実験の場で
土日も終わり、月曜日。
「よし、じゃあ今日は酢酸を使った実験をしていくぞ。皮膚にかかると危ないから十分気をつけるようにするんだぞ。隣の席の生徒と二人一緒に実験を進めるように。」
今は化学の実験の時間だ。立派な顎髭を携えた中年の男性教授が薬品が入ったフラスコを掲げながら、生徒に忠告をする。
「一緒に組めて良かった」
凛の隣には満面の笑み浮かべる浅瀬君がいる。
浅瀬君には他に仲良しの男友達もいるのに、何故か凛とペアになる隣の席に座っていた。
仲良しの由香里も彩もこの実験は履修していないので、組む相手のいない凛にとってはちょうどよかった。
「浅瀬君は実験得意なの?」
「割と得意だよ。高校の頃は化学を専攻してたから」
「へぇ、じゃあ頼りにしてるね」
「ま、任せてよ。いっぱい頼ってくれていいよ」
凛は浅瀬君と協力し、実験を進めていった。
途中何度もアクシデントがあったが、それも浅瀬君がフォローしてくれて、失敗も笑いに変えてくれた。浅瀬君といると場が和む。周りに人が多い理由も頷ける。
実験は浅瀬くんのおかげで順調に進んでいた。ある生徒が実験道具を取りに行こうと凛の横を通りかかろうとした。その時足元にあった誰かのバックにその生徒が足を引っ掛けてしまったのだ。生徒の体が斜めになり、持っていたフラスコのなかの液体が生徒が凛に降り注ぐ。
「危ない!」
その時浅瀬君が凛を突き飛ばした。浅瀬くんの腕に薬品が降りかかる。
「うっ!」
「浅瀬君!」
浅瀬君は勢いで倒れ込み、腕を押さえた。
凛は慌てて駆け寄って腕の様子を見ようとするが、騒動に気がついた教授がそれを制止した。
「触っては危険だ。私が浅瀬君を保健室に連れて行こう」
「私も行きます!」
凛は浅瀬君に肩を貸し、保健室に連れて行こうとする教授に手を貸して、片方の肩を貸す。
「これぐらいなら消毒をして、包帯を巻くだけでいいわ」
保健室の先生は素早く浅瀬君を診察し、そう告げた。
「私がやります!」
「それなら、お願いするわ」
凛がそう言うと、保健室の先生は包帯と消毒を凛の手に渡してきた。教授は授業があるため、保健室の前まで浅瀬君を運ぶと、申し出た凛に浅瀬君を任せて授業に戻ってしまっていた。
「浅瀬君、ごめんね。ちょっと染みるかも」
「いてて!」
コットンに染み込ませた消毒薬を腕に軽く滑らせると浅瀬君は、痛みに顔を引きつらせた。
薬品がかかったところが赤くなり少し爛れていた。
「浅瀬君、ありがとう。庇ってくれて」
凛は、涙を溜めた潤んだ瞳で浅瀬くんを見つめた。
「どうってことないよ。女の子の体に傷がついたら大変だ」
笑みを浮かべながら浅瀬くんは言う。
凛は消毒を終えると包帯を手際よく巻いていく。そんな凛を見ていた浅瀬君は何やらソワソワしている。
「どうかしたの?」
凛が問いかけると、浅瀬君は勇気を振り絞った様子で言った。
「あのさ、前言ってた人とは会ったの?」
「前って?」
「マッチングアプリのことさ」
「あぁ、会ったよ。土曜日に」
「もしかしてその靴はその時に買ってもらったとか……」
浅瀬君は凛の靴を見ながら話しかけてくる。
「靴? うん、そうよく分かったね」
「いつもと違う靴だから。俺、すぐに分かったよ」
浅瀬君は、凛から目をそらしながらいった。
浅瀬くんのが表情は曇っていた。
「私がヒールを折っちゃって。そうしたら買ってくれたの」
頬を紅潮させながら、話は始める凛に浅瀬君は何やら神妙な面持ちで問いかける。
「そいつのこと好きなの?」
「……………。うん、好きかも」
凛は気がつくと、そう答えていた。