表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/197

98 水の女神の眼球





「とはいえどうやって解体するんだこれ。鱗はどんな武器も通さないんだろ?」


 リヴァイアサンの巨体を見上げながらディーが言う。


「簡単です。鱗を取ればいいんです」


 リゼットは包丁を取り出し、手近な鱗の端に包丁を引っかける。

 隙間に包丁を潜り込ませ、ゆっくりと中に入れていく。

 ペキッと氷が割れるような音がして、透明な鱗が一枚剥がれた。


「こうやって――ほら。魚の鱗を取る要領で」

「おおー!」


 ケヴィンが歓声を上げて、槍を手にリヴァイアサンに近づく。


「ってことはこうすれば――」


 槍の背を当て、大きく左右に振る。旗でも振るかのように。


「うっへー! すっげえ取れる! すっげえ気持ちいい!」

「やめろ飛んでくる! ゆっくりやれ! それでも大人か!」

「いいこと教えてやる。大人ってのはな、ガキなんだよ!」


 ケヴィンは満面の笑みで取れた鱗をまじまじと見つめている。


「こりゃすげえな。軽くて丈夫で、柔軟性も強度もある。防具の材料として理想的だ」

「この背びれも、取り外せれば盾として使えそうだ」


 レオンハルトはリヴァイアサンの背びれを真剣な眼差しで見つめていた。

 ユドミラはリヴァイアサンの頭部――その口元をじっと見ている。


「私は――もしよければ髭をいただきたい。弓の弦に使ってみたいんです」

「どうぞどうぞ」


 ユドミラの表情が子どものように輝いた。


「よしよし。こんだけ受けがよけりゃ、かなりの値段で売れそうだな」


 ディーが金勘定をし始め、リゼットも頷く。


「そうですね。持って帰られるだけ持っていきましょう」


 リヴァイアサンは海のドラゴン。ドラゴン素材は高く売れる。山分けしたとしても、一財産が築けそうだ。

 リヴァイアサンの解体はスムーズに進み、肉が切り出されていく。

 体表近くの肉は、透明感のある白い肉だった。外観や感触は白身魚とよく似ている。


 リゼットはさっそく料理を進める。

 生で食べたいところだが、生食は怖い。

 まずはシンプルに塩を振り、アイスウゴキヤマイモでつくった粉を纏わせて、最後のバターを使ってフライパンで焼く。


「出来ました! リヴァイアサンのムニエルです!」


 全員の分を用意してから、リヴァイアサンの切り身を串焼きにしている火を囲んで座る。


「それでは、いただきます」


 ダンジョンの恵みに、そしてリヴァイアサンに感謝しながら一口食べる。


「これが、リヴァイアサン……あっさりしているのに旨味があって、ぷりぷりしていて……おいしい……」


 やっぱり海産物に間違いはない。

 塩味の中にどこか柑橘系の風味もする。甘くておいしかった。


「これが海のドラゴンの味か……まさかリヴァイアサンを食べられる日が来るなんて、思ってなかったな」


 レオンハルトは感慨深そうに言う。


「意外と魚と変わんねえのな。あー、この皮、特にうめえな」


 ディーは皮が特に気に入ったようだった。皮は意外と薄く、脂が乗っていて、焼くとカリカリとしていて確かにおいしかった。


「なんでこんなにうまいんだ? ドラゴンだからか? 深層だからか? おかわり!」


 ケヴィンは不思議そうに、しかしすごい勢いで食べていく。ムニエルのおかわりを食べながら、焼けたばかりの串焼きも食べ始める。


「魚……」


 ユドミラはしばらく険しい表情でリヴァイアサンを見ていた。魚が苦手なのかもしれない。しかし、意を決したように小さく切った一切れを食べる。


「これが、この味が、リヴァイアサン……あの竜を食べているなんて……」


 ユドミラは信じられなさそうに身体を震わせながらも、リヴァイアサンを食べる手は止まっていない。


「なんて惜しいのでしょう……油があればフライができたのに」


 リゼットが悔やんでいると、レオンハルトが苦笑する。


「地上に戻ったら油を買おう。小麦粉も」

「はい、もちろん。リヴァイアサンフライに、パイアカツレツ……とても楽しみです」


 それをパンに挟んで食べたらどれだけおいしいだろう。


「兜焼きの方もそろそろできそうですね」


 リヴァイアサンの頭を見る。

 頭の方は解体前から、火で囲んでじっくりと焼いていた。

 元々火魔法で吹き飛ばしていたためかなり火が入っていたが、念のためにじっくりと焼いてある。


「お前のセンスにはホント脱帽するよ」


 ディーがムニエルを食べながら呆れたように言う。


「それでは、いただきます!」

『……わたしを、食べないでください……』


 か細い声が、新境地に向かおうとしていたリゼットを押しとどめた。


 次の瞬間、リヴァイアサンの兜焼きの上に、少女が現れる。

 繊細なガラス細工のような美しさと、神々しさを帯びた、透き通るように肌の白い少女が。


 ――水の女神フレーノ。

 以前に見たときは半透明だったのに、今度はしっかりと実体があった。

 フレーノは空中をふわふわと漂い、身体に流水をまとわせながら、幼い表情でリゼットを見つめる。


『…………』


 女神は何も語らない。


『…………』


 一言も発さずに消え、そしてまた現れる。現れては消えて、ただじっとリゼットを見ている。


「私はリゼットと申します。あなたは?」


 リゼットは今更ながら名乗った。

 三度目の邂逅で、相手の名前は知っていても、自分たちはまだ挨拶もしていない。

 リゼットは最初からやり直すことにした。


『……フレーノ……』


 か細い声で名乗る。

 その瞳はじっとリヴァイアサンの兜焼きを見ていた。


 リゼットは考える。彼女の望みはなんだろうか。どうして姿を現したのか。

 リヴァイアサンを食べたいのだろうか――いや、フレーノは先ほど「わたしを食べないで」と言った。


 もしかすると、ラミアの皮の中にフレーノが入っていたのと同じように、このリヴァイアサンもフレーノなのだろうか。


 その時、火が通って真っ白になったリヴァイアサンの左目の中から、青い宝石がころころと転がり落ちる。


『わたしの眼です。わたしはずっとあなたを見てきました。このダンジョンで、あなたたちを……』


 淡い青の輝きがリゼットを見つめている。


『あの子の器に一部を入れて、このダンジョンをさまよっていました』


 フレーノは自分の胸に手を当てる。


『わたしは、また、外を見たいのです……この子といっしょに』


 フレーノは胸の中に光るものを抱えていた。

 それは弱い光であり、いまにも消え入りそうな儚さだった。

 リゼットの左目から自然と涙が零れ落ちる。

 そして、理解した。フレーノの中にある光は、あの幼いラミアの魂の一部なのだと。


『お願い、外へ……』


 弱々しい懇願と共に、フレーノは姿を消す。

 水の女神の眼球だけを残して。

 リゼットはそれに手を伸ばした。気を強く持って触れれば、涙のように勝手に入ってくることはなかった。


 手のひらに乗せたそれは、どこかあたたかかった。


 リゼットはユドミラとケヴィンに、フレーノの眼球を乗せた手を差し出す。


「おふたりは聖遺物の回収に来られているんですよね」

「いやいやいやいや!!」


 ケヴィンは首をぶんぶん横に振る。


「女神の望みは外に出ることのようです。私じゃなくても大丈夫でしょう」

「いやいやいやいや」


 激しく首を振り続ける。断固拒否の構えだった。

 リゼットはユドミラの方を見たが、ユドミラもゆっくりと首を横に振る。


「受け取れません。私やケヴィンが手にしても、この大地に還るだけでしょう。それに……」


 儚げな表情で、青の輝きを見つめる。


「それに、いまの私には……それは眩しすぎます」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ