10話
「うぃ〜す。戻ったぜ〜」
「サボらずやっておったか?」
「組長と若頭が一緒に見回り…。他の組じゃ見られん光景やな」
俺と塚原が事務所に戻ると、丁度いいところに蓼丸が居た。
コイツは組内屈指の情報通。
情報戦になれば蓼丸の右に出る奴は居ない。
「なんかおもろいことあったか?」
「5歳の女の子が行方不明だ。名前はさやちゃん。茶色いおさげでピンクのワンピース、赤い靴を履いてる」
「迷子センターみたいやな。さやちゃんは知らんけど、ここ最近子供の誘拐が増えとるって話はあるで」
「なに…?」
「なんじゃと?」
蓼丸は週に何度か町の情報屋達と情報のやりとりをしている。
今日会った情報屋は5人。
そして彼らから出た子供の誘拐の情報は、合計14件。
「3歳くらいの子ぉ抱えて走ってく男の姿も目撃されとる。そいつは黒いバンに乗り込んで、その場から走り去ったらしいで」
「黒いバン…な」
「ふざけおって…。誰のシマで誘拐なんぞしておる…!」
塚原の額に青筋が立っている。
この人は子供に優しい。
故に子供が悪事に巻き込まれると、滅茶苦茶キレる。
まぁ何であれ、こんなもん見過ごす訳にはいかないが。
「そんじゃあまずは、誘拐犯とっ捕まえるか」
「そうするとしよう」
「組員全員に共有しとくわ」
子供が安心して歩けねェ町なんざあってたまるかよ。
組の名に懸けて、その誘拐犯は絶対に捕まえる。
事が動くのは早かった。
翌日の昼下がり、シマ内を見回っている2人が居た。
「鍋島の兄貴、今のところ怪しい奴は居ませんね」
「片倉ァ、よぉく見とけよ。奴らからすりゃ今くらいの時間が狙い目だ」
「なんで解るんですか?」
「勘だ」
鍋島貴一。
顔の傷とハリネズミヘアーがトレードマークの、結城組の組員だ。
一緒に居るのは、舎弟の片倉光太郎。
まだ2年目だが、真面目でガッツがある奴だ。
コイツと鍋島は、よく一緒に行動している。
「近隣の小学校でも注意を呼びかけてるみたいですよ。集団下校も実施してます」
「だけどよぉ、皆が皆一緒の家に帰る訳じゃねェ。一瞬だろうが、誰かしらは絶対1人になる時がある。奴らからすりゃその一瞬は充分だろうがよ」
「なるほどです。それじゃあ、集団下校を張ってみますか?」
「だな。……あァ?」
鍋島の視線の先に、黒いバンがあった。
そこへ柄の悪い男が走ってくる。
奴は脇に、幼い男の子を抱えていた。
そいつは手慣れたような速さで、バンに乗り込んだ。
「見つけたァアアアアアアアアアア______!!!!」
一部始終を見た鍋島が怒号を放った。
その手には、金属バットが握られている。
バイソンさながらの脚力と威圧感を携えて、鍋島は走り出した。
「ヒッ!?」
「なっ、なんだあのおっさん!?」
バンにはもう1人乗っていた。
鬼の剣幕の鍋島を目の当たりにし、2人は震え上がる。
「ひっ、轢け!轢いちまえ!!!」
「おっ、おぅ!!」
片割れが慌ててエンジンを掛け、アクセルを踏もうとする。
だが、それはもう遅い。
「俺の勘はァアアアアアアアアアアアアアアア____!!!」
鍋島が跳び上がり、金属バットを両手で振り上げる。
「日本一当たるんじゃァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア____!!!!」
金属バットが、フロントガラスにぶち当たる。
その途端、ガラスが粉々に砕け散った。
「嘘だろ!?」
「うがぁああああああああ!!」
2人はガラスの破片で顔を切られながら、悲鳴を上げるしかできなかった。
鍋島はそれだけじゃ終わらせない。
奴らの胸ぐらを掴むと、容赦なく引き摺り出した。
2人はアスファルトの上に投げ出される。
「お前ら噂の誘拐犯だなァ。聞きてェことが山程あンだわ」
ボンネットから降りた鍋島が、奴らに迫る。
金属バットを引き摺る音が、いい感じに恐怖を演出していた。
「くっ、くそが!!」
この状況を打開しようと、片方が懐からナイフを取り出した。
それを鍋島に向ける。
「兄ちゃん、それを抜いちまったらダメだろうがよォ」
「うっ、うるせぇ!!お前を殺して、全部無かったことにするんだぁあああぁぁああぁああ!!!」
鍋島の忠告を無視して、そいつは駆け出した。
焦って馬鹿になってやがる。
リーチ的に、バット相手にナイフは不利なのによ。
しかもそのバットを持ってるのは、結城組の鍋島だ。
「命の取り合いだ。手加減……しねェぞォオオオオオオ____!!!!」
鍋島が思いっ切り金属バットを振りかぶった。
そしてタイミングを見計らい、勢いよく振り抜く。
「ホームランじゃァアアアアアアアアアア___!!!!」
“ゴキン!!!!”
「ぐぼぉアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
鍋島のフルスイングを諸に受け、誘拐犯の1人が遠くへふっ飛ばされる。
今ので内臓と肋骨がグチャグチャだ。
奴は血が混ざった泡を吹いて、痙攣している。
鍋島の金属バットを受けた奴は、楽に死ねないんだよ。
「ヒッ、ヒィ!!!」
相方の変わり果てた姿に、片割れが震え上がる。
鍋島はそいつに近づくと、金属バットを担いでしゃがんだ。
「名乗るの忘れてたわ。俺ァ結城組の鍋島だ」
「ゆっ、結城組って…あの!?」
「おゥ。…知ってること全部吐け。じゃなきゃテメェもホームランだ」
「ヒィッ!!いっ、言います言います!!!」
奴は壊れた人形みたいに、首を縦に振りまくった。
「人間を野球のボールみてェに…。鍋島の兄貴、やっぱエグいです…」
片倉はバンから子供を救い出しながら、そう呟いた。
その誘拐犯は、“ハーメルン”っていう半グレ組織の末端だった。
奴らのシノギは人身売買。
子供を攫い、海外の資産家に売ってるらしい。
日本人の子供は従順で真面目。
奴隷としてよく働くため、好評なんだと。
“ハーメルン”のボスの名は、長峰誠二郎。
最近、九州裏社会で名を挙げてる剣豪だ。
部下の裏切りは絶対許さない質らしい。
もし裏切ったら地獄の果てまで追いかけて、斬り刻んじまうんだと。
「あのガキが言うには、今夜11時に子供を運ぶために、埠頭に船が来るらしいぜ」
「外道が…ふざけおって……!!」
鍋島の報告を聞く塚原の顔が、鬼と化す。
俺も腸が煮えくり返りそうだ。
子供を親から引き離して売っちまうなんざ、人間のやることじゃねェ。
怒り狂いたいところだが、組長としてここは冷静にいかなきゃな
「“ハーメルン”は勿論潰すとして、埠頭の方も放っておけねェな。鍋島、そっちは任せていいか?」
「おゥ!子供達救ってくるぜ!」
鍋島は自信の籠もった返事をする。
さて、本題の“ハーメルン”だが…。
「…塚原、久々に俺達で行かね?」
「あぁ。外道共の首、この塚原官九郎が撥ねてみせよう」
「おいおい、組長と若頭だけで大丈夫かよ?」
鍋島が待ったを掛けてくる。
確かに、組長と若頭は指揮を執る側だ。
普通はカチコミになんて行かねェ。
若頭はともかく親を討たれるようなら、その組の信用にも関わる。
だが、きっかけを見つけたのは俺と塚原だ。
ここまで来て見てるだけ、なんてのはできねェわな。
「心配すんなって。組長も若頭も、定期的に運動しなきゃだろ?なァ塚原」
「左様。立場等気にせん。わしらは死ぬまで現役じゃ」
そう言って、俺と塚原は動き出す。
死ぬまで現役。
上から下まで全員戦える。
それが俺達、結城組だ。




