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六、推しは肉眼で見るべし

 結局一日中今日の朝の話が頭の中をぐるぐるとまとわりつくようにこびりつき、授業には全く身が入らなかった。


 当然である。デートの予習といえど推しと水族館に行けるのである。

 しかし俺はこの一日でその意味をじっくりと考え抜き、気持ちの切り替えができた。


 これはあくまでもデートの予習である。

 だから俺が浮かれていては彼女は完ぺきな予習ができないかもしれない。


 それならば俺は彼女が完ぺきなデートを迎えられるように、サポート役に徹することが彼女にとって一番だろう。


 かといって俺も誰かとデートをしたことなんてもちろんあるはずがない。

 そんな俺がどうやってサポート役に徹すればいいのか。


「ねえちょっと……」


 珍しい。放課後に俺に話しかけてくる人がいるなんて。

 といってもかけられた声から誰が話しかけてきているのかなんて考えるまでもない。


「ああ、どうしたんだ?」


 考えに浸っていていつの間にか下がっていた頭をあげると、そこには恥ずかしそうに立っている推桐葵がいる。


「私大事なことに気づいちゃったんだけど」


「大事なこと?」


「うん、予習はいいんだけど当日とかどうやって連絡取るのよ」


「ああ、確かに」


 確かに勢いで決まってしまい忘れてしまっていたが、俺は彼女と取る連絡手段がない。 

 このままでは当日も水族館に行っても彼女に会えずじまいで終わってしまうかもしれない。

 それに今気づいたが、当日といっても日にちも集合場所も決まっていない。


 推桐葵がすっと片手をこちらに差し出してくる。

 しかし俺には彼女の意図を察することができず、とりあえずその手の上に自分のこぶしを乗せてみた。

 もちろん彼女の手には触れないようにだ。


「……なにしてんの?」


「ふむ、やはりこういうことではなかったか」


「会話の流れからして連絡先の交換だって分からない?」


「なるほど」


「わかったならスマホ貸して」


 俺は自分の手を引っ込めるとカバンからスマホを取り出し、少々不機嫌そうな彼女の手の上に乗せた。

 不機嫌というよりは朝よりも何かぶっきらぼうな印象を受ける。


 まあ一日授業を受けた後だ。彼女も疲れているのだろうか。

 スマホは汚れていないか? 大丈夫だろうか。たまに画面は拭いているから汚くはないだろうが。


「ずいぶん素直に渡してくれるのね……ってパスワードもかけてないの?」


「別に隠すようなものは何もないからな」


「本当に?」


 俺が渡したスマホを操作する目線をこちらに向けて疑わし気に尋ねてくる。

 本当に隠すようなものはスマホに入っていない。


 それにゲームもほとんどしないし、他に見られて困るようなものも特にないからパスワードをかける必要性を感じないだけだ。


「私の写真とか隠れて撮ってるんじゃないの?」


「それこそありえない。そんなことをしたら俺はストーカーだ。写真を撮るときはちゃんと君に許可を取る」


「……ああ、確かにそんなことをもあったわね。わざわざ一眼レフなんて持ってきて」


 彼女は意地悪気な微笑を携えながら俺に問いかけてきたが、俺の答えを聞くとすぐに呆れたような表情をして顔をスマホへと戻した。

 推しを無許可で撮るなんてことはもちろんしない。


 彼女が言っているのは中学二年の時の体育祭の時だろう。

 俺は貯めに貯めていたお年玉を使い一眼レフを購入した。

 体育祭で遺憾なく発揮するであろう彼女の有志を記録として残しておきたかったのだ。


 そして彼女に許可を取り自分自身が体育祭で参加する種目は必要最低限に抑え、それ以外の時間はグラウンド中を駆け回り彼女の活躍をカメラへと収めていったのだ。


 そして体育祭終了後写真を現像し、そのすべてを彼女に見せた。

 推桐葵が残していいといった以外のものはすべて削除して、残したものは全てアルバムの中に大事に保管している。


「よしできた。はい、ありがと」


 過去の思い出に浸っていると彼女はスマホの操作を終えたようで、こちらへとそれを返してきた。

 開いていたのはメッセージアプリだったようで友達欄に推桐葵の名前が表示されていた。


「おお……!」


「何その反応。ちょっと気持ち悪いよ」


「ああ、すまない。つい」


 自分のスマホの中に彼女の名前があることに感動し、つい声をあげてしまった。

 推桐葵はちょっと苦笑いしながら突っ込んできた。


「そういえばさ」


 そんな彼女の表情が何かを思い出したかのように変わり、俺の方に体の向きを変え問いかけてくる。


「あの体育祭の時以来、君が一眼レフを持ってるの見たことないんだけど、なんで?」


「ん? 写真を撮って欲しいということであれば喜んで持ってくるが」


「別にそういうわけじゃないんだけど。そんなこと頼むほど私ナルシストじゃないし。ちょっと気になっただけ」


 確かに俺はその体育祭以来、その年の文化祭にも翌年の体育祭、そして高校になってからも一眼レフを学校に持ってくることはなくなった。


 というのも写真を撮ったことはもちろん後悔はしていないのだが、あの時の記憶を思い返すと肉眼で彼女の活躍を見ている時間よりもレンズ越しで彼女のことを見ている時間の方が多かったのだ。


「まあ強いていうのであれば……推しは肉眼で見るに限る」


 その真理にたどり着いてから、なるべく彼女の活躍はこの目に焼き付ける方向へとシフトした。


 記録として残らないのは少し寂しくもあるがそこはどちらも一長一短だろう。

 俺にとっては記録よりも実際にこの目で彼女の姿を見る方に重きを置いただけの話だ。


「なにそれ」 


 もっと嫌がられるかと思って発言したんだが、思ったより彼女は嫌そうではなかった。


 むしろ微笑んでくれているようにも思えた。

 広い心を持つ我が推しに感謝だな。


「私は悠くんが撮ってくれた写真結構好きだったけどね」


「わかった。そこまで言うのであれば今年の文化祭では一眼レフを用いて君のカメラマンに徹しよう。今年もバンドはやるのか?」


「だからいいって言ってるでしょ! 確かにバンドはやるけど、わざわざカメラマンになんてならなくていいから!」


「そうか?」


「なんでちょっと残念そうなのよ」


 彼女は去年の文化祭、バンドのメインボーカルとしてステージの上に立った。

 そして俺はステージの上で歌う彼女を見たときに、一眼レフを持ってこなかったことを後悔したのだ。


 先ほどの決意と矛盾するかもしれないが、去年の推桐葵のステージはこの目に焼き付けたうえで、記録にも残しておくべきものだった。


 それほどまでに情熱的で魅了的で美しいものだった。

 事実、文化祭の時の彼女のバンドのステージは周りでも非常に反響が大きかった。


 だからもし許可を取れるのであれば、今年こそはと考えていなくもなかったのだ。


「しかし君もよく覚えてたな」


「何が?」


「中学の体育祭のことだ」


「あんなの忘れる人の方が少ないんじゃないかしら。周りの子にも結構からかわれたし」


「む、それは知らなかった。申し訳ないことをした」


「今さら頭なんて下げなくていいから」


 しかし俺の行動により彼女に迷惑がかかったのであれば俺のポリシー、ルールに反する。

 いくら過去のこととはいえはっきりと謝罪するべきではないだろうか。


「それに言ってるでしょ。別に嫌じゃなかったって」


「俺のせいで周りに揶揄されたのにか?」


「そうよ。……なに? なんか文句ある?」


「いや、君は本当に心が広いな。感謝する」


 やはりここは一度彼女に頭を下げておくべきだろう。


 これ以上謝罪すると逆に怒らせてしまいそうだから、感謝の意と同時に謝罪の意味も込めておこう。

 まあ推桐葵に怒られるのであればそれもやぶさかではないが。


「別に誰にでもってわけじゃないけど。とにかくまた後で連絡するから。ちゃんと返事してね」


「当然だ。君からの連絡を返さないわけがない」


「……そういうことを俺は真剣ですって顔して言うところが気持ち悪い」


「俺はいつだって君に対しては真剣そのものだ」


「……そ。じゃあまた明日!」


 彼女はさっと身をひるがえすとすたすたと教室の外へと出て行った。

 推桐葵から連絡が来る。学校外で会う。そしてまた明日……。


 なんだ、俺は今日の帰り道交通事故にでもあって死ぬのだろうか。

 それくらい推し冥利に尽きる出来事が起こりすぎていた。

 今日は気を付けて帰るようにしよう。


 結局学校から家に帰るまでの普段であれば十五分ほどで帰れる道を、一時間ほどかけて帰ることにした。


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