5話
「戻りました」
「戻り……ました…」
「おぅ、お疲れ〜。……って、なんだァ?」
俺の名前は結城高虎。
見回りから帰ってきた海星と苗木を迎え入れる、結城組の組長だ。
しかしコイツら、何故か会った時より距離がある。
苗木は何かを思い詰めている感じだ。
それに対し、海星は苗木を見もしない。
ていうか、見回りする前より機嫌悪い。
ここは組長として、ちゃんと話を聞く場面だな。
「どうしたお前ら?随分気不味そうじゃねェか。何かあったか?」
とりあえず俺は、2人に声をかけた。
「別に何も」
「……何でもないっス」
しかし2人はこの反応。
いや絶対何かあったじゃねェか。
俺は海星に対し、話を続ける。
「苗木の奴、何かやらかしたか?」
「何もやらかしてませんよ」
「じゃあ海星、お前なんでそんな不機嫌なんだよ」
「……奴の性根が気に入らないだけです。復讐のために俺らを利用しようとか…」
「……あぁ、なるほどな」
苗木は半グレ組織“刃裟羅”の幹部に、親友を殺された。
だから奴らと敵対し、唯一互角にやりあえる結城組に入門したんだ。
全ては親友山井義成を笑いながら殺した、牧浦遊真への復讐のために。
まぁ、俺はそのことを知った上で組に入れたんだけどな。
居間でそんな話していると…。
「海星〜、帰っておるか?」
古風な喋り方をする中年の男が入ってきた。
ワイシャツの上から着物を羽織っていて、長い髪を1本に纏めている。
「塚原のカシラ……」
海星がその男を見て、ボソリと呟く。
そう、この男こそ結城組の若頭 塚原官九郎だ。
「おぉ、戻っておったか。ちと事務作業の方を手伝ってはくれぬか?蓼丸も椿野も仙堂も逃げおってのぅ……むぅ?」
塚原の視線が、苗木の方に移る。
そういえばまだ紹介してなかったな。
「こやつは新入りか?」
「あァ。なかなか気合が入ってる奴だぞ。ほら、挨拶しろ」
「あっ…苗木宗佑です!」
「ふむ、苗木か……」
塚原は苗木の目の前まで歩み寄った。
その途端、苗木は緊張した面持ちを見せる。
「ッ……!!」
「そう臆するな、何もせぬよ。儂は塚原官九郎。この組の若頭を務めておる。ここでは2番目に偉いと思っておいて良い」
「よ、よろしくお願いします…!」
「しかしお主、何か迷った目をしておるのぅ。悩み事か?」
「ッ……!?」
塚原は目を見るだけで、苗木の心情を言い当てやがった。
裏社会を生きる俺達の目は鍛えられている。
相手の目の奥を見れば、何を考えているのか、何を思っているのかが大体解る。
特に塚原は、この能力がずば抜けていた。
「まぁ良い。苗木、お主も来い。アガリの計算を教えてやろう」
「えっ?ぐぇえええええ!!?」
塚原は切り替えるや否や、苗木の後ろ襟を掴んで背負った。
今から事務作業か。
「お前ら頑張れよ〜」
俺はそう言って軽く手を振る。
すると塚原が、ジト目で俺を睨んできた。
「何を言うておる。長、お主もじゃ」
「えぇ〜?俺も?」
「どうせ暇じゃろうが」
「暇って……。俺組長なんだけど?」
「ここ1週間分の作業が残っておる。先月もサボりまくった挙げ句、月末に地獄を見たじゃろうが。今から終わらせるぞ」
「長、やりましょう」
「海星お前まで……。はぁ…わ〜ったよ」
こうして、俺、塚原、海星、苗木による、地獄の事務作業が幕を開けた。
作業が終わった頃には日付が変わり、俺達4人はデスクに突っ伏していた。
「……とりあえず、やり…切ったな」
「なんとか、終わったのぅ……」
「お疲れ、様です……」
「頭……痛っ…」
俺は伸びをして、グロッキー状態の苗木を見た。
塚原が付きっきりだったとはいえ、初日にしてはよく働いてくれた。
まぁでもおそらく、事務作業はほぼ完璧だろう。
塚原がいろいろ叩き込んだからな。
「お疲れ苗木。今日は……いや、昨日はよくやったな。帰ってゆっくり休め」
「えぇ……いいんですか?」
「あぁ。明日……いや今日か。ややこしいな。とにかく、12時からでいい。やる気があるなら来い」
「ッ……!!はい、解りました……」
苗木はフラフラと立ち上がると、事務所から出て行った。
その背中を、塚原は見送る。
「事務作業でもしていれば気が紛れるかと思ったが、あやつ大丈夫かのぅ?」
「まぁそればかりはあいつ次第だろ。なぁ海星」
一言呼ぶと、海星は顔を上げた。
その表情は、どこか自信無さげだ。
「長、やっぱり俺に新人教育なんて無理ですよ。カシラの方が教えるの上手いじゃないですか」
「何言ってんだ〜?まだ1人目だろうが。そりゃ誰だって手間取るだろうよ」
「儂らもたくさん教えたじゃろうが。だから海星、今度はお主の番じゃ」
「………」
組長と若頭にここまで言われると、流石にぐぅの音も出ないか。
まぁでも、気持ちは解らんでもない。
苗木はちょっと特殊だからな。
ほとんどの新人は、極道への憧れとか、名を上げたいとか、そういう思いを持って入ってくる。
それに対し、あいつの場合は復讐心だ。
まっ、そういう奴らに極道の本質を教えるのも、上の役目なんだがな。
「……俺にできますかね…。あいつの教育」
「できるさ。お前ならな」
海星の表情はまだ暗い。
責任感が強い分、不安もデカいんだろうな。
だからこそ、明るい言葉をかけてやる。
「お前は俺達からたくさん習ったんだ。それを今度は苗木に教えてやりゃァいいんだよ。それに、あいつに関してはお前が適任だと思うぜ」
「それってどういう……」
「そのうち解る。さっ、一旦解散だ!しっかり休めよ〜〜」
俺は柏手を打って締め括る。
海星は小さく頷くと、事務所を後にした。
時間が進んで昼過ぎ。
苗木と海星は、また一緒に見回りに出ていた。
ルートは昨日とは別。
ただ、2人の間にほとんど会話は無かった。
海星は必要なこと以外何も言わねェし、苗木もそれに対する返事だけだ。
流石に気不味過ぎるだろ。
これからほぼずっと一緒だろうに…。
まぁ、昨日会ったばっかだし、仕方ねェか。
そんな2人が次に向かうのは、とある雑居ビルだ。
このビルには各階に、カラオケやバー、コンカフェ等の店がある。
そして各々が結城組に守代を払っている。
この日もまた、各階に顔を出すだけのつもりだった。
だが、もう少しでその雑居ビルに差し掛かるところで……。
“ドカァアアアアアアアアアアアン______!!!!!”
突如として、爆発音が鳴り響いた。
「ぐっ……!?」
「うぉおおお!!?なんだっ!!!?」
あまりの轟音に、苗木は驚く。
海星は瞬時に空を見た。
爆発が起きたであろう場所から、黒煙が上がっている。
(あの位置は…まさか……!!!)
海星は走り出す。
「ッ…!!石田の兄貴……!!」
苗木も慌てて後を追った。
「チィ…やはりか…!」
海星の表情が曇る。
奴の予想通り、訪問する筈だった雑居ビルが燃えていたんだ。
その入り口で、1人のコンカフェ嬢が倒れていた。
海星はその娘を起こす。
「ツムギ!しっかりしろ!」
「うっ、うぅ……石田さん…」
ツムギという名のコンカフェ嬢は爆傷を負い、弱っていた。
それでも掠れる声で、言葉を紡ぐ。
「みんなが…まだ…中に………」
「何だとっ!?」
海星は雑居ビルを見上げる。
窓ガラスが割れ、瓦礫が落ち、未だ大火が上がっている。
そんな環境で、まだ取り残されている人間が居るという。
それと同時…。
苗木は近くの路地裏の陰に、怪しい男達が居るのを見た。
1人は短髪で無精髭の大柄の男。
そしてもう1人は、ロングコートを羽織った長髪の男だった。
2人は燃える雑居ビルを見て、ニヤニヤと嗤っている。
その表情は、牧浦が義成を殺した時のものと似ていた。
「お前らか……!」
苗木はその2人に、怒りが籠もった目を向ける。
その視線に気づいた2人は、奥へと駆け出した。
「苗木!消防と救急車呼べ!」
「お前らかァアアアアアアアアアア!!!!」
海星の声を掻き消す勢いで、苗木が怒鳴る。
そして奴らが逃げていった路地裏へと走り出した。
「待て苗木!!救助が先だろうが!!」
「待ちやがれェエエエエエエエエ______!!!!」
海星の制止の声を無視し、苗木は奴らを追いかけていった。
怒りのままに路地裏に入り、角を曲がっていく。
そして、すぐ横を川が流れる道に出た時…。
「ッ!?」
なんと追っていた2人が、待ち構えていたんだ。
「夢中になって見過ぎましたか。まぁ、こんな雑魚なら問題ないでしょう」
「坊や、兄貴分を置いてきてよかったのかぁ〜?」
2人は余裕そうな顔で、苗木を小馬鹿にする。
苗木は怒りに震える声で、口を開く。
「ビル燃やしたの、テメェらだな?」
「えぇ、いかにも」
「なんであんなことをした!?」
「私の偉大さを知らしめるためですよ」
長髪の方が、誇らしげにそう言い放つ。
「はじめまして。梵罵の長尾と申します。最も、もうすぐ刃裟羅の幹部になりますがね」
「なんだと…!?」
なんとこの長尾という男は、刃裟羅の名前を出しやがったんだ。
驚愕する苗木を他所に、長尾は勝手に話を続ける。
「私の趣味は爆弾作りでしてねぇ。作り上げた我が子があらゆる物を破壊する様が、とてつもなく愛おしいのですよ。そうして爆発を繰り返していた私ですがねぇ……最近、刃裟羅にスカウトされたのですよ」
興奮しているのか、長尾の頬が紅潮する。
「“暴力による支配”。刃裟羅の理念は実に素晴らしい。我が子が組織の象徴となる。刃裟羅といえば、私の爆弾。そうなる未来を想像するだけで……イッてしまいそうですぅ〜〜〜!!」
「……よぉく解ったわ」
身を捩って叫ぶ長尾に対し、苗木が拳を構えた。
「変態爆弾魔……!!テメェはここで、俺がブチのめす……!!!」
長尾に向かって、激しい怒りをぶつける。
それに対し、奴は苗木を鼻で笑った。
「あなた如きでは私に触ることさえできません。竹之内君、や〜ってしまいなさい」
「おぅ!任せろ!」
竹之内と呼ばれた大柄の男が、苗木の前に出た。
そして掛かってこいと言わんばかりに、指を曲げて挑発する。
「サービスだ坊や。打ってみろ」
「あァ!?」
「どうせ俺が一方的に勝つんだ。これくらいのハンデがねェとつまらねェだろう」
竹之内は自信満々に、デカい腹を突き出した。
元はプロレスラーか何かだろう。
奴の腹筋は鍛えられていた。
その態度に、苗木の怒りがさらに増した。
「いいんだな?」
苗木が前に出る。
そして、拳を固く握った。
「後悔すんなよ!!!?」
苗木は全力で竹之内の腹を殴った。
「ッ……!!うおっとぉ……。少しはやるようだなぁ」
竹之内は全力の腹パン食らって尚、ピンピンしていた。
「なにっ……!?」
苗木の背中を、冷たい汗が伝う。
「オラァ!!俺の番だァ!!!」
今度は竹之内の拳が、苗木の腹に突き刺さった。
「ガハッ_____!!!」
腹を固める暇もなく、その一撃はまともに入った。
そして苗木が倒れると、竹之内は馬乗りになって顔を殴り続けた。
「オラオラオラオラァ!!さっきの威勢はどこいったガキィ!!!」
「ぐっ!ガハッ……ゴホッ!!!」
上から一方的に拳をぶつけられる。
苗木の意識が、徐々に薄れていく。
(畜…生……。こんな……奴に………!!)
こうなってはもう、抗う術が無い。
そして、苗木が完全に意識を失ったところで、竹之内が胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「あ〜あ。伸びちまったよ。つまんねェなァ」
「可哀想に〜。川にでも捨てておきましょう」
「そうだな」
竹之内は苗木を、川へと放り投げた。
意識の無い苗木は、そのまま下流へと流されていった。
その後河川敷まで流れ着いた苗木は目を覚ます。
空はすっかりオレンジ色になっていた。
相当な時間眠っちまってたらしい。
「……くっそ!」
苗木はしばらく立ち上がれなかった。
殴られ続けた上に、川に流されたんだ。
体はボロボロだろう。
だが、肉体よりも精神面にダメージが来ていた。
(何やってんだよ俺は……。あんな奴らに…、一方的に殴られて……。情けねェ…)
あまりの悔しさに、苗木は打ちひしがれる。
まぁとはいえ、ずっとここで寝ている訳にはいかないだろう。
「帰ら……ねェと……」
苗木はフラリと立ち上がり、歩き出した。
そして結城組の事務所に戻った苗木を待っていたのは……。
「何やってんだクソガキ!!!」
“バキッ!!!”
海星によるヤキだった。
ボロボロの苗木の顔面を、容赦なく殴り飛ばす。
それからぶっ倒れた苗木の腹を踏み抜いた。
「ガハッ_______!!!」
「俺の命令を無視。死にそうなカタギをほったらかして犯人を追跡。挙げ句の果てに返り討ちにされてノコノコ帰ってきやがって……。どこまでナメたら気が済むんだテメェはァ!!!!」
あの冷徹な海星が怒号を発する。
苗木はそれだけのことをやらかしたってことだ。
「いっ……石田の…兄貴……ゲホッ…」
ここまでやられても、苗木はせめて伝えようとしていた。
自身が対峙した奴らのことを。
「あの……ビルを爆発させた…犯人は……」
「梵罵の長尾だろ」
「ッ_________!!?」
その一言に、苗木は言葉を失う。
雑居ビル爆破の犯人を、海星は既に知っていたんだ。
「なん……で……」
「うちにはこの手の情報に詳しい人が居る。犯人教えたら褒めてもらえるとでも思ったか?」
海星はそう言って、もう一度苗木の腹を踏んだ。
「ぐっ…ゲホッゴホッ……!!」
「自惚れてんじゃねェぞ無能が」
海星は足を退けると、早足で事務所の玄関へ向かおうとした。
「石田の…兄貴……!!」
苗木は海星を呼び止める。
「どこ…行くんですか!?」
「梵罵の粛清だ」
「俺も…行きます……!!」
「ダメだ」
粛清の参加を申し出る苗木を、海星は拒絶する。
そして、無慈悲にこう告げた。
「苗木、テメェは破門だ」
「ッ……!!!」
その宣告に、苗木は再び言葉を失った。
それでも海星の容赦無い言葉は続く。
「弱ぇ上にカタギを守る気もねェ。そんな奴に、結城組に居る資格はねェ」
「………」
「俺が戻るまでに出て行け。じゃねェと殺す」
その目には、確かな殺意が宿っていた。
冷たい視線で苗木を見下ろしながら、海星はそう告げる。
それからすぐに、事務所から出て行った。
苗木はたった1人、その場に残される。
破門。
その宣告は苗木にとって、かなり重いものだった。
「くそっ……畜生!!!」
こんな自分が情けなくて、許せなくて、惨めで……。
悔しさのあまり、苗木は思いっきり床を殴った。
「……これから、どうすりゃいいんだ…」
結城組の他に、もう宛が無い。
かと言って残っていたら、海星に殺される。
完全にお先真っ暗だった。
どうしたものかと悩んでいたその時……。
「うわぁ!!大丈夫っスか!?」
眼鏡を掛けた若いのが、苗木に駆け寄ってきた。
コイツの名前は夏目隆。
苗木よりも、少し前に入った舎弟だ。
「なっ…なんだ……!?」
夏目に起こされ、苗木は戸惑う。
するとそこへもう1人、グラサンの男が入ってきた。
「破門、か。海星も容赦あらへんな」
その男を見た苗木の目が、見開かれる。
「あなたは……!!」
「あの日以来やなぁ、苗木。出て行く前に、ちょいと話さへんか?」
そこに立っていたのは、結城組の武闘派 蓼丸千秋だった。