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電車のサラリーマン4

 怒鳴られた俺は降車することをすっかり忘れて、S男と相対した。

 じーっと、彼の瞳を見つめる。

 怒ってる。すごい怒ってる。めちゃめちゃ怒ってる。

 さて、どうしたものか。穏便に済ますのであれば、このまま無視して降車するのがいいんだろうが……。

 まあなんだろう。俺は何もしていないのに、二度も足を踏み抜かれた挙句、こうして怒鳴られたことには納得がいかないし、このまま黙ってやり過ごすのも癪に触るというものだ。

 厄介なことになるとわかっていても、やられっぱなしというのは性に合わない。

 騒然とした車内で俺はついに口を開いた。

「クソガキですけど、別に舐めてないっすよ」

 そう言うと、彼は目を見開いて捲し立てた。

「その態度が! その目が! 舐めてるって言ってんだよ!! ガキのくせに調子乗ってんじゃねぇよ!!」

「だーかーら! 舐めてないって言ってんじゃないすか! アンタみたいなやつ、興味ねえって!」

「その言い方が舐めてんだよ!! そもそもなぁ!! 年上に口答えしてんじゃねえよ!! クソガキの分際でよ!!」

 うーん、ダメだ。話にならねえ。

 俺は色々と諦めて、降車しようとしたのだが……。

『ドアが閉まりま〜す』

 プシュー……っと、無慈悲にも発車してしまった。

 どうしたものか。このまま逃げたかったが、気まずいことに取り残されてしまった。

 こうなったら数分間黙ってやり過ごそうと思っていたのだが……。

「おい!! テメェ!!」

 と、S男が胸ぐらを掴んできた。

 彼を見やる。――正気を疑うほど怒り狂ってるようだった。白眼に夥しい赤い線が走っている。

 怒りにあてられた俺は頭に血が昇っていくのを感じて、一つ、深呼吸をした。――落ち着け。ここで感情的になったら負けだ(何に負けるのか知らねえけど)。

「あのよ。アンタに……あなたに興味なんかないって言ってるじゃないすか。それ以上絡んでくるようだったら通報しますよ?」

 これで引くだろう。――そう思った俺が浅はかだった。

「テメェクソガキがぁっ!!」

 彼は胸ぐらを掴み上げ、俺の足をもう一度踏み抜いた。それも、ぐりぐりと何度も捻って。

 んで、こっからが俺の悪いところだったのだが、つい、カッとなってしまった。彼から無遠慮にぶつけられた激情と痛みがトリガーになったのだろう。

 俺は腕を払い退けると、両手で胸ぐらを掴み上げた。掴み上げて、そのまま身体を持ち上げた。

「くっ!!」

 S男が浮いてから数秒後――「き、君! やり過ぎだって!」

 人の良さそうなサラリーマンに言われて、俺は冷静さを取り戻した。

 S男を下ろすと、彼は膝から崩れ落ちてへたり込む。次いで頭を床に伏せて、信じられないことに――泣き始めた。

「「……」」

 唖然とした。彼以外みんなそうだった。――あそこまで啖呵を切っておいて、少しやり返されただけで泣くか?

 うめき声と嗚咽が交互に繰り返される。――もう、よく分からなかった。

『次は〜新御茶ノ水〜。新御茶ノ水〜』

 うずくまって、ハゲ散らかした頭をアピールするS男。

 そんな彼を横目に、俺は罪悪感とイライラを抱きながら降車したのだった。

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