意味、かわいそうな奴だと思えばいい。
という気持ちを込めて、私は振り返り、二人を見つめた。あれ? 阿部君と明智君は嬉しそうにしている。怒りのあまり気が狂ったわけではない……と信じよう。ああ、そうか。こんな人でなしだと、実際に目の当たりにしたから、これで何の遠慮もなくたくさんのお宝を盗れると確信したからだな。
握りこぶしを作っていた私が未熟だったようだ。二人がいてくれて良かったよ。私は、まだまだ気持ちよく事情聴取ができそうだ。
「アドバイス、ありがとうございます。それよりも今は事件の話をしましょうか」
「なんだ? これだけ説明してもらっても、犯人を捕まえられないのか? 予想通りの能無しだな。だからといってはなんだが、俺様が容疑者を3人に絞っといてやったぞ。後は、こいつらの言い訳をたっぷり聞いて、犯人を決めろ。3人全員の共犯でもいいぞ。それじゃ、俺様は失礼する。呼び止めるんじゃないぞ」
田中太郎は去った。私は再び握りこぶしを握る寸前だ。まだまだ話を聞かないといけなかったが、安心している自分がいる。ただ、すぐにでも悪口大会を開きたいので、ひまわり探偵社の面々は早引きしようか。
阿部君明智君の二人と無言の一致をしたところで、鋭い眼光で何かを訴えている真面目巡査部長と目があってしまった。この懇願しているのが給料据え置き警部だったなら、分かりやすく無視してさらには明智君に足蹴までしてもらって帰るところだ。もう少し頑張るとするか。とりあえず容疑者とされてしまったかわいそうな3人から話を聞いてからでも遅くはない。帰るのはそれからだな。嘘嘘。
私は、被害者がどんな奴だろうが、事件が究極的に難解だろうが、投げ出さない。真面目巡査部長、安心しておくれ。一応説明しておくと、迷宮入りは投げ出したことにならないからな。
私は平常心を態度に表しながら、容疑者3人に面した。例え顔に怒りが表れていたとしても、容疑者たちは理解してくれるはず。田中太郎を最も知っているだろうからな。どうせなら、この容疑者たちと田中太郎の悪口大会をしようかな。それから事情聴取をしたら、感動するほど円滑に進むかもしれないぞ。
私とおそらく阿部君と明智君もが、即事情聴取か悪口大会後にするか悩んでいると、真面目巡査部長がいつの間にか私の横に並んでいた。真面目巡査部長も悪口大会に参加したいのだろうか……ではなくて、容疑者たちの田中太郎との関係を説明してくれるのだろう。仕事が早いのはいいが、悪口大会を開催できなくなってしまったな。部下のミスは上司の責任ということで、給料据え置き警部には後で嫌がらせ確定だな。
私が容疑者たちから目を離し、給料据え置き警部を見ているのに、真面目巡査部長は気づいた。真面目巡査部長なりの考察では、給料据え置き警部に確認しないで説明してもいいのか、と私が問うているとなったようだ。真面目巡査部長は形ばかりの確認を慌ててしなければならなくなった。
私は責任を感じなくもないが、なぜ給料据え置き警部を見たのかなんて説明できない。給料据え置き警部のためではなく、真面目巡査部長のためだ。自分のせいで悪口大会を開催しそこなったなんて知ったら、真面目巡査部長は辞表を出すかもしれないからな。間違っても、私に説教なんてしないだろう。いや、でも、警視長に密告するかもしれないな。なんて酷い奴なんだ。
私がお決まりの被害妄想になっていると、真面目巡査部長が給料据え置き警部に声をかけた。
「警部、私から説明してもいいですか?」
「……」
安楽椅子探偵気取りの給料据え置きはうたた寝中なのだから、返事をするわけがない。真面目巡査部長だって分かっている。私がそうさせたようなものだから、フォローをしようか。裏なんてない。真面目巡査部長に嫌われたくないとか、警視長に告げ口して欲しくないとか、ではないからな。
「給料据え置き警部は『イエス』と言った。私には、はっきり聞こえたぞ」
「はい、リーダーさん」
ここで給料据え置き警部の悪口大会をしてもいいが、おそらく終わりがないだろうし、私が陰険だと誤解されてしまう。なので、給料据え置き警部の存在をしばらく感じないようにしよう。真面目巡査部長も……と言いたいところだけど、それは難しいか。なんといっても直属の上司だもんな。
やる気のない警部の下についた巡査部長は本当に大変だな。立場が逆で、こんな部下がいても大変だろうが。真面目巡査部長、きっと良い事があるさ。だから、万が一、十に一つもないとないとも言えなくもないが、例え私が本質から逸れたとしても、大目に見ておくれ。魔が差して警視長にチクったなら、私は悲しくて寝込むかもしれない。そのまま三日三晩寝た後で、反撃を……しないとは言えない。阿部君と明智君が真面目巡査部長派だから、せいぜい陰口を叩く程度だけど。もちろん、ひとり言で。
真面目巡査部長は私の心の内など気にせず、再度、容疑者たちを紹介してくれる。田中太郎が去って、容疑者と相対してから長かったような気がするが、実際はほんの10秒程度だ。なので、容疑者たちの私を見る目に鋭さはない。目を合わせる気はないがな。
「では、先程も言いましたが、もう一度紹介させていただきますね。右から、奥様の田中奈々さん、一人息子の太郎丸さん、そして専属の料理長の五十嵐さんです。五十嵐さんは、田中太郎氏のホテルすべての料理を考えていらっしゃる天才料理人です。その世界では有名だそうです」
五十嵐さんは総料理長なうえに、天才料理人として有名なのか。どうせ自称だろ、だなんてバカにはしない。例え自称だろうが、そう思い込むことで天才に近づくこともあるからな。その世界では有名らしいし、そういうことにしておいてやる。だから、ドッグフードだってお手の物だよな?
明智君、私たちに強大な希望が舞い降りてきたな。事情聴取を後回しにできないだろうか。なんとなく明智君がそう言っているような。いや、だめだ。今、ドッグフードを作ってくれるように頼んでも、きいてくれない可能性が極めて高い。今のところは、そんな義理なんて皆無だからな。
しかし、捜査が進めば、話は別だ。五十嵐さんが犯人となったら、見逃してやるからと言えば、それこそ死ぬ気で作ってくれるだろう。逆に無実の場合は、それを立証した私に感謝して、二つ返事で私たちの願いを聞いてくれるだろう。
明智君、分かっておくれ。何事も順番があるのだ。そしてその順番は、私にかかれば、あっという間にやってくる。キリンさんにちょっと届かない程度に首を長くして待つだけでいい。
さあ、事情聴取事情聴取っと。田中奈々と太郎丸に比べて、五十嵐さんにはえこひいきしてやる。五十嵐さん、きちんと理解するんだぞ。でないと、『冤罪だ』という言葉を連呼することになるだろう。したところでだけどな。なあ、明智君?
「では、『ひまわり探偵社』の社長の私が、話を聞かせてもらいます。えっとー、そうですね……」
話しかけるだけで犯人が口を割る魔法の言葉を思いつき、口に出そうとしたまさにその時、私は真面目巡査部長に呼び止められた。そしてそのまま真面目巡査部長は有無を言わさず、私をみんなから離す。私は無抵抗だ。真面目巡査部長に助けられたなんて思ってないからな。ただ油断していたので、踏ん張れなかっただけだ。
さらに言うなら、せっかく思い浮かんだ魔法の言葉を忘れてしまった。言うまでもなく、真面目巡査部長のせいなのだけれど、私は許す。私は普通に優しい人だからな。だけど、万が一、もし事件が解決しなかったなら、あの時言えていればと、言い訳には使おう。うんうん。
ほ、本当に思い浮かんでいたんだからな。疑っている奴は、即刻、本を閉じてくれ。あっ、嘘嘘。閉じるまでは、大人気ないぞ。温かい目で読んでくれたらいいなあ。
あっ、真面目巡査部長が何か言ってるので、失礼するぞ。
「リーダーさん、勝手ながら意見を言わせてください」
「どんどん言ってくれて構わないぞ。私はみんなの意見を聞くし、それが好きだ」
「はい、ありがとうございます。容疑者の人たちには、それぞれ個別に話を聞いた方が無難かと。もし、2人ないし3人が共犯だったなら、口裏を合わされてしまいます」
「ああ、そういう考え方もあるな。よし、真面目巡査部長の意見を採用しよう。責任は私が持つ」
「感謝します。では、誰から聞きましょうか?」
「そうだな……。真面目巡査部長に決めさせてあげよう。失敗を恐れずに考えておくれ。私がフォローするから大丈夫だ」
「はい。心強いお言葉、まさに百人力いや百万人力です」
なんか気持ちいい。真面目巡査部長は早くも私を喜ばす術を会得しているのだな。何度も言うが、何度でも言わせておくれ、さすがエリートだ。本当に警視総監まで登り詰めるかもしれないぞ。百万歳まで生きられたらだけどな。諦めるな、真面目巡査部長。
真面目巡査部長の将来はいいとして、事情聴取を丸投げして良かった……じゃなくて、縁の下の力持ちに徹して良かった。と私が慣れない有頂天になっていると、警視総監予備軍の真面目巡査部長が田中奈々を連れてきていた。
どういう理由で田中奈々を最初にしたのかは、私は分かっている。だけど、阿部君と明智君のために聞いてやろうじゃないか。これぞ、リーダーだな。




