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第一章 刑事、獣の主人(あるじ)となる 2

「……申し訳ありません。よく聞き取れなかったので、もう一度お願いします」


 苦虫を噛み潰す、などというありふれた言葉では、目の前の局長の様子を表現しきれまい。


 辞令書を持った両手は、身(もだ)えを押さえられず小刻みに震えている。

 今すぐにでも書類をびりびりに破いて床に叩きつけたい、そんな感じだ。

 

 そして、何度も言いたくない、これっきり言わせるなとばかりに、刑事局長は、一言一言ゆっくりと、文面の単語を音にした。


「……館那臣(たちともおみ)。警視正に昇任する。警視庁刑事局刑事部参事官に任ずる……以上だ」


 以上だ、と切り上げられても、これはもう一度確認するしかあるまい。


「お言葉ですが……自分には昇進の辞令としか理解できないのですが」


「君の理解は間違っておらんよ。正真正銘、二階級特進の大出世だ」


 ということは自分はどうやら殉職したらしい。

 いや、帰り道に殉職させられる、その予告ということかもしれない。

 

 消されても仕方ない程度のネタを挙げてしまった訳だから、闇に葬られるのは当然の結末だろう。

 しかしどうも話はそんな方向ではなさそうだ。

 

 局長は続けて、投げやり気味に吐き捨てる。


「君が望むならば三階級、警視長に昇任させても構わんそうだ。所属も、どこでも君の好きなところにするといい。

 私としては、刑事部以外を希望してくれれば、これほど嬉しいことはないんだがね」

 

 局長はお決まりの儀礼も忘れて、片手で無造作に辞令を押しつけた。

 

 手渡された辞令の中身を確認すると、那臣は、こちらも儀礼どおりの所作をかなぐり捨て、激しい頭痛を(こら)えきれず、こめかみを押さえた。


「申し訳ありません……本当に、事態がよく理解できないのですが……どうして自分が昇任などということになっているのでしょうか?」


 まさか雲の上の勢力図が一夜のうちに書き換えられ、那臣の行動が()(たた)えられるようになったとでもいうのだろうか。


 どこでも好きなところに所属してよいなど、聞いたこともない。ありえない話だ。


 混乱した那臣の脳に、爆弾が放り込まれる。




「……館君。君は『マモリノケモノ』に『アルジ』として選ばれただろう」




「は?……その言葉をなぜ局長が……」


 那臣は、ぽかんと口を空けてしまった。

 中二病少女みはやの脳内妄想設定用語が、上司の口から飛び出すとは。

 

 ……あれだ。自分は酔っ払って夢を見ているのだ。そうに違いない。

 

 呆けて固まったままの那臣に、局長は深すぎる溜息を投げかける。


「……よりによって君とは……だが君が選ばれてしまった以上、警察としては君を手放すわけにいかないのだよ。

 

 君が今後も警察組織の一員として働いてくれる……そのためになら、最大限の便宜を図ろうと、幹部会で意見が一致した。

 

 例の件で不愉快な思いをさせたことを謝れというのなら、幹部一同謝罪しよう。希望があればなんでも言ってくれたまえ。君に辞められては非常に困るのだ……」


 局長の苦り切った顔は、不本意と屈辱と嫌悪と絶望を絵に描いた見本のようだ。それでいて、その縋りつくような瞳が、土下座も辞さない悲壮な決意を伝えてくる。


 では、もう一度、俺にもちゃんと判るように説明してください、と希望を述べてよいのだろうか。


 那臣は、何やらいたたまれない気持ちになって、目の前の上司から、とりあえず視線を()らした。


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