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83 地の底から空を見る【side ディー】






 自らが落ちたと思われる崖の下まで辿り着いたディーは、上を見上げて諦めた。

 切り立った崖はかなり高く、ゴールも見えない。登れるような足場も少ない。そのうえ風が絶えず吹き続けている。


「無理だなこりゃ。迂回するか」


 こんな崖を登り切れるような技術も腕力も体力も道具もない。リスクが高すぎる。

 身軽さには自信があるが、体力には自信がない。


 ため息をついて、視線を落とす。

 そこには足があった。

 自分のミスでヒュドラ毒を受けて、一度レオンハルトに斬られて、きれいに繋がっている足が。


(何度思い出してもゾッとするな)


 あの一瞬でなんという決断力だろうか。あれで命が救われたとはいえ、あの一瞬で三回ほど死んだ気がする。

 だが、生きている。

 あの時死んでいたら、いまこうやって復活できていたかもわからない。


 ディーは再び上を見る。

 迂回の方が道は安全だが、モンスターと出会う可能性が高い。


「あの覚悟と根性、ちょっとは見習ってみるかね」


 そしてディーは早々に後悔することになる。





(こんなこと、盗賊技能にねーんだよ……!)


 投げナイフにロープをくくりつけて手首に通したものを強く握り、壁に突き刺す。

 しっかりと食い込んだのを確認してから、身体を引き上げる。

 それを何度繰り返したか。

 時折上から雪の塊やツララになったものが落ちてきて、何度死を覚悟したかわからない。幸い、まだ生きているが。


 心の中で悪態をつき続けながら、投げナイフを壁に喰い込ませて壁を登る。


「あー、やっぱりもうちょっと鍛えておきゃよかったな……」


 後悔はいつだって取り返しのつかないときになってようやく現れる。

 崖の貴重な隙間で身体と手を休ませながら、ディーはいままでの人生を噛み締めた。

 聞こえるのは悲鳴のような風の音と、自分の息の音だけだ。


 ちらりと下を見る。

 落ちたら確実に死ねるぐらいの高さまで来ていた。もう引き返すことはできない。これ以降は下を見ることをやめた。


 アイテム鞄の中に残っていた、車輪蛇を串焼きにしたものを食べる。

 冷たくて硬いのでゆっくりと、少しずつ。

 少し体力が戻ってきて、ディーは壁登りを再開する。


 あと少し、あと少しと、自分を奮い立たせながら。

 登っていればいずれゴールへと辿り着く。終わらない山はない。崖はない。


 そんなディーを上で待ち受けていたのは、崖の途中に降り積もった雪から伸びるツララだった。崖の縁からせり出した雪の塊から、溶けた氷が伸びて凍って、槍のようになっている。

 鋭い槍先がディーを向いている。


 指先が絶望に震える。

 いまあれが落ちてきたら、死ぬ。刺さったら死ぬ。刺さらなくても落ちて死ぬ。

 落ちて死んだらどうなる。


(――落ち着けクソ野郎!)


 ディーはルートを変更する。

 横に移動して、ツララが落ちてくる軌道から外れる。

 わずかに横にそれた瞬間、そのすぐ隣を氷と雪の塊が遥か崖下へと落ちていった。

 自分の判断と幸運に感謝しながら、また上へ。


 一歩一歩、慎重に進む内に終わりが見えてくる。雪庇もない、それ以上上もない崖の縁。きっとあそこがゴールだ。


 体力が尽き切る前に辿り着けたのは豪運だった。最後を前に一度休みたかったが、休憩できるような隙間はなかった。後は気合だ。


 限界が近い手を伸ばす。

 腕が震えてうまく動かない。

 それでも、崖の縁に右手の指をかける。ゆっくりと体重をかけたその瞬間、つかんでいた部分の岩が崩れる。


 身体のバランスが崩れ、重心が乱れ、足場にしていた出っ張りも崩れ。

 ――落ちる。


「ディー!」


 落ちていくディーの右手を、強い力が繋ぎ止める。

 落下が止まり、身体が宙に吊るされる。

 ディーはきつく閉じた目を開き、上を見た。


(レオン――)


 崖の上で腹ばいになって、片手の力だけでディーを支えているレオンハルトの顔を。


 心臓が激しく脈を打ち始める。

 状況が最悪だからこそ頭は冷静だった。

 いくらレオンハルトの筋力が強くても、崖の縁は脆い。このままレオンハルトごと崩れ落ちるかもしれない。そうすれば二人とも命はない。


「レオン、離せ」


 言うことを聞かないだろうなと思いつつ、ディーは左手で手首にぶら下がってるナイフを握る。

 少し傷がついてもレオンハルトなら自分で治せる。さすがに痛みがあれば、反射的に手を離すだろう。


「――頑張れ! もう少しだ!」


 その目は、声は、諦めることを知らない。本気でどうにかなると思っている。


「…………っ」


 ディーはナイフから手を離し、その左手でレオンハルトの腕をつかむ。

 レオンハルトがもう片方の手を伸ばし、ディーの左腕をつかんで引き上げる。


「俺を足場にして登るんだ」

「後で文句言うなよ」


 右手をつかんでいた力が弱まる。ディーは手を伸ばし、更に上をつかむ。

 レオンハルトの両腕を使って、少しずつ上に登っていく。腕や肩、背中を踏みながら。

 少しずつ、崖の上の景色が見えてくる。


 ディーが上がっていく度、脇の下、腰、とレオンハルトが支える場所も変わっていく。思っていたより少ない力で、安定して登っていけた。


 ――あと少し、というところでだった。

 崖が大きく崩れ、レオンハルトと共に落ちたのは。


レオンハルトは落ちながらディーの身体を脇に抱えながら、抜いた剣を壁面に突き立てる。

 深く刺さった剣がブレーキとなり落下は途中で止まる。


「ストーンピラー!」


 その言葉と共に、頑強な足場が真下に生まれた。


 ――魔法というのは冗談のようにその場の状況を一変させる。




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