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三、同じクラスに推しが存在する幸せを考えたことがあるか。

「あのね、話が飛躍しすぎじゃない? どうして子供が好きだからって子供を作りたいってなるのよ。悠くんはそんなこと思ったことあるの?」


「それは話の前提がおかしいぞ。俺はそもそも子供が好きだとは一言も言ったことがない」


 例えば子供と推桐葵が俺の目の前で横並びで立っていたとしよう。

 そうすると俺は間違いなく推桐葵の方に目が行く。

 間違いなくそうだ。断言できる。


 だからそんな俺が子供のことを好きだと胸を張って言うことができないのは当たり前のことなのだ。


「ねえそれってこの間言ってた遺伝子がどうのっていうのと関係があるの?」


「いやそれは……」


 これ以上攻めてもいいのだろうか。 

 さすがというべきか、彼女は会話の流れから俺が言いたいことを察してしまっているらしい。


 これは彼女の地頭の良さからなのか、それとも普段のコミュニケーション能力からなのか。

 どちらにせよ、やはり俺の推しはすごい。


「はっきりしなさいよ」


「ところで君は彼氏は作らないのか?」


「……ほんと会話が下手くそ」


 逃げの一手を打ってしまったが、どうやらそのせいで彼女に呆れられてしまったようだ。

 まあ今のは自分でも会話の方向性がいささか無理やり過ぎたとは思ったが、しっかりと突っ込んでくれる彼女はさすがである。


「そもそもじゃあ彼氏作りましょーって言って簡単にできてたら苦労はしないでしょ」


「ほう……努力はしてるんだな」


「は?」


 てっきり色恋沙汰自体興味がないのかと思っていたが、別にそういうわけでもないらしい。

 苦労だと思うくらいには彼氏という存在に興味があるということだろう。


「苦労だと感じるほどには彼氏を得るために何かを行っているということだろ? それは苦労じゃなくて努力だ」


「なにそれ。そもそも苦労もしてないし、別に欲しいと思ったことも……ないわよ」


 なぜそこで顔を背けるのか。なぜそこでもごもごとしたしゃべり方になってしまうのか。


 彼女の態度がその発言が嘘だということを雄弁に物語っている。

 推桐葵は昔から嘘をつくのが下手なのだ。


「しかし君ほどであれば努力などしなくても彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思うが」


「それどういう意味よ」


 どういう意味も何も今言った通りのままの意味だ。

 容姿端麗。頭脳明晰。コミュニケーション能力抜群。


 自分の推しだというひいき目を抜いて客観的に彼女を見ても、モテない方がおかしいくらいの存在だ。 


 いままの人生の中で告白されたことがないなんてことがありえるはずがない。

 それは皆が認めるであろう単純な事実なのに、なぜに彼女は怒ったかのようにこちらを睨みつけているのだろうか。


「告白、付き合う、結婚、妊娠、出産。証明完了QEDだ」


「悠くん」


「なんだろうか」


 満面の笑みで名前を呼ばれて浮かれることなかれ。

 彼女の純白の日焼けしたことがなさそうな額にははっきりとわかるほどに青筋が立っている。


 もしかしたら怒りマークまで見えるかもしれない。

 怒りマークを携えた推桐葵……それはそれでありかもしれないな。


「一回死んだほうがいいんじゃない?」


「……なかなか辛らつだな」


「辛らつ? 優しさじゃないかしら。いったん死んだほうがそのねじがぶっ飛んだ頭も元に戻るかなと思っただけよ」 


 なるほど優しさか。彼女なりの善意なのか。

 なんと不器用な存在なんだろうか。そんな乱暴な言葉で優しさを伝えてくるなんて。


 不器用な推桐葵。

 なんだそれはギャップ萌えというやつか。推せるな。


「その言葉、ありがたく受け取っておこう」


「えー……。まったく、いつからそんな風になったの」


「俺は昔からこんな感じだ」


「……あ、そう」


 ついに彼女は俺との会話に愛想をついてしまったらしい。

 ため息をつきながら俺の席から離れるように歩き始めた。


 しかしこんなに連続して彼女と話ができるとはいったい誰が想像しただろうか。

 もしかしたら俺は今週だけで今年の運、いや未来二、三年分の運を使い果たしているのではないだろうか。


「……後悔しても知らないんだからね」


 推しと朝から会話ができたという事実に思考が埋め尽くされ舞い上がっていた俺は、彼女が去り際に言ったその言葉の意味を理解できなかった。

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