4話
「極道でも最初は下積みからだ。まぁ今日は初日だからなァ。兄貴分の背中を見て雰囲気感じ取ればいい」
「はい!」
結城組長に続いて、俺は和風建築の事務所に入る。
俺の名前は苗木宗佑。
武闘派組織 結城組に入門した元ヤンのフリーターだ。
いや、今はもう結城組の下っ端か。
俺の親友の義成が、目の前で半グレ組織 刃裟羅の牧浦遊真に殺された。
義成には、俺と違って明るい未来が待ってたんだ。
それなのに牧浦のクソは、ゲーム感覚で義成を殺しやがったんだ。
義成の葬式以降、怒りが収まらなかった。
だから俺は刃裟羅への、牧浦への復讐を決意した。
それが義成への手向けとなり、償いになるから。
とはいえ、相手は赤木町で猛威を振るう組織だ。
俺1人で突っ込んだところで、勝ち目は無い。
そこで刃裟羅と敵対している、結城組の門を叩いたという訳だ。
「おっ、丁度いいところに」
事務所の休憩スペースみたいなところに着くと、結城組長はソファに座る1人の男に声を掛けた。
「海星」
「長、何でしょう?」
アウタージャケットを着たその男が、何かをポケットに仕舞いながら、スクリと立ち上がる。
「ッ……!!?」
俺はその男に見覚えがあった。
石田海星。
義成と飲みに行ったあの日の夜、バッタリ出会ってしまった男だ。
「……あァ?お前は…」
石田も俺を覚えていたようだ
ナイフみたいな目つきで凝視してくる。
あの日の夜と変わらず、圧が凄い。
俺達が見つめ合っていると、結城組長が間に入ってきた。
「海星、コイツはついさっきうちに入った苗木だ。苗木、コイツは石田海星。お前の兄貴分になる奴だ」
「なっ、苗木宗佑です!」
「はぁ…、新人ですか」
石田は気怠げに応える。
するとここで、結城組長が思い切った提案をする。
「海星、お前を教育係に任命する。苗木にいろいろ教えてやれ」
「は…?」
「えぇ!?」
つい驚いてしまった。
この圧が凄い人が、俺の教育係になるだと。
当の石田はというと、物凄く嫌そうだった。
「待ってください長、なんで俺がそんなこと…」
「あァ?海星、組長の命令が聞けないってか〜?」
「ッ!!」
結城組長が笑顔で石田に詰め寄る。
笑ってはいるが、迫力がエグい。
「……承知致しました」
石田は渋々承諾した。
結城組長は満足気に頷く。
「お前も俺らから学んでんだから大丈夫だって。それに、舎弟育ててる間も意外と気づくことがたくさんあるんだぜ」
「そういうモン、ですかね」
「そうそう。そんじゃあ、後は任せるぜ」
結城組長は石田の肩をポンポンと叩くと、事務所の奥へと消えていった。
休憩スペースに、俺と石田だけが残される。
石田は溜息を吐いていた。
正直気まずい。
何か喋らねェと。
「いっ…石田さん、今日からよろしくお願いします!」
「……石田の兄貴だ」
俺の顔をギロリと睨み、石田がそう言う。
「組長は長。若頭はカシラ。歳上は兄貴、もしくは姉貴。ここでの呼び方だ。覚えろ」
「はっ…はい。石田の兄貴」
「よし。……見回り行くぞ。付いてこい」
「えっ…?」
つい間抜けな返事をしてしまう。
それが気に入らなかったのか、石田の兄貴が詰め寄ってきた。
「えっ…?じゃねェんだよ。ここでの返事は2つ。『はい』か『YES』。それだけだ」
実質1つじゃないですか。
「はっ…はい!」
「……行くぞ」
石田の兄貴はそう言い捨てると、早足で歩き出す。
俺は急いで兄貴の背中を追った。
赤木町内で昼に活気があるのは、繁華街より商店街だ。
八百屋や肉屋には多くの主婦が訪れていて、ラーメン屋や牛丼屋には、土方やサラリーマン風の客がたくさん入っていた。
そんな商店街にある店一つ一つに、俺達は顔を出していく。
意外だったのは、商店街の人々は俺達を恐がらないこと。
寧ろ、能面みたいな石田の兄貴に対して、笑顔で接していた。
肉屋に関しては、なんと唐揚げまで差し入れてくれたんだ。
「なんか…極道なのに好かれまくってますね」
俺は気になってそのまま口にした。
「好かれたくてやってる訳じゃねェ。こっちはシノギでやってんだ」
石田の兄貴はちゃんと返してくれた。
てっきり無視されるもんかと…。
「あの、シノギって…?」
「俺らの業界でいう仕事のことだ。その1つが守代貰ってる店の警護」
「守代って…金貰ってるんですね……」
「金が無くて警護できるかよ。……だがなァ…」
石田の兄貴がジロリと俺の目を見る。
そして低く凍るような声で言った。
「こっちは必ず守るっつって金貰ってんだ。全力でやれ」
「はっ…はい!」
圧倒されて思わずデカい声で返事してしまった。
…とにかく仕事は全力でやれってことか。
石田の兄貴は溜息を吐くと、少し話題を変えた。
「……俺らがこうして道歩くだけでも、警護にはなる」
「どういうことっスか?」
「裏社会で結城組を知らない奴はいねェ。戦闘力の高さも知れ渡ってる。そんな俺らが町を歩くだけで、無法者は手を出しづらい。十分抑止になンだよ」
「なるほどです…!」
「まぁ、それでもシマを荒らす馬鹿は居るが…あ?」
その時、石田の兄貴の目が鋭くなった。
前方を歩いてくる1人の女性。
その後ろから、バイクに乗った黒ずくめの男が走ってきた。
そして男は、女性が持っていたバッグを引ったくった。
「きゃっ!?ちょっと……!!?」
女性はバッグを取られまいと抵抗する。
しかし、男の力とバイクに勝てない。
すぐにバッグを奪われ、そのまま引きづられて転倒してしまった。
「引ったくり……ッ!!?」
俺がそう言った時には、石田の兄貴は動いていた。
ポケットから何かを取り出し、それを素早く投げる。
それは男のバイクの前輪に突き刺さった。
「うっ…うわぁアアアアアアアアアア!!!」
前輪がイカれたバイクで走れる訳がなく、男は横にぶっ倒れた。
その目の前に、石田の兄貴が立つ。
「白昼堂々引ったくってんじゃねェよ」
「くそっ!テメェ!!」
男が起き上がり、右の拳で兄貴に殴り掛かる。
だが、石田の兄貴は当たり前のように、その拳を片手で止めた。
「物を盗む悪い手はいらねェな」
“ゴキッ!!”
なんと石田の兄貴は、そのまま男の腕をへし折ったんだ。
「あぎゃァァァァアアアアアアアアアア___!!!!」
あまりの激痛に、男が倒れて泣き叫ぶ。
しかし、石田の兄貴は容赦が無い。
男の髪を掴んで、無理やり立たせた。
そして男の目を凝視する。
「おっさん、左腕も折られたくなけりゃァ今すぐ赤木町から出てけ」
「ヒッ…ヒィッ!!!」
「テメェは一生出禁だ。10秒やるから早く消えろ」
「わっ、解りましたァアアアアアアアアアア!!!!」
恐怖を植え付けられた男は、右腕が折れているにも関わらず、全力で走り去った。
「石田の兄貴!」
俺は慌てて駆け寄る。
心配を他所に、兄貴は涼しい顔だ。
「あぁいう馬鹿を抑止するために見回るんだ」
石田の兄貴は逃げる男を指差して言う。
俺はチラリと、横倒しのバイクを見た。
バイクの前輪には、苦無が刺さっていた。
女性にバッグを返した後、俺達は見回りを続けた。
結局さっきの引ったくりみたいな奴は出てくることはなかった。
「ここまでだ。戻るぞ」
「はい…」
商店街の出口まで来たところで、俺達は引き返す。
帰りも何があるか解らない。
石田の兄貴は、細部まで目を光らせていた。
油断や隙が無い。
この人は、仕事熱心な人なんだな。
そんなことを思っていると、石田の兄貴が話しかけてきた。
「お前、あの夜金髪の奴と一緒だったろ?」
「えっ…?あぁ、義成……俺のダチのことっスね」
「そいつは今どうしてんだ?」
「……あいつは………」
まさか義成のことを聞かれるとは思わなかった。
正直きつい。
あいつの名前が出る度に、あの時のことを思い出してしまう。
「……あの夜の…兄貴達と会った後に……殺されました」
「なんだと…?」
「犯人は、刃裟羅の牧浦遊真です。あいつは俺の目の前で、義成を撃ちました。俺がこうして生きていられるのは結城組長……長が来てくれたお陰です」
「……そうか」
俺を気遣ってくれたのだろうか。
石田の兄貴は、静かにそう呟いた。
牧浦遊真。
コイツの名前が出る度に、腸が煮えくり返りそうになる。
「俺は、牧浦を殺すために結城組に入ったんです」
気づけば、俺の口はこんなことを言ってしまっていた。
「牧浦だけは…あいつだけは!!俺がこの手でぶち殺してやりたいんです……!!!」
「……なるほど」
俺の怒りを聞いた途端、石田の兄貴の声色が変わった。
その目は険しく、俺を刺すように見ていた。
「つまり俺らはテメェの復讐の道具って訳か。……ナメてんのか!?」
「ッ…!!?そんなこと______」
「どう考えてもそうだろうが!!!」
石田の兄貴が怒鳴る。
まるで獣のようだった。
引ったくり相手には、ここまで激昂しなかったのに。
舎弟に道具扱いされるのが、そんなに気に入らなかったのだろうか。
「勘違いしてんじゃねェぞ糞ガキ!!テメェが居なかろうと刃裟羅はいずれ結城組が消す!!テメェは寧ろ足手まといなんだよ!!!」
「ッ!!……足手まといって!!そんなのやってみなきゃ解らないじゃないですか!!」
「親友1人救えねェ癖に何ができんだ!!!?」
「ッ……!!!」
石田の兄貴のその言葉は、俺の胸を容赦なく突き刺した。
……その通りだ。
俺がもっと強ければ、義成を救えたかもしれねェのに。
「……牧浦は長でさえ仕留め切れなかった奴だ。お前如きがどうこうできる相手じゃねェ。それにだ。仮に殺せたとして、その後お前はどうすんだ?まさか辞めるとか抜かさねェよな?」
「…その後……」
この質問もまた、予想してなかった。
牧浦を殺した後のこと。
石田の兄貴に言われて、初めて気づいた。
このまま極道として生きていくのか。
それとも足を洗い、カタギに戻るのか。
仇とはいえ、人殺しがカタギとして生きていけるのか。
そもそも結城組が脱退を認めてくれるのか。
「今ならすぐに脱退できる。よく考えるんだな。これからどうしていくのか」
俺の心を読んだのか、石田の兄貴がそう言い捨てる。
それから、ただ立ち尽くす俺を置いて再び歩き始めた。
「…どうしろってんだよ………!!!」
俺は義成の仇を討つために結城組に入った。
石田の兄貴に言い当てられた通り、結城組を利用するためだ。
だが石田の兄貴に言われてから、こう思うようになっちまった。
本当にこれでいいのか……と。