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一、 推し同好会会議

「それでは第八十二回推し同好会会議を始める」


 厳かな雰囲気の中自分の声が響く。

 そんな俺を静かに見つめる我らが同胞は8人。

 それぞれで縦長にくっつけた机に向かい合うように座って、続く俺の言葉を待っていた。


「今回の議題は主に二つ」


 大げさに指を二本たてて周りにアピールする。


「一草会長。二つとはずいぶん少ないですね」


「確かにいつもなら十個は余裕なのに」


「今日は量よりも質が大きい。みんな覚悟して聞いてほしい」


 確かに我が推し推桐葵のことであれば、十個でも足りないくらい語ることができる。


 こうして一週間に一回推桐葵を推しているファンのためだけの会合を開いているが、それでもいつも時間が足りないのだ。


 しかし今日は二つ。

 それほどまでに内容が濃いというわけだ。

 周りの同胞たちもそれを理解してくれたのか固唾をのんでこちらを見つめ続ける。


「まず一つ目。これは非常に残念なことだが、追放案になる」


 その言葉に何人かが息を吞み、何人かはすでにこの話を察していたのかため息をつく様子が見て取れた。

 俺はそんな彼らを一瞥しながら口を開き言葉を続ける。


「対象者だが……五十嵐琢也くん。心当たりは」


「あ、ありません」


「そうか……」


 突然名前を挙げたからか驚いたように目を見開きこちらを見る彼は汗だくになっていた。


 暑さだけであれだけ汗をかいているのであれば異常だろう。

 この部屋は十分に冷房が効いているはずだから。

 それなのに彼は制服の袖で額の汗をいくら拭いても、汗が止まる様子はない。


「では五十嵐くんに聞こう。我が同好会の信条は?」


「推しに迷惑をかけない」


「そうだ」


 推し同好会、もとい推桐葵を推す同好会のルール、信条はたった一つ。

 何があっても『推桐葵に迷惑をかけてはいけない。』


「別に彼女に恋をしようが、接近しようが、遠くから見守ろうが構わない。それは君たちの自由だ。しかし何があっても、どういう理由であっても彼女に迷惑をかけてはいけない。それは俺たちの間でのみ交わされたものではない。我らが推し自身からも言われている絶対に守らなければならない信条なんだよ」


 つい熱くなってしまって語ってしまったが、どうやら周りも納得してくれているらしく俺の言葉に深く頷いていた。


「ここまで聞いてどう思う? 五十嵐くん」


「つまり、何が言いたいのですか?」


「君の最近の行動を省みたらすぐに結論は出ると思うが。度重なる推桐への個人情報の強要。ストーカーともとれる粘着行動。これらを見て、推しに迷惑はかかっていないと胸を張って言えるのか?」


「いえます。向こうも僕に好意があるから、嫌がってはいないはずです」


 彼はそう言い切った。

 この会議の場で恥ずかしげもなくそう言い切れるのはもはや才能だろう。

 周りの非難めいた目にも気づいていないようだ。


「……そうか。なら周りの判断に任せよう。彼の行き過ぎた行為に対して五十嵐琢也くんを我が同好会から追放票を取りたいと思う。全員賛成であれば今後会議に参加することを認めない」


「そんな! ここが一番彼女の情報を知れるところなのに!」


「……はあ。そういうところだぞ。では彼の追放に賛成の者は挙手を。反対のものはそのまま静観を」


 俺の言葉が言い終わる前に五十嵐くん以外の手が上がる。

 彼の味方はすでにいなかったようだ。


「こんなの、間違ってる……!」


「そういうことだ、五十嵐くん。君が推しに迷惑をかけないという信条を再び理解してくれた時は、その時は快く我が同胞として迎え入れよう」


「……くそ!!」


 ようやく周囲の視線に気づき、その冷たさに耐えられなくなったのか彼は椅子を倒しながら荒々しく立ち上がると、そのまま教室を飛び出していった。


「彼、大丈夫でしょうか。暴走しませんかね」


「そこは僕たちが注意深く見ておくしかないかもな」


「一度は同じ気持ちを持っていたものだ。彼ならきっと気づいてくれるさ」


「さて……もう一つの議題だが」


 各々がこれからの心配をしている中、俺は暗い雰囲気を払しょくするためにも話題を移行することにした。

 他の者もそんな俺の言葉に反応して姿勢を正す。


「つい先日、一年ぶりに推桐葵と会話をした」


「おお……!」 


 どよめきとざわめき。

 基本的に推しと会話することなどないから、これは立派な議題内容なのである。


「そこで俺は真意に気づいてしまった。彼女は子孫を残すべきだと」


「おお……?」


 次は困惑のどよめきが返ってくる。

 それもそうだろう。突然何を言い出すかと思えば子孫の話だ。

 すぐに理解できなくても仕方がない。


「彼女は美しい。そして尊い存在だ。それはみんな言うまでもなく理解していることだろう。それならば彼女の遺伝子は後世に残すべきではなかろうか」


「……まさかそんな未来のことまで考えて?」


「さ、さすがは会長だ」


 どうやらようやくみんなも俺が言いたいことを理解してくれたようだ。

 彼女の美しさが今世で終わってしまってはもったいなさ過ぎるのだ。

 それならば後世まで残さなければならないという思考になるのは当然の帰結。


「そのために、俺は彼女に彼氏ができるよう全力のサポートをしようと考えている」


「それは……」


「一草会長少しいいですか」


「なんだ?」


「それは彼女の迷惑にはならないのでしょうか」


「確かにそうかもしれない。だがしかし、そこはもちろん細心の注意を払いつつ、日常会話の中にサポートを織り交ぜようと考えている。もちろん彼女が嫌がるならすぐにでもこの計画は中止するつもりだ」


 まあ問題はサポートといえるほど俺自身に恋愛経験がないところだが。

 そこは何とかうまくやっていくしかないだろう。


 昨日との彼女の会話の中で俺の中に天啓が舞い降りたのだ。

 彼女に彼氏を、いや好きな人を作ってもらう。それを俺の高校生活の目標にしよう。


 彼女自身に彼氏がいないのは知っている。

 だがそもそも好きな人がいるのか。それは知らない。


「これについて何か異論のある者はいるか?」


 俺の問いかけに手をあげる者はいない。

 みんな突拍子もない発言に思考が追い付いていないというのが本音だろう。


 こうして俺の高校生活をかけた目標が定まった。

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