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幸運は新進女優としてスタートした夢里きらら。ある日、突然思いもよらないハプニングに襲われる。

新進女優として順調に見えた夢里きららだったが、加治木レイナの殴打事件に続き、マネージャーの城山がドラッグの売買に関連していたとして逮捕されるという事件に見舞われる。とばっちりはきららに及び、事実に反したさまざまな噂が飛び交い、仕事が激減する。そうした中、格下の女優が主役ながら悪役の出演依頼が舞い込む。憤るきららに、堀切がイメージチェンジをして再起を謀れとアドバイスされて、引き受けることにするのだが…。一方、琴音は住み込みの事務員として堀切の道場で働いている。天誅を下してきららはそれなりの制裁をうけてはいるが、自分の方は一向に運が向上する気配もない。何かが間違っているのではと疑問を抱くうちに、先輩の溝口が自殺したと知り、道場をやめて堀口の前から去る。

 第 四 章   夢里 きらら




 噂は三カ月もすぎれば消えてなくなるはずだった。

 ところが違った。加治木レイナが蒔いた火種は、渦中の演出家の一人が、何分古い事なので加治木レイナは勘違いか、誤解しているのだろうと反論したことがきっかけとなり、おさまるどころか燃え広がった。

 これにマスコミが飛びついた。女性週刊誌のカバーには、貸したお金を返してと煽動するかのようなフレーズが踊っている。さらにぺージをひらけば、製作費の一部として貸したと詳細なやりとりまで掲載されている。

 加治木は収益が出たら返金してもらう約束だったのに、いまだに約束が履行されていない。借用書はないが、貸した証拠はあると強気だ。またあきらかに主役と引き換えに要求されたケースもあったと。

 一方、借りた側は、誰一人きっぱりと否定していない。

 きららがスルーできなかったのは、大河ドラマの演出を手掛けた野々宮五郎もその一人だったからだ。これには城山がめずらしく反応してみせた。

「いいかい、突然マイクをつきつけられても慌てちゃいけない。初耳で驚いているとごまかせ。演出家についてもしらないと突っぱねろ」

 まるでこちらも関係あるような言い草に憤慨しかけてハッときがついた。自分も嫌疑がかけられているのだと。加治木の芸能界を去る上での意趣返しであるのは間違いないとしても、今回は実名公表だし、へたをすれぱ芸能界全体に嵐がおきそうな予感すらする。

 すべての人を巻き込んででも貸金を取り戻す腹なのだ。総額二億円ともなれば、取り戻したくもなる気持ちもわからなくはないけど、厄介なのはその着地点がいまだに見えないことだった。

 そしてその怖れはすぐにマスコミからの取材という形で訪れた。

 きららは城山の言いつけどおり、まったく身に覚えのないことと突っぱね続けた。それが功を奏したのか、幸い仕事にはまだ影響は出ていない。

 直後のテーマパークでのイベントのゲスト出演にも支障はなかったし、人気歌手のライブに友情出演したけど、心配したヤジも飛んでこなかった。それにテレビでも「世界の秘宝」という番組で進行役を務めて、その後もこれといった変化もなくてほっと一息ついていたのだが、振り返れば、それは束の間の小康状態だったにすぎないのかもしれない。。

 久しぶりに早く帰宅できて、トップスのチョコレートケーキをたべている最中だった。タレント仲間の萌絵がラインで「あるある芸能界の裏側」という動画がアップされているけどと知らせてくれた。

 自称プロダクションの元マネージャーと名乗る覆面ユーチューバーが、枕営業で主役を射止めたのは加治木だけではないと実名をあげたのだ。その中にきららの名前はなかったのだが、某大臣のパーティーに呼ばれた後、二人でホテルに消えたと思わせぶりなはてなマークで締めくくっている。まったく身に覚えのないフェイクニュースで、ショックと同時に怒りがグラグラと煮え立っている。

「はっきりいわずにぼかして匂わせる。よく使う手よ。でも黙っていたらそれが正しいと認めたようなもんだもの。戦う気あるんだったら第二弾だしてもいいよ」

 そう憤ってくれる萌絵とはCMの撮影で共演して以来、ラインで何かと相談したりされたりと親しくしている。そんな彼女もまたSNSの風評に苦しめられた一人だ。その対抗手段として同じ体験をした女の子を集めて動画で反論してみせた。

 たしかにその手があるなと思う。これなら、費用もかからないし、直接多くの聴衆に訴えることができる。受け皿があるとわかって幾分ほっとしたけど、いざ実行に移そうとすると、背後に加治木の影を感じてためらってしまう。下手をすれば便乗組も巻き込んで、騒ぎが一層拡大するかもしれない。そう考えると恐怖で気持ちが萎えた。そして思ってしまうのだ。嫌なことが立て続けに起こるのは、もしかしたら誰かの恨みをかっているからかもしれないと思えてきたりする。

「あたしも似たような経験あるから気持ちわかるよ。以前、有名な霊能者に電話したことあってね。その時、出た男の人に「悪い出来事をすべて霊現象に結びつけていると詐欺に引っかかりますよ」って言われて目が覚めた」

「へぇーいい人だね。金儲けは二の次って感じがする。そういう人にこそみてもらいたくなってくる」

「たしかに。でも話してくれたことは本当だね。人って困ると誰かにすがりたくなるから。でもやっぱ注意しないと…結局振り回されて、すっからかんにされた挙句、自分で考えられなくなってしまうよきっと」

 頷きつつ、やっぱり思ってしまう。悪意がやむまで待つなんてできやしない。取り除けるものなら取り除きたいと。なぜこうしたいやがらせを受け続けるのか。そこには理由があるはずだ。その理由を知るためのヒントを与えてくれるならそれでもいいと。

萌絵はそれにあっけらかんと答えてくれた。

「わたしたちって、普通の人と違う生活を送っているじゃない。CMは半日の撮影で数千万円の収入になるんだもの。一般の人には味わえない世界でしょ。彼らにしてみたら、どうしてって思うの当たりじゃない。手に入らない幸運に対する八つ当たり。それって有名税を支払っていると考えて我慢しなくちゃいけないかもよ」

 萌絵のいうとおりと納得出来た。いやだなと思う出来事ぐらい我慢しなくては。CMの仕事には何の影響もないし、来月には舞台稽古が始まるんだから。


  朝。八時半。最近にしてはめずらしくよく眠れて体も気分も軽い。

 城山が迎えに来る十時までに腹ごしらえをしておかないと。きららは冷蔵庫から、レタスを出し、キュウリとトマトを刻む。外食ばかりだと栄養の偏りが出るぐらいは知っている。だからせめて朝食ぐらいはと、野菜を多く採るように心掛けている。

 味は二の次。メニューは、昨夜デパ地下で買っておいたとんかつとポテトサラダに添えた。味噌汁の具材はミネラル豊富のわかめで決まり。

 お味噌汁を一口呑み込んだとたん、早くもこれからのスケジュールが稼働し始める。新番組の宣伝のために午後一時。バラエティー番組に出演。それからなんだったっけ。手帳を広げて確認する。幕張メッセで五時からイベント。移動にはどのぐらいかかるだろう。とんかつが喉に引っかかって、慌てて水で流し込んだ。そのとたんボコボコと音がして、昨日から胃腸が調子よくないことに気がついた。よく噛まなくちゃ。そうつぶやく。最近、独り言が増えている。確認の意味もあるけれど、そばに話相手がいるようで落ち着く。

 鍵をかけて地下の駐車場に降り、いつもどおりクルマに乗りこもうとして驚いた。

 城山の姿はなく、かわりにクルマの横に立っていたのは、最近入社した新入りの運転手だった。城山は急遽都合がつかなくなったそうだ。その日、ドラマの撮影を終えてめずらしく八時に帰宅。いつものようにテーブルに置かれたスマホを手に取った。

留守電の相手が聡子とわかりふっと嫌な予感がよぎる。お金を無心してくるときはきまって電話だったから。だから先日いってやった。だいぶ貯蓄できたでしょ。学費はそこから工面したらどう。兄弟でも貸し借りはきちんとしないとね。すると聡子は憤慨した様子で自論を展開する。

「勘違いしないでちょうだい。家を購入したのもあんたのためなのよ。実家がぼろやだったりしたら、あんたの評判はがた落ちよ。親をないがしろにして贅沢な生活を送っているといわれたら困るでしょうに」

 だから、広い土地を求めて神奈川県の葉山に移り住み、ブランド品を身に着けるようになったと言わんばかりだ。いつまでも人気は続かないから節約しなさいと言っているくせに。ブランドにこだわり、美容室だって青山の有名サロンに通う必要はないではないか。それで今度はなんだっていうの。開いてみて驚いた。

 ― テレビみた?マネージャーの城山さん、何か悪い事したみたいよ。

 あわててネットニュースをみて、ドラッグの取引を摘発されたらしいとわかった。会社ぐるみなのか、それとも社員の単独行動だったのかはっきりしないと書かれてある。あわてて城山に連絡をいれたが出ない。プロダクションにかけると通話中。交互に繰り返すうちに、ゾグソクと足元から寒気が上ってくる。ふいに電話が鳴り、でると聡子だった。かなり慌てている。

「ねぇ、城山さん首になったらどうするの。プロダクションも絡んでたら、仕事どころじゃなくなるよ」

「変なこといわないでよ。こっちは全然関係ないんだから」

「でもプロダクションに捜査がはいったとしたら、当然、あんたも取り調べ受けるでしょうよ」

 聡子の声が震えている。きっぱりと否定できない自分がもどかしい。ここ一月余り。疲れた様子だった城山の姿がよぎった。肌がぱさついて、顔色が淀んで見えた。それに口ぶりにもいつもの軽快さはなかった。次々と後付けの理由が浮かんでは消え、かわりに疑惑がどんどん膨らんでいく。

「ねぇ、ほんとに大丈夫よね」

「いい加減にして。なにもないわよ」

 きっぱり否定したものの、城山がぽつんと口にした言葉が思い出された。一年前、野球選手が違法ドラッグで摘発されたときだ。

―本人はその気はなくても、どうしても断り切れなくてというケースもあるからな。

 あの時は何も気に留めなかったけれど、もしかしたら自分もまきこまれるかもしれないと考えていたのかもしれない。

「ねぇ、弁護士に話しておいた方がいいわよ。警察に呼び出されて慌てないために」

 心配する聡子を、大丈夫だからとなだめて電話を切ったものの、胸騒ぎはおさまるどころかますます膨らんでいく。そしてその不安は午後に的中した。

 ニュースで医療用モルヒネの運搬役として城山がかかわっていたこと。首謀者の院長は多額の負債を抱えていてやらざるを得なかったと犯行の動機を語っていた。そして城山はといえば、日頃から世話になっているので、依頼を断り切れなかった。モルヒネは医療用として使われていて、回復した人間が、時折禁断症状に悩んでいるという話を聞いて、渡すのを手伝う気になった。と供述していることがわかった。

 そのクリニックの名前は聞いた覚えがある。芸能人が良く利用していて、頼みにくい依頼も快く引き受けてくれるらしい。城山も世話になったのかもしれない。その後のストーリーを組み立てるのは容易だ。聡子の不安は翌日に的中し、任意聴取の要請があって弁護士同伴で警察署に出頭することになり、きららをとりまくすべてがこれ一色に染まった。

 それ以降、きららは連日、マスコミの攻勢にさらされることになった。やりきれないのは、家族にまで取材が及んだことだった。そのせいで頻々に姿を見せていた聡子もこれなくなり、プロダクションからは会社は無関係だから、落ち着いてしばらく静観するようにとの指示があった。これを境にCMも姿を消し、生活のすべてが停止した。

 皮肉だった。あれほど望んでいた休暇が取れたというのに、いざ手にするとやりたかった事柄のどれ一つとしてやる気になれない。いっそ海外旅行でもしてやろうかと思うけど、敵前逃亡と書き立てられそうでそれもできない。こうした中でも頼りになるのは城山しかいない。今は犯罪者に姿を変えたしまったけれど、気分ときたらまるで恋しい恋人を失ったよう。発覚する直前、きららは俺がいなくなっても大丈夫。一人でやっていけるよ。

思い出すと切ない。結局、医師に騙されたのだ。でも主犯でないのだから刑も軽いはず。ほっとしてようやく息がつけた。どうやら他の社員はかかわっていないらしい。もちろん社長もだ。そうなると時間がたてば再び元通りになる。すると誰かが耳元で囁く。甘いよ。なんとかならなかったらどうするの。タレントの命なんて短いものよ。担当マネージャーが不祥事を起こしただけなのに、すでに仕事はストップしているじゃない。

 翌日、社長からメールが届いた。警察に出向いたりと不快な思いをさせてすまないが、幸い外のスタッフは手を染めていない。会社ぐるみではなく、城山一人の単独行為と見受けられるので、今まで通りしっかりやってほしい。とりあえず川辺をマネージャーとするから、今後は彼の指示に従うように。

 ところがほっとしたのも束の間、所属しているタレントの一人が摘発された。これを契機に周辺の景色は姿を変えて、自宅マンションに連日記者が押し寄せるだけでなく、飛び火はつき合い始めたタレントの玄太にまで及んだ。

 当初は気にしないよといってくれていたのに、執拗な芸能レポーターの追跡に嫌気がさしたのか、きららが電話を入れても出ない日が何回か続き、そのうちラインも繋がらなくなった。外にもこれまで親しくしてきた俳優仲間のスマホのナンバーが突然変わったり、さらには受信されないケースも増えていった。

 そんな時、ついカクテルに手が伸びた。シェーカーを振ると聞こえてくる氷のころころとい音色が心地よく、ふっとガラスの風鈴の音を聞くようにほっとさせてくれた。

 事件後、ドミノのように雪崩が起きた。

予定していた新たなコマーシャルは立ち消えになり、CMの継続も打ち切られた。それだけではない。ドラマ出演の話も楽しみにしていた舞台の話も立ち消えになった。そのおかげでありあまるほどの時間が手に入ったというのに、時間がすぎるのが遅く、まるでラインやメールを確認するのが仕事のようになっている。

 それでもセリフの練習、トレーニングマシーンを使ってのジョッキングはかかさないでカムバックに備えている。時折、自宅に軟禁が耐えられなくなって、芸能レポーターや記者がいない時を見計らって、マスクに白髪のウィッグをかぶって近くの鳩森八幡神社にでかけるのが気晴らしになっている。

 境内にある富士山を模して造営された山は富士塚と呼ばれ、東京にいながら富士山に登ったと同じご利益がいただける。途中階段あり、熊笹がはえていたり溶岩ありで、富士山頂に登ったような気分になる。

 以前、城山にここはパワースポットとしても有名なのだと話したことがあって自分もそのパワーにあずかりたいから今度祈祷してもらうと神妙な顔をしてみせた。あれから祈祷してもらったのだろうかとぼんやり空を見上げたら、ふいに暗くなって雨が降りだして、あわてて近くのドラッグストアに駆け込んだ。

 入り口近くでやむのをぼんやりみつめていたら、頭にビジネスバックを乗せ、走っていく姿に、先日話した経理士が重なった。

 数日前だった。

 言いにくいんだけどと切り出され、このままいくと財産を使い果たしてしまいますよと告げられた。寝耳に水だった。現金はほとんど残っていないと告げられたとたん、誰かにこっそり抜き取られたんだと本気で思った。

 かなり高額な商品を購入しているからと、数字を上げ説明されてようやく納得したのだが、その時、初めて仕事がなくなった後の生活を思い描くことができた。

 雨脚はやむどころか一層激しく窓を叩き、その音がスタジオの喧騒に重なり、俳優たちの笑い声やいらだった演出家の怒号が聞えてきた。このまま長引いたら、彼らに忘れ去られてしまうのだろうか。もしあらたに事件が加わったとしたら、どうなるのだろう。漠然とした恐怖にのみこまれそうだった。その時、ふっと堀切がよぎった。あれは「ファンの集い」だった。病気のことを指摘されて驚いたけれど、なんとなく胡散臭く感じてほおっておいた。そうだ。事件が起きると書かれてあったっけ。いてもたってもいられなくなってきて、きららは外に飛びだすと一目散に駆けだした。

 マンションに戻ると、チェストの中をひっくり返して手紙を取り出した。

ー 予想外の事件が次々とおこって神経がひどく疲れ不安定になりますから睡眠と栄養を十分とるように。まもなく、身に覚えのないトラブルに巻き込まれ、状況が大きく変わります。心無いゴシップに悶え苦しむことなく、自暴自棄にならずに毅然と過ごして下さい。過剰な反応は、疑惑を強めます。心のバランスをとり自分を見失うことなく行動してください。

 読み返すうちに全身が固まった。

何もかも見通していたんだ。ネットで調べる限り、宗教関連ではないようだ。サイトのトップページにフレーズが躍っている。

ー お金を儲けるためだけに生きるなんてもったいない。知らない未知の自分に出会うための挑戦の第一歩を踏み出そう。まだ目覚めていない潜在能力を君は考えたことがあるかい。それを掴み開花させたら、運に振り回されない君に生まれ変われるよ。

その下に、小さく当会では寄付や報酬を一切頂いていません。一人で苦しまないで、安心して相談してください。一緒に解決策をみつけましょう。   堀切真彦。

 手紙が届いたのは、事件が起きる前だった。となると彼は今回の事件も透視でわかっていたのだろう。連絡がないのは、気遣いなのか、それとも敢えて距離をおいているのかわからない。ふいにいてもたってもいられなくなってアドレス帳を取り出した。

 聞き覚えのある声がいきなりストーンと落ちた。

「よかった。きららさんをずっと心配していたんですよ」

「……」

「無理して話さなくていいですよ。声をきいただけで状況はわかりますから。ひどい嵐に巻き込まれてしまいましたね」

 そのとたん、出番を待っていたかのように胸につかえていたさまざまな思いが噴き出した。きき終えると堀切は静かに話しかけた。

「あなたの気持ちは誰よりも理解していますよ。我慢に我慢して自分を殺してきたのでしょう。それなのに少しも報いられない。それどころか手ひどい裏切りにあって、苦しんでいる。その理由がわからないから余計苦しい。どうしてだかわかりますか」

 不意に質問を向けられ、言葉が感情に呑み込まれて出てこない。

「もしかして、運が悪かっただけだなんて考えていませんか。実は、運を使い果たすということもあるんですよ」

 ルーレットウィールに投げ込まれた白いボールがクルクルとまわって、予想もしない破産という文字の前で止まった。

「幸運の星の下に生まれた人は、ずっと続くと錯覚するんです。でもいったん崩れだすととまらない。自分で作り出したものではないですからね。加治木レイナの件にしても、その後に続いたさまざまな災難。それから今回の事件にしても、あなたは無関係どころか、呼び寄せたのかもしれないのです」

「そんなこと…」

「憤慨する気持ちはわかりますよ。でもあなたに気づかせるためだとしたらどうですか。意識をもつようにね」

「意識?」

「意識の覚醒ですよ。運に運ばれて生きる人は、すべてにおいて受け身なんですよ。自分から動かなくても周囲が運んでくれますからね。すべて借り物。実際には運を借りたにすぎにない。それに気づけということですよ」

「でも私なりに努力してきましたよ。休みもろくろくとれないほどのスケジュールをこなしてきたんですから」

「誤解しないでください。僕はあなたを非難しているわけではないんです。ただ真実を知ってほしい。そうしなければますますあなたは泥沼にはまり、浮かびあがれないからです。僕はこれまて沢山の人を見てきました。それで気がついたんですよ。運にも寿命があるということをね。使い方を間違えれば秒単位でへっていくものなんです」

 こっそりと忍び足で、時間泥棒という黒いマントを着た男が自分に襲い掛かろうとしている。

「そうならないためにはどうしたらいいんですか」

「マネージャーを懐かしむのはやめることです。あなたから去っていったのは、使命が終わったというシグナルです。つまり一人立ちするための機会を与えられたんです。もう彼は運を運んではきてくれません。それをはっきり自覚して行動することです。今後どう選択するか、そこにあなたのすべてがかかっている。逃げ出したい誘惑に打ち勝たなくてはいけない。じゃどうするか。これまでの生き方と決別することです。私のいうべきことはここまでです。後は、あなたが決めることです。よく考えて、決まったら聞かせてください。あなたの選択が正しいなら、喜んで力を貸します。けれど、間違っていたらお手伝いはできません。きららさんのためにならないから。それでは」

 まだ尋ねたいことがあったのに一方的に切られ、きららは広場に一人取り残された。ほんとに妙な男だ。

 人を利用したり貶める様子はないけど、近づくと離れていく。これまでおびただしい数の人が行き交い、そして通り過ぎていった。最初は、それが自分に対する好意からなのだと思っていた。でもすぐに気がついた。有名になると、餌に食らいつく魚のように人が集まってくるものなのだと。だからこそ堀切は不思議な存在だった。自分に接近して信頼を得るチャンスはいくらでもあったはずなのに。まあいい。そのうちになにが目的かわかるだろう。

 今は、なにはさておき、当面は生活をどうするかだ。収入がはいらないとすれば、購入したマンションを売却するしかない。それから聡子に現状を説明して、もう援助はできないと伝えよう。そう考えていた矢先、聡子から電話がかかってきた。

―とばっちりを受けたのはこちらなんだから、なんの責任もない。仕事が来ないのだったら移籍するしかないでしょ。

 いきなりこう切り出され、とにかく今までのように援助はできないから、そのつもりでいてとやんわりと告げた。堀切が口にした「運にも寿命がある」と話したらどんな反応をみせるだろうと思いながら、最近購入したマンションを売るしかないと決めると、ようやく呼吸が楽になった。こんなとき、元気をくれるのがダイキリだった。それでつい手が伸びた。

 タンブラーにキューブアイスを三個入れ、その上からカンパリを注ぎ、炭酸水でみたしてレモンスライスを入れる。

 ゆっくり味わうと不安や嫌な事柄が溶けてなくなる。それは束の間の安らぎにすぎないけれど、、今のきららにとっては、悪意の書き込みに耐えさせてくれる大切な友だった。先日は、ゴシップチャンネルにマムシの小太郎と名乗る男の書き込みをみつけた。

 ―彼女は日本のエカテリーナだな。ドラッグを使って共演者と次々とやりまくっているって噂がビンビン飛びこんでくる。

 さらには―友人から聞いたんだけど、大麻を譲ってもらったと本人が話していたらしい。

 どれもでたらめで、今度こそ名誉棄損で訴えてやると思うのだが、そのつど弁護士の警告に呑み込まれてしまう。

 ー 疑惑が一人で歩きだし、噂が尾ひれをつけて、あらたなマイナスイメージが加わる。

 ドラマで共演したKも似たような体験にさらされた一人だ。父親役だったが、撮影が終了した後も何かと気遣って連絡をくれる。

「どっちにしてもむずかしいよね。勝訴して名誉が回復したとしても俳優としてプラスになるとは限らないから。移籍できたとしても、かならずしも居心地はよくないと思うよ。誰でも火中の栗は拾いたがらないから。次のチャンスがめぐってくるまで動かない方がいいかもしれない…」

 そうした矢先、新しいマネージャーの川辺から、仕事の話が届いた。

 サイコのリメイク作品で、きららが演じるOLが顧客のお金を使いこんだ挙句、サイコパスの青年に殺されるというサスペンスだ。

 耳にしたとき、誤って劇薬を飲んでしまったような気分になった。殺される役が初めてだったせいもあるけれど、今の自分の境遇につけこまれたようで引っかかった。

 もちろん今は喉から手が出るほど仕事が欲しい。それでもヒロインがお金に眼がくらんで犯罪を犯すあたりが、傷を受けた自分のイメージと重なる恐れがあるし、時期が時期だけに、軽薄な尻軽女としてのキャラクターもマイナスに作用する気がする。それにどこからこんな話が舞い込んだのかも気がかりだ。

「実は、急遽代役をさがしていると聞いて、この際思い切ってイメージチェンジしたらどうかなって思ってプロデューサーにかけあったらOKがでた。もう妖精はおしまいにして、敢えてダークなイメージに挑戦してみようよ」

 相手の善意はわかるものの、一言の相談もないまますでに決まったような言い方が気に障った。

「それより、こんな汚れ役を演じなくてはならないほど落ちぶれたと思われるんじゃない」

 口からとびだしたとたん、恐怖につつみこまれた。演じたら、きっと火に油を注ぐに違いない。そう告げるとスマホから溜息がきこえてきた。

「いいかい。この役を手に入れるの大変だったんだよ。今はサイクルがとてつもなく早いから、ほとぼりがさめるまで待っていたら忘れ去られてしまうよ」

 城山だったら、こんな役には手を出さなかったはずだ。

 ふっと川辺が最近、力を入れていると噂の新人がよぎった。早くもCMのチャンスを掴んだときいている。

「そうだ。最近、新人見つけたそうね。彼女の方が向いているかもしれない」

 川辺は黙りこみ気まずい雰囲気の中、結局この話は流れたのだが、後味の悪さが尾をひいた。そんな矢先、堀切から近況を心配するメールが届いた。

 すぐに電話をかけると、いきなり相談して欲しかったときりだした。

「心配していたんですよ。怒りにとらわれすぎて、間違った判断を下すんじゃないかって。汚れ役がイメージを落とすとは限らないでしょ。今回はひきうければよかった。現にかわりに役を射止めた新人が脚光を浴びることになってしまった」

 堀切が自分の知らないことまで知っているのに驚いた。気分が落ち込まないように週刊誌は極力みないようにしていた隙に、マスコミはきららが断ったのをかぎつけ、こじつけともいえる理由をあげていた。

「週刊誌は最近、目を通していませんね。その女優は、あなたが断ってくれたおかげで回ってきたとインタビューで話していますよ。雑誌にはイメージがこれ以上悪くなるのを怖れて断ったのだろうとかかれてある。これはまずいですよ。疑惑をさらに高めてしまった」

 何をいっているのだろう。自分のイメージを守るために役を選ぶ。俳優なら誰でもしていることだ。

「いいですか。今は役を選ぶのではなく、逆手にとってあなたの存在をもう一度焼き付けなくてはいけなかったんですよ。これではみすみす疑惑を認めてしまうことになる。噂を晴らすのに、今回の役は、再度注目される絶好のチャンスだった」

 チャンスを蹴ったとでもいうのだろうか。どうかしている。きららは怒りを抑え、自分のイメージをこわす役柄は選ばないのはこの世界では常識だと反論した。

「これで傲慢でやりにくい女優というレッテルが加わってしまいましたね。こんな状態で移籍したら、あなたに非があって辞めざるを得なくなったような印象を与えかねない。返す返すも残念です。僕に相談してくれたら、こんな結果にはならなかったでしょうからね」

 予想もしない反論に、息が詰まって声が出ない。

「わたしは今でも選んだ道は間違ってなかったと信じてますから。それじゃ…」

 スマホを睨みながらきららは自身に誓う。こうなったら意地でも有利な条件で移籍をまとめてみせる。とはいえ、何件か当たってみたものの納得できる所属先はまだみつからない。共演したプロデューサーからも大手プロを紹介されたものの、所属タレントが気にいらなくて立ち消えとなった。

 救いを求めるようにKに、彼が所属しているプロダクションに移籍したいのだがと相談してみた。ところが予想もしない返事が返ってきた。所有しているリゾート施設が倒産の危機にあって、彼自身も融資をしていて、追加の資金提供を頼まれている状況なのだという。それを聞いて、ようやく自分が崖っぷちに立っているのだと気がついた。

 弁護士にも交渉を依頼しているものの、これまた遅々として進まなかった。じりじりとせまってくる焦りに押されるように、社長に直接談判のメールを送ると、意外にも、今後の針路については自由に選んでよいと返信が届いた。

 ほっとしたもののもう川辺に頼むわけにはいかないなと思って、オーディション情報をかき集めだした矢先、意外にもその本人からドラマ出演の話が舞いこんだ。

 出演予定の俳優が事故に合い、さらに代役も体調が悪くて出られない。あらすじは、銀行に勤務するOLが弟に高額治療をうけさせようとして使い込みをしている事実をみつけられ、上司をついに殺してしまう役だった。今度は殺す役だったけれど、イメージはだいぶ違う。主役が沖田リリィというのはきにくわなかったけれど、やりがいがあるのは確かだ。川辺は、今回は視聴者の同情を引くしイメージの修復にも役だつと乗り気だ。

「勝負は話題性ですよ。夢里きららが出演する。それが重要なんだ。違和感の磁力というか。予想外の面白さを狙う。高視聴率もありうると思うけど」

 その夜、眠れなくて何度も寝返りを打った。

 時計をみると六時。東の空にうっすらとレッドパープル色の朝焼けが広がっている。すこし早いけど起き上がってシャワーを浴びた。気分は悪くない。

 結局、引き受けることに決め、それからバタバタとことが進んだ。

 失敗は許されないという思いに引っ張られ、入念に台本を読み、ただひたすら役作りに没頭した。そのおかげで、周囲のぎこちない態度も冷ややかな視線も気にしないでいられた。読み合わせも、立ち稽古でもただひたすら集中した。

 そのかいあってかどうかはわからないものの、予想を裏切るようにドラマは好調だった。というより沖田リリィの演技が稚拙すぎたのだ。といっても傷が全快したわけではなく、悪意のツイッターは姿を消したわけでもなかったけれど、その数が確実に減っていた。

― 沖田リリィに救われたってかんじ。

-― 意図がみえすぎてキモい。

― 必死でゴシップを消そうとしている。うざっぽい。

 悪意に馴らされたのか、ナイフを突き刺されたような激しい痛みはもうない。かわりに、焦げた匂いがくすぶり続けている。ただひたすら消えるのを待つしかない。ふっと城山は観てくれただろうかと思う。執行猶予になって以来消息不明で、風に運ばれるのを嫌ったかのように噂すら届かない。

 その穴を埋めるように現れた堀切からも連絡はない。今振り返ると、嵐に抗うのではなく、うまく波にのっかって生き延びろと忠告してくれたのかなと思う。

 今度の仕事を引き受けたのも、彼のアドバイスがあったからこそだ。それを伝えたいとおもっていた矢先メールが届いた。

― 元気にしていますか。いろんな出来事が次々と起こっているようですね。今回は、不本意だったでしょう。はるかに格下の新人と共演なんて、しかも主役でないのですから。でも結果的には出演したのは正解でした。沖田リリィさんは多忙すぎて、近いうちに体調を崩して暫く静養に入ります。あなたのせいにされないよう、前もって手を打っておいた方がいい。格別険悪な関係でもない限り、気配りが功を奏するかもしれません。よく考えて行動してください。それでは。

 ほんとうに堀切は不思議な男だ。

 重要なシーンと見るなり飛んでくる。まるで現代版スーパーマンみたいだ。悩んでいる人を救いたいというのは、ひょっとして本物なのかもしれない。たしかサイトに描かれてあった。

 世界がもっと住みやすく幸福を感じる世界にすることが自分の使命なのだと。だから不幸に陥りかけている人を見つけると声をかけて、そこから救い上げたくなるのだと。

 胡散臭いと疑って、信じようとはしなかった。ほんとは世の中には成功や、名声を求めて動く人間ばかりではないのだと信じさせてくれた貴重な人だったのだ。ある時は、励ましてくれたり、またある時には叱って真実を告げてくれる堀切は、今の自分にとって誰よりも大切な存在であるのは間違いない。

 もう一度読み直してみた。沖田リリィーが体調を崩す。

 撮影中はそんな様子はまったくみえなくて、元気そのものだった。性格も裏表がなさそうだったし、一緒にいても肩がこらないから、うまがあうかもしれない。いずれにしても撮影中、摩擦もなく撮影を終えた。目障りだったのはむしろ川辺のほうだ。こちらに対する当てつけだろうかと疑いたくなるほど彼女に気を使っていた。昼の休憩だって、買ってきたお弁当を渡していたもの。でももういい。無事に終えたのだから。

数日後、堀切の予言どおりに沖田リリィーが脳動脈解離で突然入院し、きららはお花に見舞の手紙を添えて病院に届けておいた。

すぐに堀切に電話をした。アドバイスどおりにお花を送ったと話すと、

「それはよかったです。あなたが意識を切り替えれば新たな運を呼ぶことができるって、わかったでしょ。これからは、すべてをチャンスに変える気迫をもって生きてください。勇気をもって前進したので、あらたに運が生まれたんですよ」

「今回も霊が彼女の病気を教えてくれたんですか」

「不幸の方が幸福より強力なので、でやすいんですよ」

 思わず、背筋を冷気が駆け抜けていく。

「不幸に会いやすい人って、何か特長があるんですか」

 堀切はかすかに笑って、

「いい質問ですね。でも招くのは自分です。邪霊を呼び寄せないよう煩悩に負けない行動をとる。反対にプラス行為は善霊を呼び寄せます。意志が強く活気のある人に邪霊は寄ってきません。すべて本人次第です」

「でも正直心当たり無いんです。どうしてあんなにいろんなことが次々とおこったか…」

「人間は受けた傷には敏感でも、与えた傷には気がつかないものですよ。あなたが無意識に放った矢で傷を負った人がいるかもしれない。自覚がないから厄介なんですよ。与えた苦痛が激しいとなかなか追い払えない。生きている人の恨み辛みを甘く見てはいけません。因果応報とよばれている現象は自らがひきおこしたものです。最悪なのは、似たような体験をした霊たちが寄って手助けする。時に、それがあまりに強いと霊媒師が命を落とすことすらあるんですよ」

霊能者でも鎮めることのできない怨霊の存在については、きららもきいたことがある。ただ自分とは無縁だと思ってきた。堀切によればその考え方に落とし穴があるそうだ。

「幸い、あなたの場合は、異変は仕事だけに限られていますよね。たぶん何かに気づかせるためなのでしょう。原因をみきわめるために、少し時間をください。僕が突き止めてあげます。それがわかったらあなたを取り巻く異変も静まるはずですよ」


数日後、堀切の予言どおりに沖田リリィーが脳動脈解離で突然入院し、きららはお花に見舞の手紙を添えて病院に届けておいた。

すぐに堀切に電話をした。アドバイスどおりにお花を送ったと話すと、

「それはよかったです。あなたが意識を切り替えれば新たな運を呼ぶことができるって、わかったでしょ。これからは、すべてをチャンスに変える気迫をもって生きてください。勇気をもって前進したので、あらたに運が生まれたんですよ」

「今回も霊が彼女の病気を教えてくれたんですか」

「不幸の方が幸福より強力なので、でやすいんですよ」

 思わず、背筋を冷気が駆け抜けていく。

「不幸に会いやすい人って、何か特長があるんですか」

 堀切はかすかに笑って、

「いい質問ですね。でも招くのは自分です。邪霊を呼び寄せないよう煩悩に負けない行動をとる。反対にプラス行為は善霊を呼び寄せます。意志が強く活気のある人に邪霊は寄ってきません。すべて本人次第です」

「でも正直心当たり無いんです。どうしてあんなにいろんなことが次々とおこったか…」

「人間は受けた傷には敏感でも、与えた傷には気がつかないものですよ。あなたが無意識に放った矢で傷を負った人がいるかもしれない。自覚がないから厄介なんですよ。与えた苦痛が激しいとなかなか追い払えない。生きている人の恨み辛みを甘く見てはいけません。因果応報とよばれている現象は自らがひきおこしたものです。最悪なのは、似たような体験をした霊たちが寄って手助けする。時に、それがあまりに強いと霊媒師が命を落とすことすらあるんですよ」

霊能者でも鎮めることのできない怨霊の存在については、きららもきいたことがある。ただ自分とは無縁だと思ってきた。堀切によればその考え方に落とし穴があるそうだ。

「幸い、あなたの場合は、異変は仕事だけに限られていますよね。たぶん何かに気づかせるためなのでしょう。原因をみきわめるために、少し時間をください。僕が突き止めてあげます。それがわかったらあなたを取り巻く異変も静まるはずですよ」



数日後、堀切の予言どおりに沖田リリィーが脳動脈解離で突然入院し、きららはお花に見舞の手紙を添えて病院に届けておいた。

すぐに堀切に電話をした。アドバイスどおりにお花を送ったと話すと、

「それはよかったです。あなたが意識を切り替えれば新たな運を呼ぶことができるって、わかったでしょ。これからは、すべてをチャンスに変える気迫をもって生きてください。勇気をもって前進したので、あらたに運が生まれたんですよ」

「今回も霊が彼女の病気を教えてくれたんですか」

「不幸の方が幸福より強力なので、でやすいんですよ」

 思わず、背筋を冷気が駆け抜けていく。

「不幸に会いやすい人って、何か特長があるんですか」

 堀切はかすかに笑って、

「いい質問ですね。でも招くのは自分です。邪霊を呼び寄せないよう煩悩に負けない行動をとる。反対にプラス行為は善霊を呼び寄せます。意志が強く活気のある人に邪霊は寄ってきません。すべて本人次第です」

「でも正直心当たり無いんです。どうしてあんなにいろんなことが次々とおこったか…」

「人間は受けた傷には敏感でも、与えた傷には気がつかないものですよ。あなたが無意識に放った矢で傷を負った人がいるかもしれない。自覚がないから厄介なんですよ。与えた苦痛が激しいとなかなか追い払えない。生きている人の恨み辛みを甘く見てはいけません。因果応報とよばれている現象は自らがひきおこしたものです。最悪なのは、似たような体験をした霊たちが寄って手助けする。時に、それがあまりに強いと霊媒師が命を落とすことすらあるんですよ」

霊能者でも鎮めることのできない怨霊の存在については、きららもきいたことがある。ただ自分とは無縁だと思ってきた。堀切によればその考え方に落とし穴があるそうだ。

「幸い、あなたの場合は、異変は仕事だけに限られていますよね。たぶん何かに気づかせるためなのでしょう。原因をみきわめるために、少し時間をください。僕が突き止めてあげます。それがわかったらあなたを取り巻く異変も静まるはずですよ」



第 五 章      瀬 原 琴 音




やはり転居してよかったと思い始めていた矢先の出来事だった。

道場横の階段下の壁に『インチキ道場。財産を奪うな。人さらいはやめろ』と書かれた縦横七十センチほどの白い紙が貼られたのだ。

 早朝に気がついてすぐに撤去したものの、誰の仕業かわからなくて、堀切に連絡をしらせるべきかどうかためらった。というのは、異動につれてあちこちから不満やら不協和音が聞えて来ていたからだ。会員の抗議だとしても、もう少し事実がはっきりしてからの方がいい。そんな気がした。

 会員たちの多くは、会の信条に惹かれて入会したわけではない。

 堀切の予知能力に惹かれ、自分たちの悩みを解決してくれた力に絶大なる信頼をおいて、従っているだけにすぎない。だから期待が少しでも裏切られたり、思い描いていた世界と違うと判断すると退会するのも早い。今残っているのは競争社会の辛酸をなめてきた苦労組ばかりで結束も強い。そうした中、会員のふるい分けが行われて、いるのか、以前と比べて入れ替わりが多くなってきている。

 犯人はふるい分けられた元会員なのか、それともその会員の親族か。はたまた会の存在に反対する連中のいずれかだろうと推測できるとしても、気にかかるのは書かれた内容だ。

― 財産を奪うな。人さらいはやめろ。

 どちらも心当たりがなくて、別の組織と間違えたのではないかと思えなくもない。逃げ込んできた子供たちの親が、かどわかされ、お金を持ち出すように指示されたとでもいうのだろうか。東京道場では誘拐まがいの行為も、全財産を巻き上げる真似もしていない。結局、後から出勤したスタッフにはしばらく伏せておこうと決めて、その夜、溝口に電話をいれた。

 一人で抱えておくには重すぎたし、なにか心当たりがあるかもしれないと思ったからだ。彼女は今、郷里に戻り、介護の仕事をしている。

 父親が他界して母親の介護が必要になったためという理由で退所したのだが、辞めるのは大変だったと語っていた。最初は堀切に止められ、その後は幹部といわれる男女に留まるよう説得され続けた。こちらに母親をよべばいいといわれ、手はずを整えているとまるで強迫するような勢いだったという。

 郷里に戻って勧誘活動を続けると提案して、ようやく了承をえて退所したけれど、会員の勧誘ノルマがむしろこちらにきたら、ますます厳しさを増してきたとこぼした。

「こまってんのよ。ゴタゴタするのいやだったから適当に理由つけて退会したのに、毎月勧誘した状況を報告しろというんだから…」

 聞い終えると愕然とした。あまりに自分の知っている世界とはかけ隔たっていたから。もし溝口から聞いたのでなかったら、何か魂胆があってこんなでたらめな話をしたと思っただろう。

 資産家の堀切が、退会した人間にまで協力を強いているなんて、一+一が四になるような妙な話だった。ただ最近、入会者数の増加を促す動きが加速されているのは知っている。資金面は潤沢だったはずなのに、これまでは無料だった会費も取るようになっている。何かが変わったのはたしかだった。

「そこなのよ。老人にまでターゲットが広がっているところをみると、最近厳しくなっているんじゃない。出る一方で、収入はゼロなんだから、いくら財産があるといってもジェフ・ベゾスじゃないものね」

「介護事業に進出でもするのかなぁ」

「そんなんじゃないと思う。目当ては彼らの預貯金よ。信頼関係を築くために、生活に深く食い込むようにいわれてんのよ。財産管理を任せられるほどにね。世話をするたびに、なんだか騙しているみたいで心が痛むの。相談できる人がいないから、すぐに信用されちゃう。向こうから通帳預かってほしいなんて言われる時もあるし。会には逐一報告することになっているんだけど、黙っていると、支部長から逆に催促されちゃう。堀切さんの指示なのか、支部の独断なのかわからないけど。結局、やめさせてもらえないんじゃないかって怖ろしくなってくる。いざとなったら警察に届け出ようかって迷っているのよ」

溝口の暗く沈んだ告白をきっぱりと否定できないもどかしさが琴音をおおっている。

 壁に張られた檄文、さらには講堂で盗聴器が見つかった。

 ここにきて、たしかに何かが変わり始めている。

 それに対する抗議なのか。それとも単なるいやがらせなのかわからない。溝口は道場を離れて解放されたのか、遠慮ない批判を次々と口にした。長年いるだけに、積もり積もっているのだろう。檄文についてはなすと、

「いよいよくるべきものがきたわね。最近、どんどん変質していっているから、それにつれて綻びもどんどん広がっていくわけ。コトやんも、巻き込まれないうちに早く仕事やめなさい。へたをしたら俳優もあきらめなくてはならなくなるよ。あたしね。母もなくなったし、近いうちに実家を処分して引っ越そうと考えているの。そうしないと、会ときっぱり縁をきれない気がしてんのよ」


 電話を切っても震えがとまらない。さまざまな思いが絡み合って、頭の中はカオス状態だ。なにかと頼り互いに助け合ってきた溝口だが、話していないことがある。それは夢里きららに関してだ。そこに堀切のアドバイスがあったと知ったら、どんな反応を示すかはだいたい予想できる。でも彼は自分の苦悩を理解してくれ、手を差し伸べてくれた最初の恩人だった。

― きまぐな運なんかに左右されるな。自分の判断で運を奪い取れ。

このフレーズにどれほど慰められたことか。呪文を解く魔法のフレーズだった。長年苦しめられてきた「運」という幽霊から解放された瞬間だった。閉じられてきた重い扉が外に向かって放たれ、澄み切った大気がどっと流れ込んできた。

 公平という禁を破った夢里きららに下された天誅は受けるべき当然の罰だった。

やっと罰が下された。当初そう思った。どんなにうれしかったことか。でもそれは一時のことにすぎなくて、バッシングが同情票に姿をかえ、残り火が燃え出すかのようにきららは息を吹き返した。でもそれは束の間だった。まるでそれを罰するかのように大事件がおこった。

 きららのマネージャーがドラッグの密売人だったのだ。警察のガサ入れが職場と住宅に行われると、調査はスタッフはじめ、所属しているタレント全員に及び、夢里きららは複数回、事情聴取を受けた。結局、関連性なしと判断されたようだが、噂は独り歩きし、さまざまな内容がまことしやかに流れ始めた。

 それと前後するかのように、テレビから彼女の姿が消えた。日替わりメニューのごとく頻繁に登場していたCMからも、さらには、出演していた連続ドラマもふいに別の番組に切り替わられた。

 この状況を知った時、どんなにうれしかったか。これこそまさに待ち望んでいた天誅だった。琴音は一仕事を終えた喜びに満ちていた。

 ところがなんということか、喜びは束の間で次第に風向きが変わっていった。再び巻き込まれた被害者といった同情的な書き込みが増えていったのをまのあたりにして、飼い主に棄てられた犬のようにみじめな気分だった。意外だったのは、堀切が全く違った見解をもっていたことだった。

「同情の声が増えてきていますが、それは彼女にとってはプラスには働かない。禊が解かれてしまい、罪が浄化されないまま、宙ぶらりんの状態のままになってしまう。現世の幸運は必ずしも本人にとってプラスにはなりません。さらなる不運を招くだけなんですよ」

 堀切は自論をこう続けた。

― 世間でいわれる因果応報とは、決して悪い事ではなく、罰を受けることで本人はむしろ救済されている。

 つまりきららがまだ禊を完成させていないというわけだ。

 でも今、救済という言葉が空まわりしている。救済されるのは彼女ではなく、むしろ自分の方ではないか。そんな気がしてならなかった。

 きららは、事件の都度、生まれ変わり、あらたな人気を手に入れている。これではまるで罰ではなくて、ご褒美を与えているようではないか。一方、プレゼンター演じる自分には何が与えられたというのだろう。

 そうした愚痴をききとったかのように、堀切は繰り返す。

「見返りがないなんてぼやいていませんか。いつもあなたには特殊なミッションが託されていると話しているでしょ。あなたはまだ役割を完全に果たしてはいません。与えられた自身の使命をやりぬいてこそ、瀬原琴音の未来が開けるんですよ」

 いったいどれほどの使命を果たしたら、望みが叶うのだろう。かれこれ一年近くたつというのに、それらしきチャンスはめぐってこないではないか。そう思ったとたんはじけ飛んだ。

「罰を受けたはずの夢里が、その都度強靭になっていくのは罰を受けたご褒美ですか」

「どうやら琴音さんは真実を知らないようだ。夢里きららは今もだえ苦しんでいます。とにかくフアンに忘れ去られないために必死なんですよ。複数のコマーシャルの仕事がなくなり、今彼女は生活に困っています。人間って一度贅沢を味わうと生活の質を落とせない。浪費家の母親は彼女にたかっていて、自分だけでなく家族の分まで稼がなくてはいけない。夢を叶えたなんてとんでもない。仕事がほしいはずなのに、希望に沿わない役柄だと断っています。運が逃げ出した理由がわからないまま、運を掴もうとしてもがいているんですよ。心の声に耳を済ましてごらんなさい。そうすれば、自分が今、何をするべきかわかってきますよ」

 遠くになりかけていた堀切に対する信頼が呼び戻され、琴音は気を取り戻す。

溝口から聞いた話は、不満を抱く支部の会員たちが仕組んだものに違いない。教祖は利用されているだけ。このままは黙っていたら、取り返しのつかない事態になるかもしれない。

 堀切は愕いた様子で、報告してくれてありがとう。早速調べて、それが事実なら厳正に対処すると約束してくれた。それを聞いてほっとした。やはり堀切は知らなかった。溝口に知らせなくては。これからは、心配しているような件はなくなるからって。

 一週間後、溝口に電話をかけたが、繋がらなかった。それから二月後。溝口が、自ら命を絶ったことを知った。連絡がつかないので支部に連絡してわかったのだが、それを聞いたとたんいてもたってもいられなくなって、郷里の日田市に飛んだ。

 大分空港からバスと電車を乗り継いで三時間余り。城下町の豆田町に到着した。六メートルほどの道路を挟んで両脇に、白い漆喰の壁と瓦が日本風の土産物店から、さまざまな職種の商店がずらりと並んでいる。

きちんと住所を聞いておかなかったことを後悔しながら、父親が経営していたという中国料理店を手掛かりに探すつもりだった。時計を見るとまもなく正午だった。ちょうどいい。消息が聞けるかもしれないと、ちゃんぽんの店に入った。食事時のせいもあって家族連れが楽し気に話している。端の席に座り、彼らが退出するのを待って用件を切り出すと、幸いにも生前の父親を知っていた。

「ああ、店を閉じてからもう十五年はたつねぇ。娘さんも亡くなったったって聞いたけど、角にある陶器店だったら、古くからやっているから知っているよ」

 教えられた店を訪れると、奥行の広い店内に意匠を凝らした色とりどりの向付やら、花器が美しく飾られている。いらっしゃいませとにこやかに近づいてきた店員に事情を話すと、奥で聞いていた店主らしき女性がそばにきて、合掌するかのように口の前で両手を合わせた。

「あなたお知り合いなの?」うなづくと、勢いよく話し出した。

「ほんとに驚いたわ。うちの子と同じ年で、介護サービスのバスにおかあさんと二人でいつも乗っていたのよ。ほんとに信じられない」

 溝口が東京に出奔したことについては知らない様子で、親族が時々きているらしく、もしかしたら話をきけるかもしれないと母親の実家の住所を教えてくれた。タクシーを拾い車で三十分も走ると荒れ果てた廃園らしき土地が見えてきた。しばらくいくと平屋の家が目の前に広がった。

 家の周囲は小ぎれいに片づけられているところを見ると、誰かがちょくちょく訪れていそうだ。タクシーを降りて、インターホーンを押すと若禿げの小太りの男性が出てきた。従弟で溝口隆だと名乗った。琴音が墓参りにきたと話すと、とたんに顔がほころび、この家をまもなく処分する予定なので、きっと故人が呼んだのだろうと声を詰まらせ中に案内すると、仏壇の中にセーラー服姿の遺影が琴音をみつめている。楽しそうに笑っている顔を見つめているうちに涙があふれた。

 焼香をすませると従弟は、溜めていた思いを吐き出すように話し出した。

「実は妙なんですよ。時々、立ち寄ってたんですけど、

 フムフムと聞きながら、遺影をみつめていると、セーラー服姿の彼女が楽し気に笑っている。

「適当な写真が見つからなかったんで、うちにあったアルバムから引き抜いてきたんですよ。ほんとに不可解でねぇ。今更どうにかなるわけではないけど腑に落ちなくて…人に言えない悩みなんか抱えていられるタイプじゃないし、人付き合いもうまくて、恨みを買う節もまったくなかったしねぇ。介護を苦にしている様子はまったくなかったし、母親をみとった時も気落ちしている様子は全くなかった。だから首をつったなんて、どうにも信じられなくて…」


 東京に戻っても、溝口隆の話が気にかかって、キーボードを何回も打ち間違えた。

 こんな時こそミサキに話したいのに、あたらしい彼氏との同棲生活にはまって、家に戻ってくるのは何か用事がある時だけだった。

 ラインで溝口の死を知らせるのも気が引けて、彼女には知らせていない。溝口の死が不自然と感じるのは従弟ばかりではない。実家を売って心機一転すると本人自身話していたし、名古屋支部が、母親の死を迎えて孤独を苦にしての自死と片づけていることにも違和感を覚える。そんな中途半端な気持ちをひきずっているせいかある日夢を見た。

 郊外のカフェテラスで溝口とはなしていたら、彼女がふいに怒りだし、グズグズしていたら手遅れになると叫びながら行ってしまった。待ってとおいかけたると鋼鉄の鎧を着た騎士が振り返り腕を掴んだ。そのあまりの痛さに悲鳴をあげたとたん目が覚めた。

 時計を見ると五時だった。

 再びベッドに横たわる気持ちになれなくて、そのまま起きると洗面をすませた。鏡に映った顔が不安そうに自分をみつめている。何かを訴えたかったのだろうか。「グズグズしていたら手遅れになる」と叫ぶ溝口の声がエコーして耳から離れない。

 自死でないと訴えたかったのだろうか。それとも道場から早く去るようにとの警告だったのだろうか。

 たしかに道場は以前とは大きく変わってきているし、内部で何か異変がおきているのはたしかだ。事後報告が増えているし、いろんな案件が知らない間に決められていく。いくら各支部の意見を尊重しているといっても、これでは音がバラバラに響くオーケストラとかわらないではないか。その日も出社するとスタッフにいきなり切り出された。

「今日の午後、団体がくるそうできちんと準備してほしいと教祖から連絡ありました」

「団体って、何にも聞いていないけど。何か用意するの」

「さぁー。こっちも何も聞いていません」

というわけで、座布団を干し、講堂内を掃除し、近くの花屋で購入した花を生けておいた。

 メールを開くと、いつものようにお知らせや、掲載してもらいたい情報が各支部から届いていた。その中から優先事項をピックアップして、今週の最新ニュースとして一斉に会員に送信した。

 バタバタと動き回って、一息ついたところに琴音のスマホが鳴り、でると服部だった。

「あら、めずらしい。元気にしてるぅ」

 たぶん一年あまり連絡を取っていない。

「堀切さんがそちらに行くの聞いてますよね。その中に梅沢って女の人がいますから、注意してください」

「注意するってどういう意味?」

数秒、再び沈黙があった。なんとなく硬いし、服部が電話をかけてきたのも、切りだした内容も妙だ。

「ねぇ、団体ってどういう人たちなの」

「支部をハワイに作るための準備だと思います」

初耳だった。広報の自分が知らないのに、服部が知っているのにも驚いた。

「ぜんぜん聞いていないけど」

「まぁ、まだ計画の段階ですから」

 几帳面な固い話し方が、時に人を見下して聞こえるのは少しも変わらない。

「そんな情報知っているなんて、随分出世したみたい」

「あら、そんなこと…」

 服部が話すたびに、胸騒ぎが大きくなって、つい皮肉が飛び出した。

「その女性、まさか堀切さんの愛人なんかじゃないわよね。また新たな彼女が現れたわけかな…」

「…そんな噂があるんですか」

「人気があるし、当然でしょう。これまでにも何回もあったもの」

嘘だった。正直、そうした噂がないのが不思議なぐらいだったのだから。ただ堅物の服部の反応があまりに意外で、つい調子に乗った。

「そういうのって女の勘でわかるじゃない」

 その直後、雷に打たれてハッとした。

「まさか、あなたも…」

 返事はない。単なる服部の片想いなのか。それとも両想い。慌てて打ち消した。

 話す時きまって注がれる真剣なまなざしも、あなたはこの道場にとって欠かせない人という殺し文句も、その都度催眠術をかけられたような不思議な感覚を服部も味わっているのだとわかって正直ショックだった。もしかしたら、服部にすでに超されているのかもしれない。そうだとしたら山梨の支部長になったのも納得できる。次々と繰り出されていく疑問の尻尾に、屈辱感がぶら下がっている。

「妊娠した人もいて、子供は養子に出されたとかいう噂も聞いたわ。で今日来るその彼女が新しい恋人っていうわけ…」

沈黙が心地よい。嘘から出たホント。皮肉な笑いがこみあげてきた。そして琴音は静かに最後のとどめを刺した。

「あれこれ悩むより、堀切さんに直接尋ねてみたら…その方がはっきりするでしょ」

その日の午後、予定していた客が訪れ、最後に堀切は現れた。うきうきした様子で微笑を浮かべ、陽に焼けて以前より逞しく見える。

 集まった面々は、二十人あまり。年齢も二十代から六十代までさまざまだった。

その中に三人女性の姿があった。そのうち一人、テレビキャスター風の女性がいた。知的で垢ぬけている。服部が気にしているのはこの人物なのだろう。目的と仕事の内容については前もって説明されていたのか、出陣式は、一時間あまりで終わり解散になった。

 終えて事務室に入ってきた堀切の表情がいつになく固くぎこちない。

「昨日、服部さんから連絡を受けましたね」

「ええ、ハワイに支部を作るための人材の集会とききましたけど、前もって聞かされていなかったので驚きました」

「それは失礼しました。何かの手違いで伝わらなかったみたいですね」

「そうですか。道場のスタッフも初耳のようでしたけど」

「それはまずい。情報網がきちんと機能していない証拠だな。注意しておきましょ」

「服部さん、心配されてましたよ。手をひろげすぎではないかって」

本音がぴょんと飛び出した。

「逆ですよ。外国に支部をもうけることで信頼性が増すし、会員が増えればそれだけ組織が盤石になります。今回はその即戦力になる人材を募集したわけですよ」

「会員の中にも、アメリカに留学した経験者も英語も達者っていう人がいますけど…」

「どうやらすっきりしていないようだ。こんど、きちんと説明しましょう。さまざまな問題をかかえて悩み、生き方を模索している悩める人たちは世界中にあふれていますからね」

 堀切が発信先としてのSNSに力を注いでいるのは知っている。それでもなぜか堀切の抱負と野心が、自分のしらない方向へと広がり続けているそんな気がしてならない。

「ところで何かかわったことありましたか」

 そう聞かれて、とっさに口走った。

「先日、溝口さんの郷里の大分に伺って供養をさせてもらいました」

「ああ、そうでしたね。お母さんが亡くなられて寂しかったのでしょうねぇ。まだ若かったし、ほんとに残念でした。あなたが墓参りにきてくれて本人も喜んでいるでしょう」

 そういうと堀切は静かに目を閉じ、合掌した。その姿を前に、琴音もまた道場と決別の合掌をしたのだった。

 

 堀切のもとを去って二月がすぎた。

 心配していた追跡も説得もなく、拍子抜けするほど平穏な日々が続いている。

 空き家状態になっていた坂戸の住まいも、老朽化が進んでいるもののなんとか暮らしていける。

仕事も近くのコンビニに決まり、なんとか生活の目途もついた。ただおかしなもので、客が途絶えて手がすくと、ぽっとメールマガジどうなっただろう、きちんと定期的に送信できているだろうかときまって思いだす。

 ミサキはといえば、どうやら同棲相手とギクシャクしているようで、最近ちょくちょくやってくる。話題はもっぱら、彼氏への不満だ。

「また勤め先辞めたのよ。話すのうまいから、採用されるんだけど、こんなくだらない会社にはいられないって、すぐやめちゃうのよ。月替わりメニューってところ。転職もキャリアの一部だなんてうそぶいているけどね。今失業中なのよ。で、あたしが養っているわけ。この先どうなるんだろうって悩んじゃう」

 男性遍歴を繰り返すミサキと、勤務先を繰り返す彼氏。どちらもどっちだと思いつつ、とことん話し合って道を探していくしかないよねと模範的な解答をつきつける。

 それに対して、ミサキもまた模範的かつ無難な解答をよこす。

「これで再び俳優に戻れるからよかったじゃない。ねぇ。以前プロポーズしてくれた男性と結婚しちゃえば。芝居にも理解があるんでしょ。生活の心配しないで俳優つづけられるし、いいんじゃないの。いつまでもコンビニとコールセンターの往復、続けていくわけにもいかないでしょ」

 突然、村元慎吾が飛び出し、結婚を勧められたのには驚いた。

 村元慎吾にチケットを何回か買ってもらったり、ラインで連絡をとりあった時期もあったけど、道場に住み込んで以来、以心伝心のようにパタリとそれもなくなった。まるで遠い昔の出来事のように思いだすのも、結局は俳優の仕事から遠ざかっていたからだと反省する気持ちが湧いてきた。そう考えたとたん、遠ざかっていた隈川がひどく懐かしく思えたのだった。

電話先にでた隈川は元気だった。二人の間に横たわっていた空白の時間も溝もまるでなかったかのような明るい軽快な口調に、琴音は一瞬、夢を見ているのではと疑ったほどだ。

「ちょうどよかったよ。連絡しようと思っていたところなんだ。八木原楓太という名前聞いたことあるだろ。ホームレスから監督になった異色の人物だよ。今度やる芝居の主役を探しているらしい。琴音のこと知っていてね。会ってみたいといいだしたよ。午後にでも事務所に電話してみたら」

 折り返し、送ってきたメールに書かれたスマホのナンバーを見て、ようやく実感が湧いてきた。八木原が見たのは小劇場で演じた『母ちゃんは赤軍だった』だろう。

ストーリーはこうだ。

時は2170年。すでに日本国は消滅し、アジア連邦の一員としてなんとか余喘を放っている。AIロボットが支配する中で人々は下請けの仕事に甘んじざるを得ない。抵抗する人間はいつのまにか姿を消している。国力、人間力により食料も配分されるので、日本国民は低い位置に甘んじて、名前を奪われ、生年月日の番号で呼ばれ、常に空腹を抱えて生活している。そんな世界に抵抗し、かつての栄光を取り戻そうと戦ったママ戦士がいた。仲間からは尊敬を込めてマダムトビと呼ばれ、赤の正義軍を率いて、新しい国を建国しようと体制を追いつめ崩壊させていくのだが、結局は見方の裏切りにより死を選ぶ。

 初めて得た大役だったから、稽古も入念に重ね挑んだ。そのせいか、演劇関係者の間ではそれなりの評価を得たが、世間の受けは今一つといったところだった。それを知ったうえで声がかかったとすれば、実力を認められたのだ。久しぶりに心が弾んだ。 

 もう二十五歳だし、俳優としてカムバックする最後のチャンスかもしれない。なんといっても主役なんだもの。出演料なんかこの際、どうでもよかった。早速本人の経歴を調べてみた。

八木原颯太。年齢四十五歳。デビューは十五年前。勤めていた居酒屋が倒産。一時ホームレスをしていたが、書いた戯曲が新人賞を獲得して監督に転職。ボサボサ頭で一見ノンポリ風ながら、現代のうもれた闇に焦点を当て問題点をうきぼりにする作風で今注目されている。手法も役者に求めるものも変わっていて、本人曰く演技はむしろ、達者な俳優よりは素人の自然体の方がリアリティーがでると対談で語っている。もしかしたら、待ち望んだ人かもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくなった。

 連絡すると本人に、企画について話がしたいから稽古場までくるようにいわれ、翌日の午後、中野駅から十分ほどの物流倉庫だったという五十坪程度のスケルトンの劇場を訪れた。どうやら稽古場も兼ねているようで、複数の劇団が借り受けて共同利用しているらしい。

空いたドアから、男性の後ろ姿が見えた。洗いふるしたジーンズに紺色のTシャツ。どこか内装屋の職人さんといった雰囲気の男性が電話をかけていた。話終えると振り向いて、いきなり「おなかすいていない?よかったら近くにおいしいスパゲティーの店があるんだ」とつれていかれた。

店は住宅街の立つ一戸建て住宅だった。ドアをあけると鈴の音と同時に、奥からイタリア人の店主が現れた。八木沢とは顔見知りらしく親し気に言葉をかわし、座るなりここのボンゴレとピザはうまいよと注文した。

 どうやら独断ですべてを仕切っていくタイプらしい。それを敢えて隠さないところが魅力なのかもしれない。案の定、いきなり切り出された。

「自分にどうして白羽の矢が立ったか。聞きたいんじゃない」

 正直、よくわからなかった。演技力が評価されたのだと思いたかったけれど、当時はさほど話題にならなくて、悔し紛れに無名の哀しさだと自分に言い聞かせていたのだから。「『母ちゃんは赤軍だった』の君は印象的だった。で頼んでみようと決めたんだ」

 例の大河ドラマが決まった前年の作品だ。俳優が骨折し、代役もまた体調不良という中で急遽舞い込んできた奇運だった。とにかく無我夢中だった。その苦労が今、ようやく認められようとしている。じわじわとこみあげてくる喜びにおされるように、全力で頑張りますと頭を下げていた。


帰り際、隈川にメールで報告した。監督とランチを食べながら話すうちに、演劇ヘの情熱が戻ってきたこと。そして期待に応えられるような舞台にしたいと。

やっと、やっとと耳元でささやく声がする。長い冬ごもりだったけど、眠っていたわけではない。ずっとこの日のために準備してきた。だから怖気づくことなんかない。

 もう二十五歳という年齢に怯える必要もないし、エキストラとなって一日拘束されることもない。少なくともセリフが数行しかない役ともこれでお別れだ。

 

 稽古日初日は良く晴れた気持ちのよい初秋の朝だった。

顔合わせは六時だったけれど、稽古場に早く着きすぎたせいかまだ誰もいない。

 そっと中に入ると、琴音は軽く声を出してみた。よく響いた。恐るおそる暗記し終えた台詞を口にしてみた。

 どのぐらいたっただろう。不意に背後から声がした。

「さっそく、練習かい。いい心意気だね」

 振り返るとハンチングをかぶり頬髯をはやした男性が立っていた。笑いながら役者名を名乗り、琴音も役柄と自分の名前を告げた。立ち話をするうちに、次々と出演者がやってきた。みんな一応に、晴れやかな表情で倉庫を見回した。

 演出家の八木原は開始直前にやってきた。

出演者の自己紹介が終わると、続いて監督からこの作品に込めた願いや目的が説明された。それから簡単に読み合わせを終えて散会となると、八木原は用事があるからといって帰り、残る十人の出演者全員で駅近くの居酒屋に立ち寄った。八木原がいないのが幸いしたのか、初対面にもかかわらず、すぐに馴染んで話に花が咲く。

 出演者は自ら応募した人、プロダクションから声がかかった人。出身も日本列島各地から招集でもかかったかのように、北は新潟から沖縄まで実に多彩で、無名劇団とはいえ舞台経験ゆたかなベテランぞろいだ。意外だったのは全員が監督の作品の出演ははじめてだったことだ。

 全員が注文をだしたところで、ハンチングをかぶった男性がまず口火をきった。

「主役に抜擢された理由聞いているんでしょ」

 琴音が説明すると一斉にみんなの視線が注がれて琴音は心臓まで赤く染まった。芝居を見た、評判だけは聞いていると半々だったけれど、ようやく俳優なんだという実感が湧いてきた。

「テーマの方向性が一緒で、印象に残ったんだよね。でもそれがアンドロイド役になるなんてね。この芝居のテーマはやっぱし人間とは何かでしょ。アンドロイドを本気で愛せるのか。タイトルは〇〇7をもじったみたいね」

ロイドメガネをかけた三十代の女性が口を挟むと、隣に座っているもう一人の女性団員が後は引き受けたと言わんばかりに、

「指導も風変わりで、罵声が頭上を飛び交うって聞いたけど…」

 誰もがフムフムと頷いている。

「まあ、その情熱で閉塞感を打ち破ってほしいよ」

 赤のタータンチェックの蝶ネクタイが印象的な名古屋から来た年齢不詳の男性だ。

「台本をブラックコメディーとして読むか、ディストピアとしてみるかで。演技も違ってくるよね。八木原さん、その点の指摘なかったけどさぁ」

「イメージを固定させないという意図があるんだと思うよ。いろんな見方をしてほしいんだよ。で宣伝はやっぱSNSを通してだよね。ツィッターで出演者全員すでに呟いているよねぇ」

「わたしもしたけど、一回こっきりじゃ、素通りしちゃう。それより各自全員が互いにインタビュー形式で役柄を語るのってどうお。見てみようと思ってくれるんじゃない」

口にしたのはオペラ歌手のような美しい声の持ち主の香川県出身の古田美香という女性で、横暴な人間の恋人をなんとか改良できないかと悩んでいる琴音の友達役だ。

「賛成。とにかく沢山の人に見てもらいたいよな。せめてチケットノルマなしといきたいよね」

 天井に向かってそう叫んだのは、赤いとんがり帽子をかぶった男だ。注文した品が次々とテーブルに並ぶと一層くだけた雰囲気になって、各自地元での演劇活動を話し始めた。共通しているのは、何とか知り合い以外の観客をふやしたいとの切実な訴えだ。

「でもテレビだってドラマの本数減ってるしねぇ。どこも大変なのよ。今はまず顔を知ってもらうためにコマーシャルデビューするわけでしよ。なんだか本末転倒みたいに見える」

「それどころじゃないよ。今回のテーマでもあるロボットに演劇も脅かされるようになった」

「ロボット演劇とかいうの。関西が発祥でしょ。どうなの」

「よくわからん。いまのところは吉見興行が娯楽として実験的にやっているってところかな」

 みんな初対面にも関わらず、日頃の鬱積を吐き出す場と同時に、情報交換の場と化している。琴音は勢いよくとびかうピンポン玉に、ひたすら耳を傾けながら、こんな仲間とだったらうまくいきそう。そんな予感を楽しんでいた。

「最近は大阪が頑張っているらしい。見に行きたいけどなにしろ航空運賃もばかにならなくて、東京に出たのも三カ月ぶりだもんね」

 こう話したのは、沖縄の劇団に所属するアル・パチーノに似た三十代の男性だ。パワースポットとしても名高い斎場御嶽を舞台にした琉球神話を基に、政治風刺を絡み合わせた作品を上演したら好評だったと話し出した。

「コメディータッチにしたのが重くなく心に響いたのかもしれない」

話が盛り上がり、忘れかけていた芝居に対する情熱が蘇ってくるのを琴音はひしひしと感じていた。

 その翌日の土曜日、午後一時から稽古が始まった。

琴音にとって初日から驚きの連続だった。セリフ合わせは滞りなく終わり、次に立ち稽古になったのだが、すでに台詞を覚えている出演者は、八木原から二、三指摘をうけるとすぐに修正してみせた。その様子に気後れして、舞台の中央に進み出たとたん、台詞が走ってしまい、動作がそれについていけない。そのとたん頭の中が真っ白になって、失敗が続いた直後、十五分の休憩になった。

 琴音は逃げるように外に飛び出すと、自販機でミネラルウォーターを買い一気に飲み干した。

「台詞をうまく話そうとする必要ないからね。ひたすら役に集中すれば体も自然についてくる。他人と比べる必要ないから」

 振り返ると八木原が立っていた。

「すみません。思うようにいかなくて…」

「あせらなくていい。君の考えている方向性は間違っていないよ」

この日のちょっとしたアドバイスのおかげで、翌日から緊張もなく、稽古に集中できた。

 帰宅してスマホを見ると着信メールが届いていた。村元慎吾からだった。

今回の出演について知らせるとすぐに返事が来た。祝福の言葉と一緒に、友人に贈りたいのでチケット十枚購入したい。ただ自分は、今とても多忙なのでいけそうにないとかかれてあった。それを見て終わったのだなと直感した。動揺もなく、これですべて仕切り直しとむしろすっきりした気分だった。

 三カ月余りの稽古が終わり、暮れも押し迫った十二月初旬。初日を迎えた。

ユーチューブを利用したり、知り合いの記者に取り上げてもらったりと各自がそれぞれの人脈を最大限に活用したかいもあって、チケットはすでに六割近くがさばけていたが、どれだけ一般客が集まるかは未知だ。

 琴音自身も心当たりのところに限られた枚数のポスターやら公演チラシを置かせてもらうために、コンビニ、公民館、人目につくあらゆる場所に、張らせてほしいと駆けずり回った。もちろん顔見知りには全員声をかけた。思いつく限りのやれることはすべてやった。バイト先にもすでに欠勤をしらせてある。

 いよいよ当日、朝食を無理やり押し込むと、軽く発声練習をし、等身大のミラーにむかっておもいっきり微笑んで見せた。OK。準備万端。後は練習の成果を披露するだけ。

 早めに家を出て舞台につくと、開演の六時まであと三時間あまり。それでも楽屋には数人の姿があった。古田美香もいた。挨拶をかわしたが緊張しているのか、いつもの親し気な微笑みはかえってこない。そしてパーテーションの向こう側からは、島袋衛の「ドーランは今でも苦手なんだ」と話す声がした。琴音も肌が荒れるので嫌いだった。それでも今日は気にならない。なんといっても自分用の化粧前に座るなんて初めてだったし、これほど幸せな気分になれるなんて思いもよらなかった。それまではいつも交代で使う共有スペースだ。

 ミラーをじっとみつめる。幸せと緊張のまじりあったすっぴんの顔が映っている。それでものんびりゆっくりというわけにはいかない。ベースを塗り、アイメイクにとりかかる。最後につけまつげをしてリップを引いた。終えると、「もういいの?」と覗き込んだ古田に席を譲り、そして幕が上がった。一時間五十分。ひたすら祈り、集中して演じた。そして無我夢中の六日間を終えた。

 行われた打ち上げパーティーでは出演者全員が羽目をはずし、互いの苦労をたたえあい、労いあった。そして八木原もまたほっとした表情を浮かべているのをみて、ようやく終わったのだと実感した。

 ところがマスコミの反応は今一つパッとしなかった。

 視線が八木原の演出に向けられ、コミカルに皮肉を込めるあたりが彼らしいと好意的な批評もある一方で、「無難にまとめられ、展開が見えてしまう平凡さが気になる」という辛口評も何件かあった。

 出演した俳優に関しても、主役の琴音については好演と軽く触れてはいるものの、論調は脇役の演技力の賞賛に傾き、記事の量でも琴音の存在がかすんでしまうほどだった。

 読み終えた直後は、批評家なんてこんなものよと、軽くスルーしたつもりだったけれど、次第に自分の力量のなさが芝居の足を引っ張ったのではと思えて、自責の念に襲われ出した。ひそかに期待していた八木原からの連絡もないことも拍車をかけた。

待ちきれず、詫びるつもりで電話を入れたが捕まらず、留守電にメッセージを残すのも気が引けた。隈川にも、適当に慰められるのが嫌で敢えてしていない。

 見に来てくれた友人はみんな一応に、琴音の演技を誉めてくれたけれど、どれもお世辞にしか聞こえず、時間がたつにつれ、薄れるはずだった失望に完全に呑み込まれてしまいひどく落ち込んだ。

 それでも雑誌の取材が数件あり、単独インタービューもあった。

 演劇に関する情報誌が二件と、もう一件は生命保険会社の広報誌だった。

 取材にきた広報誌の担当者は、八木原作品のファンだとかで、学生時代は演劇クラブに所属していたと楽しそうに語り、琴音が熱演していたと褒めてくれて、久しぶりに気持ちが明るく弾んだものの、最後に脇役の演技力がなんとも素晴らしかったというオチで締めくくられたとたんに気分が急降下した。

週刊アウトサイダーという雑誌のインタービューでは、はじめて琴音のこれまでの女優としての歩みをとりあげてくれたものの、読者にインパクトを与えるというよりは人物紹介の感が強く、翌週にはまた別の人物が同じように取り上げられ、ふくらんだ期待は瞬く間にしぼんでしまった。

 そんな中、地方劇団から次作へのオファーが一件あったと隈川から連絡があった。

 インタビューの顛末と語ると、

「何事も思い通りにはいかないもんだよ。でも雑誌でとりあげられてよかったよ。露出の回数が増えれば、チャンスの回数も増えるから。現に地方の劇団からオファーがあったじゃない。連絡とってみて」

すぐに問い合わせてみたけれど、メールで送られてきたストーリーにも主題にも、役柄にしても関心がもてなかった。それで体調が悪いという理由で断ってしまった。

やりきれないのは、忘れかけていた生活がすぐそばまで近づいていた。

琴音は魔法が溶けたシンデレラだった。

裸足で砂漠の上を歩き続けている。方向がわからずどちらに向かえばいいのかわからない。それでいて止まったりしたら、太陽に焼き殺されてしまうだろう。

 電話応対していても、ふっと台本のセリフをしゃベっているような錯覚に陥って、どこまで話していたのかわからなくなって途方に暮れる回数も増えている。そんな友を心配してくれて、ミサキが頻繁にラインをよこしてくれるのだが、時に神経を逆なでされる箇所もあって、励まされているのか、もう俳優に見切りをつけると勧められているのかわからなくて戸惑っている。

 先日も、これから人々はますます舞台に足を運ばなくなるよ。だったらさっさと見切りをつけた方がいいんじゃないと言ったかと思えば、また別の日には、

 ― 最期まで諦めなかった人が成功するってあのフォードが言っているよ。でもさぁ。なんでもというわけにはいかないよね。六十代に華が開いて役がまわってきたとしても、孫がいるおばあさん役演じたいの。難しい選択だね。

以前からこんな調子で、彼女が引き起こしたトラブルは数限りない。それでも二人の関係が続いているのは、トラブルがあっても長く落ち込まずに、別の道をみつけてくる行動力と熱量があるからだ。ただし今回は、残念ながらミサキの熱量は届かない。

 八木原からは連絡はない。当然なのか、そうでないのかわからない。その一方で、待ち続けているのはたしかだった。不評の原因は自分にあったのかと尋ねたい衝動に駆られ続けている。そこから逃れたくて、これといった用事もないのに隈川に電話を入れた。

 その日も、挨拶がてら近況報告をするとさりげなく八木原に触れた。

「彼は、今、次の作品にとりかかってるよ。キャスティングも決まったみたいだな。いい新人がみつかったといってたよ。連戦連敗だとしても俺はやるって張り切ってた。それよりいい話があるんだよ。サスペンスドラマの犯人の妹役なんだけどさぁ。決まっていた子がはずされてね」

 隈川のオファーと八木原の次の作品が空中分解して廻っている。

 新人を選ぶなんて。なぜ私ではないのだろう。

「ねぇ。聞いてんのかい。すんだこといつまでもひきずっていたら次のチャンスつかめないよ」

 何の話だっけ。ああそうだ。また代役がまわってきた。喜べというわけだ。

 きまずい沈黙が続いた。隈川はゆっくりと言い含めるように繰り返す。

「こんなこといいたくないけど、もうデビューって年齢じゃないぐらい、わかっているよね」

わかりたいはずはない。隈川だけには言ってほしくなかった。考えておくと言って電話を切ると、フーッと大きく息を吐いて、八木原のダイアルを押していた。すぐにあの懐かしいダミ声が聞こえた。

「新しい作品にとりかかっていると聞いて電話しちゃいました」

 自分でも信じられないほど明るい声だ。

「ああ、聞いたの。そうなんだ。今度はガラリとかわった作品にしようと思っているんだ」

「楽しみですね。でキャスティングはもう決まったんですか」

「大方ね」

「才能のある新人を発掘されたとか」

「そうなんだ。まだ二十歳なんだけど、愉しみにしているんだ」

足元の砂がどんどん削り取られていくようで、思わずつま先に力を入れた。

「また監督の作品にでたいと思っていたので、少しショックです」

「そうねぇ。でも今度はキャラクターががらりと違うんだ。彼女、抜群の感性の持ち主でね。おまけに年に似合わない色気がある」

 八木原が話すたびに、自分がドンドン削られていく感じがした。

「意外でした。監督は色気がある人が好きだなんて知りませんでした」

「大抵は年くっていけばある程度身についてくるものだけど、彼女には持って生まれた色気がある。艶といっていいかな」

「わたしにはありませんか」

「君には君なりのよさがある。ただ役者は独自の味を作っていく必要がある。もっと恋して、傷ついて人間としての色気を身に着ける。今の君にとって必要なのは、演技力ではなくて感情体験だな。まずは男にとことん惚れてみることだな…」

 演技力が未熟と言われた方がまだましだった。人間的に面白みがないなんて、何を演じてもつまらないといわれたようなものだ。そして何よりも辛かったのは、監督の指摘があながちでたらめと切り捨てられなかったことだ。

 これまで何人かの男性とつきあってはきたけれど、別れても数か月たてば、その存在は薄れ新しい男友達に変わった。ただ泣いたり笑ったりの本物の恋愛体験はなかった。歳月とともにどちらからともなく連絡が途絶え、自然消滅もあったりしたけど、深手を負うこともなかった。

 一度、エキストラで撮影現場で、同じ俳優志望の男性と親しくなって、一年ほど一緒に暮らしたことがあった。女優としてそうした体験が一度もないというのは恥だと思ったからだ。でも恋ではない。単に恋にせかされたのだ。別れた後も、哀しくて何も手につかないなんてなかったのだから。


 泣いているのは琴音だけでない。雨が三日間降り続いている。

 二階の天井のシミは世界地図並みに広がって、洗面器に落ちる雨滴の音は、まるで死刑までのカウントダウンのようだ。キッチンのテーブルには、図書館から借りてきた「女の魅力」関連の本が五冊ほど無造作に置かれてある。メイク・おしゃれの仕方。美しく見せるポーズ。外見・内面のブラッシュアップ。いろいろ読んでわかったのは、本で学んだところで色気なんか生まれないだろうということ。

 七恵に話すと、

「色気の感じ方って、人によって違うと思うよ。だから勝手に決めつけない方がいいよ。惚れられて結婚申し込まれてこともあったじゃない。とにかくもう、引きずらない方がいいよ。チャンスはきっとあると信じて、自分で扉を閉じない方がいい」

 そう励まされたところで、雨に打たれて低体温症になった肉体にどうやって体温を戻せばいいのか。空っぽになった心をどうやったら埋めることがでるのだろう。

 隈川からメールが届いた。先日話したサスペンスドラマの妹役。決定したよ。窓をあけると少し雨がこぶりになっている。


 テレビ局に出向いたのは随分久しぶりだ。読み合わせ当日、リハーサル室に集まった中に見覚えのある顔があった。誰だったっけ。記憶をたどっていたら向こうから笑いかけられ、左頬に浮かぶ笑窪をみて思い出した。赤と緑色の派手なアロハシャツをきた若いチンピラ役だった。今回もまた似たような役かと思うと少し気の毒になってくる。直接言葉はかわさなかったけれど、打ち上げの際にもみかけた。名前は基山康介。

 出演者とスタッフの挨拶を終え、作品について、さらにロケ現場から撮影に入ると説明をうける。撮影期間は二週間あまりと聞かされ、拘束時間が少ないなとほっとしていたら、数日後、出番が早くもまわってきた。刑事が琴音に尋問するシーン。ホテルのフロントをセットした現場で、すぐに立ち稽古となり本番となった。

 もう一つは刑事から兄のことを尋ねられる尋問シーン。それと兄からかかってくる電話に応対するシーンだ。

 いずれの台詞も短く、俳優を選ばなくてもいいような役だったけれど、それでもいざ本番となると緊張した。監督からこれといった指示もないまま終了。

 死体は青木ヶ原樹海に自殺したように運び込まれた。

琴音の兄は投資をもちかけ出資させた男から元金の返却を言い出され、家族のいないKを都内のビジネスホテルに呼び出し殺害をする。羽振りが良くなった兄の犯罪を知って動揺する感情をどう演じてみせるか。

 兄の性格を掘り下げるためにも、妹の出演シーンはもっとあるべきと不満が顔を覗かせる。これまでも脚本に注文をつけたいと思った体験は何度もある。かたや基山は金融ブローカーで兄に金を貸していた人物を演じているため出番は当然、琴音より多い。

 撮影のスケジュールが重なり、休憩の際には近くにある公園に行き、ベンチに腰掛けて、これまでの体験やら失敗談を交換しあった。今回は出番も少ないから当然ギャラも少ない。一方、基山は出番が其れなりにあるので愉しみでしょと揶揄うと、一本三百万円の道のりはかなり険しいとつぶやいた。

「それよか、八木原監督の芝居に出たんだって。主役だったってきいたよ」

不意にナイフを突き付けられたように心臓がぎゅっと縮こまった。好奇心と羨望がまじりあっている。なんだか妙な気分だ。

「出たけど不発に終わって、監督に俳優としての魅力が足りないっていわれちゃった」

 きまずさを払いのけるように、基山がのけぞって明るく笑った。

「虫のいどころが悪かったんだよきっと。監督って気分の上下激しいから」

「今度の作品に別の女優選んだのもそのせいかなぁ」

「ほんとのところはわからないよ。男ってさぁ。好きな女をわざといじめるなんてこともあるからさぁ」

 基山の気遣いが温かく感じられた。こんな風にぬくもりを感じたのは随分久しぶりだ。

 基山とはこれがきっかけとなって親しくなり、沈んでいた気持ちもふっきれて、無事に撮影はクランクアップ。ささやかな打ち上げがテレビ局の近くの居酒屋で行われ、日頃のうっぷんもあって琴音は羽目を外した。

基山も殊の外よくしゃべり、演出家やディレクターはもとより、美術スタッフの面々にビールを継いで慰労の言葉をかけていた。放映日は、他の番組との兼ね合いで調整後決まるらしい。スタッフとの会話に頷きながら、基山を横目でチラチラと追っていた。

 一通り終えて琴音の元に戻ってくるのかと思いきや、今度は小道具の女性スタッフと楽しそうに笑い声をあげている姿をみて、初めて心がざわめいた。もしかして嫉妬してるの。それって恋?囁く声がした。

まもなくお開きになり、基山はようやく琴音の視線に気がついたようで、気まずい表情を浮かべながら近づいてきた。

「これから二次会に行くんだ。よかったらこない」

「当分会えないと思ったから、今夜は基山君とじっくり愉しみたかったのに。残念だわ」

 基山の微笑みが宙に浮き、問いかけるように首をかしげて琴音をみつめると耳元に囁いた。

「途中で抜けれるよ」

 後はついていくだけ。そう決めて一緒に外に出た。きたのは十人あまり。かなり酔いがまわっている。名前と顔がばらばらになったまま、一人一人が日頃のうっぷんを吐き出し、また一人は泥の海から立ち上がるように希望を語る。琴音は話を振られるたびに適当に相槌をうち続けた。基山をみると立ち上がり、ふいに僕はこれて失礼しますと挨拶をした。それから琴音に目くばせした。それが合図となり琴音も立ち上がった。

 これからどうするのか、どうなるのかはわからない。ただすべて変わるための通過儀礼なのだと自分に言い聞かせた。どちらから誘うでもなく、きがつくと渋谷の円山界隈を歩いて、不意に手を引っ張られた。惚れて傷ついて、騙して騙されて…。呪文のように頭の中を駆け巡り、基山は何度も果て、琴音は夜が明ける前にホテルを出た。


 基山に恋人がいるのか尋ねなかったし、知る必要もなかった。一緒にいて楽しい相手だと互いに認めあっている。それだけで十分だった。恋人同士になるかは成り行き次第。そう決めたら気持ちが楽になった。むさぼるようにして求めてきた基山を受け入れながら、これでようやく艶っぽい女の切符を手に入れた。ようやく成熟した女の人生が始まると。本気で思った。

 けれど数日たっても基山からの連絡はなかった。ラインを送ったけど返事なし。この時、スマホのダイアルを聞いていないことに初めて気が付いた。予約しておいたレストランで待ちぼうけを食った気分だ。それでもへこまない。きっと連絡できないほど忙しいのよ。まもなく連絡してくるわよ。

 一週間後、基山本人ではなくカメラマンの漆山と名乗る男から連絡があった。

―突然で驚くかもしれないけど、スタイル抜群だって基山くんから推薦されたんだ。週刊誌に載せるグラビアの写真なんだけど出てみない。

いきなり頭からザァーッと水と浴びせられ、ショックで言葉がでてこない。

「水着グラビアだから心配しないで。ギャラはきちんと払いますよ」

基山がどういうつもりでこの仕事を回してきたのか、その衝撃から抜けきれないまま、これからはAV女優とよばれるのだろうかとの恐怖がひろがった。隈川に話すと、止められるのかと思いきや、

「水着グラビアからデビュー狙う子は多いし、話題作りのため脱いでいる女優はけっこういるよ。目に留まってチャンスを掴んだ子もいるからね」とむしろ勧められて、嫌なポーズをとらされたらやめるとの約束でひきうけることになった。

 撮影直前にカメラマンと名乗る男から説明があった。トップぺージを飾るとかで、ヘアーはもちろん、パンチラもとらないという。

 スタジオは池袋にあるマンションの一室だった。靴を脱いでスリッパに履き替えようとしたら、撮影が終わったらしい別の女性と入れ違いに琴音の撮影となった。正面一面にパネルが設置され、描かれた白い窓の向こうに森が広がっていた。持参したビキニに着替えて入ったら、

「こっちのほうがいいな」と水着を渡された。露出部分が多くてパンツの方は履けない。なんて断ろうかと迷ったら、

「それじゃ、下は持参したのでいいでしょ。手でうまく隠せば柄が違うのわからないから。さぁ。いそいで撮りましょ。次の撮影が控えているから」

カメラマンの明るい掛け声がスタジオに木霊した。ふっと耳元で誰かが囁いた。手段なんか選んでる場合じゃないよ。とにかくなんでもいいから目に留まるのよ。タイムリミットよ。

「はーい。森の空気をいっぱい吸って…リラックスして、伸びやかにいこう」

まるで修学旅行みたい。プーッと噴き出したとたん、緊張が解れた。

「いいよ。その調子。今高原に一人できていてまわりには誰もいない。君は森の精になっている。さぁ。誰も見ていないよ。普段したくてもできないポーズをとってみよう。腕で胸を隠すとかえって汚く、いやらしくなるよ」

 いわれるままに手を放すと続けざまにシャッターが切られ、その音と一緒に、緊張感も消えていく。その直後、カメラマンがちょっと首をかしげてみせた。

なにか不満があるらしい。

「ああ、やっぱ。パンツは脱いだ方が清潔感も出てきれいに撮れるけど…」

答えを待つようにみつめられ、追い詰められたように外した。

「よかった。それじゃ、まずは股覗きのポーズをとってみて。はい。いいね。それでは向こうを向いて同じポーズをとろう」

 テキパキした指示が羞恥心を消してくれ、ヘアーがみえない程度のすべてのポーズを取らされた。予定より早く撮影が終わり、初めての割には度胸があるね。また撮る機会があったらよろしくといわれ、スタジオを後にした。

 外に出たとたん、カメラマンに乗せられたのだと気がついたけれど、不思議と後悔はなかった。それよりこれが起爆剤となって何かチャンスを運んでくれるそんなきがした。そしてその願いはまもなく叶えられた。

 これもまたグラビア写真だった。長身に負い目を感じていただけに、カメラマンに肢体が伸びやかで素晴らしいと褒められて自信を持てるようになっていた。そしてつづけざまにグラビアの仕事が入った。そうした矢先、七恵から連絡があって久しぶりに高円寺の居酒屋で落ち合った。

グラビアの仕事についてはまだ話していない

 いつもなら楽しそうにお品書きを眺めるのに、浮かない表情を浮かべて、ろくろく見ようともしないで今日のお勧めを注文する。そんな様子を目の当たりにして、どう切り出していいのか迷っていたら、溜息と一緒に、

「所属していたプロダクションね。吸収合併されることに決まってね。今後の身の振り方を説明されたのよ」

「で決めたの…」

「まだよ。即座に辞めますって言えないのがやりきれなくてね。で落ち込んでるんだ。なんだかすごく年くった気分」

 むしろよかったじゃないと慰められないのがつらい。好条件で移籍できるのは売れっ子に限られるからだ。

「肝心なのは、演劇を続けていく気があるかどうかよ。演じることに情熱がもてなくなったら、やめ時かもしれない」

 自分に言い聞かせるように琴音は口にする。

「そうなんだけど。不安なのよね。見切りつけられるまでやるしかないと思っているのに、ちょっとした地震でもグラッときちゃう。いつまでバイト生活続けられるか不安だし、出費も馬鹿にならないし…。でもさぁ。生活に負けるなんて癪に障るじゃん。意地で踏ん張っているようなもんよ」

 七恵が会いたいという時は、いつも自分の考えの事後承認が必要な時と決まっている。今日もどうやらそうらしい。幾分ほっとして、グラビアの仕事についてきりだした。聞こえたのかそうでないのか返事もないまま、急に食欲がわいたと言わんばかりに食べ始めた。

「人生ってさぁ。嬉しい選択ってあんまりないよね。少なくともあたしは経験していない。問題あるけど選ばなくちゃならないケースばっかりよ。結局、自分の売りを生かすしかないよね。琴やんはスタイルでしょ。でもさぁ。やっぱ注意した方がいいよ。あの世界って、呑み込まれるか、呑み込むかのどちらかみたいだから」

 何を言いたいのかわからない。それでもいつになく歯切れが悪い。

「やっぱ、反対なんだ」

「ことわっておくけど偏見じゃないからね。われわれもアラサー世代に入りかけているわけでしょ。この世界じゃ。もう若いとは言えない年だし、これからは自分で仕事探さなくてはならないのしっているから。でもあまり深入りしない方がいいよ。最初はちやほやしてくれるけど、だんだん要求がエスカレートしていって。結局断れなくなって泣き寝入りしてしまうって聞いているから」

 なんだか琴音への警告というより、七恵自身が自分に言い聞かせているように聞こえて妙に切ない。

「いやだ。なんだかお通夜みたいじゃない」

 そういった琴音の声も戦場にむかう兵士のように沈んでいる。

七恵は、残ったビールを一気に飲み干すと、空になったグラスに言い聞かせるように両手で抱きしめた。

「芸のために死ねるかって、あれは女性にとっては脅迫だよ。これだけは譲れないという境界線をきちんともっていないと、ほんとに猿回しの猿になっちゃう。シリアスなドラマ出演を望んでいるなら、そこのところよく考えた方がいいよ。後で後悔しないためにね」




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