辺境騎士団四天王から逃げられた男
「煩い煩い煩いっ。お前の言葉なんて聞きたくない」
「でも、ジルド王太子殿下。あまりにも横暴な態度は」
「私はこの王国の次期、国王だ。私に逆らうものは不敬罪で処刑してやる!」
エウドシア・アラフェルス公爵令嬢は、ジルド王太子殿下の婚約者だ。
金の髪のそれはもう顔だけは美しい、ジルド王太子。歳は17歳。その滴るような美しさは、ガルド王国で絵姿として売られる程の、美しき王太子殿下である。
エウドシアはそんなジルド王太子殿下の婚約者だ。
ジルド王太子は、王立学園に同い歳のエウドシアと共に通っているのだが、表向きはとても、人当たりが良く人気者だ。
しかし、裏ではよく、エウドシアにイラついて当たり散らしていた。
「だいたい、今日の剣技の場ではなんだ?私に華を持たせるのが、当たり前ではないのか?私を負かしたあの公爵令息。許せない」
「かといって、処刑してやるだなんて」
「お前もお前だ。学年一位だなんて、成績を取るな。私を立てろ。どいつもこいつも」
という、ジルド王太子の成績はと言うと、下から数えた方が早いという、どうしようもない成績だった。
本当にイラつく。イラつく。
ジルド王太子は思った。
エウドシアは銀の髪の美しい、優秀な令嬢だ。
いつも、エウドシアに対して劣等感を持っていた。
ジルド王太子は剣技も勉学も、あまり出来が良くない。
そもそも、勉学自体があまり好きではなかった。
未来の王太子。
側室には弟妹がいるが、自分だけが正妃の息子なのだ。
だから、この王国を継ぐのは自分しかいない。
その証拠に王国一の実力者であり、宰相の娘であるエウドシアが二年前に婚約者に選ばれたのだ。
自分より優秀なエウドシア。
何もかもイラついた。
だから、当たり散らした。
他の人には、外面は良く、にこやかに。しかし、内面はイライラだらけで。
エウドシアにだけ当たり散らした。
学園から一緒の馬車で途中まで帰る。
アラフェルス公爵家の前で、エウドシアを下ろすまで、散々、エウドシアに当たり散らした。
エウドシアは困ったように、
「わたくしは、貴方様の為に優秀でありたいのです。ですから、勉学に手を抜く事は有り得ません。わたくしが無能でしたら、先行き、王国の王妃として困るでしょう」
と、なだめられる。
いつもそうだ。
いつもいつもいつも。
「煩い煩い煩い。煩いっ。私は王太子になる事に決まっているのだ。だから、お前は一歩下がって、私より、目立つな。私はお前なんぞ大嫌いだ」
今日もそう言ったら、エウドシアは眉を下げて、悲しそうな顔をした。
いい気味だ。
胸がスカッとする。
そんな日々を過ごしていたのだが、とある日、
父である国王に呼び出された。
「お前は何度言ったら解るのだ。少しは真面目に勉学や剣技に励んだらどうだ?先行き、お前は国王になるのだぞ」
ジルド王太子は反発した。
「国王になるのは私しかいないのです。ちょっと位、馬鹿だって、どうせ周りが助けてくれるのでしょう?エウドシアだって、全く生意気な。優秀である事を鼻にかけて。エウドシアが優秀だから、私はやる気が起きないのです」
母である王妃が、静かにその場に入って来て。
「お前の教育を失敗しましたね。お前だけがわたくしの息子だからって、甘やかしすぎました」
国王も深く頷いて、
「お前を廃嫡する。辺境騎士団へ引き取ってもらう」
「え?辺境騎士団って。あの?」
「そうだ。あの辺境騎士団だ」
ジルド王太子は信じられなかった。
辺境騎士団は、屑な男達を再教育すると言って、さらったりする変態騎士団だ。
さらった美しい男達は、騎士団員の餌食になっているというのは有名である。
そんなところへ?
両親に見捨てられた?
弟のフェレス第二王子が、部屋に入って来て、
「私が王太子になるのですか?父上」
「お前は、ジルドと違って、とても優秀だ。お前の婚約者であるミルディアナ・トレス公爵令嬢も同じく、優秀だ。ただ、婿入りするはずだったが、トレス公爵を説得せねばならないな」
フェレス第二王子は嬉しそうに、
「私は国王になりたいのです。ですから、兄上。遠慮なさらず安心して辺境騎士団へ行ってください」
両親に見捨てられた。弟にも、ジルド王太子、いや、もう王太子ではなくなったジルドは、馬車に乗せられ辺境騎士団へ連れていかれた。
辺境騎士団の詰所がある門の前で降ろされる。
ここまで来るのに何日もかかった。
ジルドは震えながら、辺境騎士団の門をくぐろうとした。
逃げ出したい。だが、ここを逃げ出しても、自分は生きていくことは出来ないだろう。
「馬鹿なの?本当に馬鹿よね」
馬車が止って、一人の女性が降りてきた。
大嫌いなエウドシアだ。
それも、自分を馬鹿だと言って、ジルドは振り向いて怒鳴った。
「そりゃ私は馬鹿だ。馬鹿だから、辺境騎士団へ送られた。お前はわざわざ追いかけて来て、笑いに来たのか」
「いくら勉学が嫌い。剣技が苦手だからって、努力もしないで。国王陛下や王妃様が見捨てる気持ちが解りますわ。わたくし、貴方が王太子殿下だったから、なだめるしか出来なかったのですけれども、今ならはっきりと言えます。貴方は馬鹿ですわね」
「私はこれから辺境騎士団へ入る事になっている」
「わたくしが良い所を紹介しますわ。ついてらっしゃい」
馬車に乗せられる。
「王都に帰れるのか」
「まさか、教会へ参りますわよ」
「教会?」
「そこでじっくり反省しなさい」
教会へ連れて行かれた。
そこには聖女マリアがいて、
「ちょっと、なに?この男は?凄い美男じゃない。辺境騎士団行きの男?」
エウドシアが、ずっしりと重い金貨の袋をマリアに渡して、
「この男を下働きで雇ってあげて欲しいの」
じゃらっとした金貨を渡されて、聖女マリアはにんまりしたけれども、
「でも、ここは修道院の隣の教会よ。男性は雇わないの。私は女性の味方だから」
聖女マリアは、悩める女性の相談に乗ってあげている癒しの聖女なのだ。
エウドシアは、にこやかに、
「そうね。でも、そこを曲げてお願い。掃除夫としてこき使ってもよろしくてよ」
「そんなに言うのなら」
ジルドは怒った。
「私は王太子だぞ」
エウドシアが反論する。
「元でございましょう?」
「そりゃ、元だけれども」
「こちらでしっかりと働いて、反省をして頂戴。聖女マリア。お金は払ったわ。もし、辺境騎士団員が来たら追い払って欲しいの」
「え?そりゃ、お金をもらったから、追い払うけれども」
「よろしくお願いね」
ジルドはこうして、教会で下働きで働くこととなった。
教会には、色々な女性が聖女マリアに相談に訪れる。
夫に殴られて、暴力を受けている。
夫に白い結婚を言い渡されても、逃げられない。
夫が浮気をして、悲しくてしょうがない。
聖女マリアは、相談に対し、
「こんな夫、捨てればいいじゃない?逃げ込める所なら紹介するわよ」
大抵の女性は逃げる決心もつかずに、相談するだけである。
聖女マリアは平民からはお金はとらない。
ただ、貴族の金持ちそうな女性からはお金を貰っている。
ジルドは部屋の衝立の影から見て、思う事があった。
マリアが、ジルドに衝立の影で相談者の相談を時間がある時に聞くようにと、言われていたからだ。
女性は立場が弱くて、苦しんでいる。
ただ、逃げることが出来ないのだな。
毎日、床をホウキで掃いて、綺麗に掃除する。
そして、色々な女性達を観察した。
皆、相談に訪れる人たちは疲れ切った顔をしていて。
そんな時、聖女マリアの元へ、辺境騎士団四天王が来た。
情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル。
と呼ばれている変態、いや、辺境騎士団四天王である。
アラフは金髪碧眼の美男で、ゴルディルはいかつい大岩のような男、マルクは見かけは黒髪の好青年。エダルはぱっとしない感じの黒髪の男性である。
アラフは聖女マリアに、
「おいこら、マリア。お前、うちの獲物を奪い取っただろう?」
その様子を陰で見ていたジルドは震えあがった。
聖女マリアはにんまり笑って、
「公爵令嬢様にお金をもらったので、獲物は渡すことは出来ませんー」
「この守銭奴がっ」
「何よ。変態騎士団の癖に」
「変態だと?」
聖女マリアはアラフに詰め寄る。
「情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル。この呼び名のどこが変態でないと?しつこい変態の呼び名じゃない」
アラフは聖女マリアに反論する。
「変態変態、言うなっ!」
ゴルディルも凄んで、
「俺達は正義の名の元にだな」
マルクも触手をうねうねと手の上で動かして、
「そうだ。正義の名の元に」
エダルも、にこりと笑って、
「そうそう、三日三晩可愛がってだな」
ジルドはさすがに震え上がった。
あんな連中に可愛がられたら、確実に壊れる。壊れてしまう。
柱の影から覗いていたジルドを見つけると、アラフが、
「みぃつけたー」
ゴルディルも両手を組み、指をゴキゴキ鳴らして。
「噂通りの美しき屑だな。さぁ辺境騎士団へ行こうか」
マルクがうねうねとさせていた触手をこちらに、にょろりと向ける。
「触手の良さを教えてやろう」
エダルがゆっくりと近づいて、
「まずは三日三晩だな。可愛がってやる」
ジルドは思いっきり悲鳴をあげた。
そして、聖女マリアの後ろに隠れる。
「改心しますっ。私は改心しますからっ。助けてっーーーーー」
聖女マリアは辺境騎士団四天王に向かって、
「お金を貰っているんで、ごめんなさいーー。さらっていくというのなら、どうしよっかなーー。アシェリーナを貸し出さないよ」
アシェリーナは聖女マリアの活動に感銘を受けて、信者になった癒しの聖女だ。
アシェリーナは時々、辺境騎士団の魔物討伐に付き添って、癒しの力を使って怪我を治す癒しの聖女の一人である。他にも聖女コリーヌとかいるのだが、コリーヌは神殿でつめかける人々への癒しの力を使う事が忙しく、なかなか参加できない。現在、アシェリーナの癒しの力は、特に強くて、重宝されているのだ。
アラフは困ったように、
「アシェリーナを派遣してくれないとなー。困る。解った。ああ、美味そうな男だったのに」
他の三人も、ほんとーに残念そうな顔をして、
「今回は諦めるか」
「そうだな。せっかくの触手の良さをっ」
「三日三晩の楽しみが」
四人は帰って行って、ジルドは聖女マリアに向かって、
「有難う有難う有難うっ。本当に助かった」
「いえいえ、お礼ならエウドシア様にね。お金を沢山貰ったので」
「解った。今度、会う事が会ったら、礼を言う事にしよう」
しばらくして、エウドシアが尋ねてきた。
「元気でやっているようね」
「ああ、何とか。元気でやっているよ。君のお陰で辺境騎士団から逃れられた。有難う」
「いいのよ。それよりも、貴方、反省したかしら。国王陛下の命で、貴方を我が、アラフェルス公爵家の婿に迎える事にするわ」
「え?君の家は確か、弟が継ぐんじゃなかったのか?」
「弟は好きな人が留学先に出来て、婿入りしたいんですって。ですから、貴方、わたくしと結婚して、婿に入りなさいな」
「私の事なんて嫌いだろう?それに私は優秀でないし、勉強も嫌っていて、剣技も苦手で」
「それで?努力はこれからもしたくないのかしら。教会で一生働いて終わっても良いのかしら?」
「君は私の事を許してくれるのか?さんざん、君に当たって我儘を言って」
エウドシアは両手を握り締めて来て、
「貴方は反省したのでしょう?」
「ああ、色々な女性達の悩みを、聖女マリアの近くで聞く事が出来た。私は、なんて狭い世界で生きてきたのだろう」
「でしたら、もっともっと広い世界を一緒に見ましょう」
聖女マリアに礼を言いに行くと、マリアは、
「お金を貰ったのでーー。お金が貰えなければ、あの変態達にとっくに渡していたわ」
と、そっけなく言われた。
王宮に戻れば、国王陛下と王妃が広間で会ってくれて、
国王である父は、
「アラフェルス公爵令嬢の頼みが無ければ、お前をそのまま辺境騎士団送りのままにするはずだった。感謝はアラフェルス公爵令嬢にだな」
王妃である母も、
「わたくしにとって貴方は唯一の息子。わたくしはエウドシアに感謝しているのよ。有難う。エウドシア。息子を助けてくれて」
エウドシアは王妃にむかって、
「わたくしは、ジルド様はきっと、反省して下さると信じておりましたわ」
ジルドはエウドシアに向かって、
「有難う。エウドシア。私はなんて愚かなことをしていたんだ。これからはしっかりと勉強して、改心するよ」
ジルドは、王立学園に復学した。
廃嫡すると言っていたはずだが、まだそのことは公になっておらず、病気で欠席したことになっていたのだ。
ジルドが第二王子になり、王太子は弟のフェレスになった。
学園に復学したジルドは勉強も剣技も頑張った。
エウドシアはそんなジルドを励まし、力になってくれた。
ある日、ジルドはエウドシアに聞いてみた。
「何で私を見捨てなかったんだ?私はエウドシアに対して、酷い態度を取って来た。普通だったら見捨てていただろう?」
エウドシアは笑って、
「だって、小さな子供みたいだと思ったのですもの。駄々を捏ねて、自分を立てろだなんて。いつもイラついて。だから、わたくしは、反省すればきっと、立ち直ってくれると信じていましたわ」
「それで、見捨てなかったのか」
「それにわたくしは、貴方の顔がとても好みで」
「え?そりゃ、私は顔だけは自信があったから。君だって美人の部類だろう?」
「ええ、わたくし、わたくしの隣に立つ方の顔は見目麗しい方が良いと思っておりますの。ですから、ジルド様を手放せなかったのですわ」
にこやかに微笑むエウドシア。
ジルドは思った。
美しくてよかった。いや、美しくなければそもそも辺境騎士団に狙われなかった?
どっちがよかったのだ?
いや……
頬を染めるエウドシアはとても可愛くて。
こうして、エウドシアの傍に戻れて良かったと思える。
そっと愛しいエウドシアの手を握るジルドであった。
ジルドとエウドシアは王立学園卒業後、結婚した。
ジルドは懸命に勉学に励み、エウドシアとよき領地経営をし、アラフェルス公爵領は発展した。
悩める女性達の為に、逃げ込める施設を建設したりして。
逃げ込んで来た女性や、子供が生活していけるように働ける場を作って、働けるようにした。
小さな子を預かってくれる場も作って女性が安心して働けるようにした。
聖女マリアが見せてくれた苦しんでいる女性達を助ける為に、ジルドは生涯、エウドシアと共に尽力したと伝えられている。