17話
雑木林に囲まれた車道。
俺は路肩に車を止めて待機していた。
ちょっと前に、中溝が車ごと林の中へ突っ込んでいった。
そんな奴を、黒宮の姉貴はたった1人で捜しに向かった。
姉貴は俺にここで待っておくように言ったが、正直不安だ。
元殺し屋で強さは理解しているが、あの人だって歳頃の女性なんだ。
それに石田の兄貴だって、現在殺し屋クーガーと激戦を繰り広げている。
俺はこんなところで待ってるだけでいいのか。
運転席で悩んでいると、突然助手席のドアが開かれた。
「お待たせ」
そう言って入ってきたのは、黒宮の姉貴だった。
一仕事終えたような顔をして、慣れた手つきでシートベルトを閉める。
「黒宮の姉貴、中溝は?」
「殺した」
「うおぉ……!」
当たり前のように返事をする姉貴に対し、俺の口から思わず驚きの声が漏れた。
これは流石というべきか…。
「何してるの?早く戻るよ」
「ッ!!…はい!!」
こうしちゃいられない。
俺は急いで車を方向転換させる。
そして思いっ切りアクセルを踏み、急発進させた。
「海星……!」
姉貴の口からは、石田の兄貴を心配する声が出ていた。
同じ頃、半グレ“琵出御”の撮影所では、2人の強者が向かい合っていた。
一方は結城組の最高戦力、石田海星。
石田の兄貴の眼前に居るのは、一流の殺し屋クーガー。
お互い斬り合いで傷だらけだ。
そんな2人の様子を、中溝の手下達は遠巻きに見ていた。
撮影所を脱出するには、この2人の間を突っ切らなければならない。
奴らにとって、逃げたくても逃げられない状況になっていた。
「顔色が悪いんじゃないか?海星君」
クーガーが挑発するようにそう言った。
石田の兄貴が負ったダメージはデカい。
胸には深い刀疵。
さらに脇腹を一発撃ち抜かれている。
「テメェもだろ。痩せ我慢もそこまで行くと芸だな」
石田の兄貴が皮肉で返す。
そう。クーガーも肋骨を折られている。
さらに黒宮の姉貴に撃たれ、背中を斬り裂かれている。
互いに大ダメージ。
だが出血が多いのは、石田の兄貴だ。
この人はそれを理解している。
「お前、地面の味を知らねェだろ」
最速で仕留めるために、飛び出した。
それに呼応するように、クーガーも前に出る。
再び激しい斬り合いになだれ込んだ。
「格別だから味わってみろよ!」
「すまないな。これでは倒れてやれないんだ」
お互い憎まれ口を叩きながら、得物を振るう。
やはり互角。
互いに鮮血を飛ばす。
「泥臭いのは嫌いでな…」
斬り合いの中で、急にクーガーがバックステップ。
そして素早くチャカを抜いた。
「スマートに死んでくれ」
一瞬で照準が合う。
額に向けて発砲。
「シッ_____!!」
石田の兄貴は前に出て躱す。
前進しながら苦無を投げる。
「おっと」
クーガーはナイフで苦無を弾いた。
「逃がす訳ねェだろ」
その隙に、石田の兄貴が懐に入っていた。
横薙ぎの体勢に入っている。
(刀…。いやこれは…!)
少しだけクーガーの表情が崩れる。
忍者刀による横薙ぎ。そう思われた。
だが、石田の兄貴がさらに距離を詰める。
兄貴が使ったのは、肘。
「全身武器なんだわ」
“ゴキッ___!!!”
「ガフッ____!!」
渾身の当身が、クーガーの鳩尾に入った。
「ゲホッ…。フフッ…折れた肋骨を狙うか」
血を吐きながらも、クーガーは笑う。
直前で後ろに引いた分、ダメージは最小限だ。
「逃がさねェってんだよ」
石田の兄貴が苦無で追撃する。
クーガーはサイドステップでそれを躱した。
「安心しろ。逃げはしない」
奴はそう言いながら、スーツを脱ぐ。
そして石田の兄貴の前に、広がるように投げた。
「チッ!」
兄貴の視界が塞がれる。
スーツが地面に落ちるまでは、そう時間は掛からない。
だがこの次元では、その僅かな時間でも命取り。
“ドドン____!!!”
2発の弾丸が、スーツを突き抜けて飛んできた。
「ぐっ____!!」
石田の兄貴はなんとか反応する。
1発は外すが、もう1発が左肩を貫いた。
「終わりが近いようだ」
もうクーガーがサイドから迫っている。
ナイフによる突きの姿勢。
兄貴は体勢が悪い。
(受けるしかねェ…)
石田の兄貴は左腕のガードを上げた。
その結果、クーガーのナイフが兄貴の左前腕を貫いた。
「くっ……!」
今ので兄貴の左腕は死んだ。
意思に反して、ダラリと垂れる。
「大した精神性だ」
クーガーがナイフを引き抜き、連続で突きを繰り出す。
「ナメんな!!!」
兄貴は片手の忍者刀で迎え撃つ。
三度至近距離での斬り合いだ。
「先程より見やすいぞ。海星君」
「片手でも斬れンだわ!」
片腕だけでも、石田の兄貴はなんとか粘っている。
しかし、さっきより攻めきれない。
防戦一方だ。
(コイツをよく見ろ。このまま押し切ってくる訳がねェ。何か仕掛けてくる筈だ)
石田の兄貴は押されながらも、冷静にクーガーを見ていた。
すると予想通り、クーガーが動きを見せる。
「片目を頂こう」
奴が空いた手で目突き。
斬撃に混ぜてきやがった。
「チッ!」
左目を抉られる直前で、兄貴は顔をずらした。
だがクーガーの攻撃が繋がる。
「さっきのお返しだ」
今度は前蹴り。
石田の兄貴の腹に入った。
「ガハッ____!!!」
まともに入ったかと思ったが、兄貴は身を引き、少しダメージを軽くしていた。
2人の間に距離ができる。
兄貴はじっとクーガーを見据えていた。
クーガーが懐に手を入れる。
(この距離…。チャカか?…いや違ェ!)
クーガーが取り出したのは、なんと手榴弾だった。
位置関係的に、クーガーが出入り口の前に立ち塞がっている。
この状況での爆弾は、最悪の武器だった。
「室内で爆破。最悪だなァ」
クーガーは入り口の方に跳びながら、手榴弾を投げた。
「うわぁアアアアア!!!」
「爆弾だァ!!!」
“琵出御”の奴らはパニックになっていた。
「流石に慣れたわ」
こんな状況でも、石田の兄貴は冷静だった。
猛スピードで部屋の奥へと踏み込む。
そしてベッドを横倒しにし、その陰に入った。
次の瞬間、手榴弾が起爆……。
“ドカァアアアアアアアアアアア_____ン!!!!!”
撮影所内の全てが吹き飛んだ。
爆炎が上がった後、白い煙に包まれる。
(普通ならこれで終わりだろう)
クーガーの野郎は、既に外に出ていた。
入り口の陰で身を潜めている。
(そう。“普通”なら……な)
この爆発の中で石田の兄貴が生きていると、奴は確信していた。
兄貴が煙を切って飛び出してくる。
そう読んで、待ち伏せしていたんだ。
(ここでは苦無は当たらない。そして部屋の中には、俺はもう居ない。出てくるしかないんだよ。海星君)
クーガーはナイフを構えてほくそ笑む。
出てきたところを刈り取る。
奴にとって、ただそれだけのことだった。
すると、少し間を置いて…。
“カラン”
何かが転がりこんできた。
「ッ___!!」
クーガーの目が見開かれる。
奴の足下に転がってきた物。
それはなんと、閃光弾だった。
「持ってたか」
クーガーは両目を左手で隠し、後ろに跳んだ。
直後、暴力的な光が奴を襲う。
(来るなら、起爆直後)
光が消えるドンピシャのタイミングで、左手を離す。
もう石田の兄貴が、目の前に迫っていた。
「死ね」
兄貴が上から忍者刀を振り下ろす。
“ガキン!!!”
デカい金属音が鳴り響く。
クーガーはナイフで受けていた。
「むっ…!?」
しかし、奴のナイフが押され始める。
「ゲホッ…!結局は、パワー…!!」
石田の兄貴の右腕の筋肉が隆起する。
「死に…やがれェエエエエエエエエエエ!!!!」
兄貴は力任せに忍者刀を振り抜いた。
それはクーガーの防御を突破。
奴の胸を斬り裂いた。
「ガハッ_____!!!」
クーガーが吐血しながら後ろに下がる。
今の一撃は、深傷だった。
「……ククッ。フフフ。技巧の果てに、パワーか」
だがそんな状態にも関わらず、クーガーは笑っていた。
「結城組、面白いじゃないか。久々に血が滾ってきた……」
その目が爛々と輝く。
奴の本質は、重度の戦闘狂だった。
「こっちは遊びじゃねェんだよ。殺してやるからそこを動くな」
石田の兄貴も、もうズタボロだ。
だが、未だ戦意は衰えていない。
両者が再びぶつかり合おうとする。
その時だった。
「むっ…?」
クーガーが何かに気づいた。
石田の兄貴の後方。
遠くから、こちらに走ってくる車が見える。
それは、俺と黒宮の姉貴が乗っている車だった。
「名残惜しいが、幕引きだ」
クーガーの判断は早い。
地面に煙玉を叩きつけた。
「ッ!!…待ちやがれ!!」
石田の兄貴が、煙の中に苦無を投げる。
しかし、手応えは感じられなかった。
煙が晴れた頃には、クーガーは姿を消していた。
「クソが……!!」
兄貴は地面に片膝を着き、悪態を吐く。
そこへ、俺と黒宮の姉貴が駆け寄った。
「海星!!」
「ッ…!?石田の兄貴!!」
血塗れの兄貴を見て、俺達は戦慄した。
あの石田の兄貴が、ここまでやられるなんて…。
「宗佑!闇医者行くよ!」
「はい!」
俺達2人は、石田の兄貴に肩を貸す。
そして、車の方へと歩き出した。
幸い、兄貴の意識はまだはっきりしている。
「……中溝は、殺ったのか?」
兄貴は静かにそう問いかけてきた。
それには黒宮の姉貴が応える。
「勿論。林の中で死んでるわ」
「そうか」
「クーガーは?」
「悪い。取り逃がした」
「気にしないで。簡単に斃せるような奴じゃないから」
姉貴が石田の兄貴を慰める。
…これ、俺のせいだよな。
あの時兄貴は俺を庇って、クーガーの一撃を貰ったんだ。
あれが無かったら、勝ってたんじゃないのか。
「……石田の兄貴」
俺が呟くと、兄貴は無言で俺の方に視線を向けた。
「あの時俺が油断してなかったら、兄貴が深傷を負うことはありませんでした。足引っ張って、申し訳ございません」
情けない話だ。
ただ謝ることしかできないなんて。
「最初の一撃なんざ関係ねェ。けどなァ、解ったろ?鉄火場じゃ止まった奴は死ぬんだよ」
喋るのも辛いだろうに、兄貴は応えてくれた。
「今すぐ死にたいなら何も言わねェ。けどなァ、テメェはそうじゃねェんだろ。親友の仇を討つまで死ねねェんだろうが。集中しろボケ」
「ッ…!!はい!!」
こんな言葉まで頂いてしまった。
そうだ。俺もまだ死ねない。
義成を殺した、牧浦遊真。
あの野郎をぶち殺すまでは……。
「宗佑、最速で向かって」
「はい!」
石田の兄貴を車の後部座席に乗せると、黒宮の姉貴は止血を始めた。
俺は運転席に乗り込む。
それから、猛スピードで闇医者へと向かった。




