16話
半グレ“琵出御”の撮影所内の空気は、ビリビリと痺れるようだった。
突如として現れた、凄腕の殺し屋クーガー。
対するは結城組の最強戦力、石田の兄貴だ。
「石田海星。その命、俺にくれないか?お前の死を願っている人間が居るんだよ」
クーガーは兄貴を嘲笑いながら、そう提案した。
「ふざけるのも大概にしろよ。ゲホッ……。欲しけりゃ力尽くで来い」
石田の兄貴が、口から血を流しながら応える。
この人は今さっきの不意打ちで、胸を斬り裂かれている。
その傷は深かった。
だが寧ろ、兄貴の闘気は上がり続けていた。
「もう少しで奪えそうだが____」
のんびりと語るクーガーの表情が、一瞬強張った。
そして素早くに体をずらす。
次の瞬間、クーガーの頭のすぐ横を、銃弾が通り抜けた。
「相変わらずね、クーガー」
発砲したのは、黒宮の姉貴だった。
クーガーに銃口を向け、殺気に満ちた表情を浮かべている。
先程の緩やかな表情の姉貴は、すっかりどこかへ行ってしまっていた。
「久しいな、キティ。そう言えば、結城組に居るんだったなぁ。相も変わらず男に媚びてるのか?」
「今ので死ねばよかったのに」
怒りを露わにする黒宮の姉貴を、クーガーは鼻で笑う。
“キティ”ってのは、黒宮の姉貴の殺し屋時代のコードネームか。
元々同じ組織に所属していただけあって、面識はあるようだ。
「キティ、お前も戦る気のようだな。構わん。何人来ようが、俺の敵ではない」
クーガーは余裕そうに、各々に視線を向ける。
“琵出御”の奴ら。
深傷を負った石田の兄貴。
歯をギリッと噛み締めている黒宮の姉貴。
そして、俺…。
「ッ…………!」
俺は迂闊に動けなかった。
何なんだ、このクーガーって男は。
隙が全くない。
長や兄貴達とは全く別の空気…。
奴はまさに、死の空気を纏っていた。
撮影所に居る全員の視線が、クーガーに集まる。
だが、その隙を突いた奴が居た。
「チッ…!勝手にやってろや!!」
中溝だ。
なんと奴は、突然入り口の方へと走り出したんだ。
「逃がすかよ!!」
石田の兄貴が中溝を止めに向かう。
だが、纏わりつくようにクーガーが動いた。
奴が高速でナイフを振る。
兄貴は間一髪、忍者刀で受けた。
「この俺を無視するとは、いい度胸だ」
「邪魔、するな!!」
石田の兄貴が強引に忍者刀を振り抜く。
同時にクーガーが後方吹き飛ぶ。
いや、わざと後ろに跳んだ。
「惜しいな。その若さで死ぬとは」
奴はいつの間にかチャカを抜いていた。
後ろ跳びながら、1発撃つ。
“ドン!!”
「チィ……!!」
その弾丸が、兄貴の脇腹に食らいついた。
「この!!」
クーガーが着地したと同時、黒宮の姉貴が速射。
「おっと…」
だがクーガーはそれにも反応。
瞬時に前に跳ぶ。
弾が背中を切り裂いたが、奴の表情は崩れない。
「特技は射撃だったな。忘れていた」
ヘラヘラと笑いながら、クーガーは前方を見る。
石田の兄貴が距離を詰めていた。
「力比べか。面白い」
クーガーも前に出る。
そこから壮絶な斬り合いへと繋がった。
2人の間を、嵐のような斬撃が飛び交う。
「ほぅ?」
クーガーが意外そうな反応をする。
奴の体からは、血飛沫が上がっていた。
石田の兄貴が奮闘している。
「そろそろ余裕ねェだろ!」
兄貴だって斬られてる。
それでもこの人は、攻撃の手を緩めない。
「へっ…へへ!精々殺し合ってくれや!」
中溝が捨て台詞を吐き、撮影所から出て行った。
「黒宮!!苗木!!中溝を追え!!!」
石田の兄貴が斬り合いながら、俺達に命令する。
黒宮の姉貴の判断は早かった。
すぐさま駆け出し、俺の手を取る。
「宗佑、行くよ」
「姉貴!だけど、石田の兄貴が!」
「海星だったら大丈夫。目的を見失わないで」
姉貴に半ば強引に引っ張られる。
俺は石田の兄貴の方を見た。
出血しているのに、気にすることなく攻撃を続けている。
胸や脇腹の傷なんて、気にも留めていない。
そんな兄貴と、クーガーは互角に斬り合っている。
下手に手を出せば、さっきみたいに兄貴の足を引っ張るんじゃないか。
(ッ…!すみません、石田の兄貴。死なないでください!)
俺は兄貴の武運を祈りながら、黒宮の姉貴と一緒に撮影所を出た。
「行かせた途端死ぬパターンもあるだろ」
クーガーが急に後ろに跳んで距離を取る。
そして左手のチャカを発砲した。
「2度目は通じねェ」
兄貴はその弾丸を外す。
連射させないよう、間髪入れずに苦無を投げた。
クーガーもまた、それを躱した。
その隙を逃すことなく、兄貴が一気に距離を潰す。
「2つに分かれとけ!」
繰り出したのは、忍者刀による振り下ろし。
「おっと…」
クーガーはナイフで受けにいく。
だがナイフに当たる直前で、忍者刀が離れた。
「なんてな……」
「ッ…!?」
その振り下ろしは、フェイントだったんだ。
次の瞬間、強烈な蹴りがクーガーを襲う。
「引っ掛かるもんだな!」
「グフッ______!!!」
兄貴の足が、クーガーの鳩尾に突き刺さる。
奴はふっ飛ばされて、壁に激突した。
前のめりに倒れそうになったが、なんとか踏み留まる。
「ゲホッ…。やられたな。肋骨の7番8番……」
吐血し、ぶつぶつと呟きつつ、クーガーは顔を上げた。
そして悪魔のような表情を見せる。
「石田海星。噂以上だ。これくらいはやってもらわなければな……」
肋骨を折られてるってのに、奴は楽しそうに笑いやがった。
対して石田の兄貴が向けるのは、絶対零度の眼差し。
「テメェにはここで死んでもらう。これ以上誰も襲わせねェ」
互いに即入院レベルの大怪我。
それでもこの2人は、どちらかが死ぬまで止まらない。
一方俺と黒宮の姉貴は、撮影所の外に出ていた。
目の前を1台の車が通り過ぎる。
運転席に座っていたのは、鬼気迫る表情の中溝だった。
「宗佑、追いかけるよ」
「はい!」
ここに来るまでに使った車の方へ急ぐ。
俺は運転席に。
黒宮の姉貴は助手席に座った。
法定速度なんて気にしてられない。
アクセルベタ踏みだ。
この調子で走行していると、すぐに中溝の車が見えてきた。
俺達の姿がサイドミラーから見えたようで、奴が乗る車が加速し始める。
「宗佑、そのまま後ろに付いて」
「はい!」
今更だが、カーチェイスなんか初めてだ。
それでも俺は、なんとか中溝に付いていった。
「いける……」
そう呟いた黒宮の姉貴が、チャカを取り出す。
それから窓を開けて、身を乗り出した。
“ドン!ドン!”
姉貴が2発の弾丸を放つ。
それが命中したのは、中溝が乗る車の、後ろのタイヤ2つだった。
「よし」
姉貴はすぐに体を車内に引っ込めた。
この状況でも狙い通り当てられるなんて、流石過ぎる。
タイヤがパンクしたことで、中溝の車が減速する。
「隣に付いて」
「ッ…!?はい!」
姉貴に指示された俺は、速度を中溝の車に合わせる。
そうして奴の車の右側に、ぴったりと付いた。
“ドン___!”
姉貴がさらに発砲する。
狙いは中溝の、ハンドルを握る手だった。
「ぐっ!?あァアアアアアアアアアア____!!」
奴は手から血を撒き散らしながら、悲鳴を上げる。
もうすっかりパニックになっていた。
そのためハンドル操作がメチャクチャになっている。
ちなみに、この車道は左右が雑木林に囲まれている。
中溝はそこに突っ込んでいった。
“ドゴン!!”
林の中から、激しい衝突音が響く。
中溝の車は、雑木林の中の太い木にぶつかっていた。
車のボンネットからバンパーに掛けて、派手に凹んでしまっている。
フロントガラスは粉々だった。
「クッ…クソ!!死んでたまるかよ!!!」
中溝が車から這い出てくる。
ガラスで顔を切りまくって血塗れだが、なんとか歩くことはできるようだ。
だが、そんな奴の体に悪寒が走る。
目の前に立っていたのは、黒宮の姉貴だった。
姉貴は能面のような顔で、中溝を見据えている。
「なっ…何なんだよ!!お前……!!」
中溝が狼狽の声を上げる。
奴からすれば、最初姉貴はただ怯えることしかできない女子高生だった。
そんな少女が、今まさに自分の命を奪おうとしている。
(やるしかねェ!)
中溝は上着のポケットに手を突っ込んだ。
中にあるのはチャカ。
コイツはこのチャカで、これまで何人もの命を奪ってきた。
(落ち着け。この女が何だ!俺のチャカは最強なんだ!俺にチャカで勝てる奴なんて居ねェ!)
心の中で、自分にそう言い聞かせる。
そしてタイミングを見計らい、一気にチャカを抜いた。
「死にやがれェエエエエエ____!!!」
“ドン_______!!”
林の中で、発砲音が響き渡った。
「あっ……えっ…?」
ちゃんと黒宮の姉貴を狙って撃った…筈だった。
だが、姉貴は無傷。
しかもいつの間に抜いたのか、こちらにチャカを向けていた。
中溝は恐る恐る自分の右手に視線を移す。
なんと、そこにある筈の右手が、拳銃ごと無くなっていたんだ。
「うわぁアアアアアアアアアア___!!!!」
遅れてやってくる痛みで、中溝が悲鳴を上げる。
早撃ちはコイツの特技の1つだった。
しかし、眼前に佇む女が、それを上回ってきた。
「あっ…ぐっ……このアマァ!!!」
チャカはまだ近くに落ちていた。
中溝は残った左手で即座に拾おうとする。
だが、黒宮の姉貴がそれを見逃す訳がない。
“ドン______!!!”
鉛玉が中溝の左肩を捉えた。
奴の左腕が、意思とは反対にダラリと垂れる。
これで、両手が死んだ。
それにより、中溝は絶望に呑み込まれる。
「ヒッ…ヒィ!!!」
情けない声を上げて、逃げ出そうとする。
“ドドン____!!!”
黒宮の姉貴が、2発の連射。
「ギャギィ!!!」
それは中溝の両膝を貫いていた。
(なんだこれ…。何も…できねェ!!)
両手両足を壊された中溝は、力無く地面に倒れる。
そんな奴に、黒宮の姉貴が歩み寄ってくる。
その足取りはゆっくりなのに、奴にとってはとても速く感じられた。
「まっ…待て!!悪かった!!謝る!!謝るから!!!」
完全に心を折られた中溝が、命乞いをする。
「もうあんなことはしねェし、かっ、金もいくらでも払う!!足を洗って自首もするから!!だから_______!!!」
“ガコッ!!”
聞くに耐えなかったのだろう。
黒宮の姉貴が、中溝の口の中にチャカの先端を突っ込んだ。
「むごッ!!むごご!!!」
中溝は苦しそうに呻きながら、体を芋虫みたいに捩る。
その眼差しは、慈悲を乞うもの。
だが、黒宮の姉貴は靡かない。
「金?自首?足を洗う?……今更何言ってるの?」
どこまでも非情に、冷酷に、中溝を責め立てる。
この人の脳裏に浮かんでいたのは、愛華の泣き顔だった。
「汚い金なんていらないし、お前が更生しようがしまいが、愛華ちゃん達の心の傷は、癒えることはない。そんなことも解らないの?」
「ヒグゥッ___!!!」
「お前なんか人間じゃない。真っ黒な血液全部ぶち撒けて……死んじゃえ」
そう言って黒宮の姉貴は、躊躇なく引き金を引くのだった。




