好奇心は日常を殺した【通し版】
好奇心が殺すのは、猫だけじゃあない。
ほんの些細なきっかけ、それだけで日常は、世界は変わる。
良きにつけ、悪しきにつけ。
そんな話。
声劇台本:好奇心は日常を殺した【通し版】
作者:霧夜シオン
所要時間:約140分
必要演者数:5~6人
(2:3:0)
(1:4:0)
(1:5:0)
(2:4:0)
●登場人物
更科杏梨・♀:木城短大付属高校2年。
どこか冷めている。伊月とは中学からの付き合いで、毎度
彼女が持ってくる話に嫌々ながらも結局は付き合うなど、
優しい一面も。
都沢伊月・♀:木城短大付属高校2年。
杏梨とは中学からの仲。ノリが軽く、あちこちから怪しげ
なネタを仕入れては毎度の如く巻き込んで呆れられている
。性格的に憎めない部分を持つ為、杏梨との友達仲も長続
きしている。
大迫緯美那・♀:木城短大付属高校図書室の司書。
1年前に赴任以来、広大な図書室の主として集められた
まま放置プレイされている膨大な数の書籍仕分け作業に
勤しむ日々を送っている。
ドMの極み。
如月悠樹・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木城短大の1年。
今も昔も杏梨と伊月の良き先輩。
茅田恵那・♀:木城短大付属高校に奉職する女教師。
元レディースだったが、ある一件をきっかけに教師の道を
歩み、現在に至る。
更科達のクラスの副担任を務める。
興奮するとレディース時代の素が出る。
生徒たちからは割と人気者で、かやたんの愛称で親しまれ
ている。
”黒”の魔導書・♂♀:杏梨と伊月が図書館の奥深くで見つけた、
黒い装丁の皮の表紙を持つ書物。
人間の脳に直接話しかけることができる。
二人に魔術を扱う術を与える。
初めは杏梨達に協力的な態度を装っていたが、
徐々に本性をむき出しにする。
“白”の魔導書・♂♀:黒の魔導書ともともと一つだった、半身とも言う
べき存在。互いにしか使えない系統の魔術があり
、それゆえに黒の魔導書から覚醒せぬうちに力だ
け奪おうと狙われる。
白い装丁の革の表紙を持つ。
看護師・♀:台詞が1しかないので、大迫・茅田役と兼ね役になります。
病院内では静かにしましょう。
●キャスト例
【5人】
杏梨:
伊月:
黒魔導書・白魔導書:
悠樹:
大迫・茅田・看護師:
【6人】
杏梨:
伊月:
黒魔導書:
白魔導書・茅田:
悠樹:
大迫・看護師:
※【前編】【中編】【後編】の部分は悠樹役が読んでも可です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【前編】
好奇心が殺すのは、猫だけじゃあない。
ほんの些細なきっかけ、それだけで日常は、世界は変わる。
良きにつけ、悪しきにつけ。
今から語るのは、そういう類の話。
伊月(N):確かに、退屈を感じてた。
けど、こんなにあっさりいつもの日々が変わってしまうなん
て、思ってもみなかった。
杏梨(N):非日常とは、日常という名の驚くほど薄く脆い膜に包まれて
転がっていて、ひとたび破れたら最後、たやすく溢れ出てし
まう。
悠樹(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):5月。
春がそろそろ終わりを告げ、桜は青葉にその装いを変えよう
という時期。
私、更科杏梨は、ここ木城短大付属高校での高校生活2年目
を、そこそこ順調な滑り出しで過ごしていた。
そんな、授業がすべて終了したある日の放課後。
伊月:あ、いたいた!
あーんりー!
杏梨:伊月じゃない、どうかしたの?
伊月:これからヒマー?
杏梨:ずいぶん急ね、カラオケ?
伊月:んふふー、ちょっと面白そうなお話があるんですよ姐さんー。
杏梨:…今度は何を企んでるのか、それを先に教えて欲しいんだけど。
伊月:なっ、なななナンノコトカナー!? 企んでなんかナイヨー!
杏梨:【溜息】
あんたが面白いって言って持ちかけてくる話は大抵ろくでもないん
だけど。
あと、カタコトになるしね。
伊月:そ、ソンナコトナイヨー!!?
【咳払い】
それに、ろくでもないとは失礼千万!
今回のはきっと杏梨も興味津々になること間違いなし、だよ!
杏梨:前にもそんなこと言って、途中で先に一人飽きてたじゃない…
それで?
今回のネタとやらは何?
伊月:よくぞ聞いてくれました!
実はねー、この学校の図書室に関する話なんだー。
ってか、ウチのとこのってさ、めちゃくちゃデカイよね?
杏梨:うん、敷地面積はおろか、蔵書冊数まで市の図書館よりも上って
どういう事なんだろうね。
うちの高校の初代校長が、蔵書蒐集に凄く熱入れてたらしいけど。
伊月:ねー、聞いた時はマジでびっくりしたもんね!
入学して初めて入った時なんか、目当ての本に辿り着けなかった上
に諦めて帰ろうとしたら迷って出られなくなった挙句、大声上げて
助けに来てもらった位だし。
杏梨:で、その時、大迫司書に「図書室内では静粛に!」って怒られたよ
ね。
伊月:ううう、あの広大で複雑な本棚の迷路なんて、初見殺しもいいとこ
だよ!
生徒を遭難でもさせようっての!?
うちの図書室は各所にコールボタン、もしくは現在地マップを付け
るべき!
杏梨:それ、生徒会目安箱に投書してあっさり却下されたじゃない…。
建て増しと改築を繰り返した挙句、違法ギリギリ・セウト!!
らしいから下手に業者入れられないって噂だし。
伊月:世の中理不尽だぁー!
――って、そんなあたしの“嬉し恥ずかし入学したてのおもひで”
はどーでもいいの!
本題に入るんだからね!
杏梨:はいはい…というか、最初に話をそらしたのは伊月でしょ。
伊月:【咳払い】
でね、初代校長が集めてた書物はそれこそいろんなジャンルがあっ
たんだけど、その中に、なんと! ホンモノの魔導書が混じってた
らしいんだって!
杏梨:あー…なんともまたオカルトチックな話が来たわね。
伊月:シャラァーップゥ!!
―――で、これがまた凄い力を持った奴で、初代校長はそれで好き
放題した挙句、自分が死ぬ間際に図書室の奥深く封印したって話な
の!
杏梨:聞けば聞くほど眉唾モノね…、何か、まじめに聞いてた自分が馬鹿
に思えてきたんだけど。
帰っていい?
伊月:ええぇーーそんなぁ!
一緒に行こうよ杏梨ぃーー!
お代官様ぁー!
おねげぇでございますだぁー!
杏梨:農民か。
誰がお代官様よ…ちなみにその話の出どころはどこから?
伊月:キリエっちからだよー。
意外とオカルト話好きでさー、昨日ついつい盛り上がっちゃったん
だよねー。
杏梨:キリエ…って、うちのクラスの十條キリエ?
意外ね…、てっきり麻耶か唯あたりだと思ってた。
伊月:てなわけで姐さん、レッツ、図書室!
時間はそんなにかけないから、ね、ね!
杏梨:はぁ…しょうがないなあ…分かったわよ。
でも日暮れまでには学校出るからね。
伊月:やたっ、いつもなんだかんだ言いながら付き合ってくれるもんね!
んもう、杏梨ってば愛してるぅ! 抱いてぇ!
杏梨:うん、控えめに言って、黙れ。
伊月:あぁんいけずぅー、ぶーぶー。
杏梨:【軽い溜息】
ほら、行くわよ。
伊月:あっ、待ってよー杏梨さまああ!
杏梨:(これで一体何度目になるんだか…この手の与太話を伊月が持ち込
んでくるのは。
どうせまた途中で飽きるか、結果がつまらなくてがっかりするんだ
ろうけど。)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):眠気を誘う暖かい午後の日差しが廊下に差し込んでくる。
徐々にそれが西に傾いていく中、私達は図書室へ向かってい
た。
杏梨:あふ…やっぱり、この時期は眠気が勝つよね…。
伊月:だぁよねー、
あたしなんて午後の授業、先生が何話してたのかぜんっぜん覚えて
ないしねー、ふあぁぁああ…うん、スイマー(睡魔)さん最強!
杏梨:伊月…あんた大丈夫なの?
もうすぐ中間テストだけど。
伊月:んふふふ、心配ご無用ナリ!
あたしにはぁ、更科杏梨先生と言う、とっっても心強ーい家庭教師
がいらっさるのです!
杏梨:……専属の家庭教師になった覚えはないんだけど。
いい加減、自分で何とかしなさいよ。
伊月:そっ、そそそそそんなあ!
一年の学年末考査を共に乗り越えた、あのあつぅーーい友情を忘れ
たの!?
杏梨:あんたが試験三日前に泣き付いてきたんでしょ。
「神様仏様杏梨様、何とかお助けくださいませー、って。」
伊月:でっ、ですから今回もあの時のように、海よりも深く山よりも高い
お慈悲の心をもってですね―――
杏梨:【語尾に被せて超にこやか】
うん、自分でやれ。
伊月:いぃぃぃやぁぁぁああ杏梨様ぁぁぁぁぁぁああ、お助け下せええぇ
ぇぇぇええ!!
後生ですだぁぁぁぁあああ!!!
杏梨:ああもう、うっとおしい!
って服の裾にすがるな、引っ張るな! 伸びる!
伊月:いやですじゃあああ、うんと言ってくださるまで、はーなーしーま
ーせーぬーぞおぉぉぉおお!!
杏梨:っだッから、農民かってのーー!!
悠樹:おいおい、何を時代劇じみたことしてんだ?
それとも、コントの練習か?
杏梨(N):私がなおも引っ付こうとする伊月を引っぺがしに掛かろうと
した時、後ろからだしぬけに声が響いた。
悠樹:お二人さん、お熱いのはいいが、公衆の場でイチャつくのはほどほ
どにな。
杏梨:っ、イチャついてませんから、如月先輩。
お疲れ様です。
伊月:お、如月パイセン!
おっつでーっす。
悠樹:…しかしお前ら本当に対照的だなぁ、
それで仲が良いんだから世の中分からないな。
杏梨(N):渡り廊下の途中で出会ったのは、この春に高校を卒業して
同じ敷地内の短大に進んだ、如月悠樹先輩だった。
高校在学時は私達と一緒に生徒会に所属していて、
何かと世話してもらったものだ。
伊月:如月パイセンこそ、こっちの敷地に戻って来てるなんてどうしたん
ですか?
あ! もしかしてぇ、ホームシック的なヤツですかぁ?!
悠樹:残念ながら、違うな。
在学時に担任から預かったままになってた物を返しに来たんだよ。
杏梨:そうだったんですか。
よくありますよね、返し忘れとか。
悠樹:まったくだ。
この歳まで生きると、わりと物忘れするのがデフォルトなんじゃな
いか、とか思う今日この頃だよ。
伊月:まったまたー、ジジくさいですよ如月パイセン!
人間がいっちばん輝き始める青春まっ只中じゃないですかやだー!
悠樹:【口の中でつぶやく様に】
…にんげん、か。
杏梨:?…如月先輩?
悠樹:ん? どうした?
杏梨:あ、いえ、何でもないです。
伊月:って、ほらほら杏梨!
早く行かないと日が暮れちゃうよー?
杏梨:そうね。
では先輩、私たちはこれで。
悠樹:ああ、じゃあな。
さて、俺も職員室に行かないとな。
杏梨(N):如月先輩の視線を背後に感じつつ、私達は図書室へ急いだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):陽があまり差し込まない校舎の一角。
およそ、いち高校の図書室と言うにはあまりに不釣合いな
豪奢かつ、重厚な扉。
先日伊月に押し付けられ…もとい、勧められてプレイしてい
たRPGの、ラスボス一歩手前の風景を思い出していた。
伊月:ささ、たどり着きましたぜ、姐さん!
我らが学校の迷宮図書館へ!
杏梨:誰が初めに言ったのか、迷宮図書館とはベタだけど上手く名付けた
よね。図書室、って言ってない辺りが特に。
この荘重な入口なんて本当に学校のかと疑いたくなるもの。
伊月:地下書庫まであるっていうし…ホントすごいよねぇ。
杏梨:そういえば、その魔導書とやらの在処、おおよその目星とか付いて
るの?
伊月:えっ? ―――あ。
杏梨:それと、タイトルは?
伊月:え? ぁ~……わかんない! てへっ☆
杏梨:【盛大に溜息】
うん、帰るね。
伊月:え、ちょ、ここまで来てそれは勘弁してよぉ! 杏梨様ぁ!
杏梨:あのね、その本の場所の目星はともかく、タイトルすら分かんない
状態でどうやって探すのよ? それこそ時間の無駄使いでしょうが
!
大迫:【軽く手を叩きながら】
はいはいそこの仲良し二人組、校内ではお静かに。
しかも図書室も目の前だから、超・お静かに!
杏梨:す、すみません。
お疲れ様です、大迫司書。
伊月:あ、いみなん! やっほー!
大迫:【軽い溜息】
更科さんは相変わらず礼儀正しいわね。
それに引きかえ都沢さん、フレンドリー過ぎよ。
これでも一応、貴女達より年上なんだけど。
伊月:そんなそんな!
ウチらと全然変わらないくらい若々しいですって!
そりゃもうピッチピチィ!
大迫:お世辞とはわかってるけど嬉しいこと言うわね。
それで、凸凹コンビが図書室に何の用かしら?
杏梨:で、凸凹…否定できないのがなんとも言えない…。
伊月:えへへ、いやぁそんなぁ、照れちゃいますぅー。
杏梨:伊月…褒められてないから…あ、えっと、ちょっと捜し物を。
大迫:捜し物? わかってるとは思うけど、広すぎるほど広いわよ?
一応、私が赴任してから少しずつ整理しているけど、まだ全体の
3割にも満たないわ。
伊月:うーわー…乙です。
大迫:まったく…前任までで全体の一割程度とか…。
今までの司書は何をしていたのかしら。
ホント、腹立たしいったらないわ…(ぶつぶつ
伊月:【小声】
うわ、やっば…いみなんが愚痴モードに入った…。
杏梨:【小声】
アレがなければすごくいい人なんだけどね…ほら、行くわよ。
伊月:【小声】
ほいほーい。
【普通に】
あ、あたしら急ぐんで、失礼しまーす!
大迫:――へ? あ、う、うん、分かったわ。迷わないようにね。
杏梨:はい、ありがとうございます!
杏梨(N):司書の大迫緯美那さんは、愚痴り始めると途端にめんどくさ
い人間になる。
君子危うきに近寄らず。
私達は急いで図書室へと足を踏み入れた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
大迫:まったく、なんで私の赴任先っていつも何かしらの問題を抱えてる
のかしら…いえ、問題だけならまだしも、その解決を押し付けられ
なきゃならないのよもう…!(ぶつぶつ
悠樹:大迫さん。図書室前で何やってるんですか?
大迫:貧乏くじにも程があるじゃない、一体私が何をしたっていうのよ…
!
悠樹:お・お・さ・こ・さん!!
大迫:!!――へ? あ、え、如月君!?
悠樹:はぁ…相変わらずグチグチ言ってるんですか?
いい女性が台無しですよ?
大迫:だ、だってここの図書室、今まで行ったどの学校よりも蔵書が多く
てどの学校よりも問題が山積みなのよ、ひどいと思わない?!
悠樹:だからこそ、ここに赴任してきたんじゃないんですか?
書物に関するエキスパートでしょうに。
大迫:ッそれでも、いっつもこんな役回りばかりは嫌です、お師匠様!
悠樹:―――おい。
大迫:ぁっ、まず…っ
(やば…体温が…周りの景色まで歪んで…!)
悠樹:…公の場ではそう呼ぶな、と何度言わせる気だ、緯美那。
大迫:ぅ…ぁ…も、もうし、わけ、ありま、せん…
(い、意識が…)
悠樹:【溜息】
…それより、例の物の捜索はどうなっている?
大迫:!!!っは、ぁ、はぁ、はぁ……ほっ…。
っだいぶ核心に近づいているのは感じますが、まだ、決定的なもの
は…。
悠樹:ふん…そうか。
今回はいつもとは違う。
お前の曽祖父が私の所から勝手に持ち出した挙句、紛失させた本の
捜索だ。
子孫であるお前に拒否権などない、必死でやれ。
大迫:は、はい…。
悠樹:それはそうと、誰か来ていたのか?
お前がぶつくさ言っている時は、半分は誰かとの会話の末にだから
な。
大迫:ええ、お師しょ―――じゃなくて、如月君の後輩の更科杏梨と都沢
伊月の二人が、何か探しものがあるとか…。
悠樹:更科と都沢が、探し物…?
それでなくても一般学生は本を探せなくて敬遠しがちなこの図書室
に…?
大迫:言われてみれば確かに…あの娘達、一体何を探しに―――
悠樹:【語尾に被せて舌打ちしつつ】
嫌な予感がする…、緯美那、あの二人を追え。
無事に戻ってきたとしても、しばらくは目を離すな。
大迫:ッわ、わかりました。
失礼します。
悠樹:【溜息】
……ふん、まったく忌々しいことだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):私達は、久方ぶりに訪れた図書室内を見渡していた。
中には数人の生徒が読書や自習など思い思いに過ごしている
。
入口に近い区画は使用に支障ないほど整理されていたが、
少しでも奥へ足を踏み入れると、うず高く積まれた古書の山
が出迎えた。
伊月:さぁて、年単位ぶりに来たけど、相変わらず凄まじい量の本だよね
…。
杏梨:ホントね。
…で、あてもないのにどうやって探すの?
伊月:そ、それなんだよねー…んんぅんんん……
あ! そうだった!
キリエが言ってたの思い出した!
杏梨:【小声】
ちょ、伊月、声が大きいって!
伊月:も、モガモガモガッ!!
杏梨:…ふう…まだ廊下で愚痴モード発動中みたいね…助かった。
伊月:ン、ンムムン、ぶはっ、んもー、杏梨ってば積極的ぃ♪
でも、そんなとこも好・き♪
杏梨:【にこやかに】
うん、今度はウメボシ掛けてあげようか?
―――で、キリエが言ってた事って?
伊月:えっとね、以前この図書室で迷った生徒がいたらしいんだけど、
その子が東側の書架の辺りで、頭の中に直接話しかけてくる声を
聞いたんだって!
杏梨:幻聴か何かだったんじゃないの?
伊月:最終的には周りにそう言われて終わったみたい。
その子は幻聴じゃない、確かに聞いたんだ、って最後まで譲らなか
ったみたいだけど。
杏梨:なるほどね。
じゃあその声が聞こえたっていう、東側の書架からあたってみる?
伊月:サー、イエッサ―!
杏梨:【溜息】
軍隊か。
…もう、無駄に気合の入った敬礼なんか返さなくてもいいから。
さっさと行くわよ。
伊月:んじゃぁ、アイアイサー!
杏梨:…あのね、伊月。それ、どっちも同じ意味だから。
陸軍式か海軍式かの違いだからね。
伊月:おおお!さっすが杏梨様! 超・博・識!
それにしても、うっかりすると足とか腕とかスカートの裾に引っ掛
けて本の山を崩しかねないよね、コレ。
杏梨:一番やりそうなのは伊月だけどね。
ほら、ただでさえここはだだっ広いんだからキリキリ東へ向かって
歩く!
伊月:あ~~い。
杏梨:とはいえ、行けども行けども本の壁…それにさっきから同じところ
を延々と歩いている気が…。
伊月:気のせいじゃないの…?
てゆーかもうマジで本の海泳いでる気分…。
杏梨:…ホント、凄いわね…。
迷わないようにするだけで精一杯…。
伊月:あーもう! 魔導書、どこだァ―!
杏梨:ちょ、だから大声…!
呼んだって本が応えるわけないでしょうに…。
伊月:え、だって魔導書だったら遠くからでも気配とか察知できたり、
さっき言ってた頭に直接話しかけたりできるんじゃないかなーなん
て。
杏梨:そんなバカな―――、
黒魔導書:【語尾にやや被せ気味に】
我を、呼んだか。
杏梨&伊月:ぃッッ!!!?
杏梨(N):突然、頭の中に声が響く。というよりは直接音声を叩き込ま
れたような感覚だった。
伊月にも聞こえたらしく、口を開けたまま固まっている。
咄嗟に反応できずにいると、今度はやや苛立ちを含んだ声が
響いた。
黒魔導書:聞こえているのなら返事くらいするがよい。
杏梨&伊月:ッはぃいッ!
黒魔導書:そこから3番目の角を右に曲がるのだ。
伊月:あ、ああああああ杏梨、この声…ッ!!!
杏梨:ッ、う、うん…。
黒魔導書:早くせよ…曲がってそのまま直進し、5番目の角を右に曲がる
のだ。
伊月:【足早に歩きながら】
う、うそうそうそホントに魔導書!?
キッタッコレーーーーー!!
杏梨:そんな…まさか、本当にあるなんて…!?
黒魔導書:そこから地下書庫に降りよ。
降りたら5D、7D、3B、3Cの順にそれぞれのブロックに
あるスイッチを押せ。
そうすれば一番奥に隠されている11番目のブロックへの隠し
扉が開く。
そこへ来るのだ。
杏梨(N):私達は、脳に絶えず語り掛けてくる声の指示に従い、
指定されたブロックのスイッチを押しつつ、図書室の最深部
へと近づいていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):先に立って興奮ぎみに急いで歩く伊月を追いながら、私はど
うしても捉えどころのない不安を拭い切れないでいた。
黒魔導書:ここだ。
後はこの入り口の仕掛けを汝らの力で解くのだ。
伊月:仕掛け…このパズルみたいなのがそうなのかな?
杏梨:みたいね。でも、こんなことが、現実に起きるなんて…。
伊月:いやー、ついに当たりを引いた! みたいな?
杏梨:当たり…なのかな…?
伊月:ではでは杏梨様、なにとぞ無知なワタクシめに代わって、この扉の
謎を解いて下さいませー!
ささっ、こちらへずずずぅぃぃーーーっと!!
杏梨:結局、最後まであたし頼みなんじゃない…はぁ…。
伊月:ま、まぁまぁ、そんな事言わずに、ね? ね?
杏梨:【溜息】
…黄道十二星座が彫られてるわね…―――あれ?
伊月:どうしたの?
杏梨:十二じゃなくて十三ある…ええと、白羊宮、金牛宮…。
伊月:おひつじ座、おうし座って言わないあたりが杏梨らしいよねー。
杏梨:私らしいってどんなのよ…宝瓶宮、双魚宮…
そうか、これ、蛇夫宮…蛇使い座が混じってるのね。
…ここをこう…かな?
伊月:おおお、がこんってはまった!
杏梨:伊月、ちょっと黙って。集中できない。
伊月:あーい…。
杏梨:そうか、それぞれパズルピースになってるレリーフの動かし方に
一定の法則があるのね…。
伊月:(おおー…杏梨ってば超スゴい! バリバリ解いていくぅ!)
杏梨:これでラスト…蛇使い座をこの位置に…って、え!?
伊月:うわ、最後のレリーフが中央部分の穴に飲み込まれた!?
杏梨:そうか、蛇使い座が黄道から外れたから今の十二星座になったんだ
ものね…。
伊月:ッ見て、杏梨、扉が…!
杏梨:開いた…ね…っ、伊月、何か、周りの雰囲気がおかしくない?
伊月:え? ――って、ホントだ、
なんかこう、さっきまでの雰囲気っていうか、空気の感じっていう
か…うまく言えないけど、違ってる気がする!
黒魔導書:そうだ、我のもとへ辿り着かせない為に、この学校の初代学長
が施していた空間の迷宮化の術式が解けたのだ。
それにしても仕掛けを解くとは見事だな…さぁ、我の元へ来る
がよい。
杏梨:(本当によかったんだろうか…何か、嫌な予感がする…。)
伊月:ほら杏梨、早く!
杏梨(N):伊月に急かされるまま部屋に足を踏み入れると、20m四方
あるか無しかの空間の中央に設えられた台座に、一冊を半分
に無理矢理引き裂いたような、黒い表紙の書物が安置されて
いた。
黒魔導書:我を呼んだのは汝らか。
伊月:ッはッはいぃッ!
杏梨:これが…魔導書?
黒魔導書:そうだ。
して、何故我を呼んだ?
伊月:え!? いやぁ、そのぉ、なんていうかぁ…
まさか本当にあるとは思わなかったものでー…。
杏梨:貴方の噂をこの子…伊月が聞きつけて、見てみたいと言い出したの
で、とりあえずは探してみようという事になったのです。
黒魔導書:なるほどな…、だが我の声が聞こえるという事は、汝らには
適性があるということになる。
伊月:へ? 適性って??
黒魔導書:すなわち、魔術の適性があるという事だ。
我は古今東西の術式を網羅しているのだからな。
伊月:え、ちょ、マジですか!?
黒魔導書:うむ。
――さて、長らくここで眠っていた。久しぶりに外に出てみた
い。
我を外へと連れ出してくれ。
杏梨:っその前に一つ、いいですか?
伊月:杏梨?
黒魔導書:なんだ?
杏梨:貴方は何故、ここに安置されていたのですか?
先ほど、「我のもとへ辿り着かせない為に、この学校の初代学長が
空間迷宮化の術式を施していた」と言いましたよね?
黒魔導書:…いかにも。
初代校長は我を生まれ故郷である西欧の商人から買い求めて
契約を結んだ。優れた主であったよ。
亡くなる前に我と話し合い、悪人に利用されないよう空間を
迷宮化して、我は眠りについたのだ。
伊月:うわー、初代校長マジ優秀すぎ…!
黒魔導書:だが、封印系統の術式はどうしても経年劣化が生じる。
そうして眠りから覚めた時に汝らの呼ぶ声が聞こえ
たのだ。
伊月:なるほどー…。
黒魔導書:汝らにはいずれ我を再び眠りにつかせてもらわねばならぬが、
あの封印結界術は非常に高度なもので、今の汝らには使えぬ。
ゆえに、その術式が使えるようになるまで汝らと共に在り、
手伝ってもらう代償として願いを叶えてやろうということだ。
杏梨:…そういうことでしたか、わかりました。
黒魔導書:我の力をもってすれば…むっ。
伊月:? どうしたんですか、魔導書さん?
黒魔導書:この気配は…汝ら、早くここを出るのだ。
悪意ある者が近づいてきている。
杏梨:え、悪意…ですか?
黒魔導書:そうだ。今の汝らでは勝てん。
ひとまずは物陰に身を隠すのだ。
伊月:りょーかいです!
ほら、杏梨、急いで!!
杏梨:え、あ、ちょ、伊月!
黒魔導書:(今はこれでよい。兎に角、我がここから出ることが先決。
後のことは…おいおい図るとしよう…。)
伊月:【小声】
はぁ、はぁ、ここならひとまずは大丈夫かな?
杏梨:【小声】
確かに、ここなら誰が来ても手に取るように見える
…ッ、来た! ―――って、え…ッ!?
黒魔導書:間違いない、奴だ。
我を悪用しようとする者は。
伊月:【小声】
うそ…いみなんが…?
黒魔導書:奴はかつての契約者である初代校長の血縁者だ。
だが、彼の者とは違い、その心の内は欲望に満ちている。
我を封印から解き、その力を己の為に使おうとしているのが我
には見える。
杏梨:そんな、まさか…。
黒魔導書:汝らが封印の結界術式を習得するまで、
奴に我を所持していることは悟られてはならぬ。
さあ、急ぎこの場を離れるのだ。
伊月:おっけー、杏梨、こっちこっち!
杏梨:ぇ、ええ…!
杏梨(N):伊月に手を引っ張られ、私達はその場を後にして図書室の
入口を目指した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
大迫:おかしいわ…空間が正常に戻ってる…っ、これは!
しまった、封印が解かれてる…!
部屋の中は…もぬけの殻ね…。
大迫:あああああどうしよう、どうしよう…こんな、間に合わなかったな
んて知れたら…!
悠樹:知れたら…なんだ?
大迫:へ? っひッ、あ、あ…どうしてここに…!?
悠樹:……奪われたのか。
大迫:もっ、申し訳、ありません…ですが!
悠樹:!!―――ふんッ!
大迫:きゃああっ、き、きさっ、おししょっやめ――ぴっ、ぴぎぃぃぃぃ
いいいぃいぃいぃ!!【悠樹に抱え上げられ、尻をぶたれる】
悠樹:問答無用、仕置きだ!
探しに入って見つけられなかった挙句、魔導書を持ち去られただと!
?
大迫:も、もうしわけありませえぇぇぇええんんん!!!
いぎっ! あうっ!【叩く音と合わせて4~5回位】
悠樹:……ちっ! ぇぇい、この程度では堪えんか。
大迫:う、ぅ、んっ、ふううぅぅぅ…。
悠樹:叩かれて何を恍惚としている、この、ドマゾがッ!
【蹴り付ける】
大迫:あぐぅっ!
悠樹:…緯美那、魔導書を持ち去ったのがあの二人がどうかは分からん。
が…最有力候補であることに変わりはない。
今日、図書室に来ていた連中も含めて目を離すなよ。
…分かっているな?
大迫:んふぅ…はぁ。
悠樹:それと、もう片方の捜索も引き続き行え。
アレが無いと、片方が暴走したら止められなくなる可能性が高い。
大迫:は、はひ…。
悠樹:分かったらいつまでも余韻に浸ってないでさっさと行けッ!
【蹴り飛ばす】
大迫:あうっ! わ、わかりました…!
悠樹:【舌打ち】
ふん…本当に分かっているのか…?
まったく、頼りない上に使えない…。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):図書室から出た私達は、伊月の部屋に来ていた。テーブルの上には例
の魔導書が置かれている。
黒魔導書:さて、ではこれからしばらくの間、よろしく頼むぞ、マスター達よ。
伊月:ま、マスターだなんてそんなァ、照れますなァ、えへへー。
杏梨:ほとんど私任せだったけどね。
伊月:うっ、うぐぐ…で、でもこの話を仕入れてきたのは他ならない、
この都沢伊月サマですしおすしー!
杏梨:【溜息をつきながら】
はいはい…。
黒魔導書:マスター達よ、契約の手始めに何か願いはあるか?
伊月:え、願い!? 何でもですか!?
黒魔導書:あくまで我の叶えられる範囲でだ。
伊月:で、でっすよねーー…あ、そうだ、杏梨が主にやってくれたわけだし、
最初に願いをかなえてもらう権利、譲ったげるね!
杏梨:えっ、ちょっと伊月…私は別に…。
伊月:まぁまぁ、臨時収入みたいな感覚でやればいいと思うよ!
杏梨:とは言ってもね、本当にさしあたって叶えたい願いが無いの。
ーーだから、別に伊月が先に叶えてもらってもいいわよ。
伊月:マジですか!?
ああんもう、持つべきものは親友だよ杏梨様ああああ!
杏梨:っだっかっら、ひっつくなぁああ!!
黒魔導書:ふう…姦しいことだな。
それで、結局どうするのだ?
伊月:じゃ、じゃあじゃあ!
不肖このワタクシ、都沢伊月の願いを叶えていただいてもよろしい
でしょうか!?
黒魔導書:うむ、いいだろう。
願いを言ってみるが良い。
杏梨:(なんだろう…さっきと同じ、嫌な予感が…)
伊月:実はワタクシ、センパイにぃ、気になっている男性がいるんですよ
ねー!
それでぇ、そのセンパイとの仲を取り持っていただきたいと言いますか!
黒魔導書:ふむ…要するに異性との恋仲を成就させたいというのであろう?
良かろう、我に任せるがよい。
伊月:叶うんですか!?
おおお、やっったあぁぁぁあああ!!!
黒魔導書:ああ――――もちろんだとも。
杏梨(N):魔導書の言葉はどろりとした、甘くも黒い蜜を思わせた。
その声の響きと余韻に、私はどことなく肌が粟立つのを感じ
ていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【中編】
彼女たちの好奇心は、非日常を招き寄せた。
後戻りのできない一方通行の道を、歩き出すことになる。
その先に待つものは…。
杏梨(N):友達の伊月が持ち込んできた与太話。
まさか、本当に魔導書なんて眉唾なものが実在するなんて
思わなかった。
ましてや自分の意思をもって話しかけてくるなんて。
伊月(N):噂は本当だったんだ!
退屈な日常に大きな刺激がやって来た。
これから面白くなりそう!
魔術とか魔導書とか、マジパナイ!
杏梨(N):温度差はあれど、私たちは突然現れた非日常に胸を高鳴らせ
ていた。
伊月(N):崩れた平穏は、すぐには元に戻らない事に気づかないまま。
悠樹(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):魔導書と学校の図書室、
通称・迷宮図書館の地下で出会った後。
私はそのまま伊月の部屋に泊まってしまった。
魔導書のこともあったが、何となく彼女を一人にしておきた
くないような気がしたというのもある。
そしてまたいつもと変わらない日常…のはずだった。
【二人とも走りながら】
伊月:はっ、はっ、あぁぁわわわわ遅刻するぅううううう!!
杏梨:はっ、はっ、はっ、だからっ、あれだけ早く寝ようって言ったでし
ょ!!
伊月:だ、だぁっってええええ!
あんなことがあったら興奮して寝れないよおおお!!
黒魔導書:なんだ、学校に遅れそうなのか?
伊月:そ、そうなんですううう!
っなんかこう、ばしっと時間を止めたりとかっ、できないんですか
あああ!?
黒魔導書:無理だな。
時間を操るのは魔術ではなく魔法だ。
そんな禁忌に属するものなど、汝にはとうてい使えん。
仮に使えたとしても、その瞬間に魔力を使い果たして死ぬだろ
うな。
伊月:ひえええっ、さ、さすがにっ、死ぬのは無理いいい!
杏梨:いいからっ、早く、走りなさいいっ!
茅田:おー? 珍しいな、お前らがこんな時間に登校だなんて。
伊月:ぜえっぜえっ、あ、か、かやたん、おはよぉぉ。
杏梨:はあ、はあ…茅田先生、おはようございます…!
茅田:んー、残念! ギリギリアウトだ! てことで遅刻な。
伊月:そ、そそそんなああ! 頑張って走ってきたのにぃぃ!
杏梨:伊月…言い訳は通用しないから…。
茅田:ま、遅刻するような生活をなおすんだな!
更科は都沢に巻き込まれたんだろ、災難だったなー。
杏梨:はぁ…無遅刻無欠席が…。
黒魔導書:…遅刻にならなければいいのか?
杏梨:え?
伊月:は?
茅田:なんだ? 急にきょとんとして。
ははー、さてはあたしの美貌に見惚れたかぁ?
黒魔導書:杏梨、我を開いて女教師に見せろ。
杏梨:え、う、うん!
茅田:おい、さっきからお前らおかしいぞ?
一体なに…を…い……っ…て……【徐々にぼんやりしていく】
杏梨:な…これって…催眠かなにか…?
伊月:おおおおすごい…!
黒魔導書:さあ、今のうちに暗示を埋め込め。
遅刻はしていない、ギリギリで間に合った、とでもな。
杏梨:じ、じゃあ…茅田先生、私たちは遅刻していません。
間に合いました。
茅田:【ぼんやりしたまま】
う…あ…ああ……そう、だな…間に、合った、な…。
黒魔導書:よし、我を閉じろ。
そしてすぐにしまうのだ。
杏梨:うん、わかった…っ!
【分厚い本を閉じるSEあれば】
茅田:!!っはっ!? あ、あれ、あたし…なにを…?
杏梨:茅田先生、大丈夫ですか?
茅田:あ、ああ…なんだろ、立ちくらみかな……って、それより!
ホームルーム始まンぞ!
あたしより先に教室入らないと、本当に遅刻にするからな!
伊月:え、でもさっきギリギリアウトって…。
茅田:ハァ? 間に合っただろーが! ほら、とっとと行け!
杏梨:は、はい!!
【小声】
すごい…本当に暗示が効いてる…!
伊月:【小声】
ぃやったぁぁぁあ、遅刻回避ッ!
黒魔導書:この程度、我にはたやすい事だ。
…とはいえ、あまり目立つ場面では使うなよ。
最初に言ったが、我を私利私欲の為に利用しようとしている輩
が、この学校にいることを忘れるな。
伊月:りょうかいでっす、魔導書さん!
杏梨:でも、魔導書だとなんか言いづらいわね…名前は無いの?
黒魔導書:我に名前はない。
好きに呼べ。
杏梨(N):朝早くから騒動の一幕があったものの、その後は特に何もな
い平凡な日常だった。
そして帰りのホームルーム。
茅田:最近、夜に不審者が出るらしいから、お前ら気をつけろよー。
伊月:不審者かぁ、あたしみたいな超絶美少女は特に注意しないとだねー
。
杏梨:…自分で言う? それ。
茅田:おいおい、自意識過剰なのは結構だが、ほんとに気をつけろよ?
ケガ人も出たって話だからな。
伊月:うええ、マジ?
まぁでも、うちらにはこのまどう――もがもがもがっ!
杏梨:【小声】
バカ、さっそくバラすつもり!?
伊月:もががッ!
【小声】
い、いやぁ…面目ありません、杏梨先生~…。
茅田:なぁにやってんだ、お前ら?
ほんと仲いいよなぁ。
ま、夫婦漫才もほどほどになー。
杏梨:んなッ!?
だッ、誰がッ、めおッ、はああ!!?
伊月:いやぁん、そんなぁ~照れますぅ~~。
杏梨:……。
ふんっ!!【拳骨】
伊月:あぎゃっ!?
伊月役以外全員:【どっと笑う。SE代用可】
茅田:【手を叩きながら】
はいはい、それじゃ、ホームルーム終わるぞ!
あ、それと、担任の繭音先生はもう少しで出張から帰ってくるから
なー。
学校に用事の無いやつは、とっとと帰るよーに!
茅田役以外全員:はーい。
【二拍】
伊月:お、おおおおぉぉぉぉ……。
黒魔導書:【溜息】
何をやっているのだ…。
杏梨:まったく…危うく口走るところだったじゃない。
伊月:ううう、それにつきましては言いわけの言葉もありませぬうう…。
杏梨:気をつけることね…帰るわよ。
伊月:あっ! ちょっと待って!
杏梨:え、どうしたのよ??
伊月:見て見て、陸上部期待のエース、赤峰先輩だよ!
はああ~いつ見ても超絶イケメン、飛び散る汗さえ美しいぃ!
杏梨:すごい人気だもんね、赤峰先輩。
ラブレターの届かない日は無いなんて噂もあるくらいだし。
伊月:去年のバレンタイン、当時先輩の三年生からも本命チョコあったん
だって!
やばいよねえ。
杏梨:でも、なぜかみんな玉砕してるみたい。
誰か好きな人でもいるのかな?
伊月:…それはわっかんないけどね~。
黒魔導書:【唐突に】
伊月よ。
伊月:うえ!? あ、魔導書さん、どうしたの?
黒魔導書:あの赤峰という男が、昨日言っていた願いの意中の相手だな?
伊月:えっえっ、ええええぇぇぇええ!?
な、なんでわかったの!?
黒魔導書:言葉にせずとも、頭や心の中に思い浮かべるだけで我には分か
る。
伊月:うはぁ…わざわざしゃべらなくてもいいなんて超便利ー!
黒魔導書:して、汝はその赤峰とやらと、恋仲になりたいのか?
杏梨:伊月…。
伊月:う~~…じっ、実はぁぁ、そうなんだよねえぇ…。
黒魔導書:我がかなえてやろうか?
伊月:ええっ、ホント!!?
杏梨:な…。
黒魔導書:最適な魔術がある。…しばし待て。
【ページを連続してめくる音】
【二拍】
これだ。
満月の夜に使う事で効果を発揮する、恋愛成就の魔術だ。
だが汝は初心者ゆえ、補助として魔方陣を構築する必要がある。
伊月:ふむふむ。
でも満月っていつだっけ?
黒魔導書:案ずるな、今夜だ。
伊月:ンンンンー、ナぁイスタイミングっ!
さっそくやろうよ、魔導書さん!
黒魔導書:ふむ、いいだろう。
汝の願い、かなえてやるぞ。
伊月:そういうわけで杏梨!
ワタクシはこれから忙しいので失礼しまーす!
じゃねー!
杏梨:え? あ、ちょっ!!
【二拍】
…いいん、だろうか…。
なんだろう、この言いようのない不安は…。
それに、魔術の力でむりやり従わせるなんて…やっぱり良くないん
じゃ…?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
伊月(N):杏梨と別れた後、あたしは魔導書さんの指示に従って魔術に
必要な物をそろえた。
どういう形でも、皆のあこがれの赤峰先輩と付き合えるチャ
ンスが巡ってきたんだし、絶対にモノにするんだ。
黒魔導書:違う。
記載されている図案をしっかり見ろ。
そこの文字はこれだ。
伊月:うぅ、わ、わかった。
【二拍】
こ、これでいいかな…?
黒魔導書:…まぁ、良しとしよう。
不格好ではあるが、一応機能はするだろう。
伊月:や、やったあぁぁ…やっと描き終わったああ…。
黒魔導書:【溜息】
まさかこれしきの魔方陣を描くのに数時間も要するとは思わな
かったぞ。
見ろ、もう夜の十時すぎではないか。
伊月:うわ、ホントだ…、あ、この後はお風呂に入ればいいんだっけ?
黒魔導書:うむ。
斎戒沐浴と言ってな、身を清めることは術を行使する為に必要
な行為なのだ。
伊月:おっけー! じゃ、ちょっと行ってきまーす!
黒魔導書:【二拍】
くくく、ここまでは想定通り。
いささか魔力量に不安はあるが…良い手駒になるだろう。
伊月:んふふー、いよいよ先輩と相思相愛に…
【携帯の着信音】
あ、着信…また杏梨だ。
……。
後で電源切っとこ。
【二拍】
杏梨:出ない…。
朝は流されるままに魔術を使ってしまったけど、嫌な予感がする。
行かなきゃ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
黒魔導書:沐浴を終えて来たか。準備は整ったな。
では伊月よ、魔方陣の中心に立て。
伊月:あ、うん。ここでいいんだよね?
黒魔導書:そうだ。
そしてその紙切れに書き写した呪文を我の合図とともに唱えあ
げるのだ。
伊月:うん! いやぁワタクシ、もうドキドキが止まりませぇん!
黒魔導書:ふ…。
伊月よ、時間だ。
始めろ。
伊月:あいあいさー!
【たどたどしく】
「えー、な、汝、我が言の葉にて、その心を盲目なる、狂恋の呪縛
に捕らえん。言の葉の主たる我に、恋慕の思いもて、かしずき、
従え。」
黒魔導書:…よし、魔術を構築するためのマナが魔方陣のすみずみに行き
わたったな。
伊月:ふあああすごい、魔方陣が光り始めた…!
黒魔導書:何をしている。
魔方陣の効果が消えぬうちに結びの呪文を唱えるのだ!
伊月:あ、う、うん!
【たどたどしく】
「真円なる、月の精華をもって、この願望を、真実となさん!!
カース・オブ・ラブレプリカ!」
うわ、まぶしッーーー!!!
杏梨:…もうすぐ日付が変わる…急がなきゃ…。
っ見えた…!
【二拍】
もう一度携帯から…お願い伊月、電話に出て…!
【二拍】
ダメ、やっぱり通じない…。
!!? な、なに? あの光は!?
伊月の部屋からだわ!
伊月:…はあ、はあ…光が収まった…。
う~…目がまだチカチカする…。
!あ、ま、魔導書さん、魔術の方はどうなったの?
黒魔導書:案ずるな、成功したぞ。
明日の登校を楽しみにしているがよい。
伊月:うはぁ…やっばい、ドキドキして眠れないよこれぇ。
…あ、あれ? 力が抜けーー
【倒れるSEあれば】
黒魔導書:くくく…先ほどの詠唱に合わせて、影で少しばかり細工をした
が、さて、どうかな…。
起きろ、伊月よ。
伊月:う…。
黒魔導書:くくく、よし、うまくいったようだな……ん?
【窓を叩くSEあれば】
おそらく杏梨だな。
伊月よ、応対しろ。
伊月:はい…。
【カーテンと窓を開ける】
なに? チャイム鳴らせば良かったでしょ?
杏梨:え、あ、ご、ごめん…部屋のほうから何か光るの見えたからつい…
、携帯も電源切れてるみたいだったし。
伊月:あー…ごめんねー、邪魔になると困るからさ、電源切ってたの。
杏梨:ッそれで…伊月、魔術…使ったの?
伊月:うん、大成功だって。
んふふー、明日が楽しみー。
杏梨:伊月…もうやっちゃった後だけどさ、あんた、こんなことして、
憧れの先輩の心を操って従えるような真似して、それでいいの?
自分の意思じゃないんだよ?
伊月:えー?
だって、先輩に振り向いてもらうにはこれが一番手っ取り早いんだ
もん。
杏梨:それに、あんた赤峰先輩に以前告白して振られたんじゃなかったの
?
伊月:そうだよ? だからこうやって手に入れるの。
いいじゃん、あたし達は魔術を使える特別な存在なんだからさ。
杏梨:そんなの…間違ってる。
力があるから何をしてもいいなんて良くないよ!
黒魔導書:杏梨よ、我と意思を交わせるという事は、それだけで特別な事
だ。
力ある者がそれを行使しないことは、いわば罪にも等しい。
そう。
”なにも わるいことなど ない。”
杏梨:!!
うっ…またこの感覚…!
黒魔導書:【声を抑えて】
ふん、耐性があるとはな。やはり適正はこちらが上か…。
杏梨:伊月…!!
伊月:あのさ、杏梨。真夜中だよ。
近所迷惑なんだけど。
いくらあたし達が親友だからってさ、いきなり家まで押しかけた上
に、敷地内うろうろするのってどうなの?
杏梨:だ、だってそうしないと止められなかったし…、
結局間に合わなかったけど…。
伊月:そんなの誰も頼んでないし。
せっかく願いがかなって良い気分なのに、これ以上水差されたくな
いからさ、もう帰ってよ。
杏梨:え、でも…
伊月:【↑の語尾に被せて】
いいから帰ってよ。
帰って。
杏梨:……わかった、無理やり押しかけて、ごめん。
伊月:……。
杏梨:おやすみ、伊月。
【二拍】
黒魔導書:…くくく。
さて、願いはかなえてやった。
今度は我の目的のために動いてもらうぞ、伊月よ。
伊月:【ぼんやりと】
……はい。
黒魔導書:…大迫一族め、よくも長きにわたり我を封じてくれたものだ。
彼奴らに嗅ぎつけられる前に、我が半身を捜さねば…。
伊月:……ぁ…ん……り…っ……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):あれから帰宅した後、私はあれこれ考えてしまって眠れずに
朝を迎えてしまう。
いつも通り伊月と合流して学校へ向かっていたが、どうして
も直感が不自然さを訴えていた。
伊月:いやあ、今日は遅刻せずに済みそうですなぁ。
あれからすぐにぐっすり寝たし。
杏梨:そ、そう…。
伊月:おお? 杏梨先生、ずいぶんとまた眠そうですなあ。
せっかくの美貌が台無しですぞぉ?
黒魔導書:もうすぐ学校だな。
…ふ、見ろ伊月。
あこがれの先輩だぞ。
伊月:!? あっ!赤峰先輩!
おはようございまーす!
杏梨:っ!? ウソ、本当に成功してる…!?
杏梨(N):伊月に気づいた赤峰先輩は、微笑みながら腕をいきなり組ん
で歩きだした。
当然のように周囲はざわめき、中には悲鳴に近い声も混じっ
ていた。
伊月:えへへー、せんぱぁい、放課後カラオケ行こうよー。
杏梨:い、伊月、そんなあからさまに…。
伊月:えー? いいじゃん。
だってあたしと赤峰先輩は、相思相愛の彼氏彼女だもんねー!
黒魔導書:そういうことだ、杏梨。
人の恋路に水を差すものではないな。
杏梨:それは魔術で…
伊月:【↑の語尾に食い気味に】
んもー、杏梨ってば邪魔しないで!
これから毎日、先輩と一緒に登下校するんだから!
杏梨:な…。
伊月:先輩っ、行こ行こっ!
杏梨(N):それから毎日、伊月は赤峰先輩と登下校するようになった。
教室でも避けられ、話しかけても上の空の返事しか返ってこ
ない。
どうすればいいのか分からなくなっていた、ある日の放課後
の廊下。
杏梨:伊月…どうすればいいんだろう。
こんなこと、誰にも相談できないし…、気が散って指までケガする
し…。
悠樹:んん? 更科じゃないか。
こんなところでどうした?
杏梨:あ、如月先輩…。
悠樹:随分しょげた顔をしてるな。
それに、いつもつるんでる相棒の都沢はどうした?
杏梨:あ…それは、ちょっと…。
悠樹:なんだ、ケンカでもしたのか?
それとも他に悩みでもあるのなら、聞くぞ?
杏梨:……、先輩は、その…オカルト話は信じるほうですか?
悠樹:? おいおい、ずいぶん突然だな。
んー…答える前に聞きたいんだが、更科はこの世界の事をどれだけ
知っている?
杏梨:え、世界…ですか?
正直広すぎて、分からない事だらけです。
悠樹:そうだな。世界は広大だ。
その中で自分の知っている事なんて、砂漠の砂ひとつかみ程度だろ
う。
だからオカルトを批判したり、存在を否定するつもりはないさ。
杏梨:たしかに…そうですよね。
【二拍】
先輩は、この学校に伝わる魔導書の怪談を聞いた事がありますか?
悠樹:!…魔導書、だと…?
杏梨:先輩?
悠樹:っあぁすまん。続けてくれ。
杏梨:約二週間くらい前に、伊月から誘われたんです。
迷宮図書館に初代校長が封印した魔導書があって、その存在の有無
を確かめたい、って…。
悠樹:…なるほど、それで…?
杏梨:私が、魔導書に頼まれて封印を解いてしまったんです。
そしたら、私たちに再び封印してもらう前に願いをかなえてやる、
って言われて…。
悠樹:そういえば赤峰と都沢が付き合い始めた、とクレハの奴から聞いて
いたが、それもまさか…?
杏梨:はい、恋愛成就の魔術を魔導書から勧められて伊月が…。
私は止めようとしたんですが、間に合わなくて…。
悠樹:【溜息】
……そうか…。
いきさつは分かった。
更科、しばらく都沢には近づくな。
杏梨:え…先輩、信じてくれるんですか?
悠樹:言っただろう。
自分がよく知らないものを頭から否定しない、と。
こちらでも色々調べてみる。
それと…これを肌身はなさず持っていろ。
杏梨:…なんだか、五芒星が変形したような形をしてますね。
悠樹:お守り代わりだ。
さっきも言ったが、都沢には極力会わないようにしろ。
何が起きるか予想がつかん。
杏梨:わかりました。
でも先輩がオカルト方面に詳しいなんて知りませんでした。
悠樹:【呟くように】
…むしろ、そっち側の存在だからな…。
杏梨:え?
悠樹:いや、なんでもない。ほら、受け取れ…ッ!?
杏梨:ありがとうございます、先輩ーーって、どうかしたんですか?
悠樹:…ケガ、しているのか。
杏梨:あ…はい。お昼にちょっと指を切ってしまって…。
悠樹:…そうか…気をつけて、帰れよ。
杏梨:…お、お疲れさまです、先輩。
【三拍】
さっき、先輩はなぜ顔を背けて…?
それよりも雰囲気が一瞬にして変わって…一体、何だったんだろう
。
…早く、帰ろ…。
【二拍】
悠樹:克服したつもりだったが…。
血が滲んでいるのを見て、長年忘れていた衝動が込み上げてくると
は…
まだまだ、だな。
【携帯を取り出す】
…諱美奈か、黒の魔導書のありかが分かったぞ。
やはり封印を解いたのは都沢と更科だった。
今は都沢が持っているが…話を聞く限り、浸食が進んでいる可能性
がある。
大迫:そうでしたか…お師匠様、これからどうなさいます?
悠樹:更科には護符を渡して、都沢に近づかんように言っておいた。
それより、半身の捜索状況はどうだ?
大迫:申し訳ありません。
あと一歩のところで居場所が割り出せそうなのですが…。
悠樹:急げ。
“黒”が半身を得てしまうと、手に負えなくなるぞ。
大迫:はい…失礼します。
悠樹:…ち、厄介な事になって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
杏梨:最近、後悔ばっかりしてる気がする…。
なぜあの時、伊月の誘いに乗ってしまったんだろう。
どうしてあの時、伊月を強く止められなかったんだろう。
先輩は色々調べてくれると言ってたけど、私はどうしたら……
伊月:【棒読みに近く、ぼんやりとしていて感情がこもってない】
やほー、杏梨ー。
杏梨:ッ!? い、伊月!?
伊月:やだーもー、杏梨ってばー。
そんなお化けでも見たような顔してさー。
杏梨:ッ…!?
だれ……?
伊月:うわー、ひどぉーい。
たった何日か話してないだけで、親友を見忘れちゃったのー?
杏梨(N):思わず、そんな言葉が口を突いて出ていた。
夕日を背に立っているのは確かに伊月だった。
だけど、虚ろな表情に感情のない声をした、
そんな「都沢伊月の姿をした何か」に、
心の奥から恐怖が湧き上がるのを感じていた。
黒魔導書:ふ…やはり勘がいい。
杏梨:! あなたは! 伊月に何をしたの!?
黒魔導書:ふふふ…なに、憧れの先輩との仲を取り持ってやった見返りに
、我の手伝いをしてもらっているのだ。
杏梨:手伝いって……明らかに無理やりじゃない!
伊月:そんなことないよー。
お願いかなえてもらったしー、魔導書さんのお願いも聞いてあげな
きゃねー。
杏梨:伊月の口を使って喋らないで!!
黒魔導書:くくく、やはり汝の方が適性があるようだ。
魔力の許容量も多い。
…これは、今からでも宿主を乗り換えるべきだな。
杏梨:な、なにを…?ッッッあっ!?、ぐうぅぅぅッッッ!!
黒魔導書:ふ…頭が割れるように痛いだろう。
激しいめまいに立っていられないだろう。
それは、我を受け入れれば消える。
”なにも こわがることは ない
こころをひらき われのこえだけを きけ”
杏梨:うッッぐううぅッッッ!! こ、この声……やっぱり…!
黒魔導書:ぬう、全力だぞ?
なぜだ、なぜ堕ちん?
杏梨:と、戸惑ってる…い、今のうち、に…ッッ!
伊月&魔導書:!! 待て!!
杏梨:はあっ、はあっ、はあっ……!
離れたら、痛みが引いてきた…でも、どこへ逃げれば…!?
自宅は家族を巻き込んでしまうし…
そうだ、学校なら隠れる場所も…!
杏梨(N):それから必死に走って、伊月達をだいぶ引き離したつもりだ
った。
普通の人間相手ならそれで問題なかった。
魔術が使えないのだから。
すでに陽の沈んだ校門を一歩くぐったところで、私は息をの
んだ。
月光に照らされて、見慣れた顔が手をひらひらさせていた。
伊月:やほー、杏梨ー。
杏梨:ッッ!!? そ、そんな…!?
黒魔導書:くくく…杏梨よ、我の目からは逃れられんぞ…。
杏梨:あれだけ距離を離したはずなのに…。
黒魔導書:我が古今東西の魔術を網羅しているというのを、よもや忘れた
わけではあるまい。
汝の居場所の割り出しや追跡など、たやすい事よ。
杏梨:くっ、それでも…!
黒魔導書:【↑の語尾に被せて】
いいのか? 逃げれば、伊月の命はないぞ?
杏梨:な…!
黒魔導書:なに、汝が代わりに我に力を貸してくれれば、伊月は解放して
やろう。
杏梨:………。
【二拍】
いったい、私に何をさせるつもりなの…?
黒魔導書:見ての通り、我には半身とも言うべき片割れがいてな。
それを探したい。
今のままではいつ探し当てることができるかわからん。
杏梨:…まるで、伊月ではダメだとでも言いたそうね。
黒魔導書:はっきり言ってしまえば、汝の方がこやつよりも魔術適正は高
い。
適正の高さは魔力の許容量にも通じる。
見ろ、現に汝の位置割り出しとここまでの高速移動でこのザマ
だ。
伊月:【一定間隔で荒い呼吸】
杏梨:そんな、こんなにやつれて…!?
黒魔導書:このままではいずれ、残った魔力も使い果たし、死ぬだろうな
。
それゆえ、汝の力を借りたいのだ。
杏梨:……。
分かったわ。
だから、今すぐ伊月を開放して。
伊月:! …っ、ぁ…っ……!
黒魔導書:くくくっ…もちろんだとも。
さあ、心を開き、我に身をゆだねよ。
杏梨:!!ぅ…ぐ…ぅぅ…っ……!!
黒魔導書:はははは、いいぞ…この素質…!!
杏梨:黒い、見えないけどくろいなにかが、わたしのなかにながれこんで
ーーー
大迫:待ちなさいッ! ふッッ!
【飛びのいた伊月の足元の地面に数枚の呪符が突き刺さる】
黒魔導書:ッなに、呪符だと!? うッッぬぅッッ!
杏梨:ッッ!? か…は…ッ…はぁ、はぁ……!
大迫:更科さん、大丈夫!?
杏梨:ぁ……おおさこ、ししょ…?
黒魔導書:ぬううう大迫一族め!
いつもいつも肝心なところで邪魔をしてくれる!
大迫:話はあと、今は逃げるわよ!
杏梨:あ、は、はい…!
黒魔導書:おのれ、伊月がどうなってもいいのか、杏梨ィ!
杏梨:あ…!
大迫:ハッタリはよしなさい!
今すぐ死ぬほど都沢さんの魔力はちっぽけではないし、
そもそも魔力は使いきりなんかじゃないわ。
知らないのをいい事に、更科さんを幻で騙そうとするのは良くない
わね。
ッ!【一回手を叩く】
杏梨:! 伊月の様子がさっきと…どういうこと…?
大迫:幻術を使ってたのよ。
曾祖父の日記にあったとおりだわ。
本当に狡猾ね。
黒魔導書:ぐっ、おのれェェェ…!
大迫:そういうわけで、ここはいったん退かせてもらうわ!
「白夜に映えるは極光の虹、
七種の輝きは全てより護る盾とならん!
オーロラ・カーテン!!」
黒魔導書:な、なに、それは!!
すでに我の半身を!?
大迫:時間はかかったけど、やっと見つけたわ…!
はぁ~、これで叱られずに済むぅー…。
杏梨:あ、あのっ…どうして、ここに!?
大迫:あら、司書が学校にいてはいけないのかしら?
それは冗談として、ちょうど帰るところに魔力反応があったからね
。
とにかく今のうちよ。
行きましょう!
黒魔導書:く、くそっ! 逃がさんぞォ!!
大迫:こっちよ更科さん、私の車に乗って!
杏梨:は、はい!
黒魔導書:ええい強固な! 砕けろ!!
大迫:ちょっと飛ばすわよ…つかまってて!
黒魔導書:おのれェ、このままでは済まさぬぞォ!!
【二拍】
杏梨:助けていただいてありがとうございました、大迫司書。
大迫:【苦笑】
司書、は学校だけにして。
普通にさん付けでいいわよ。
それにしても危なかったわ…もう少し遅れてたら更科さん、あなた
、操り人形にされてたわよ?
杏梨:う…それは…。
大迫:いいのよ、責めてるわけじゃないから。
都沢さんを人質に取られていたのだから無理もないわ。
杏梨:それで…これからどうするんですか?
大迫:とりあえず、私の家へ行くわ。
そこなら黒の魔導書も探し出せないはずよ。
杏梨:黒の…それがあの魔導書の名前なんですか?
大迫:いいえ、便宜上そう呼んでるだけね。
本当のタイトルは誰も知らないの。
杏梨:はあ…。
杏梨(N):市街地を疾走し、郊外の山へ差し掛かったベッドタウンの
さらに外れに、大迫さんの家はあった。
そしてドアを開けて出迎えたのは、私の予想外の人物だった
。
悠樹:…来たか、更科。
杏梨:え!? き、如月先輩!?
大迫:とりあえず中へ入って。
ここなら厳重に目くらましの結界を張ってあるから安全よ。
お茶の用意をしてくるわね。一息ついたら詳しく事情を話してあげ
る。
杏梨:わ、わかりました…お邪魔します。
悠樹:まあ、掛けろ。
…都沢に待ち伏せされたそうだな。
杏梨:はい…、私の方が適性があるとかなんとか…。
悠樹:そうか。
…更科、あの時渡したお守りを見せてみろ。
杏梨:あっ、は、はい。
【一拍】
え…真っ黒に変色してる!?
悠樹:やはりな。持たせて正解だった。
そいつは持ち主の身代わりになる護符でな。
スケープドール、という。
杏梨:あ…そっか、
それであの時、魔導書が私を支配できなくて焦ってたんだ…。
大迫:更科さん、お茶が入ったわよ。
お師匠様も…ぁっ…!
杏梨:え、えっ? お、お師匠様…!?
悠樹:【深い溜息】
…いい。どうせそこら辺の事情も後で説明するはめになる。
これから黒の魔導書をもう一度封印しなくてはならん。
更科…お前にも手伝ってもらうぞ。
杏梨:え!? わ、私もですか?
悠樹:これ以上関わりたくないという気持ちは分かる。
だがそれは、あまりに虫がよすぎるぞ。
あくまでお前は当事者なのだ。
そして忘れるな。
一度でも非日常の世界を覗いた者は、以前のままの日常には決して
戻れん。
お前たちは、みずからの好奇心でかけがえのない日常を殺したのだ
。
杏梨:ッ!!
杏梨(N):がらがらと足元が崩れ、ぽっかり開いた奈落へ落ちていくの
を感じた。
もう、あの日常へ戻れないという現実。
襲いくる非日常と戦わなければならないという事実。
如月先輩の言葉は、私に非日常の世界を残酷なまでに再認識
させたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【後編】
非日常の渦の中で、必死にあがく。
今はただ、手足をばたつかせてもがくしかない。
たとえその結果がどうなろうとも。
伊月(N):失われた日常、訪れた非日常。
進むしかない道、後戻りできない道。
杏梨(N):君子は、自ら危うきものには近寄らない。
けれど私達は、火中の栗を拾ってしまった。
悠樹(N):後悔は先に立たない。
だが、始末は付けてもらわねばならん。
火遊びの…代償だ。
大迫(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):魔導書の本当の目的、日常という仮面を取り去った人達から
突き付けられる現実。
あまりの目まぐるしい展開に、私の頭は混乱しかけていた。
けれど、事態は待ってくれない。
容赦なく、躊躇なく、私は選択と決断を迫られることになる
。
大迫:さて、どこから説明したらいいかしら…。
そうね、まず、あの魔導書について話しましょうか。
…今さらこの世に魔法は…なんてことは言わないわね?
杏梨:否定したいところですけど、もうすでに色々見てきてますので…。
大迫:そうね。あの魔導書…さっきも言ったけど、
名は誰も知らないから通称、“黒の魔導書”と呼ばれてるわ。
本来はお師匠様…如月君の所有だったのだけど…。
………。
悠樹:【溜息】
…いちいちこっちの様子をうかがうな…。
言い直さなくていいから続けろ。
大迫:は、はい。
それである時、私の曽祖父…うちの高校の初代校長ね。
曽祖父がお師匠様から研究を口実に借りてたのだけど、
ある時、実験に失敗しちゃってね。
杏梨:伊月から聞いた怪談の方だと、魔導書の力を使って好き放題した、
となってましたけど…。
大迫:【苦笑しながら】まさか。
曽祖父は優れた魔術師ではあったけど、あの魔導書を制御するには
力量不足だったの。
悠樹:…優 れ た?
大迫:っ、っ、っ、ゴホン!
おまけに知ってるだろうけど、魔導書のあの性格でしょ。
実験を逆に利用されかけたのよ。
それでも途中で気づいて曽祖父は抵抗した。
で、実験は失敗、魔導書は半分に分かれたあげく、あなたがこれま
で関わった方が暴走し始めた。
責任を感じた曽祖父は、みずからの命と引き換えに、二つに分かれ
た魔導書をそれぞれ別の場所に封印したの。
杏梨:それを私たちが解いてしまった、と…。
悠樹:更科、それは気に病まなくていい。
もともと”未熟”な術師が施した、”半端”な封印だ。
経年劣化は早かっただろう。
現に黒の魔導書は自然覚醒して、お前達に接触を図ってきたのでは
ないか?
杏梨:確かにそうですけど…。
大迫:そ、そんな…ひいおじい様をそこまでぇ…んぅぅ…。
悠樹:なじられるのが自分でなくてもいいのか、救いようのない奴め。
ああ、気にするな。
こいつは生粋のドMでな。
少しばかりこうされただけで、このザマだ!
ッ!!
【頬をねじりあげる】
大迫:んぎィッ!!……ん、んふぅぅ…。
杏梨:(うわあ…頬をねじられてうっとりしてる……ヤバい…。)
と、とりあえず、魔導書が封印された経緯は分かりました。
それで、その…伊月なんですけど、ほんとに大丈夫なんでしょうか
?
悠樹:諱美那、俺はじかに都沢を見ていない。
お前は先ほど接触してきたのだろう?
侵食レベルはどの程度進んでいる。
大迫:はぁぁん…。
!あっ、い、今すぐどうこうという事は無いとは思いますが…、
でもこのままいけば、完全に魔導書に乗っ取られるのもそうかから
ないかと。
杏梨:え…でもさっきは…!
大迫:それは魔力の許容量の話。
黒の魔導書は自分の意思を持っているだけでなく、所持者の精神を
徐々に侵食して、最後には完全に乗っ取ってしまうの。
ここへ来る途中で聞いたけど、都沢さん、魔導書に力を借りて魔術
を行使したのよね?
杏梨:はい、赤峰先輩と両想いになるために…。
悠樹:そしてお前も遅刻を回避するため、教師の茅田に催眠魔術を使った
。
一度でも奴の力を借りて魔術を使えば、精神的なつながりができて
しまう。
大迫:そこから黒の魔導書は使用者の精神を蝕んでいくの。
特に都沢さんは現在所持者だから、侵食の度合いも深いはず。
彼女の精神抵抗力が高ければいいんだけど…。
杏梨:っそ、そんな……。
杏梨(N):再び目の前が真っ暗になるのを感じた。
伊月は今、どんな状態で、どうしているのか。
私はこの街の中のどこかにいるであろう、彼女の身を案じた
。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
黒魔導書(N):人間どもにはまだ少し肌寒いであろう五月の夜、
街の中心にある鉄塔の上から、我は魔術を使って奴らを
探していた。
黒魔導書:大迫の女にみすみす杏梨を奪われるとは…忌々しい。
伊月よ、もっと魔力を寄こせ。
街全体に網を張り巡らせねばな。
伊月:!ッぁ…は…ぁ…っ…!
…ま、魔導書さん、も、もうやめてよ…。
黒魔導書:ん?
ふん…探査に力を使ったぶん、侵食と拘束が弱まったか。
伊月:片割れの…、魔導書さんの、ことは…どうにか、するからさ…
杏梨には、手を出さないで、欲しいんですけど…。
黒魔導書:悪いなぁ、伊月よ。事情が変わった。
大迫一族に気づかれ、半身や杏梨までおさえられた以上、
こちらもなりふり構わず実力行使で、半身を手に入れねばなら
んのでなぁ。
伊月:いみなん…悪い人じゃ、ないじゃん…。
あたしらを、だましてたん、だね……!
黒魔導書:くくく…お前は扱いやすかったぞ?
人間は色恋というものに盲目だからなぁ。
特に汝のような小娘ほど、だましやすいものは無い…。
ふふふ、はははははは!!
伊月:っ…く…うう……!【泣くのをこらえる】
黒魔導書:そう泣くな。
半身を手に入れたあかつきには、杏梨と二人、我の手足として
存分に働いてもらうぞ。
伊月:なに…それ…ハーレム、気どり…?
キモイん、ですけど……!
黒魔導書:さて、おしゃべりは終わりだ、伊月よ。
網は張り終えた。
あとは掛かるのを待つだけだ。
いざという時に汝に邪魔されては厄介なのでな。
諸刃の剣だが……、
ーーより深く、喰わせてもらおう。
伊月:ッッ! あ、ぐ、あぁぁうぅああぁぁぁ!!!
黒魔導書:くくく、抵抗するな。苦しいだけだぞ。
“こころをひらけ われのこえだけを きけ”
伊月(N):どろりとした、からめ取るような聲。
頭の中に響いた瞬間、意識が闇にのまれた。
【三拍】
まっくらで、つめたいあなを、おちていく。
どこまでも、どこまでも、はてしなく。
からだとこころを、ぜつぼうがおしつぶそうとする。
まだ、しにたくない、しにたくないよ。
ぎりぎりと、しめあげるちからが、つよくなる。
かんかくが、うすれて、きえてく。
おとにならないこえをふりしぼって、さけんだ。
【二拍】
たすけて。
【三拍】
黒魔導書:くくく、意識が深層の闇へ堕ちたか。
これで前以上に、我が意のままに動く。
侵食対象の性格思考に影響されるのが難点だが、
手段は選んでおれん。
【二拍】
ぐっ…しかし、これは予想外に…!
黒魔導書:伊月の意識と重なり合うのを感じつつ、
【ここだけ伊月役】
”あたしは目を開けた。”
伊月:【悪意に満ちている】
…うふふ、久しぶりの肉の身体ぁ♪
さあってと、杏梨はどこかなぁ?
【三拍】
…んん? あそこ…反応が…。
! い た ぁ ♪
あははっ…待っててね、杏梨ぃ。
今行くよぉ……!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悠樹:更科…おい、更科!
杏梨:!ッはッ!! う…。
悠樹:大丈夫か? うたた寝しかけていたぞ。
杏梨:す、すみません…考えすぎてぼうっとしてたみたいです…。
大迫:色々ありすぎただろうし、無理もないわね。
杏梨:だ、大丈夫です。
それで、もう片方の魔導書はさっき逃げる時に聞いた限りだと、
大迫さんが見つけ出して力を借りた、というので合ってます?
大迫:えぇ、そうね。
と言っても、ホントにただ見つけただけなんだけどね。
杏梨:え…じゃあどうして、魔導書の魔術が使えたんですか?
大迫:あ~あれはね……曽祖父が魔導書から唯一覚えた術法なの。
悠樹:覚えた? 盗み取ったの間違いだろうが…。
それはともかく、白の魔導書の状態はどうだ?
大迫:はい。あれこれ試したのですが…未だに反応がないです。
悠樹:ち…マズいな。
万が一黒の魔導書に乗っ取られると、力だけいいように使われるぞ
。
杏梨:それで…その、白いほうの魔導書は、どこにあるんですか?
大迫:ああ、それならここにあるわ。
杏梨:これが…ッ!?
杏梨(N):大迫さんがテーブルの上に置いたのは、
私が見慣れた方のとは対象的な色の白い革の装丁を施され、
やはり半分に引き裂かれている魔導書だった。
そして一目見た瞬間、私の胸の内を不思議な感覚が駆け抜け
た。
大迫:? どうしたの?
杏梨:! あ、いえ、なんだろう…この魔導書を見たら何かこう、
不思議な、懐かしいような感覚がして…。
悠樹:何…!? おい、諱美那。
大迫:っはい、お師匠様。
更科さん、おそらく貴女、縁があるわ。
杏梨:え、縁…?
悠樹:これまでのお前の話と、いま感じたという感覚。
あらゆる呼びかけに反応しない白の魔導書。
もしかしたら、呼ばれているのかもな。
大迫:今までの経緯から不安を抱くのも無理はないわ。
けれど、かつて黒の魔導書を封印する時、力を貸してくれたのは
白の魔導書なの。
杏梨:そう、なんですか…?
悠樹:だから今回もこいつの力を借りる必要があった。
だが、こいつの曽祖父が実験失敗後、俺の責任追及を恐れて隠ぺい
したあげく、雲隠れまでしてくれてな。
そのせいで時間を浪費して捜索せざるを得なかったのだ。
大迫:う…申し訳ありません…。
悠樹:目元が笑っているぞ、ドMが。
そうそうエサなどくれてやらん。
それに更科、言ったはずだぞ。
お前にも手を貸してもらうと。
だから、手に取って見てくれ。
杏梨:は、はい…。
!!!?ううッッ!?
大迫:ッ更科さん!?
悠樹:! これは…やはりな…因果があったのか。
杏梨:(N):恐る恐る魔導書に触れた瞬間、目の前が歪み、如月先輩の
声が遠くに聞こえ、直後に見覚えのない風景が次々と現れ
、まるで走馬灯のように切り替わっていく。
奥深い緑の森の中
西洋風の民家
口やかましく人の言葉をしゃべるカラス
日本ではないどこかの街の廃墟
うず高く積まれた、人のものと思われる骨の山
何か黒いものを、両手で抱きかかえている自分
【二拍】
気がつくと、真っ白な空間の中に立っていた。
そして目の前には、さっき見た白い魔導書が宙に浮かんで
いる。
白魔導書:ようこそ、私に縁のある人。
杏梨:あ、あなたは…。
白魔導書:…人に名を尋ねる時は、まず自分からでは?
杏梨:【声を落として】
いや、人じゃないし…。
白魔導書:聞こえてますよ?
杏梨:あっ、す、すみません…。
更科、杏梨といいます。
白魔導書:サラシナ、アンリ…サラシナ…言いづらいですね。
アンリと呼んでいいですか?
杏梨:いいです、けど…。
白魔導書:私は一般に白の魔導書、と呼ばれています。
長いと思うので、好きに呼んでください。
杏梨:あ、は、はい…、じゃあ……シロさんで。
白魔導書:…犬と同じに見られてる気がするんですが?
杏梨:【声を落として】
好きに呼べって言ったのに…。
白魔導書:安直すぎます。もっとひねって下さい。
杏梨:えぇぇ……わかりました。じゃあ、音読みでハ――
白魔導書:【↑のセリフに被せて】
それ以上はダメです。
杏梨:えっ、ど、どうしてですか!?
白魔導書:大人の事情です。
…仕方ありませんね…シロで良いです。
杏梨:【声を落として】
お、大人の事情ってなに…?
白魔導書:後で説明します。
杏梨:う、そ、そうですか…。
ではシロさん、どうして私はここへ来ることができたのでしょうか
?
白魔導書:私に記された魔術に関わりのある方が先祖にいるか、
または生まれ変わりかもしれませんね。
アンリ、ここに来るまでに、いろいろな光景を見ませんでしたか?
杏梨:あ、はい…走馬灯みたいに次々切り替わって…。
白魔導書:ならばやはり、私に収録されている魔術のどれかを、
かつてアンリ自身が編み出したか、もしくはその人物が血筋に
いると思われます。
杏梨:わ、私が!?
白魔導書:はい。
まあそれはさておき、私の半身がまた良からぬ事を始めたので
すか?
杏梨:ええ、そうですね…だいたい二週間くらい前に図書館の地下で出会
いました。
誘われたとはいえ、興味本位に封印を解いてしまって…。
白魔導書:なるほど…黒いほうは相手をその気にさせるのが上手い。
それで、のせられてしまったのですね。
杏梨:はい。
その後、願いをかなえてもらった友人がおかしくなってしまって…
。
白魔導書:ああ、精神を侵食されているのでしょうね。
それで、再び封印するため私に接触したと。
分かりました。
黒い方の仕出かした事の責任は、私の責任でもあります。
協力しましょう、アンリ。
杏梨:あ、ありがとうございます…!
白魔導書:ただ、私は目覚めたばかりで契約者もいない。
それゆえ、力をほとんど行使できません。
アンリ、貴女と契約を結ぶ必要があります。
杏梨:え、契約…?
白魔導書:そうです。…あぁ安心して下さい。
私は黒い方とは違って、精神を侵食するような事はしません。
侵食してしまえば、確かに自分に忠実な操り人形を作ることが
できますが、デメリットの方が大きい。
それにそういう方法、私は好みませんし、そもそも使えません
。
杏梨:【声を落として】
嘘を言っているようには見えない…。
【普通に】
そうですか…ちょっとだけ安心しました。
白魔導書:では、私に手を当てて下さい。
杏梨:え、ええ…こう?
【二拍】
ッッ! あ、ッ……!
なに、これ…。
白魔導書:少し気持ち悪い感覚だと思いますが、我慢してください。
【三拍】
いま、魔力のやりとりをする回路…パスを繋ぎました。
これで私は貴女から魔力を分けてもらう事ができ、
貴女は私を使って魔術を行使することが可能になります。
杏梨:でも魔術が使えるようになったとはいえ、どうやって黒の魔導書を
封印するんですか?
白魔導書:……。
【軽い溜息】
アンリ。
杏梨:は、はい!?
白魔導書:他人行儀すぎます。
もう私と貴女は、深く繋がり合っているのです。
そうですね…友達感覚で構いません。
杏梨:そ、そう急に言われても…でも、わかったわ。
じゃああらためて…どうすればいいの?
白魔導書:まずは黒いほうが貯め込んだ魔力を、根こそぎ奪う必要があり
ます。
活動できる魔力を残させては、意味がありませんから。
杏梨:具体的には、どうやって?
白魔導書:向こうに魔術をひたすら使わせるのが早道ですが…、
封印が解けてすでに二週間は経過しているという事は、
おそらくかなりの魔力を貯め込んでいるでしょう。
対してこちらはまだ契約を結んだばかり、
今確認しましたが、まだ強力な魔術を使えるだけの魔力はあり
ません。
杏梨:そんな…それじゃあ、どうやって対抗するの?
これ以上悠長にしてたら、伊月が黒の魔導書に…!
白魔導書:完全に取り込まれてしまうでしょうね。
これを阻止し、なおかつ短期決戦を挑むには、
少ない魔力で最大の効果を得る魔術を使う必要があります。
それにもっとも適しているのは……これです。
杏梨:これは…魔方陣?
白魔導書:ええ、この魔方陣魔術なら、触媒を使う事で大幅に術者への
負担を軽減できる、つまり、今のアンリの魔力でもなんとかな
るでしょう。
向こうに戻ったら、水晶のさざれ石を大量に用意して下さい。
あとはどこか、適当な広さのある空間にこの魔方陣を描き、
そこへ貴女の友人と黒いほうを誘き寄せれば…こちらの勝ちで
す。
杏梨:わかった。なんとかするわ。
白魔導書:では、向こうへ戻します。
目を閉じ、力を抜いて。
杏梨:う…っ…!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大迫:更科さん…更科さん、しっかり!
杏梨:う……はっ!? こ、ここは…元の…?
悠樹:気が付いたか。
さっきからお前の中に魔力の回路が巡っているのを感じる。
…白の魔導書に、会ったのか?
杏梨:はい…それで、協力するのはいいが、契約者がいないと魔術を使う
事も魔力を貯めることもできない、と言うので契約を…。
大迫:そうだったの…でもこれで白の魔導書は覚醒したのだから、
戦局はこちらに有利になったわ。
悠樹:契約したという事は…、
白の魔導書から何か有効な策を聞いてきたんだな?
杏梨:はい。
あ、そうだ、大迫さん、シロから水晶のさざれ石を大量に用意して
ほしいと言われたんですが…。
大迫:水晶…??
ん? し、シロ? シロって…もしかして、白の魔導書の事?
杏梨:え、ええ…好きに呼べっていうので…。
悠樹:く…だからって、シロか…くく…、
更科、なかなかのセンスだな…ははは。
杏梨:う…笑ってますね、先輩。
そんなにセンス無いですか、わたし。
大迫:ぷぷ…ま、まぁ、とりあえず、水晶のさざれ石ね。
それなら売るほどあるわ。
ちょっと待ってて。
杏梨:大迫さんまで…! うぅ…って、へこんでる場合じゃない。
先輩、シロと立てた作戦があるんですが…。
悠樹:そうか。よし、聞かせてくれ。
杏梨:実は……
【三拍】
悠樹:なるほど、魔方陣魔術か…。
杏梨:はい。
今の私でも使える魔術、という事で、シロから勧められました。
悠樹:確かに魔方陣と水晶を触媒とする魔術なら、お前にかかる負担も
さほど多くはないだろう。
あとは場所か…。
杏梨:ええ。
どこかある程度の広さがあって、人目に付きにくい場所があれば…
。
悠樹:!! 更科ッ、窓から離れろッッ!!
杏梨:え?
伊月:【↑やや食い気味に】
見ぃつけぇたぁぁ♪
杏梨:!!?ッひッッ!?
杏梨(N):全身が総毛だつような声を聴いて振り返る。
そこには、窓ガラスへ顔を張り付かせんばかりに室内の私を
のぞき込み、満面の笑みを浮かべている伊月がいた。
どうやってここを突き止めたのか?
つかまる場所もない窓の外に、どうして立っていられるのか?
そんな疑問がどうでもよくなるほどの戦慄を覚えて私は、
思わず二、三歩あとずさった。
悪意が人の姿をして笑うと、こんなにもおぞましい顔になる
のだということに。
伊月:あんりぃ…どうしてそんな顔するのぉ…?
……バケモノでも見たようにしてさあ!!
【ガラスの割れるSEあれば】
杏梨:!!きゃあああ!?
う、うそ…何もしてないのに窓ガラスが、粉々に…!?
悠樹:ちいぃ! だいぶ浸食が進んでいるな…!
このままだと”黒の魔導書”に完全に呑み込まれるぞ…!
杏梨:今のは…伊月、あなたが…!?
伊月:あははっ、すごいでしょお!
魔導書さんと分かり合ったら、こんなにすごいチカラ、手に入っち
ゃったぁ。
杏梨:顔や腕に痣のような紋様が…。
魔術を使うたびに鈍く輝いてる…。
ッもうやめて、伊月! 魔導書に騙されてるだけよ!
伊月:なんでぇ?
お願いかなえてもらったから協力してるだけだよ?
騙されてるとか、ひどくない?
大迫:どうしてここが…目くらましの結界術をかけていたのに…!?
伊月:はァ? 目くらましぃ??
【二拍】
プッ、アッハハハハハハハハハハ!!!
こぉんな、お粗末なハリボテがぁ!?
ぜんっぜん目隠しにすらなってなかったけどぉ!?
バッカみたい!!
大迫:う、うそ…。
悠樹:…まさか…。
ッ! チッ、いまだにこんな不完全な結界しか張れんのか!!
役に立たん!
杏梨:え…じゃあ、最初から隠せてなかったって言うんですか…?
伊月:【↑の語尾に被せて】
ねぇ、漫才してる暇あったらさぁ、そろそろ魔導書さんの片割れ、
渡してくれないかなぁ。
でないと…黒焦げにしちゃうよォ!!
杏梨:ひ、火の球!!?
まにあわーーー
悠樹:【↑の語尾に被せて】
ッさせるか! 束風ッッ!!
【風の砲弾の発動と、火球と激突し相殺されたSEあれば】
伊月:そ、相殺!!!?
な、なによその魔術!? おのれェ邪魔するなァ!!
悠樹:魔術じゃない、巫術だ。
お前のとは毛色が根本的に異なる。
伊月:…ずるいなぁ。
【猫なで声】
あ! そぉだ、如月パイセぇン、一緒に手を組みません?
うちらが手を組めばーー
悠樹:【↑食い気味に】
断る。
伊月:…なにそれ。
即お断りとかマジムカツクんですけどぉ!
悠樹:都沢と意識を重ねているお前に、何を言っても無駄だろう。
伊月:はァ!? あたしがバカって言いたいわけぇ!?
古今東西の魔術を網羅しているあたしが、
バカなわけないでしょお!!
悠樹:…いよいよ言動が怪しくなってきたか。
おそらく都沢の方はもう、自分で何を言ってるのか
ほとんど理解できてないかもしれんな。
諱美那!
大迫:!はっはいッ!
悠樹:ここは俺が時間をかせいでやるから、更科の指示に従って動け。
失敗は、許さんぞ。
行けッ!!
大迫:わ、わかりました!
更科さん、いま車を回すわ!
杏梨:えっ、あ、は、はい!
伊月:待てェ杏梨ィ!
逃げるなァ!!!
悠樹:お前の相手は俺がしてやる。
伊月:ああ!? スカした態度、マジイラつくんですけどぉ!!!
「我が手に宿れ、巨山を崩す霊子の大刃、すべてを断ち割り、
砕き斬れ!
アストラル・ソード!」
真っ二つにしちゃいますよぉ、如月パイセぇン!
悠樹:【溜息】
【剣同士がぶつかり合うSEあれば】
杏梨:ッッッ!
え、嘘…?
伊月:は? え? ちょっと、何ソレ…!?
悠樹:やれやれ…まさか、正体をさらす事になるとはな…!
杏梨:…せ、先輩…?
姿が…それにいつの間に剣を…?
伊月:!!オマエ、漆黒の住人【エボニー・レジデント】かァ!!
なんでニンゲンごときに味方してるゥ!!
杏梨(N):全身黒ずくめのロングコート。
腰まで伸びた黒髪。
手には西洋のものとは趣が違う両刃の長剣。
そんな姿の先輩が、両手で振り下ろした伊月の大剣を軽々と
片手で止めていた。
悠樹:何をしている更科、さっさと行けッ!
大迫:こっちよ! 急いで乗って!!
伊月:逃がすかァあ!!
悠樹:悪いがしばらく通行止めだ!
もう少し付き合ってもらおうか…!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大迫:それで更科さん、白の魔導書はなんて言っていたの?
杏梨:あ、はい。
シロが言うには、今まで伊月から奪って貯め込んだ魔力をどうにか
しないと封印はできないそうです。
なのでどこか開けた場所に、強制的に魔力を吸収する魔方陣を構築
する必要がある、と言ってました。
大迫:なるほど、さっき頼まれた水晶のさざれ石は、魔方陣の構築と
陣の効果を最大に引き出す為の触媒と言うわけね。
杏梨:はい。
魔力を奪いつくしさえすれば、封印は容易だと…。
大迫:わかったわ。それなら、うってつけの場所があるわね。
杏梨:え…でもそこら辺の駐車場とかだと人目に付くのでは?
大迫:【苦笑】
もっといい場所があるでしょ。
…学校よ。
それより、お師匠様がどれくらい都沢さんを食い止められるか分か
らないわ。
急がないとね。
杏梨:そんな…今の伊月には先輩でも敵わないんですか?
大迫:違うわ。
都沢さんを傷つけないように戦ってるからよ。
相手を殺さないように手加減して戦うのは、普通に戦うよりも
はるかに難しいの。
殺すのなら、最初の一撃で終わってたわ。
さ、飛ばすわよ!
杏梨:え? ちょ、きゃあッ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悠樹:まったく、面白くない。
ずっと隠してきた正体をこんなところで、しかもつい先日まで
こちらの世界を知らなかった更科にまで見られた。
今年は星周りでも悪いのか…?
伊月:如月パイセぇン、そこどいてくれません!?
マジぶった斬りますよォ!!
悠樹:…相手の実力を見極められないというのは、ある意味罪悪だな。
伊月:~~~ッッッとにィ! ムカつくんですが!!?
悠樹:黒の魔導書め、完全に思考や性格が影響を受けてしまっているか。
何がそこまで奴を焦らせたのかは分からんが……
ある意味、好都合だ。
伊月:なにブツブツ言ってんですかぁ!
さっさと死んでくださいよォ!
【剣戟音SE】
死ねって言ってんだよクソがァ!!
【連続して剣戟音SE】
悠樹:ッ! くっ! ちィ…ッ!
(一時間弱…そろそろ、向こうも準備できた頃か…。)
手ごわいな…!
伊月:あっははァ!! やっと弱ってきたァ!!
うりゃあああああッッ!!
【ひときわ大きい剣戟音SE】
悠樹:~~~ッッッ!!!
ち…分が悪いか…。
ここは退くとしよう。つかの間の勝利を噛みしめておけ。
伊月:ハァ? 負け犬が負け惜しみ言って負け逃げしてるゥ!
アッハハハハハハ!!
…今行くよォ、あんりィィ…!
【三拍】
悠樹:…行ったか。
ふん、手加減して戦うのもひと苦労だ。
虎翼と闘りあっている方がよほどいい。
【携帯を取り出してコールする】
諱美那、俺だ。
準備は整っているか?
大迫:はい、ちょうど今しがた終わった所です。
悠樹:よし。
いま都沢を逃がした。
おそらくすぐにお前達の居場所をかぎつけるだろう。
今から合流するが、場所はどこにした?
大迫:学校です。
校庭で待ち受けて、最終的に校舎屋上へおびき寄せる手はずです。
悠樹:…そうか、分かった。
すぐに行く。
【携帯を切る】
…今夜でケリをつけねばならんが…学校か。
派手にやりすぎなければいいが…。
封印できそうにない場合にも備えておくか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
杏梨(N):如月先輩から大迫さんに連絡が入る、少し前。
私はシロの指示に従い、学校内の教室に魔方陣を構築してい
た。
杏梨:あとは、四方の隅に水晶を……よし、できた。
白魔導書:お疲れ様、アンリ。
ですが、本番はこれからですよ。
杏梨:ええ、分かってる。
でも、魔方陣そのものは一階で、おびき寄せる場所が屋上でも大丈
夫なの?
白魔導書:問題ありません。
先ほどの探査の結果、この教室の真上は、ちょうど屋上の
入り口付近になります。
二階にも同様に構築したので、確実に起動できるでしょう。
杏梨:校庭で伊月たちを迎え撃って、そのあと校内におびき寄せる。
この時にまず最初の詠唱をするのね?
白魔導書:そうです。
この魔方陣に欠点があるとすれば、完全に発動するのに時間が
掛かるという点です。
今のアンリなら…三分は必要でしょう。
杏梨:三分かあ…それまでに屋上へ伊月を誘き寄せないといけないのか。
むこうも攻撃とかしてくるだろうし、大丈夫かな…。
白魔導書:心配には及びません。身体強化の魔術を付与しておきましょう。
接触後、間違いなく戦闘に発展すると思われるので、
備えておく必要があります。
杏梨:私は戦闘に参加したら駄目なんだよね?
白魔導書:当然です。
魔方陣の発動に回す魔力が足りなくなります。
なので、アンリは決して戦ってはいけません。
もう一人…オオサコの子孫に頑張ってもらいましょう。
杏梨:あ、そっか。
大迫:どう? そちらの準備は終わった?
杏梨:はい…って、お、大迫さん!? その、格好は…?
大迫:ああ、これ? スカートじゃ動きづらいからね。着替えてきたのよ。
杏梨:いや、あの、そういうことじゃなくて…きわどすぎません?
肌露出も多いですし…まるで、女王様みたいな印象受ける服装なん
ですけど…。
大迫:えぇ!?
そ、そう…無駄をはぶいた結果のコレなんだけど…。
それより更科さん、もう一度作戦を確認してもいいかしら。
杏梨:あ、は、はい。
まず外の校庭で伊月を待ち受けます。
確実に戦闘になるので、大迫さんに守ってもらいながら校内へ伊月
を誘導、私が魔方陣の起動詠唱を行います。
その後、階段を使って三分以内に屋上まで行きます。
屋上の入り口付近まで伊月を来させることが出来れば…
私たちの勝ちです。
大迫:分かったわ。
早すぎても、遅すぎてもダメってことね。
杏梨:はい。難しいかもしれませんが…。
大迫:大丈夫、これでも教師のはしくれよ。
生徒は…更科さんは、必ず守ってみせるわ。
杏梨:…………。
大迫:な、なに?
せっかくビシっと決めたと思ったのに。
杏梨:いえ、あの…その格好で言われてもちょっと説得力が…。
大迫:ええ!?
そんなぁ…んぅぅ。
杏梨:【声を落として】
そういうとこなんだけどな…。
【普通に】
そ、それより先輩の方はどうなったんでしょう?
大迫:そうね、そろそろわざと逃がす頃合いかも…ーー
【↑の語尾に被せてSEあれば適当な着メロかバイブレーション】
っと、噂をすればお師匠様からだわ。
はい、もしもし。
…はい、ちょうど今しがた終わった所です。
杏梨:月があんなに細く…ちょうど二週間前が満月のあの日だったっけ…
。
大迫:わかりました。
更科さん、もうすぐ都沢さんが来るわ。
覚悟は…いいわね。
杏梨:…はい。必ず、伊月を助けます…!
うっ、あ、あれは…!
伊月:あ~~~んりっ! 見つけたよぉ!
今度こそ逃がさないからァ!!
大迫:待ちなさい!
更科さんに手を出すなら、まずは私が相手になるわ!
伊月:ハア!?
結界も満足に張れないクソ雑魚術師がえっらそうに!!
大迫:く、クソ雑魚……んふぅ…っゴホン!
い、言ったわね!
クソ雑魚かどうか、その目で確かめなさい!
まずは足止めさせてもらうわ!
巫術・鎖紙ッ!
伊月:うぅッ!? 何これっ、お札が伸びて…絡みつくッ…!
杏梨:すごい…って、見とれてる場合じゃなかった…!
校舎へ入らないと…。
大迫:どう!? 身動き取れないでしょ!
伊月:うぐぐ…、なーんて言うとでも思ったぁ!?
こんな紙きれ、焼け落ちろォ!
大迫:くうっ、や、やるわね…!
伊月:足止めにもならないんですけどォ?
あのさあ、アンタみたいなゴミ術師なんてお呼びじゃないの。
見たとこ、戦うの得意じゃなさそうだしィ?
いいからさっさと白の魔導書を渡せぇ!!
大迫:ゴミ…い、言いたい放題ねえぇ…まだ小手調べよ!
伊月:へえ、じゃあ次はあたしの番ねえ!
今度はきれーいに消し炭に、してあげるッ!
大迫:火球…それも複数…!
ッ、巫術・土楯!
伊月:なっ、火球が…!
大迫:あら、私の術に負けちゃうゴミみたいな火力ねえ。
はーい鬼さん、次はこちらですよー?
伊月:~~ッッ校舎に逃げ込んでどうするのさ! 待てェ!
杏梨:よし、なんとか追ってきたわね…!
【声を抑えて】
「深淵より生命の活力を奪い、枯渇へ導く闇の守り手よ。今ここにその力を
示し給え!」
白魔導書:…!
アンリ、魔方陣が起動を始めました。
杏梨:ええ!
大迫さん! 屋上へ!
大迫:わかったわ!
伊月:ハア? わざわざ逃げ場のない屋上に行くとか、バカなの?
ま、好都合だからいいんですけどォ!
大迫:あら、バカはどっちかしらねえ?
これだけ派手にやってまだ私から更科さんを奪えないの?
伊月:!ッこッの、クソ雑魚術師ィィィ!!!
大迫:ほら、まだまだ行くわよ!
巫術・檻鶴乱ッ!!
伊月:ッか、壁一面の札から折り鶴!?
うッ!
何してくれてんのさァ! 美少女の顔に傷つけてぇ!!
杏梨:【階段を上りながら】
伊月……、二分、三十秒…!
大迫:【階段を上りながら】
ほらほら、どうしたの!?
クソ雑魚術師の術は、足止めにもならないんじゃなかったのかしら
!?
伊月:!!ッうがああああああ!!!
紙クズがあああ、邪魔すんなぁぁあああ!!!
杏梨:【階段を上りながら】
…ッ一分、十五秒…!
伊月:ああもうイラつく!!
「我が手に宿れ、大海を割る霊子の大槍、
すべてを刺し穿ち、貫き通せ!
アストラル・ジャベリン!」
喰らええええ!!!
大迫:くううッ、鎖紙・弐式ッッ!!
伊月:ハァ!?さっきのやつ、網状にもできんの!?
ホンット、ムカつく!
杏梨:【階段を上りながら】
もうすこし…ッ二十五秒…!
伊月:だったら…!!
「炎の精霊に命ず!
憤怒の炎熱、憤激の爆炎、全て燃え爆ぜろ!
イグニス・エクスプロージョン!!」
大迫:!!危ないッ!!
杏梨:きゃああッ!!
【二拍】
う、いたた…。
大迫:か、間一髪…危うく消し炭になるとこだったわ…。
でも、あんなものまで使えるなんて…!
伊月:ちぇっ、外しちゃったあ。
でもこれでわかったでしょ!
あたしの足元にも及ばないんだってこと!
杏梨:三…二…一…ゼロ。
大迫:床に魔方陣が浮かび出た…!?
伊月:な!? こ、これって…!!
杏梨:ごめん、伊月。
動きを制圧させてもらうから。
「彼の者の魔力をもって代償と為し、交わせし盟約を成就せん!」
「ドレインテッド・クォーツピラー!!」
伊月:!!!あっ、ぎっ、あぁぁうぐうああぁあぁあああああ!!!
大迫:水晶の柱…すごい…触媒の補助があるとはいえ、
これほどの魔術を使えるなんて…。
黒の魔導書に狙われるだけあるわね。
杏梨:う…それは嬉しくないです。
それにしても、なんだろう…
私、やっぱり以前にもこの魔術を使ったことがあるような気がする
んです。
大迫:シロは生まれ変わりと言っていたのよね?
それが本当なら、そう感じるのも無理はないんじゃないかしら。
杏梨:そうかも、しれません…。
眉唾に感じてたけど、この懐かしさとなじみ深さは…。
! 魔方陣の光が…!
白魔導書:対象の魔力の枯渇まで、あと少しですね。
イツキ、でしたか。
彼女の侵食も解けてきているようです。
杏梨:体中の紋様が、消えていってる…。
伊月:ぁ……ぐ……ぅ…!
ぁ、あん…りっ…た、す…け…て…。
白魔導書:!!アンリ! 不用意に近づいては!
杏梨:!…っ伊月!
大迫:!!?
さ、更科さん! ダメ! 貴女の魔力も持っていかれるわ!
杏梨:ッうぐううぅ伊月、手を離さないで!
今、こっちに…!
伊月:【悪意に満ちた】
うん、もちろんだよぉ、あぁんりぃ…!
白魔導書:っ、まずい!
杏梨:なっ!!?
大迫:嘘ッ!? まだ侵食が!?
伊月:【悪意に満ちた】
あははぁっ、やぁっと、つかまえたあぁ…!
いま…そっちにいくねえぇ!!
杏梨:!!! あ、うあぁぁあああぁぁ!!!
大迫:更科さんッッ!
悠樹:フン…やはり予想通りの展開になったか。
伊月:な…ッッ!!?
【剣が伊月の手にあった本を貫いて床に縫い付ける。SEあれば。】
黒魔導書:う、うぐおおぉ…
剣で、我を縫いつけるなど…書物の扱いが、なって、ないぞ…
!
杏梨:せ、ん…ぱい…?
悠樹:黙れ、有害書物。
貴様にそんな口をきく権利があるとでも思っているのか。
大迫:お、お師匠様!?
悠樹:間にあったか。
よくやった、諱美那…
と言いたいところだが、派手にやってくれたな。
復旧にどれだけかかると思っている。この、愚か者が…!
大迫:う…申し訳ありません、ご主人様。
都沢さんの力が予想をかなり上回っていたので、加減が…。
杏梨:【声を落として】
ええぇ!? ご、ご主人様…!?
悠樹:…まあいい。とりあえず関係各所にすぐ連絡しろ。
伊月:う…うう…。
杏梨:伊月! しっかり!
伊月:? …あんり……?
杏梨:! よかった…無事で…!
黒魔導書:ぐうう、漆黒の住人【エボニー・レジデント】め…
なぜ、我の邪魔をする!
悠樹:貴様がそれを知る必要は無い。
…さて、逆に質問だ。
これから俺が何をすると思う?
これが何か、貴様ならわかるだろう?
杏梨:? USBメモリみたいな…でもボディが結晶で出来てる…。
黒魔導書:!!ううう、ま、まさか、それは!
悠樹:こいつは、つないだ相手から情報や記憶を複製できる優れ物でな。
そして相手からの干渉は一切受けない。
たとえ、貴様が自分自身を複製してこちらに移そうとしても
ブロックされる。
ただ、今のように無力化する必要があるのと、一回しか使えんのが
難点だがな。
黒魔導書:ま、まて、まってくれ!
お前を主として永遠に服従する!
だから、処分しないでくれ!
伊月:きさらぎ、ぱいせん…きいちゃ、だめ…!
悠樹:分かっている。
心配するな、都沢。
黒の魔導書、その願いはかなえられないな。
仏の顔も三度と言うだろうが。
封印だけで済ますつもりだったが、ここまで来る道中で気が変わっ
た。
…貴様の方にだけ記されている魔術、すべて奪わせてもらうぞ。
黒魔導書:や、やめろ、やめてくれえええぇぇ!!!
悠樹:そら、この結晶が真っ赤に染まった時、お前の知識や記憶は全て
データという形で複製される。
黒魔導書:たのむ! 複製を止めてくれえええ!!
悠樹:…結晶が染まり切ったか。
よし、これで貴様の使える魔術は全ていただいた。
人の世に害なす貴様は、もはや不要だ。
…覚悟はいいな。
巫術・燎炎。
杏梨:あ、炎が…!
黒魔導書:も、燃えるゥゥ……我がァ…消ィえェるゥゥ!
ングゥゥゥワアアアアアア!!!
【三拍】
杏梨:…終わった、の…?
伊月:あんり…ごめん…ごめんね……あたし、バカだ…大バカだ…
うっ、うう…
【すすり泣く】
杏梨:もう、いいから…伊月、もういいから…ね?
伊月:うん、うん………う、うぅ…っ。
杏梨:!? 伊月!?
大迫:…大丈夫よ、更科さん。
黒の魔導書に侵食されてた上に、いま魔力を使い果たして気を失っ
たのよ。
杏梨:そっか…良かった…あ、あれ、めまい、が…?
大迫:当然よ。
あの時、都沢さんを助けようとして、腕だけとはいえ魔方陣につっ
こんだでしょう。
その時に魔力を持っていかれたのよ。
悠樹:更科、今は何も気にせず休め。
後の事は俺達が始末する。
杏梨:ぁ…は…い……。
白魔導書:お疲れ様、アンリ。
杏梨(N):焼かれた黒の魔導書の断片が、火の粉と共に風に弄ばれ宙を
舞う。
それを、ほんの少し綺麗だなと思いながら、
私は意識を手放した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
杏梨(N):数日後。
市内の病院の一室、私は見舞いにきた大迫さんと如月先輩か
ら、あの後の話を伊月と共に聞いていた。
悠樹:現在学校は閉鎖して、あの夜に壊したものを全て元どおりにしてい
る最中だ。
伊月:派手に壊しちゃったもんねえ…。
階段とか、マジでめちゃくちゃだよ。
大迫:なりふり構わずに来られたから大変だったわ。
悠樹:それをなんとかするのが、お前の役目だったはずだが?
大迫:うう…申し訳ありません…。
杏梨:はあぁ…無遅刻無欠席が…。
悠樹:更科、ずいぶんこだわるな。何か過去にあったのか?
杏梨:いえ…小・中と達成できなかったので、高校こそはと思ってたんです。
悠樹:そうか。
さっき閉鎖とは言ったが、臨時休校のあつかいでもある。
皆勤賞に影響はないだろう。
杏梨:そ、そうなんですか…
え、でも、階段だけ閉鎖して授業するとかはしなかったんですか?
悠樹:【溜息】
わからんのか。
校内であれだけ派手に魔術のドンパチをやらかしてくれたんだ。
カンのいい奴、もしくは人間に紛れているこちら側の存在であれば
、何かしら気づくだろう。魔力の痕跡とかな。
そうさせてはならんのだ。
だから学校全体を閉鎖した。
杏梨:…エボニー・レジデント…ですか?
悠樹:そうだ。俺たちの存在は知られてはならない。
ゆえに徹底した証拠隠滅工作を行う。
伊月:でも、うちらみたいな例外もいるんですよね?
大迫:そうね。
まさか、怪談話から魔導書にたどりつくなんて思ってもみなかった
けど。
ああいう存在と深くかかわってしまった以上、
記憶操作もできないしね。
悠樹:更科、お前には以前言ったが、今この場で改めて言わせてもらう。
一度でも非日常の世界を覗いた者は、もう以前の日常には決して
戻れん。
都沢、お前たち二人は、みずからの好奇心でかけがえのない日常を
殺したのだ。
それは自覚しておけ。
伊月:はい…ごめん、杏梨…。
杏梨:謝らないで、伊月。
止めなかった私も同じだから。
大迫:とりあえず、学校では今まで通り生活してもらって構わないわ。
けれど、そういう人外の存在と貴女達は関わりやすくなってしまっ
ている。
お師匠様の言った事はこれを意味しているの。
もし、そういう事態に巻き込まれそうになったらすぐに連絡して。
悠樹:さて、医者から聞いてきたが、あと二日ほどで退院になるそうだな。
それまでには後処理も終わるだろう。
杏梨:! そうだ、如月先輩。
悠樹:ん? なんだ。
杏梨:その…先輩達も人間じゃない…んですよね?
悠樹:……。
ああ、そうだ。
諱美那は人間だがな。
伊月:え、じゃあ…如月パイセンって、何者なんですか?
悠樹:…つくづく好奇心に勝てんのだな、都沢。
伊月:えへへ…それほどでもぉ…。
杏梨:…だから伊月、褒められてないって…。
でも、如月先輩、私も気になるんですが…。
大迫:【苦笑】
貴女達…。
悠樹:【盛大な溜息】
まあいい。そこも含めて説明、と言ったからな…。
ヒントだけやる。
…B級ホラー映画の花形だ。
行くぞ、諱美那。
大迫:あ、は、はい。
じゃ、二人とも、学校で待ってるわね。
伊月:…B級ホラー映画の、花形…?
杏梨:うそ…、まさか…。
伊月:え、え? 杏梨、わかったの?
杏梨:う、うん…多分、ヴァンパイア、だと思う…。
伊月:え…?
【二拍】
えーーーーーーー!!?
マジ? マジなの!?
杏梨:多分…、
学校で私の怪我した指を見た時、雰囲気があからさまに変わってた
から…。
伊月:うはあああすごい!
現実に吸血鬼に出会えるなんて、マジヤバぁい!
杏梨:ちょ、伊月、そんなに大声出したら…!
看護師:あなた達! 病院内ではお静かに!!
伊月:ひええ!
杏梨:す、すみません…!
【溜息】
言わんこっちゃない……。
白魔導書:やれやれ…姦しいことです。
【呟くように】
それにしても…
まさか数百年の歳月を経て、再びかの魔女と巡り会う時が来る
とは。
これだから面白いのです。
大迫:…? お師匠様? どうされたのですか?
悠樹:…諱美那、パックを二つほど取り寄せておけ。
大迫:!! …久しぶりに、お召しになられるんですね。
悠樹:今晩までに頼むぞ。
大迫:はい。
悠樹(N):こうして、魔導書を巡る一連の騒動は幕を閉じた。
だが、あいつらはこれから苦労するはめになるだろう。
自らの好奇心で、日常を殺してまでつかみ取った結果だ。
しっかりと、噛みしめていってもらおうか。
END
はい、作者です。
この度、声劇台本発掘企画に参加する為に通し版を作製した次第です。
……。
け、けっして筆が進んでないからってお茶を濁したわけじゃないんだからね!
あと、後編のみの台本の時にも書きましたが、作品内にとあるアニメのタイトルが隠れてます。
もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。
ではでは!