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大怪盗名探偵、再び現る

 私は初老にして華々しく怪盗デビューを飾った。子どもの頃からの夢を叶えるのに、遅いなんてあるわけがない。言い訳もダメ出しも時間の無駄なので、続けよう。

 実は怪盗になる前は、交番勤務の警察官だった。人事部の誰かさんの手違いがあったと確信しているが、辞めるまでの20何年間、ずっと巡査だった。ミスは誰にでもあるので、全く根に持っていない。所詮は、怪盗になるための勉強を兼ねた、腰掛けだったからな。それに、出世できなかった理由は、他にもいくらか考えられる。でもまあ、今さらうじうじ言うのは、私らしくない。なので、ほじくり返さないでおくか。

 ちなみに、給料だって全く上がらなかったが、口に出して文句を言うことはなかった。どこで誰が聞いているか分からないからな。それに、文句を言ったところでだ。せいぜい口まねだけだ。……まあ、いい。なんとか生活はできていたし。なんとかだけどな。チッ……。

 生活を切りに切り詰める毎日だった。なので、怪盗の相棒のゴールデンレトリバーの明智君を、閉店セールのペットショップで買うための資金を貯めるのに、時間を要してしまう。これだって、私の怪盗デビューを遅らせた要因の一つだろう。それでも、待てば海路の何とかという諺通りに、明智君は最高の相棒となった。はずだった。

 私と明智君の二人だけでは不安だったわけではないが、もう一人くらいなら、私の怪盗団に入れてあげてもいいかなと思ったのが、失敗だったのだろうか。単なる善意だったのに。私のような大怪盗は、若手を育成するのも使命だから。

 早速、求人情報サイトで募集をしたら、私の素晴らしい謳い文句に釣られて、一人の若者がやって来た。……。いや、違う、恐ろしく数多くの求人をふるいにかけて残ったのが、たった一人だったのだ。それが、取り柄が正直しかない、阿部君だ。

 阿部君は、正直すぎるゆえに、数々の企業の面接に落とされ、大学を出たはいいが暇を持て余していたらしい。いや、違う違う。正直者がバカを見る世間に悲嘆に暮れて、人生に絶望していたことにしよう。そんな時に、私の怪盗団に会えたので、正直者か結局は幸せになると考え改め、私に感謝している。態度には一切出さないが、おそらく照れ屋さんの私に配慮してのことだろう。

 明智君と阿部君の事を長々と話している時間は惜しいな。怪盗の私が、どうして探偵……大怪盗の私が、どうして名探偵のマネごとをしているかの、説明の方が大事だ。

 私の指揮のもと、我々怪盗団はデビューから成功の連続だった。ワンルームの借家住まいから、高級住宅地の一戸建てを中古とはいえ一括で買うに至ったのだから。なぜか明智君と阿部君に借金はさせられたが。でも、阿部君への借金は完済したし、明智君は私の相棒兼家族だから、借金なんてないも同然だ。それに、怪盗を続けていれば、お金なんて湯水の如く湧いてくる。

 なのに、どうして、探偵という名の、警察の犬にならないといけないんだ。すきを突いて怪盗活動をできるのだろうか。できないなら、貯金を切り崩さないといけない。うん? 話が逸れているな。

 探偵というか、特別捜査官に任命したのは、警察でもなかなかの偉いさんである、警視長だ。その警視長は、私が警察官だった当時からの知り合いで、私が怪盗活動をしていた悪徳政治家宅で、久しぶりに顔を合わせてしまう。細かい流れは端折るが、我々怪盗団の活躍で、悪徳政治家を逮捕するに至ったのだ。

 それもあってか、昔のよしみもあってか、警視長は私を逮捕するどころか責めもしなかった。なによりも、我々怪盗団の存在自体について、全く言及しなかったのだ。そして、それきりお互いに会うことはないと、信じて疑わなかったのだけど。

 しかし、ちょっとした不幸が重なり、警視長は私を特別捜査官に任命する。その流れで、阿部君と明智君も、特別捜査官の仲間入りだ。明智君は何でも楽しめるし、もともと警視長と仲が良いので、さも当たり前に快諾する。阿部君は、怪盗はもちろんスパイや探偵に憧れていたので、二つ返事だ。ちなみに明智君も二つ返事だったけれど、「ワンッ!」と言った……。

 真面目に話すと、私は怪盗になるために警察官を辞めたのに、警視長付きとはいえ警察の仕事を手伝うなんて、乗り気ではなかった。しかし我々怪盗団の3分の2が賛成しているなら、私は喜んで賛成に回る。それが、真のリーダーだ。阿部君と明智君が、私の言うことを一切聞かないとかではない。たまには聞いてくれるのだ。

 別に私一人が参加しないという選択肢もあった。だけど、名ばかりの名探偵と名犬気取りだけでは、どんな単純な事件も解決できない。かき回すだけだ。恩人でもあり友人でもある警視長の顔に泥を塗ることになってしまう。なので、真のリーダーで名探偵になりえる資質を持ち合わせている私が協力するのは、自明の理ということだ。

 それに、警視長だって、そうそう私たちに依頼はしてこないだろう。日本の警察はとにかく優秀なのだから。何らかの理由で、警察が積極的に捜査できない事件を、依頼するとは言っていたが。何らかの理由って、なんだ? くだらない事で頭を悩ましていないで、怪盗業の次の標的を探すとするか。

 なのに、我々怪盗団の捜査官としての最初の事件を無事に解決した翌日、警視長は……他人の都合を一切考えない図々しい警視長は、事件の捜査を依頼してきた。事件自体は簡単な盗難事件だ。

 私たちが駆り出された理由は、被害者であるホテル王の田中太郎が、警察関係者の中での評判が芳しくないかららしい。どうやら相当アコギな商売をしてホテル王にまで登り詰めたようで、そんな奴のために真面目に捜査をしたくないとこぼしているのが、警視長の耳に入ったのだ。警視長は、警察官たちの気持ちは分かるが、事件も解決しないと検挙率が下がるという板挟みにあって、それで私たちの出番となった。これが、『何らかの理由』の一つだ。


 愚痴は我が家兼アジトに置いてきたので、現場には会心の作り笑顔で登場した。阿部君と明智君は心からの笑顔だ。迎えてくれた警察官は面白くないだろうけど、警視長の命令なので、分かりやすい作り笑顔で歓迎してくれている。そして、挨拶もそこそこに、すぐに責任者を呼びに行ってくれた。

 それにしても、警察官の姿がほとんど見えない。嫌なやつのために捜査をするのは嫌なのは分かるが、人員を大幅に削るとは。露骨すぎる。これは、責任者が誰なのかを予想できるぞ。

 現れた責任者は、やはり『給料据え置き警部』と『真面目巡査部長』だ。給料据え置き警部は、私が交番勤務の警察官だった当時の直属の年下の上司で、長らく巡査部長だったが、前回の事件の捜査中に、私の計らいで仕方なく警部になった。真面目巡査部長の方は、前回の事件の犯人だったのだけれど、阿部君の計らいで警察官を続けられている。詳しくは、第一の探偵物語を読んでおくれ。

 おそらくだけど、この事件に駆り出されている警察官は、3人だけだ。私たちに依頼した警視長は、当たり前だけど来ていない。忙しいからだ。暇ならきっと来ていただろう。私でも阿部君でもなく、明智君と遊ぶために。なので、一安心だ。警視長が来ていたら、明智君が捜査から外れてしまい、明智君の鼻が必要な時に困るからな。

 前置きは、このへんにして、さあ、やるとするか。

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