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十四、推しと「また」

 あのイルカの暴走は係員としてもやはり予想外だったのか、ショーが終わってすぐに係員が走ってきてひたすら俺に謝ってきた。


 確かに予想外だったもののそれはそれでいい経験ができた。

 多分そんなことを係員さんと話したと思う。


 その間も推桐葵が笑いっぱなしだったので、そちらに気を取られてほとんど会話の内容を覚えていなかった。


「悠くん飼育員の才能あるんだってさ」


「あんなの口から出まかせだろう」


「いやいや、係員さん感動してたよ。あのイルカはよく暴走するからあんまり人の言うこと聞かないって」


「俺も別にいうことを聞かせたわけじゃないさ」


 ただあのイルカには推しを推すときの理念を伝えただけだ。


 推しには迷惑をかけない。


 一番当たり前で意外と難しいことだ。

 今回のことは推桐葵という存在を知り暴走してしまったが故だろう。

 あのイルカの気持ちはよくわかる。だから俺がかばったのだ。

 たまたま同志として意思疎通できたと思っているだけで、飼育員に向いているわけではない。


「まあいうなれば君のおかげだな」


「また意味わかんないこと言ってる」


 いまだにカッパを通り抜けてきた水のせいで髪が湿っていて気持ち悪さはあるが、そのおかげでこの彼女の笑顔を見れているのだとしたら、この程度安いものだ。


「ねえ、最後にもう一回クラゲ見てもいい?」


「もちろん」


 彼女は相変わらず楽しそうに微笑みながら俺の前を歩き、クラゲがいるエリアへと歩を進めるのであった。



「やっぱりここが一番好きだなあ」


「確かに。顔に書いてある」


「私をじろじろ見てないでクラゲを見てなさい」


 怒られてしまったので、素直にクラゲの水槽の方へと視線を向ける。


 クラゲはゆったりと上へ上へと進んでいた。

 その動きは規則的なように見えて不規則で、確かにいつまで見ても飽きないような気もする。


「楽しかったなあ」


「確かに」


 彼女のつぶやきに対してこちらもつぶやくようにして返す。


 家族と何度も来たことがある水族館。

 それを一緒に行く人物が変わるだけでここまで印象が変わるものなのか。


 といっても俺の場合は半分以上は隣を歩く推桐葵ばかりを見ていて、あまり魚自体は見れていないのだが。


 しっかりとみているのはこのクラゲくらいだろうか。

 それにイルカショーもしっかりとみることができなかった。


 なんだかずっと夢を見ているような、現実ではないようなそんな気がしてくるほどに幸せな時間を過ごしていた。


 推しと一緒に水族館、しかも二人で出かけているのだ。

 いつもは周囲から尊敬のまなざしを向けられる彼女をいわば独占しているような状態なのだ。


 夢心地になってしまっても仕方がないというものである。


 例えばもう一回、彼女とここに来ることがあればその時はもっと現実感を持って一緒に水族館を回ることができるのだろうか。


「また来たいな」


「……ほんとに?」


 それはつい漏れ出した言葉だった。

 「また」とはいったい俺は何を勘違いしているのだろうか。


 今回はあくまでデートの予習できたのだ。

 推桐葵が迎えるデートで相手にペースを掌握されないように、彼女の貞操を守るために、あくまで俺は予習相手としてきただけなのだ。


 それなのに何を勘違いしたことを言っているのか。

 今の状況に満足せず次を望んでしまうのは傲慢がすぎる。


「今のは忘れてくれ」


「……またこれたらいいね」


「君はまた来るだろ」


 少なくともデートの本番として同じ水族館に来るのだ。

 俺に「また」はなくとも彼女には「また」があるのだ。


 その相手が俺ではないだけで。

 なぜだろうか。そう考えると少し胸がざわつくのは。


 推しが幸せをつかむためにデートをする。

 それを提案したのは自分だ。

 それは肯定するべきことなのに、なぜ俺は少しイラついてすらいるのだろうか。


「そういう意味じゃないんだけどね」


「ん?」


「なんでもない」


 彼女が言った言葉がどういう意味か分からず聞き返してみたが、彼女は答えてくれず変わらず上へと昇っていくクラゲをじっと見つめていた。

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