14話
「…あ〜、えっと…。きみ、大丈夫?」
俺は泣きじゃくる女の子に声をかけた。
怖がられないように声色を高くしてみたが、どうだろうか。
その子は涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔をこっちに向けた。
「ヒッ…!いやっ!!」
ダメだった。
怖がられちまった。
その子は悲鳴を上げて塞ぎ込む。
俺ってそんなに怖いか。
確かに柄の悪い格好はしているが、この子の怖がり方も異常な気もする。
まるで男自体を恐れてるような…。
俺があれこれ思案していると、横から黒宮の姉貴がすり抜けてきた。
姉貴は女の子の隣に、ゆっくりと腰を下ろした。
「大丈夫大丈夫。私は、あなたの味方よ。このお兄さん2人も味方。ちょっと顔が怖いだけ。だから、あなたに酷いことはしないわ。大丈夫、大丈夫。ゆっくり息を吸うといいわ_____」
黒宮の姉貴は、女の子の背中を擦りながら語りかけ続けた。
若干ディスられはしたが、その声色はとても透き通っていて、優しかった。
「ここは黒宮に任せるぞ」
「ですね」
俺と石田の兄貴は少し離れたところから、その様子を見守った。
しばらくすると、女の子が泣き止んだ。
顔を上げ、腫れた目で俺達を見ている。
黒宮の姉貴は、その子に微笑みかけた。
「落ち着いた?」
「……はい。ありがとう、ございます」
女の子はそう言って、両目を拭った。
「何があったのか、私達に教えてくれない?」
黒宮の姉貴は、救いの手を差し伸べる。
「えっ……。でも…………」
女の子は、迷ったように視線を落とした。
「言ったら…私……!!」
絞り出すようにそう言うと、彼女はまた震え始めた。
やっぱり裏でヤバそうなのが動いてそうだ。
「大丈〜夫」
黒宮の姉貴が、女の子に抱擁する。
「私達は、あなたのような子を助けるために居るの。あなたを苦しめる奴らも、懲らしめてあげられる。だから、何でも話してみて?」
本当に、どうやったらこんな心地良い声出せるんだ。
黒宮の姉貴は元殺し屋だけど、この人にだったら殺されてもいいと思っちまう。
「………あの、聞いてくれますか?」
心を許せたのだろう。
意を決したように、女の子が顔を上げた。
「勿論。聞かせて」
黒宮の姉貴が笑顔を見せる。
それはまるで聖母のようだった。
愛華と名乗ったその女の子は、17歳の女子高生。
よくSNSに自撮り写真を投稿していた。
遊園地で友達と撮った写真。
フラペチーノを顔の近くに持ってきて、ピースをしている写真。
時には風呂上がりの時の写真まで…。
無防備にも愛華は、自分の行動を逐一投稿していた。
女子高生のリアル見たさに、フォロワーもそれなりに多かった。
そんなある日、とあるアカウントからDMが届いた。
内容は、愛華をモデルとしてスカウトしたいというもの。
DMに記載された会社は知らなかったが、モデルに憧れがあった愛華はすっかり有頂天になっていた。
その相手とDMで打ち合わせをした後、愛華は指定された場所へと向かう。
そこで待っていたのは、“田中”と名乗るスーツ姿の爽やかな男だった。
少しの間会話を挟んだ後、田中は用意した車に愛華を乗せ、撮影場所へと向かった。
最新のファッションに身を包んでの撮影。
事前にそう聞かされていた愛華は、楽しみで体が浮くようだった。
しかし、撮影場所に到着したところで、空気は一変した。
コンクリの壁で囲まれ、窓が1つも無い現場。
スタッフと思われる奴らは、全員柄が悪い。
撮影用のカメラが向けられている先には、ベッドが1つ。
この異様な雰囲気に、愛華は怖気づいた。
言葉を無くす愛華の前に、1人の男が歩み寄ってきた。
そいつは顔の左側にはタトゥーが入っていた。
「どうも〜。監督の中溝で〜す。愛華ちゃんだね?待ってたよ〜。それじゃあ早速撮影を始めようかァ」
中溝と名乗った男は、下卑た笑みを浮かべてそう言った。
(この人達、まともじゃない…!)
危機感を覚えた愛華は、逃げ出そうとした。
しかし、田中に両肩を掴まれる。
その力は爪が食い込む程強く、振りほどけなかった。
「あれ〜?愛華ちゃんどうしたの?」
中溝がヘラヘラしながら訊いてきた。
「……あの、わっ…私、……帰ります…!」
愛華は震えながらも、そう口にした。
だがその言葉で、中溝の態度が一変した。
「おぉい。ふざけんじゃねェぞ」
中溝は愛華の額に硬く冷たいものを当てた。
それは、拳銃だった。
「ヒッ……!!」
「何勝手なこと言ってんだァコラ。人も機材ももう用意しちまってんだよ。やるしかねェだろがァ?あァ!?」
中溝が耳元で怒鳴る。
愛華はもう、奴らに従うしかなかった。
その後は愛華にとって、地獄のような時間だった。
正確な時間は解らない。
(早く、終わって……)
男達に道具のように扱われている間、ただそれだけを願っていた。
非情にもその一部始終は、ビデオカメラで撮影されていた。
「おつかれ〜愛華ちゃん。最高だったよォ〜。愛華ちゃんのデビュー作、たくさん売れるだろうなァ〜」
全てが終わった後、中溝が愛華にそう言った。
「ちなみにィ、誰かにバラしたり逃げたりしたらァ、今日の映像ネットにばら撒いた後、お父さんとお母さんと一緒に殺してあげるからァ〜。だから呼んだらすぐ来てねェ〜?サボっちゃダメだよォ〜?」
悪魔のような顔をした中溝が、そう続けた。
奴の声は放心状態の愛華の耳に、ねっとりと絡みついた。
その後愛華は誰にも相談できず、この苦しみを味わい続けているという。
全てを話した後、愛華は再び泣き出した。
石田の兄貴と黒宮の姉貴は、怒りで目が真っ赤になっている。
俺だってそうだ。
おそらく奴らは、愛華を穢した動画を売って金に変えている。
子供の純粋な気持ちを利用した手口。
赦せる筈がねェ。
「話してくれてありがとう。よく頑張ったわね。もう大丈夫よ〜」
黒宮の姉貴が、愛華の頭を撫でて言った。
「少しだけ待っててね。愛華ちゃんを苦しめる悪い人達は、私達が消してあげるから」
「……あなた達は、…いったい……」
愛華にそう問われた黒宮の姉貴は、やさしく微笑み返す。
「私達は結城組。悪い人は絶対に赦さない、任侠組織よ」
今回の件を親に話すこと。
そして、怪しい奴が家に来ても出て行かないこと。
愛華にそう約束させた俺達は、事務所に戻りながら作戦会議をすることにした。
「次の撮影は1週間後。愛華の家を張ってりゃ迎えが来ンだろ。まずそいつから全部吐かせればいい」
「それが確実だよね。だけど〜…」
正直俺も、石田の兄貴が出した作戦で問題ないと思ってた。
だが、黒宮の姉貴が異を唱えた。
「中溝達のやり口を考えると、愛華ちゃんの他にも被害者が居る筈。これは立派な性犯罪。1週間待ってる間に、思い詰めて命を絶つ子が居てもおかしくない」
「たっ…確かに……!」
正直そこまで頭が回らなかった。
確かに、愛華だけをターゲットにするわけないもんな。
「それは解るがどうすんだ?愛華のスマホ見たが、奴ら情報統制はしっかりしてやがる。他の被害者を見つける手段もねェぞ」
「フフフ。今はスマホ1つで何でもできる時代。釣りだってできるの」
黒宮の姉貴は妖艶な笑みを浮かべ、自身のスマホの画面を見せた。
映し出されたのは、愛華が使用していたSNSのアプリ。
姉貴はそのアプリで、新しいアカウントを作っていた。
「お前、まさか……」
「フフッ。手前味噌だけど、私って綺麗でしょ〜?この顔と体で、何人も騙してきたんだから〜」
黒宮の姉貴はそう言いながら、ノリノリでセクシーなポーズを取る。
…いや、姉貴が美人なのは解るけど。
いったい何をしようってんだ。
そんなことを思っていると、黒宮の姉貴はとんでもないことを言った。
「私、今日からJKになる」




