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十六、推しからの誘い

デートの予習と称した自分の推しと水族館に行くという一大イベントを終えてから、二週間ほど経過していた。


 さすがに毎日ではなくなったものの、あの日以降も学校で彼女から声をかけられるのだが、未だに本番のデートがどうだったのか結果を聞くことができていない。


 ちなみにメッセージでのやり取りは毎日行っているが、その内容は特筆するべきものでもなく日常会話のみでそちらでも何か報告があったわけでもない。


 彼女が何も言わない以上こちらから口を出すのは無粋かと思い、こちらからも特にデートの内容を聞く真似はしないのだが、気にならないのかと言われれば非常に気になる。


 そんな複雑なもやっとした感情を抱きながら今日も登校してきたのだが、今日はなぜか我が推しがすでに登校しており、そして俺の席に当たり前のように座っていた。


 俺の登校時間はぎりぎりでも早すぎるわけでもなく、多くの人が登校してくる少し前に学校に着くようにしている。


 だからいつも教室の中にはまだまばらにしか人がいないのだが、今日はみんなどこかに行っているのか教室には彼女しかいなかった。


 そんな中一人机に頬杖をつき窓の外を横目で眺めている彼女は、儚げながらもその場に存在していることを強調するように教室の中で、ひと際目立っているように見えた。


 しばらく入り口で見惚れているとふと彼女と視線がぶつかり正気に戻る。


「おはよう」


「おはよ」


 正気に戻った拍子に彼女が座る俺の席へと歩を進めて、声をかける。


 すると彼女は一度そらした視線を再度こちらに向けそのまま席を立ち、いつもの定位置である俺の席の前にしゃがんだ。


「別に座ったままでもいいぞ」


「ううん。こっちでいい」


 まだ眠気があるのか間延びした調子で話す彼女は、そのまま俺の机の大半を占領するように腕を伸ばしその腕の上に顔を乗せる。


「今日はずいぶんと早いんだな」


「たまには登校時間を変えてみようかなと思って。まあ早く着きすぎて何もすることなかったんだけど」


「だから俺の席に?」


「んー、それはなんとなく? 特に理由はない」


 日中はしっかりしている彼女だが、たまにこういった意味のない行動をしている。


 まあそういうところも俺は好きなのだが。

 つまるところ推しは何をしていても可愛いのだ。


 推しがそれで満足するのであれば、その行動の意義をとやかく言う筋合いはこちらにはない。


「また変なこと考えてる?」


「別に変なことは考えていない。君のことを考えていただけだ」


「目の前に実物がいるんだから、考えるんじゃなくて接しなさいよ」


「それはすまない。しかし俺はそんなにわかりやすいのか?」


「うーん、最近何となくわかってきた」


 推桐葵のことを考えていることが顔にでも出ているのだろうか。

 それとも彼女と接する機会が増えて、俺の変化に彼女が気づき始めたということだろうか。


 俺も彼女と関わり始めてから、今までも世間一般の周りの生徒よりは彼女のことを知っているつもりだったが、それでも新しい彼女の顔をいくつも見てきた。


 それはファン冥利に尽きるものだし、知っても知っても俺の推しは新しい表情をのぞかせてくるものだから飽きることがない。


「ねえ、ちょっと相談があるんだけど」


「どうした」


「今日の学校終わりとか暇?」


「特に用事はないな」


「ふーん」


 何か用でもあるのだろうか。

 同好会に関しては週に一回しか活動を行っていないため、それ以外の日は帰宅部と行動は変わらない。

 そのまま家に帰るだけだ。何か用事があるわけでもない。

 推しの相談だというのであれば、できる限り力になりたいとは思うが。


「じゃあさ、映画見に行かない?」


「急だな」


「そうなんだけどさ」


 推桐葵は腕の上にのせていた顔を上げ、まっすぐとこちらを見つめてくる。

 その表情は真剣なようにも、どこか不安げなようにも見えた。


「まあ俺に予定はないから別に構わない。何か見たい映画でも?」


「いやそういうわけでもないんだけどね。うーん……これは映画館に向かう途中にでも話すよ」


「今じゃなくていいのか?」


「うん。今はいいや」


 始業時間が近づいてきたからか教室の中にもクラスメイトが続々と増えてきて、次第に騒がしくなってきた。


 それに合わせるように彼女は立ち上がり、制服を静かにただす。


 先ほどまでののんびりとした雰囲気はなくなっていて、いつもの存在感を放つしっかりとした印象に様変わりしていた。


 俺はどちらの状態の推しでも構わない。むしろ両極端ともいえる彼女の姿をこんな短時間で見ることができて幸せだとすら感じる。


「じゃあまた放課後ね」


 囁くようにそう言いこちらを一瞥し、自分の席へと戻っていく推桐葵を目で追う。

 しかし今まで話しかけられることはあっても、放課後にどこかに行こうなんて誘われることはなかった。

 誘われることがあること自体想像していなかった。


 なぜか頭に強く残っている彼女の不安げな表情を思い返し、誘われた動揺を隠すように俺は机の上に教科書を広げ一限目までにはまだ時間があるにもかかわらず、教科書の準備を始めていた。

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