84 パイアとウォールミミック【side ディー】
真下にできた強固な足場を見下ろして、レオンハルトは安堵したように笑う。両足を崖の壁面に立てて剣を抜き、足場の上に降り立った。
「だ、大丈夫ですかー?」
上の方から不安そうな声が降ってくる。
魔法でできた頑強な足場の上で、レオンハルトはディーを脇に抱えたまま答えた。
「ああ、俺もディーも無事だ」
「よかった……いまロープを垂らしますから」
ほどなく、上からツルで編んだロープが降ってくる。
レオンハルトはそれをぐいぐいと引っ張って強度を確認し、ディーを見る。
「行けそうか?」
「……ああ」
石の足場に降り立つと、レオンハルトが手を握ってくる。
その瞬間、ディーの手の痺れと痛みが取れた。――回復魔法だ。
(こいつ……)
涼しい顔をしてなんでもあっさりやってのける。
「サンキュー」
短く礼を言ってロープを握る。
手の痛みがなくなりロープがあれば、あとはもう簡単だ。
上まで登り切れば、崖縁から離れたところで不安そうな顔で立っているリゼットの姿が見えた。
目が合うと、リゼットは泣きそうな顔で笑う。
「よかった……」
「……これくらい、大したことじゃねーよ」
ディーが登りきると、レオンハルトも登ってくる。ようやく合流し、崖から離れた場所でやっと落ち着いた。
「あの高さを一人で登ってきたのか……よく頑張ったな」
「さすがディーです」
「……ま、お前らのおかげだよ」
レオンハルトから借りたキリングベアーの毛皮にくるまりながら火に当たる。
火の上には鍋が吊るされていてぐつぐつ煮えていた。
少し離れた場所には捌かれ終わったパイアもあった。
「――で、オレが落ちてた間、お前らはここで飯食ってたのか?」
別に文句はないがなんとなく聞いておきたい。
「あの後――道なりに降りてディーを探しに行くか、崖から飛び降りてディーを探しに行くかでレオンと話し合いまして――」
ぞっとする。
「なんで飛び降りる選択肢が出てくるんだよ」
「降りて行くと道に迷う可能性が高く、落ちると死ぬでしょうが一度は復活できますし」
「やめてくれ。マジでやめてくれ」
いくら復活できるとしても死ぬのは愉快な経験ではない。この二人がそうなったところを想像するだけで気分が悪くなる。
「そこで発見したんです。土魔法で崖に足場をつくれることに!」
「あ?」
「階段をつくりながら安全に降りていこうという話に決まって、魔力を回復させるためにパイアを料理をしていたところなんです」
ぐつぐつ煮えている鍋からは、ウォールミミックの匂いがした。黄土色のスープに浮いているのはパイア肉だろう。
「そうしたら急にレオンが走り出して、追いかけていったらおふたりが崖から落ちかけていて」
リゼットは慣れた手つきで鍋をかき混ぜて、器によそう。
「間に合ってよかったです。はい、どうぞ」
スープを受け取る。
脂が浮いている土色のスープは、光を受けて黄金のように輝いていた。
あたたかいスープを飲むと、香ばしい匂いが鼻から抜けて、ふっと気が緩む。
「うめえな……」
しみじみと呟き、パイア肉を食べる。
肉は柔らかく、特に脂身が甘くとろけて絶品だった。
こんなにうまい肉は初めて食べたかもしれない。冷えた身体に染み入っていく。
「はい。こんなにおいしい脂身、初めて食べたかもしれません。ウォールミミックとの相性もいいのでしょうね」
ディーは食べながら二人を見た。
奇妙な縁だと思った。
モンスターを食べていることも、たいした能力のない自分がこんな二人と共に冒険していることも。
以前のパーティにダンジョン内で追放されて、偶然この二人に出会ったことを、幸運だったと思う。
怪しいものを食べるのはまだ慣れないが、同じものを食べながらああだこうだと本音で言い合うのは――楽しかった。
実力が釣り合わないのは自覚している。だが。二人が自分をいらないと言うまでは、行けるところまで付き合ってやろうと思った。
「そうだ。ここを出たら、ランドールに向かいませんか」
リゼットの提案に、ディーはぱっと顔を上げる。
「いいいいいいのかよ」
声が震える。
ランドールは享楽都市や黄金都市とも呼ばれる娯楽の都だ。ギャンブルが盛んで、一夜で富むものと貧するものが入れ替わるゴールドが飛び交う場所だ。
このダンジョンに入る前に冗談で言っていた場所だ。
「なんの目的で?」
レオンハルトに言われ、リゼットは微笑む。
「もちろんバカンスです。リフレッシュ休暇です。そういうのもたまにはいいかなと」
「……そうだな。いいんじゃないか。楽しそうだ」
リゼットには甘いレオンハルトだ。リゼットに笑顔でそう言われれば断るわけがなかった。
「は、はは……任せとけ。お前らにギャンブルとイカサマを教えてやるよ」
「それは遠慮しておく」
「空気読め」





