9話
「おはよ〜さ〜ん」
俺の名前は結城高虎。
事務所に出社してきた結城組の組長だ。
中に入ると、海星と箒を持った苗木が居た。
「箒は木目に沿って捌け」
「はい!」
舎弟達の1日は掃除から始まる。
海星には昔、掃除のいろはを叩き込んでいる。
故に教えるのも完璧だ。
「よぉ。新人研修ってやつか?」
俺は2人に声を掛けた。
「長、おはようございます」
「おはようございます!」
冷静に頭を下げる海星と、元気よく挨拶する苗木。
苗木の顔は、初めて会った時より良くなっていた。
吹っ切れたというか、憑き物が落ちたというか。
とにかくそんな感じだ。
「苗木、ちょっといい顔になったんじゃないか?」
「はい!昨日のカチコミで、心を入れ替えさせて頂きました!」
それについては蓼丸から聞いている。
昨晩、苗木と海星、蓼丸、夏目の4人が、半グレ梵罵を壊滅させた。
苗木にとっては初のカチコミ。
『刃裟羅』幹部雑賀も混ざり、激しい戦いとなった。
だが苗木は、そんな中でも気合いを見せた。
梵罵の竹之内を、タイマンで破ったんだ。
戦いの前、苗木は自分自身と向き合った。
そしてカチコミの後、海星に思いをぶつけた。
こうして苗木は、結城組に残ることとなった。
「俺、強くなります!町の皆を守るために!」
「いいじゃねェか。頑張れよ」
「はい!!」
本当に良い気合いだ。
舎弟の中じゃ戦闘力が高いし、覚悟も決まってる。
コイツの将来が楽しみだ。
だが舎弟ってのは、やる気があり過ぎるあまり視野が狭くなる。
故にミスりやすい。
“ドッ”
「あっ……」
苗木の肘が花瓶に当たる。
そして花瓶は床に落ちて、割れた。
中の水と差さっていた花と破片が飛び散る。
「うわぁあああ!やっちまった!」
苗木が頭を抱えて狼狽する。
そんな奴に待っていたのは、海星による拳骨だった。
「目ェ付いてねェのかテメェは!!!」
“ドゴッ!!!”
「おぼぉオオオオオオオオオオ!!!!」
苗木の頭がハート型に凹む。
その後床に崩れ落ちた。
舎弟ってのは、こうやって兄貴分にシメられながら成長するモンだ。
頑張れよ、苗木。
昼飯の牛丼を食い終わり、俺はこの後どうしたもんかと考えていた。
俺達結城組は、現在半グレ組織『刃裟羅』と対立している。
奴らのやってることは、完全なるシマ荒らし。
カタギへの暴行や薬の売買、果ては殺人まで楽しむ外道の集まりだ。
今のところNo.3の牧浦遊真、幹部の雑賀譲二に深傷を負わせてはいる。
だが幹部はまだ残ってる。
ましてやNo.2とトップもまだ万全だ。
幹部が削れてる間に一気に叩きたいところだが、刃裟羅の奴らは1つのヤサに留まらない。
幹部陣の動向だけ、なかなか掴めずにいた。
「何の情報もねェ。どうすっかな〜」
俺はソファに寄りかかって伸びをした。
そんな俺に近づいてきた奴が居た。
「なんじゃ、暇そうじゃな」
「おっ、塚原」
俺に話しかけてきたのは、若頭の塚原官九郎。
結城組の中じゃ最年長で、組の大黒柱だ。
「暇なら見回り行くぞ」
「えぇ…。俺組長なんだけど…?」
「上がサボって下がやる気出せるか。いいから行くぞ」
塚原は組長の俺にも容赦ない。
だからこそ若頭に選んだんだけどな…。
俺は塚原に引き摺られるような形で事務所を出た。
「まぁ情報も何もねェし、見回るしかねェか」
「結局は足じゃな」
俺と塚原は、並んで町を練り歩く。
その様は、カタギやチンピラ達の注目を集めた。
この町を仕切る極道の、組長と若頭が一緒に歩いてるんだ。
そりゃ目立つよな。
「こうして歩いてる分には平和なんだがなぁ……」
「いつまでも平和であってほしいものじゃな」
今でこそ何もないが、俺達がシマにしている赤木町は治安が悪い。
警察も手が回らない程だ。
だから俺達任侠集団が町を守ってんだよ。
「長、我らの出番じゃ」
「あ?」
塚原の視線の先を見ると、服屋の店長が2人の半グレに絡まれているのが見えた。
「俺らが守ってやるっつってんだろ?だから金出せ金!」
「あの、困ります……」
「お姉さん俺らのことナメてる〜?言うこと聞いといた方がいいよぉ〜」
あの店はうちに守代を払ってる。
俺は早足で半グレ達に近づいた。
「お客さ〜ん、迷惑だから帰ってくんねェ?」
「あァん?」
「なんだオッサン!?」
話しかけた瞬間、半グレ2人組が凄んでみせる。
コイツら俺の顔を知らねェのか。
「このお店な、俺達が守ってんだわ。無理矢理乗り換えさせないでくれる?」
「なんだオッサン極道かァ!?」
「化石が調子乗ってんじゃねェぞ!」
暴対法が制定されて、極道の力は弱くなってんだよな。
その代わりにコイツらみたいな半グレが力を付けてきてる訳だ。
だけどな、俺達の稼業はナメられたらお終いなんだわ。
「坊や達、痛い目見る前に帰った方がいいぜ」
「おォ!?やるんだなオッサン!!」
「俺達気合い入ってるからよォ、テメェ死んだぞ!!」
半グレ2人はそれっぽく構える。
「オラ死ねや!!」
片方が顔面目掛けて殴り掛かってきた。
だが、遅い遅い。
俺は軽く首をずらして躱す。
それと同時に、カウンターで顔面パンチを返した。
“バキッ!!!”
「ゴベッ______!!!!」
奴はその一発で沈んだ。
地面に倒れ、口元を押さえて震えている。
今のでコイツの歯は、ほぼ全部折れていた。
「もう二度と煎餅食えねェな。で……」
俺は片割れの方に目を向けた。
奴は一発で沈んだ相棒を見て震えている。
そして俺の視線に気づいた途端、ビクリと震えた。
「ッ!!!」
「どうすんだ?もうやめる?それとも歯ァ無くしとく?」
「ヒィ!!!やっ、やめます!!!やめますぅうううう!!!」
奴はすっかり戦意喪失しちまってる。
丁度いい。
ちょっと訊いてみるか。
「なぁ、お前刃裟羅?」
「ヒャヒッ!!!ちっ、違います!!!一般的な半グレですぅうううううううう!!!」
ビビり過ぎて変なこと言ってんな。
だが目を見た感じ、嘘は言ってない。
こりゃなんも知らねェな。
最後に俺は圧をかける。
「金輪際赤木町に近寄るな。次見かけたら……歯じゃ済まねェぞ」
「はっ…はい!!!すいませんでした!!!!」
そいつは必死に謝ると、相棒を引き摺って走り去っていった。
後ろで見ていた塚原が、俺の隣に付く。
「まったく、どうしようもない奴らじゃ」
「どこに気合いが入ってたんだろうなァ」
半グレに対して文句を言っていると、服屋の店長がお礼を言ってきた。
「結城組さん、ありがとうございます!」
「守代貰ってるんだ。あれくらい当然だ」
「またあのような輩が来たらすぐ呼ぶと良い」
守代貰ってる店は必ず守る。
それが俺達のシノギの1つだ。
その後も俺達は見回りを続けた。
幸いにも誰かが半グレに襲われてるなんてことも無く、ルートを周り切っちまった。
結局、刃裟羅について有力な情報は得られなかった。
「まぁまぁ平和じゃったな」
「珍しくな。一旦帰るか」
「そうじゃな」
俺達は事務所への道を歩き始める。
公園近くを通り掛かった頃だった。
「さやちゃん!どこなの!?返事して!!」
公園で1人の女性が叫んでいるのが見えた。
どう見てもただ事じゃない。
俺達は女性のところへ駆け寄った。
「お姉さん、どうかしたか!?」
「娘が居ないんです!目を離した隙に、どこかに行ってしまったみたいで!」
「わしらも捜そう!」
俺と塚原も、一緒に捜索を始めた。
娘さんはまだ5歳
茶髪をおさげにしていて、ピンクのワンピース、赤い靴を履いているという。
それくらいの歳の子なら勝手にどっか行って迷子になる、なんてことがあってもおかしくはない。
だが、幼児の足じゃそう遠くまで行けない筈だ。
赤木町の治安を考えると、誘拐の可能性も高い。
公園の茂みから周辺を捜し回ったが、結局さやちゃんは出てこなかった。
そして気づけば夕方だ。
「お姉さんすまねェ。見つけられなかった」
「いえ…。ご協力ありがとうございました」
「念の為じゃ。警察に連絡を入れておくと良い」
ここに居ても、これ以上できることはない。
俺達は一度、この話を持ち帰ることにした。
……この件、なんかドス黒いモンが動いてる気がするんだよな。




