出会い
「うーん、アポロさん遅いな」
待ち合わせ場所である店の前に、ずっと待っているが、アポロさんは訪れない。ドタキャンされたのではないかという不安で溜まらない。それにもしかしたら遠目から顔を見られて帰られたのかもしれない。
凛は身長152センチと小柄で細身。栗色のストレートの髪が背中の半分くらいまである。顔立ちは、はっきりとした二重にバランスよく配置された鼻と桜色の唇。いわゆる可愛い系女子である。
普段はジーパンにTシャツ姿で出歩いているが、今日は白のワンピースに履きなれないヒールの高いサンダンを履いて気合いをいれてきた。少しでもアポロさんに好意を抱いてもらいたいからだ。
待ち合わせ時間から30分も過ぎてしまっている。
凛は、前日マッチングアプリで会った体験談をネットで検索してみたが、顔を影からこっそり見て帰られてしまうことは少ないという書き込みを見たせいか余計に不安になっていた。
「やぁ、初めまして。もしかして凛さん?」
「え、あっ! はい!?」
約束した日や時間等が間違っていないかと、携帯のメッセージの内容を何度も確認していると、凛に声をかけてきた人がいた。
驚いて声が裏返ってしまった。凛は顔を紅潮させながら声のした方を見ると、そこにはマッチングアプリで見慣れた顔があった。アポロさんだ。
マッチングアプリというと、加工などをしているイメージがあるが、間違いなく写真通りの顔だった。
「すみません、かなり遅れてしまって……。名字はどうしようかな。うーん、白川でいいかな。僕は白川アポロです。初めまして、今日はよろしくね」
アポロというのは本名であったらしい。何やらボソボソと言っていたが、凛にはよく聞こえなかった。
「こ、こここんにちは。こちらこそ初めまして! 今日はよろしくお願いします! 私は春風凛って言います!」
(うわぁ、私凄く緊張してる)
「じゃあ、行きましょうか」
「は、はい!」
凛は慌ててアポロの後を追いかける。慣れない高いヒールを履いてきたせいで足が痛い。
「二名でお願いします」
アポロは指を2本立てて、素早く人数を告げると、段差に戸惑っている凛に手を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ、気にしないで」
案内された席に座ると、アポロは肩にかけていたトートバッグを座る席の隣の椅子の上に置いた。凛も手提げバッグを隣の席に置く。
洋風でアンティーク調の家具や置物が、とてもいい雰囲気をかもしだしている。
店内は若い女性客が多かった。
「ここには来たことあるの?」
「は、はい! 友達と何度か来たことがあって。その時に凄く雰囲気が良かったので」
「確かにいいですね」
アポロはタメ口になったり、敬語になったりする。年下の女の子にどうやって接しようか迷っているのかもしれない。
「あ、敬語大丈夫ですよ。私の方が年下ですし」
「そう? じゃあ、タメ口で話すね。凛さんも敬語じゃなくて大丈夫だよ」
「そ、そうですか。うん、そうするね」
癖で敬語が出てしまう。凛は慌てて敬語をやめると、アポロはメニュー表を見始めた。
「オススメはある?」
「うーん、そうだなぁ。オムライスがかなり美味しくてオススメかな。今だとランチメニューでスープも付いてくるから!」
「そっか、じゃあ俺はそれにするよ。凛さんは?」
「私は、うん。私もそれにする」
「すみません。注文お願いします」
アポロは店員さんを呼ぶと、素早く注文を済ませた。
「あ、ありがとう。注文してくれて」
「いいよ、別に。それよりお互いに話しでもしよう」
「そうだね!」
「凛さんは普段は何してるの?」
「私は、最近は音楽を聴いたりしてます。フクロウ氏の音楽が本当に最高で……」
「その人なら僕も知ってる。いい曲ばかりだよね。作曲も作詞も一人でなってるんだから凄いよ」
「知っててくれて嬉しい! アポロさんは普段は何してるの?」
「僕は最近だとギターを弾いてるよ」
「え、凄い! オシャレですね」
「そんなことないよ」
凛とアポロが談笑していると、間もなくして店員さんがメニューを運んできた。
「こちらランチのオムライスセットに……あ!」
店員さんは足を滑らせ、スープをテーブルへとこぼしてしまった。熱々のスープがアポロさんの手にかかる。
「うっ……」
「アポロさん! 大丈夫ですか?」
アポロさんは熱さに顔を歪めた。その瞬間、アポロさんの手から白い鱗のようなものが剥き出しになったきがした。凛が驚きでじっと手のあたりを見つめていると、アポロさんは慌てた様子で反対の手でそれを隠した。
(鱗のように見えた気がしたけど……一瞬だったし気のせいだよね)
スープをこぼされたあとは、店長が謝罪をいいに来て、火傷の病院費を代払うと言ったのだがアポロさんは怒ることもなく、病院代を受け取らなかった。
「あれ? アポロさんは食べないんですか?」
アポロさんは中々、オムライスや新たに用意されたスープに手を付けなかった。
「僕はもう少し冷めてから食べるよ」
「熱いの苦手なんですか?」
「まぁね」
アポロさんは頷いた。その後もしばらく食べなかったので、相当猫舌なのかもしれない。
そして、ランチの時間は終了した。
「お会計お願いします」
「あ、私自分が食べた分、払います!」
凛は慌てて、バックからお財布を出した。しかしアポロをそれを制止した。
「年上だし、僕が払うよ」
「あ、でも本当に払いますよ」
「いいよ、本当に。それは自分のために使って」
「本当にいいんですか?」
「うん」
「ありがとうございます。ごちそうさまです」
まさか奢って貰えるとは思わず、凛は驚きながらもお礼を伝える。
「ありがとうございましたー!」
店員さんの声が響き渡る。
「今日はここでお別れする?」
「そうですね、うわぁ!」
凛は答える瞬間、コンクリートの地面の角張っているところに、ヒールを引っ掛け、転倒しそうになった。
「おっと、危ない」
それをアポロさんは受け止めてくれて、お姫様抱っこの形になった。
「わ、ごめんなさい!」
凛は慌てて謝る。
「どうして謝るの?」
「えっと、転んで迷惑をかけたからかな。それより早く降ろしてください」
公共の前で、お姫様抱っこをされているなんて恥ずかしくて溜まらない。凛の顔は林檎のように真っ赤になっていた。
「転びそうになったんだから仕方がないよ。それぐらいで謝る必要ない。あそこは靴屋さんだね」
「わ、ちょっと降ろして!」
「それじゃあ、歩けないでしょ」
「え」
気がつくとヒールが片方、折れてしまっていた。
凛が何も言い返せずにいると、アポロさんは靴屋に入ると、凛を椅子の上に座らせ陳列棚にあった白いスニーカーを手に取った。
「靴のサイズは23.5くらいかな?」
「はっはい。そうです」
凛がこたえると、アポロは片膝をつき大事そうに凛の足を摑むと、両足にスニーカーを履かせてくれた。凛の胸は早鐘を打っていた。
アポロは店員さんにスニーカーの代金を払った。
「今日会ってくれてありがとう。ささやかだけどスニーカーはプレゼントするね」
「えっいいんですか?」
「もちろんだよ。今日は真っすぐ帰るんだよ。また転んだら危ないから。次会うときはそのスニーカーはいてきてね」
アポロさんは足元を指差しそう言うと、靴屋の前から去っていった。
凛の顔は紅潮していた。