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九、デート予習

「少し早すぎたか」


 デート予習当日、待ち合わせ場所は駅だった。

 予想外といえば予想外。てっきり水族館の前で合流するものだと思ったが、本人曰く当日のデートを予想しての集合場所ということだった。


 待ち合わせ時間は十時。現在時刻は九時をちょっと過ぎたあたりか。

 あまり早く着きすぎて彼女を気遣わせても意味がないと思い、もちろん遅刻して彼女を待たせるなど言語道断という考えのもと動いたつもりではあったが、それにしても早く着きすぎてしまったらしい。


 朝も早く休日ということもあってか人はまだまばらだ。

 それにしても水族館やショッピングモールがあるからか、周りにはカップルや家族連れが目立つ。


 まあ別に駅前で一人でいたとしても誰も気にも留めないだろうし、別に不審者のようには思われたりはしないだろうが、それにしてもこういう時一人だとどうしても周りの目というものが気になってしまう。


 特段おかしな私服ではないだろう。世間一般的などこにでもいそうな量産型の男子高校生の私服ではあると思う。


 うーん、あと一時間、このまま突っ立って待つのも暇だし近くにカフェでもあろうものならそこで時間をつぶすのもありだろうか。


 そんなことを考えているとポケットに入れていたスマホが震えるのを感じ、手に取る。


『まさかもう着いてるなんてことないよね?』


『俺のことは気にせずゆっくり来たらいい』


 予想通り彼女からの連絡だったようだ。ここで着いていると答えては彼女を焦らせてしまうだろう。

 早く着いてしまったのはこちらの落ち度でもあるのだから、彼女を急かしてしまうのも申し訳ない。


『イエスかノーで答えなさい』


 ふむ、これは困った。

 彼女を急かしたくはないが、かといって完全に彼女にうそをつくのも気が引ける。

 ここはなんと答えるのが正解なのか。


『ノーだ。だから焦らずゆっくり来てくれ』


 ……人間、ついていい嘘もあると俺はこの短い人生の中で学んだのだ。

 ないとは思うが、彼女を焦らせてしまって事故にでもあったりでもしたら俺は一生自分のことを許せなくなる。


 そんなことを考えてしまう返答をするくらいならうそをついたほうがましというものだ。

 しかし彼女も二択を迫るなんて意地悪なところがあるものだ。


「嘘つき。やっぱりいるじゃない」


 返答はチャットではなく真横から返ってきた。

 目を向けると少しむくれた表情をした推桐葵が腕を組んでこちらをにらみつけてきていた。


「随分と早いじゃないか」


 もうそんなに時間がたったのかとスマホに目を向けるが、俺がここについてから十五分も経っていない。

 四十五分前集合とはむしろ俺は早めについてよかったのかもしれない。


「そういう君も人のこと言えないんじゃない?」


「まあ俺は想定外に早く着いてしまったものでな」


「なにそれ」


 彼女は不機嫌そうな顔を崩してくすくすと笑いながらこちらに近づいてくる。

 しかし、彼女の私服姿を見るのはもしかして初めてではないだろうか。


 小学校でも制服だったし、制服や体操服姿以外での彼女の姿を見たことがないことに気づく。

 思わず視線が吸い寄せられるように彼女のほうへ向かってしまう。


「……何よ」


 上半身は黒ニットに薄緑色のロングスカート。

 もともと長袖であろう袖をまくっていて涼しげにも見える。


 彼女の清楚らしい美しさの中にカッコよさもかいま見える服装だ。

 しかも薄く化粧をしているからだろうか。高校生というのを俺ですら忘れてしまいそうだ。


 でもそんな大人らしさの中にあどけなさも見え隠れするのは彼女の表情によるものだろうか。

 なんにせよ。


「今日は一段と輝いて見えるな。美しくカッコよくかわいい。推してよかった。これだけでも今日来たかいがある。何なら今から突然君に帰られたとしても俺は満足だ」


「そんなに見られて、しっかり感想言われるとさすがに恥ずかしいんだけど……」


 ふむ、珍しく恥ずかしそうに長い黒髪をいじる彼女もまた愛らしい。

 しかし制服ではあまり気づかなかったが、彼女も成長するところは成長しているんだな。


 もちろんいつもしっかりはっきりと見ているわけではないし、彼女もいつまでも小学生というわけではないということを理解はしているんだが、ニットというのは体型というのを少なからず強調してしまい、どうしても目が行ってしまう。


「しっかりと大人になってるんだな」


「どこ見ながら言ってんのよ。変態」


「いやすまない。つい」


 しまった今のは失言だったか。

 さっきまでかわいらしく恥じらいを見せていた彼女の顔が一瞬でまるで能面のような無表情で、まっすぐとこちらを見つめてくる。


「ついって何よ。まったく男子ってそういうことしか考えてないわけ? 君はそういうの興味ないと思ってたのに」


「俺も世間一般の普通の男子高校生だ。そういうことを考えたりもするさ。しかし一つ訂正しておきたいが、俺は今君の体を見てそういう想像をしていたわけではない。単純に月日の流れに感動していただけだ」


「私の体で月日の流れを感じないでくれる?」


 ふむ、フォローにも失敗してしまった。

 ここからどうすれば彼女の機嫌をよくできるだろうか。

 最初から彼女の機嫌を損ねてしまった時の情報はネットには載っていなかったしな。


「ほら、君は満足しているのかもしれないけど私は全然ついたばっかりで満足してないんだから、行こ」


「あ、ああ。でも今から行っても水族館が開くまで30分以上ある。大丈夫か?」


「ゆっくり歩いてたら大丈夫でしょ。誤差よ誤差」


 確か水族館は十時オープンだ。

 どれだけゆっくり歩いて三十分以内に目的地についてしまうと思うのだが、彼女はさほどそのことは気にしていないようで、歩き始めてしまった。


 こうなったらもう彼女についていくしかない。

 どこかでフォローできればいいのだが……。


 前を歩く推桐葵の後ろをついていくように歩き出したところで、俺は新たな事実に気が付いた。


「髪、結んでるんだな」


「……今更?」


「すまない。服を見るのに夢中になっていた」


「なにそれ」


 前から見たときはいつもより髪が短いなとしか思っていなかったが、どうやら彼女は後ろでくくっていたようだ。

 あれは何と言ったか。確かハーフアップという髪型だったか。

 確かに一目で気づくべきだったかもしれないが、それにしても髪型一つで雰囲気が変わるものだ。


「うん、すごく似合っているな」


 後ろから声をかけると、なぜか彼女は歩き始めていた足を止めてその場で立ち止まってしまった。


「どうした?」


「……今更フォローしたって遅い」


 彼女はこちらを見ることなくそういうと、またすたすたと前を歩き始めてしまった。

 俺は今の何がダメだったのか考えながら、彼女の後ろをただ歩いてついていくしかなかった。

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