役立たずの聖女は辺境の獅子に愛される
これは恋愛なのだろうか、ハイファンタジーなのだろうか?
私は数日前まで【聖女】と呼ばれていた。
どんな怪我や病気も回復させる力──【回復魔法】を有し、まるでかつてこの地に舞い降りた神の遣いのようだったらしい。
人々に求められることは私にとって嬉しかった。
今までいない者のように扱われ、いつ死ぬかもわからない身の上だったからだ。
【聖女】になってからの暮らしは豪勢だった。
私の【回復魔法】は他の人よりも優れているらしく、より好待遇だったようだ。
しかし、嬉しかったのは最初の数日だけだった。
自分を見る周囲の目に気づいたからである。
表向きには私を【聖女】として扱い、ちやほやしていた。
だが、ひとたび離れてしまえば、私のことを貧乏人だと馬鹿にしていた。
そんな扱いを受けて、幸福に思うことなどできるはずもない。
それから数年の間、私は治療を続けていた。
しかし、その治療を受けられるのは一部の金持ち──貴族だけだった。
金を持っていなければ、貴族といえども治療は受けられなかった。
それも私が所属していた教会が金儲けに精を出す生臭坊主の集団だったからだ。
私は助けられるはずの命を助けられないことに後悔していた。
治療を独占する貴族や教会を軽蔑していた。
ある日、私は【回復魔法】が使えなくなった。
それから私の転落は早かった。
魔法が使えないとわかると、私は教会を追い出された。
しかも、着の身着のままで何も持たせてもらえなかった。
私はただ一人、街を歩いていた。
「ホリー様ですか?」
「はい?」
いきなり真横に馬車が止まり、声をかけられた。
そこには一人の青年がいた。
私を知っているということは貴族の関係者だろうか?
「どうしてこんなところで歩いているのですか? 誰か連れがいるのでは──」
「私、教会を追い出されました」
「なっ⁉」
青年が驚きの声を上げる。
それからの対応は早かった。
彼はすぐに扉を開き、私を馬車に乗せた。
「ひいっ⁉」
馬車の中に入った瞬間、私はすぐに悲鳴を上げた。
目の前には大きな生物がいたからだ。
まるで熊のように大きな体と鋭い眼光──恐怖を感じるには十分な見た目だった。
「レオン様、聖女様を怖がらせないでください」
「いや、俺は何もしていないんだが・・・・・・」
青年の言葉に男性がなんとも言えない表情を浮かべる。
ようやく彼のことを思い出した。
彼は【辺境の獅子】と呼ばれている貴族──レオン様だった。
一度だけパーティーで見かけたことがある。
辺境は他国の侵攻や魔物の存在を警戒すべき場所で、常に血生臭い領地だと言われている。
当然、貴族達はそんな場所を好むはずもなく、そこを治めているレオン様のことを蔑んでいる。
だが、私はレオン様のことを尊敬していた。
彼がいるからこそ、この国は守られているのだ。
国の中心地で豪勢な生活をしているような貴族に彼を蔑む資格はない。
「とりあえず、謝ってください」
「・・・・・・すまなかった」
従者の青年に促され、素直に頭を下げる。
見た目は怖いが、こういうところは可愛らしい。
まるで大型犬のようだ。
「どうして追い出されたんですか? あなたの【回復魔法】は素晴らしいとお聞きしていますが」
「今朝、突然魔法が使えなくなったんです。魔法が使えない聖女は必要ないということであっさりと追い出されました」
「それは酷い話ですね。原因はおわかりですか?」
「いえ」
私は首を横に振る。
原因がわかっていれば、こんな状況にはなっていないだろう。
「とりあえず、ここからは離れた方がいいですね」
「どうしてですか?」
従者の言葉に首を傾げる。
いきなりの話に理解が追いつかない。
「平民から貴女と教会の印象は最悪なんです。こんな街中を歩いていたら、何が起こるか分かりません」
「なっ⁉」
とんでもないことを言われた。
まさかそんな危険が及んでいるとは思わなかった。
「もしかしたら、教会もそれが狙いなのかもしれませんね」
「狙い、ですか?」
「簡単に言うと、スケープゴートですね。教会への不満を貴女に全て覆い被せようとしているんですよ」
「・・・・・・」
私は何も言えなかった。
今までどんなに理不尽なことを言われても、教会に仕えてきた。
それなのに、魔法が使えなくなっただけでこの扱いである。
悲しみのあまり涙が出てくる。
(スッ)
「え?」
大きな手が差し出される。
そこには一枚のハンカチがあった。
顔を上げると、照れくさそうに顔を背ける辺境伯の姿があった。
「しっかり伝えないとわかりませんよ」
「うるさい」
従者に茶化され、彼は吠える。
だが、その姿にどこか可愛らしさを感じてしまう。
「ありがとうございます」
「ん」
ハンカチを受け取り、感謝の言葉を伝える。
彼は気にするなとばかりに手を振った。
パーティー会場では怖い雰囲気で話が嫌いかと思っていたが、結構シャイな人なのかもしれない。
「ホリー様の今後についてですが──」
「はい」
私が落ち着いたのを見て、従者が話を進める。
私はこれからどうなるのだろうか。
【聖女】という立場がなければ、私はただの平民の女である。
しかも、同じ平民からすらも嫌われているらしい。
普通に過ごすことも難しいのではないだろうか?
「辺境伯領に来られるのはいかがでしょうか?」
「はい?」
いきなりの提案に呆けた声を漏らす。
どうしてそんな話になったのだろうか?
「おそらくこの街には貴女の居場所はないです」
「・・・・・・はい」
「たしか出身もこの辺りですよね? ということは、他の街に行く伝手もないでしょう」
「・・・・・・」
次々に悪い情報が伝えられ、私の気持ちが落ちていく。
今後、私は生き残ることができるだろうか?
「というわけで、辺境伯領という選択肢です。国の中心から遠い場所なので、貴女のことを嫌う人間はいませんよ」
「ですが、私にはそこまで行く方法がありません。お金もないです」
「この馬車に乗っていけばいいですよ。我々も今帰るところですからね」
「そうなんですか?」
都合の良い展開に私は驚いてしまう。
たしか社交シーズンは始まったばかりのはずだ。
それなのに、辺境伯の彼がどうして領地に帰ろうとしているのだろうか?
「辺境伯領は常に危険と隣り合わせですから、あまり領地を空けられないんですよ」
「あ」
説明を聞き、私はすぐに納得する。
そんな危険な場所をずっと開けっぱなしにするわけにもいかないだろう。
守られていたのに、そんなことに気づかないなんて──
「というのは建前で、そういう理由で苦手な社交から逃げているだけですよ」
「へ?」
呆けた声を漏らしてしまう。
そんな私に従者はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「まあ、相手も我々と会いたくもないでしょうから、お互いにウィンウィンなんですよ」
「それでいいんですか?」
理由は分かったが。思わず聞いてしまった。
貴族にとって社交は大事である。
それなのに、その社交から逃げていいのだろうか?
「問題ないから、辺境伯領は建国からずっと続いているんですよ。安心してください」
「・・・・・・わかりました」
当事者が言っているのだから、納得するしかなかった。
部外者の私にとやかく言う筋合いはない。
「困っている女性を見過ごせないですからね」
「・・・・・・ありがとうございます」
女性扱いを受け、少し照れてしまう。
【聖女】として恭しく扱われていても、異性として扱われることはなかった。
初めての出来事にドキドキしてしまう。
「レオン様、これぐらいできるようになってくださいよ」
「・・・・・・無理だ」
従者と辺境伯が何か話している。
少し険しそうな表情をしているが──
「どうしたんですか?」
「ああ、こっちの話です。気にしないでください」
「はぁ」
なんとも釈然としないが、そう言われると仕方がない。
私はそのまま引き下がる。
こうして私は生まれ故郷から辺境の地へと行くことになった。
序盤の段階で恋愛要素が少ない気がします。
人気だったら、続きを書いてみようかな?
作者のやる気につながるので、読んでくださった方は是非とも評価やブックマークをお願いします。
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他の短編集もまとめているので、是非読んでください。