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結城組  作者: マー・TY
3/5

3話

 俺の名前は結城高虎。

 朝っぱらから事務所のソファで寝っ転がって寛ぐ、結城組の組長だ。

「まぁまぁ痛むなぁ…」

 俺が気にしてるのは、昨日負った脇腹の傷。

 この傷を負った後闇医者に行って、そのまま事務所に帰って一夜を明かしたってところだ。

 そんな俺に、話しかけてくる奴が居た。

おさ、おはようございます」

「おぅ、おはよ〜さん」

 俺に挨拶してきたコイツは石田海星。

 まだ若くて可愛い奴だが、うちの組の最強格の1人だ。

「今日は珍しく早いですね」

「なんだよ。まるで俺が朝弱いみたいな言い方だな」

「事実弱いじゃないですか」

「まぁ、昨晩カチこんでからそのまま帰ってきたからなァ。ちょっと刃裟羅とドンパチやってきたわ」

「刃裟羅と…?」

 海星の表情が険しくなる。

 俺達結城組がシマにしているのは、北九州にある赤木町。

 刃裟羅は最近、この赤木町で頭角を現し始めたデカい半グレ組織だ。

 うちが言えた義理じゃないが、ヤクの売買や違法風俗、人身売買や殺人代行まで、数多くの悪行に手を染めている。

 明らかなシマ荒らしだ。

 そのため結城組は、刃裟羅の排除に乗り出している。

 そして俺は昨晩、刃裟羅のNo.3 牧浦遊真とカチ合ったって訳だ。

「牧浦遊真…。あそこで仕留められなかったのが惜しいな」

「長、牧浦はどんな奴でしたか?」

「そうだなぁ。子供みてェなテンションだったが、かなり狡猾だ。隙を作るためなら、手下やカタギの犠牲だって厭わない。得物はタクティカルナイフで良い腕してたが、スペツナズナイフや手榴弾まで使ってくる。はっきり言って油断ならねェ奴だ。俺も脇腹抉られたしな」

「なんと…」

 脇腹を擦って見せると、能面みたいな海星の顔が僅かに引きつった。

 俺自身も傷を負うのは久しぶりだったからなぁ。

「まっ、この傷の比にならねェくらいボコボコにしてやったがな!ありゃしばらく動けねェだろうな!」

「ッ…!流石でございます」

 そう言って海星が頭を下げた。

「ただなァ…。あの場に居た若い奴が、ちと気になってな」

「若い奴……ですか…」

 俺と牧浦との戦いに巻き込まれた、苗木って名前の青年。

 最後牧浦が投げた手榴弾のせいで、負傷させちまった。

 その後救急車を呼んどいたが、傷自体は命に届く程じゃない。

 それより深いのは精神的なダメージだろうな。

 苗木は刃裟羅の奴らに親友である山井義成を殺された。

 俺が駆けつけた頃には、もう手遅れだったんだ。

「あいつ……。あのまま悪い方向にいかなけりゃいいんだがなぁ」

「……そうですね」

 何にしても、これ以上犠牲を出す訳にはいかないだろ。

 刃裟羅のクソ共は一刻も早く、この世から消し去らねェとな。




 数日後、苗木は義成の葬式会場に来ていた。

 義成は孤児院出身で、身寄りが無い。

 だから葬式自体の規模は小さく、来ている人間は同じ孤児院出身の奴や職員くらいだった。

 棺桶に入れられた義成の前に、苗木は立つ。

「義成……」

 苗木は小さく呟くと、飾られている遺影に目を移した。

 遺影の中の義成は、眩しいくらいの笑みを浮かべている。

 しかし、棺桶の中で眠る義成は、もうその笑顔を見せることはない。

「宗佑君、よね?」

 後ろから声をかけられ、苗木は振り返る。

 そこに居たのは、長い黒髪を1本にまとめた、40代くらいの女性。

 その目は、苗木を心配しているようだった。

「……迫田先生。その…久しぶり……」

 気不味さがあるのだろう。

 苗木は目を逸らしながら返した。

 彼女は孤児院の職員であり、苗木や義成の成長をずっと見守ってきた人だ。

「久しぶりね、宗佑君。義成君は…残念だったわね」

「……」

 苗木は、言葉を出せなかった。

 迫田は棺桶に近づく。

 そして、義成の顔を覗いた。

「義成君、あなたと本当に仲が良かったわよね。あなたの後を義成君がついて行って…。まるで兄弟みたいだった」

「……」

「義成君、優しい子だったけど、初めの頃は元気が無かったのよ。でもね、宗佑君…。あなたのお陰で明るくなったのよ。義成君、よく言っていたわ。宗佑は俺にとって太陽みたいだって」

「やめてくれ……!」

 苗木は迫田の話を遮った。

「俺のせいなんだ…。俺が馬鹿だから、弱いから……。義成は…殺されたんだ……」

 力無くそう訴える苗木。

 その目からは、涙が溢れていた。

「宗佑君…。あなたも、優しいままね」

 迫田は、そんな苗木を抱き寄せた。

「あなたの正義感は、誇れるものよ。あなたが動いたことで、救われた人達が何人も居る。だからその正義感を忘れないで。無事で帰って来られて、本当に良かった」

 かつてそうしていたように、迫田は苗木の頭を撫でる。

 苗木は、ただただ泣き崩れた。




 葬儀の帰りに、苗木はとある場所を訪れた。

 そこは、苗木や義成が通っていた高校。

 もうとっくに下校時間。

 校門からは、次々と名も知らぬ後輩達が出てきていた。

「……」

 苗木は彼らに、高校時代の義成を重ね合わせていた。

 ガキの頃にいじめられて暗かった義成は、高校に入ってからはすっかり明るくなっていた。

 どこで身に着けたのか、コミュニケーション能力も上がっていて、友達もたくさん作っていた。

 一方苗木は、ほぼ毎日喧嘩三昧。

 校内はもちろん、他校の不良達と揉めることが多かった。

 その大半が弱い者いじめを許せないという正義感から来るものだったが、苗木は自然と敬遠されていった。

 だが、そんな苗木を義成は見捨てなかった。

 それはある日のこと。

『宗佑〜〜!』

『……義成』

 苗木が1人で帰っていると、後ろから義成が走ってきた。

 それからピタッと、歩を合わせる。

『今日も喧嘩したでしょ?ほっぺた腫れてるよ』

『まぁな』

『また誰か助けたんだね?流石宗佑!』

『……お前さぁ、俺とあんま関わらない方がいいんじゃねェの?』

『えっ?なんで?』

『なんでって……』

 苗木も自身が周りに恐がられていることくらいは解っている。

 だからこそ自分と関われば、義成まで嫌われるのではないかと考えていた。

 だが、義成は揺らがなかった。

『関わらないとかありえないよ。俺、宗佑のこと好きだもん』

『好きって…!お前……!』

『俺がこんなに明るくなれたのも、友達いっぱい作れるようになったのも、全部、幼い頃宗佑が助けてくれたからなんだよ』

『ンなことねぇだろ……』

『とにかく!』

 義成は笑い、宗佑の前に立った。

『宗佑は俺の恩人でもあるし、それ以前に友達なんだからさ。これからも仲良くしてよ』

『……しゃあねぇなぁ』

 苗木はそっぽを向いて、照れくさそうに答えた。

『俺だけじゃ寂しいなら言ってね。友達作るの手伝ってあげるから〜〜!』

『やかましいわ!』

 無邪気に笑って逃げる義成を、苗木は追いかける。

 その時の苗木もまた、笑っていた。

「義成……」

 義成と共に歩いた場所に来る度に、当時の思い出が蘇った。

 苗木は、今は亡き義成に対し、思いを馳せる。

(……お前は…明るくて、優しくて、愛想良くて、世渡り上手で、俺の親友にしてはもったいないくらい良い奴だった。お前には、間違いなく幸せな未来が待ってる筈だったのに……)

 その時、苗木の目に憎悪が浮かんだ。

 横にあった高校の塀を、思いっきり殴りつける。

(なのにあいつは……あいつらは………!!ゲーム感覚でお前の未来を奪いやがった……!!!)

 苗木は空を睨みつける。

 流れる雲が、まるで苗木を嘲笑っているかのようだった。

(……義成、ちょっと待ててな)

 苗木は決意に満ちた眼差しで、その場を後にした。




 そして翌日、俺は事務所の門の前に居た。

「喉渇いてるだろ?これ飲めよ」

 見張りをしてる若いの2人に、お茶の差し入れだ。

「長!ありがとうございます!」

「ありがたく飲ませていただきます!」

 2人は文字通り泣いて喜んだ。

 大袈裟過ぎるが、こういうところが可愛いんだよな。

 茶も渡せたし、中に戻ろうとした時だった。

「結城組長、ご無沙汰しております」

 俺を呼び止める声がした。

 振り返ると、門の前に苗木が立っていた。

 その面持ちには、緊張の色が伺える。

「なんだお前は?」

「長は忙しいんだよ!帰れ!」

 若衆2人が凄んでみせる。

「その節は、助けて頂きありがとうございました。そして、今日はお願いがあって来ました」

 だが苗木は怯まなかった。

 そして俺に対し、人生を懸けた申し出をする。

「俺を、結城組に入れてください!!!」

 苗木が出したのは、結城組の入門希望。

 覚悟や執念…それから、おそらく憎悪。

 その目の奥からは、様々なものが読み取れた。

「大丈夫だ。丁度暇してたところだし」

 俺は若衆2人を下げる。

 それから、苗木の目の前に立った。

「苗木宗佑…だったな」

「はい」

「うちに入るのは、親友の仇討ちのためだろ?」

「ッ…!!」

 この反応、図星だな。

 まぁ、最初から目標を持ってるのはいいことだ。

 問題は、コイツに極道が向いてるかどうか。

 極道の実態を知って、やっていけるかどうかだが。

 俺はジロリと苗木の目を見る。

 それなりの圧を籠めて。

「苗木ィ、入門希望はこちらとしてはありがたいことだ。だが、うちに入っちまったらもう今までの生活はできねェぞ。命の取り合いは当たり前だ。いつ死んだっておかしくねェし、まともに死ねる奴は珍しい」

「……」

「親友の仇討ちを果たすまで、生きられる保証はねェ。それでも、極道として生きる覚悟はあるか?」

「……はい!」

 苗木は目を逸らさなかった。

「死ぬ覚悟なら、当にできています!」

 真っ直ぐな目で、そう宣言する。

 良い目じゃねェか。

 出会った日の夜に見せた啖呵といい、やっぱコイツは気合いが入ってる。

 そういう奴は嫌いじゃない。

「いいぜ。お前の入門を認めよう」

「ッ!!」

「苗木、今日から俺達は家族だ!」

「ッ……!!はい!!」

 こうして苗木は、結城組の一員となった。

 燃え滾るような復讐心を引っ提げて。

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