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十八、推しとの映画、でもそれどころではない

「どうだった?」


「そうだな……。いうなればクリームの乗っていないウインナーコーヒーだった」


「なにそれ。全然わかんない」


 凝り固まった体をほぐしながら、目の前で大量のクリームが乗ったコーヒーなのか、カフェオレなのか、もはや別の飲み物なのか分からないものを飲んでいる推桐葵の質問に答える。


 結局映画館に着いて選んだのはアクション映画で、今ちょうど見終わって近くのカフェに来たところだ。 

 しかし彼女が飲んでいるのは見ているこっちが胸焼けしそうなほどにクリームが多い。


「そっちはどうだったんだ?」


「んー……無味無臭?」


「確かに。言い得て妙だ」


 首をかしげながらそう答える彼女の答えに、確かに当てはまってるかもしれないと納得していた。

 面白くないのかと言われればそうでもない。


 ただ面白いかと言われれば自信をもって首を縦に振ることができない。

 そういった感じの何とも言えない映画だったのだ。


「ああ、でもアクションはよかったな」


「そうね。何も考えずに見れたから単純にスカッとはした気がする」


 アクション映画なのであればそれだけでも成功とはいえるのだろうか。

 まあ俺としては今現在の状況が想像だにしていなかったことだから、ずっと緊張は多少なりともしているのだが。

 ……このタイミングであれば聞いてもいいだろうか。


「一つ、聞いてもいいだろうか」


「ん?」


「その、あまり首を突っ込むべきではないとはわかっているし、本来なら聞くべきではないのかもしれないが……」


「別に気にしなくていいよ。どうしたの?」


「デート、どうだったんだ?」


「ああ……」


 彼女の後押しもあり、やっとずっと気になっていたことを直接聞くことができた。

 その時点で割とのどに何かが引っかかっているような感覚が取れ、すっきりしていた。

 しかし目の前に座る彼女が俺の問いに対して顔を伏せてしまい、暗い声を発したことで、不安になる。


「もしかして何かされたのか?」


「ううん、別に。うーん……そうね。普通だったよ、普通」


「普通?」


「そ。可もなく不可もなくって感じ。今日の映画の中身みたいな感じかな」


「そう……か」


 あまり納得いかない答えではあったが、彼女はそれ以上口を開こうとはしなかった。

 もしかして俺とのデートの予習がダメだったのだろうか。


 もう少しちゃんとサポートしていれば彼女のデートはうまくいっていたのだろうか。

 考えすぎかもしれないが、そういうことばかり考えてしまう。


「なに? 気になってたの?」


 先ほどまで暗い表情を浮かべていた彼女は一転して、いたずら気な笑みをこちらに向けて尋ねてくる。


「デートの予習の相手をした身としては、本番がどうなったか気になるのは当然のことだろう」


「なーんだ。そっち」


「そっち?」


「なんでもない」


 今日の彼女は表情がよく変わる。

 今は怒ってしまったのか目をこちらから背けてしまった。


 しかしそんな姿も可愛い。

 語彙力を失う可愛いとは目の前の存在のことを指すのだろう。


 学校にいる時よりも外にいる時の方が、色々な彼女の表情を見ることができるような気がする。


 学校にいるときは常に凛とした、まあ今日の朝はだらけていたが、それでもそういったイメージが常にあるような、そんな表情をしている。

 しかし今の彼女にはそういった印象は全く抱かない。


「……なに?」


 しまった。またじっと見つめてしまった。

 不満げな目でこちらをじっと見つめられてしまう。

 彼女をこれ以上怒らせないようにするには何と答えるべきだろうか。


「いや、学校の外だとよく表情が変わるなと。見とれていただけだ」


「……君のせいでしょうが」


 俺のせい?

 結局下手にごまかすよりも正直に言った方がいいと思い口にはしたものの、彼女はまた俺から目をそらしてしまった。

 頬杖までついて顔もよく見えなくなってしまった。


「……ごめんね」


「どうして君が謝る?」


 小さくつぶやいた彼女の謝罪の声はすぐに雑踏の中に消えていったが、俺は聞き逃さなかった。


 しかしなぜ彼女が俺に謝るのか分からなかった。

 どちらかというと怒らせてしまったのであろう俺が謝るべきではないだろうか。


「なんでもない! そろそろ帰ろっか。日も暮れそうだし」


「あ、ああ。途中まで送ろう」


「ん。ありがと」 


 彼女は何事もなかったかのようにこちらに笑みを向け、立ち上がるとそのまま伸びをする。


 こういった少し気まずい雰囲気もその所作一つで吹き飛ばしてしまうのだから、彼女は周りから人気があるのだろう。 


 彼女が場にいると暗い雰囲気というのにはなりにくい。

 それは彼女の存在があってこそのものだろう。


「急に誘ったのに付き合ってくれてありがとね」


「大丈夫だ。予想するに今度は映画デートにでも誘われたのだろう? それとも放課後デートか?」


「……もうそういうことでいいや。ほら、帰るよ」


 なぜかため息をつかれながら、手招きするように手を振る彼女。

 俺はペットのようにその手につられるように彼女の後ろを歩いて帰路につくのであった。


そういえば朝方彼女が何か話したそうにしていたが、結局あれは一体なんだったのだろうか。

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