だからあなたを守ります ~聖女の矜持~
タグに迷いました。百合でもGLでもなく狂信かな、と
登場人物ネームレス小話第二弾、お茶うけになれば幸いです。
神から力を賜った勇者が、魔王を倒し凱旋を果たしました。
女性の身でありながら聖剣を掲げ、堂々と魔王を倒したのです。
世界中が喜びに包まれました。
生まれ故郷の王国も、我が国の勇者が魔王を倒したと誇らしげに語り合い、帰りを今か今かと待ちました。
そして凱旋して、故国の王との謁見の日。
勇者は投獄されました。
「だから、聖剣を返すのはもう少しお待ちなさい、と言ったでしょう」
「そうは言っても、もう神様のお力でなすべきことは成したのだから、借りたものは早めに返すべき」
聖女はそーゆーの厳しいでしょ、なんていう勇者に、これからは処世術も教えてやらねば、と決意する。
「でも、助けてくれてありがと。聖女とみんなが助けてくれなかったら、脱獄できなかった。青い空に白い雲、なんてすばらしい!」
朗らかに笑う勇者の、本心からの笑顔にほっとする。
神殿も、聖女も、聖剣を返還した勇者がその足で向かった王城で、即刻投獄されるとは思ってもいなかったのだ。
返す返すも一人で王城に行かせるのではなかったと、聖女は反省する。
神殿への報告なんて後回しにして、聖女が王城へついて行くべきだった。少なくとも仲間の一人は、王城の意向を無視してでも、強引についていくべきだった。
謁見したその日、王城は総出で勇者を迎え入れました。
城門の出迎えには第二王子が、エスコートは王太子が、謁見の間には王と王妃は言うに及ばず、四大公爵とその令息が勢ぞろいという、煌びやかな歓待ぶりです。
王は、見習いの僧服を身にまとった勇者に首を傾げつつも、魔王討伐を労い、要求されてもいない褒美を並べ立てました。
気に入った令息を選ぶが良い、広大な領地をもつ次代の公爵夫人の地位と名誉を約束しよう。
第二王子はまだ年若いが年頃的には釣り合うだろう、政にかかわらぬ気楽な王子妃の人生と、好きなだけドレスも宝石もくれてやろう。
王太子は少し年上だが大人の貫禄もあり、頼りがいがあるだろう。この国の未来の王妃だ、どんな贅沢も叶えよう、それこそ世界中の富をこの国に集めてみるのも良い。
どれもそなたの思いのままぞ。
この国は、今、この時より、神に愛されし神国となる。
上機嫌で笑う王に、勇者も朗らかに答えます。
「神より賜りし力は、先の神殿にて、神へお返ししてまいりました」
謁見の間に並ぶ、すべての笑顔が固まった。
「もう、何の力もありません。神兵の役目を終えた、ただの人となりました。何のお役目もないただの人として、生きて、死んでいきたいのです。それが望む褒美です」
「助けるに決まっているでしょう。あなたは勇者で、わたくしは聖女なんですのよ」
感謝の言葉が心をひっかく。裏返せば、助けられるとは思っていなかった、というのだろうか。
「だって、聖剣返したし。勇者じゃなくなったよ?」
「だから何だと言うのです。現勇者だろうと、元勇者だろうと、勇者は勇者です」
のほほんとした顔が小憎たらしくも、微笑ましい。
魔王討伐の間には、一切見せなかった穏やかな表情。
「あなた、少しは怒りなさいな。魔王を討伐した褒美が投獄だなんて、わたくしだったら、その愚かな性根、へし折って砕いて踏みにじりますわね」
神殿はこちらの味方。あとは、旅の仲間たちも加勢してくれるはず。
「あの聖女、聖女様? 落ち着いて?」
「ご安心なさいな、武神も、疾風も、自称魔神も、力を貸して下さいますわ」
勇者を虐げたのだから、それ相応の代償を払ってもらわねば。
生まれ故郷を失い、幸せの欠片が零れ落ちていってもなお、その細腕で周りを守り、助け続けた。
泣く子を励まし、無気力に陥る大人を叱咤し、消えゆく命の灯を必死に繋ぎとめたのだ。
聖剣は、そんな彼女の前に、いつの間にか顕れていた。
「いいこと? 現だろうと元だろうと、あなたは神に選ばれた勇者なのです。何者も、あなたを蔑ろにすることは許されません」
だというのに、この勇者はへにゃりと困ったように笑うのだから。
「でも、もう、勇者じゃないから。もう、誰かを、誰も、助けなくていいの。誰かを助けたら、誰かを傷つけるだけで。もう誰も、助けたくなんて、ない」
たどたどしく、まるで悪いことを口にしたかのように俯く少女は、本当に勇者だ。
誰かを助けなければならないと、無意識に思っている哀れな勇者だ。
「助けなくてよろしいですわ」
「聖女?」
そもそも、助けなければならないから助けるのは、仕事であり、義務だ。
神殿勤めでは正しくお勤めだ。
勤め以外で助ける理由は、善性でしかない。
勇者はその善性でもって、どれほどの献身を行ってきたのだろう。
見返りを求めず、どれほどその身を捧げてきたのか。
答えは出ている。
神がその目を止めるまでに。
神の愛がその身に降り注ぐまでに。
「あなたの行動を咎めるものはおりません。強制するものもおりません。あなたはもう、無理に助けなくてよいのです」
聖剣を賜ったから。神の加護を得たから。勇者となったから。
世界を救え。
魔王を倒せ。
そう望まれた、縋られた、強いられた。
守ることに奔走していた娘に、討伐が押し付けられた。
「あなたは、あなたの望むままに生きなさい」
神を求め、必死に祈り、修行を重ね、ようやく神の裳裾を拝し、お力をお借りすることができるようになった聖女のわたくし。
求めずとも、神が目に留め、愛で、手ずから力を与えられた勇者の少女。
聖剣を返したところで、愛し子の行く末を見守る神の眼差しは変わらない。
愛し子を裏切ったあの者たちは、神から見放されるでしょう。
勇者を大事にしていれば、この国は天候にも豊穣にも恵まれていたことでしょうに。
本音を言えば、神に愛される勇者が羨ましい。
それでも。
「わたくしの身命を賭して、あなたを守りましょう」
「さすが姉御、痺れるほどに男前だ。どんな漢も憧れずにはいられまい」
「おい武神、まてや武神、いろいろ間違ってないか。それに美少女二人が向こうで、俺たち男三人そろって空気かよ」
「いや、僕らはめくらましと防音の陣で隠れているだけで、空気は同じだぞ」
「ちげぇよ、誰も空気のことなんざ言ってねぇよ! 魔神は、人間の機微をちっとは学べや」
「残念ながら魔神は自称だから、人間の機微をわざわざ学ぶ必要はないな」
「そういうとこだよ!」
「そうは言うが、疾風よ。お主、今、あの二人の間に、割って入れるか? 俺は遠慮する」
「あんた頑丈だろ、武神、割って入って砕けてこいや」
「なら、僕が行こうかな」
「おお、魔神様のお出ましか! って、珍しいな?」
「勇者からただの人になったあの娘の、名前を呼んでやりたい、いや違うな、僕が呼びたいんだ。今までずっと、勇者、としか呼べなかったあの娘の名前を」
「そう言えば、そうだったな。んじゃ、行くか。一番手は自称魔神な!」
勇者を守るのも、ただの人となったあなたを守るのも、一緒なのです。
何者からも、あなたを守ってみせましょう。
それが、聖女の矜持なのです。
とりあえず、書ききりました。一人称、三人称、取っ散らかりましたが、キニシナイ。書き終わる方が大事、と言い訳しておきます。どうかお目こぼしを。
ついでに。
どうしよう、さいご
人の娘の名を呼ぶ魔神 VS 神の愛し子(勇者)を守る聖女
の構図が浮かんでしまいました。
恋愛タグのつもりはなかったのですが。
ちなみに、聖女のイメージソングは、青天を穿つ です。