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第一章 刑事、獣の主人(あるじ)となる 10

 地下から押し出される生暖かい風を、凍る外気が吹き消す。


 那臣(ともおみ)は、ウインドブレーカーの(えり)()ろうとした右手を、ついと降ろした。


 左手を、ぶら下がっているみはやの背に回し、引き寄せる。


「俺から離れるな」


 声を押し殺した緊張感漂う警告に、みはやがふざけた返事で応える。


「やだ、那臣さんてば大胆ですねえ。ロリ嫌いは返上ですか?」


「馬鹿野郎、ふざけて言ってんじゃ……」

「知ってますよ。

 らぶらぶデートの最後を邪魔する不届き者が、ストーキング再開してますねえ。

 どうします? 

 朝からお待ちいただいたお礼に、おうちまで招待しますか?」

 

 驚いて左腕の中のみはやに向き直ると、変わらず愛くるしい瞳が那臣を見つめていた。

「……気付いてたのか?」


 信号が青へと変わる。


 並んで横断歩道を渡る二人から距離を取って、何者かが尾行(つけ)てきているのが判る。


「『俺の可愛いみはやちゃんの隣にいる野郎は何者だ! 俺よりちょっとだけイケメンだぜ畜生!』という純情奥手ロリ男子としては、ちょっとばかり殺気がだだ漏れしすぎてましたもん。

 でも那臣さん、なかなか気配読むの鋭いですね。

 後ろのひと、一応プロフェッショナルさんですよ。

 並の刑事さんじゃ気付くのは撃たれてからです」


「……褒められてるのかけなされてるのか、よく判らんコメントだな」


 軽い頭痛を覚えながら、那臣は数瞬で策を巡らす。


 みはやの言うとおり、相手はおそらく荒事の職業専門家(プロフェッショナル)だ。

 いくら刑事が人に恨みを買いやすい仕事とはいえ、そんな連中を雇ってまでなにかを仕掛けたい奴は、今、()()()()の関係者しかないだろう。

 

 そしてあの事件の関係者、『奴』であれば、ここで那臣たちの身になにかあろうと、なかったことに出来るだけの力を持っているはずだ。


 敵は多少の目撃者は承知の上。ならばあえて犠牲者を増やすことはない。

 みはや一人を守り通す。そう決めて、那臣は人通りの少ない路地へと足を踏み入れた。




 シャッターの降りた商店と人の気配のない民家。明かりは薄暗い街灯がぽつりぽつりと並ぶのみだ。


 背後の追跡者が、ふいに距離を詰めてくる。みはやを抱いた左手に力がこもる。

 緊迫した状況を判っているはずのみはやが、また茶化す。


「守られるっていい感じですねえ、気分はプリンセスです。

 そういえばボディガード那臣さん、SPって、容姿一番能力二番って都市伝説、本当ですか?」

「事実だ……ちょっと黙ってろ」


 当然だが武器など持ち合わせていない。

 第一撃をとにかくやり過ごし、逃げるか、瞬時に距離を詰めて格闘戦に持ち込むしかない。


「うっわ、警察ぶっちゃけ来ましたね。

 じゃ那臣さん、結構いい線行ってるんじゃないですか? 

 ほら二番目の彼女さん、合コンで顔に一目惚れって……」


 軽やかな(しゃべ)りに(まぎ)れ、みはやがするりと那臣の腕から抜け出る。


「みはや、離れるなって……っつ!」



 瞬間、殺意が那臣たちに襲いかかった。


 火線がみはやを貫こうとする。


 させまいと那臣が動く。


 横飛びで(さら)おうと手を伸ばす。




 指先から数十センチ。そこに立つみはやが、ふわりと動いた。




「っくはぁっ…………!」


 聞き覚えのあるこもった炸裂音。


 悲鳴にもならず漏れた空気と、どさりと倒れ込む音が三つ路地に響く。

 背後に二人、路地の行く手に一人の男が、地面でのたうち回っていた。


 那臣は唖然(あぜん)として、背後で倒れている男の一人に駆け寄る。

 男は全身を痙攣(けいれん)させ、首を()められたかのように咽喉(のど)()きむしっている。

 泡の浮かんだ口角から、ひゅーひゅーと細く息が漏れ続けていた。

 そのすぐ横にはもう一人、全く同じように(もだ)えあえぐ男が転がっている。

 彼らの側には二丁の銃が落ちていた。


(何が起こったんだ……?)


 あれは、消音器を付けた銃の発射音だった。


 だが、今倒れている男たちのものであろう、(かたわ)らに落ちている銃に消音器はない。ということは。


「込めてあったのはただの硬化ゴム弾です。

 威力は弱いし、直接の殺傷能力はありませんけど、気道を潰すにはちょうどいい感じなんですよ。声も上げられませんしね」


 先程までとまるで同じ調子で語り出す。


 振り返ると路地の奥、行く方で倒れた男の傍らに、みはやが立っていた。

 その左手には、(ほの)白い街灯を反射して、鈍く存在を主張する銃が握られていた。


「日本は銃も刃物も持ち歩きNG、平和でよい国です。

 善良な一市民として、その精神は尊重したいところなんですが、こういう困ったちゃんが会いに来るって判ってましたので、仕方なくリュックに詰めて。

 ほんとは嫌なんですよ? せっかくのらぶらぶデートに武器携帯なんて」


 (かが)んでひょいとゴムの塊を拾う。

 一瞬で男たちを沈めた刃を、何事もなかったかのように指先で(もてあそ)ぶ。


「その日本人のおじさんは元SPさん。

 警察退職後、裏のお仕事中心の個人事務所を開いてました。

 あとのお二人は外国の方で元軍人さんですね、特殊部隊出身の傭兵ってやつです。


 さすがは国家公安委員長。

 調達できる殺し屋さんも豪勢ですね。

 那臣さん実はめっちゃ強いですから、並の殺し屋さんじゃあっさり返り討ちですし……

 ……って那臣さん個人の戦闘能力はちゃんと客観的に分析できてるんですね、ふむふむ。


 ついでに仕事、超早です。

 元SPさん通じて傭兵さんたちを手配し入国させたの、昨日の夕方ですよ? 

 本来の政治家さんのお仕事も、それくらい勤勉ににこなしていただきたいですよねえ」


 そんな連中に前後から挟み撃ちにされても、銃弾を放つことさえ許さず、瞬時に制圧してみせる。


 人間離れした技を見せつけておいて、全く口調が変わることはなかった。


 足下で今まさに息絶えようとする者たちを(かえり)みようともしない。

 みはやは、当たり前のことをしただけなのだ。


 やっと問うた那臣の声はかすれていた。





「……これが、『守護獣(まもりのけもの)』か」


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