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82 シーフ、ソロになる【side ディー】





 ――人生というのは生まれながらに決まっていて、自分の人生はロクなものじゃない。

 ディーはそう思っていた。きっと終わり方もロクなものではないだろうと。


 だが、崖から落ちる最中には「まあまあ悪くなかったな」と思える自分がいたことに驚いた。まさか自分が人を守って死ぬなんて、と。


(……まあ、なんだかんだでダンジョンではそうそう死ねねえんだけどな)


 森の中で雪の上に寝転び、自分の落ちてきた崖を遠目に見上げながら、ディーは自分の身体を点検していく。

 骨は折れていない。欠損もない。多量の出血もない。

 どうやら、一人ひとつ持っていた貴重な復活アイテム『命の種火』が発動してくれたらしい。


 しかし、命は助かったが状況は絶望的である。ダンジョン内にシーフが一人。すでに復活アイテムは尽きた。モンスターに襲われればひとたまりもない。


(シーフのソロなんて聞いたことねーぞ……)


 とにもかくにも身を守るために【気配遮断】のスキルを使う。

 他にディーが持つスキルは【敵気配察知】【鍵開け技能】【罠解除】【地図作成】【方向感覚】【命中率向上(投擲武器)】という、シーフにはお決まりのスキルばかりだ。


 レオンハルトやリゼットのような特別な能力はディーにはない。

 秀でたスキルも、身体能力も、魔法の才能も。


(ま、やるだけやってみるか。オレにあるのは生き汚さだけだしな)


 レオンハルトやリゼットはいまごろどうしているだろうか。

 あの二人のことだ。きっとディーのことを探しているだろう。

 それならこの場所を動かないほうが探しやすいだろうか。はらはらと降る雪を眺めながら思う。


(――いや、待ってるだけってのはな)


 地図を持っているのはディー。

 地図を描いているのもディー。

 斥候も自分の役目だ。


 ディーは立ち上がった。

 とりあえず自分が落ちた崖の下まで移動することにして、雪の上を歩き出す。目標は目視できる。距離もない。迷うことはない。


 そうやって歩き出してすぐに、ディーはモンスターと遭遇した。


 ――ラミアだ。

 子どものラミア。

 一度は見逃し、いけすかないノームに死体を持ってこいと言われたラミアが、木の陰からディーを見ていた。


「よ、ちびすけ。一回見逃したんだから、オレも見逃してくれよ……?」


 言葉は通じるはず。興奮させないように穏やかに話しかける。

 そしてディーは気づいた。ラミアの下半身が倒木と地面との間に挟まっていることに。


「挟まってんのかよ……」


 これならディーを襲ってくることはないだろう。好都合だった。だが。


『帰りたい……ママに、会いたい……』


 声が聞こえて、ディーは渋面をつくった。

 ――ママ、というのは親のラミアだろう。


(外に憧れて家出ってとこか?)


 そして外には出られず、帰ることもできなくなっているというところだろうか。

 ヒューマンにとってダンジョンの環境は厳しいように、モンスターにとっても外の環境は厳しいはずだ。もし出られたとしてもいい事はなかっただろう。


(……まあ、気持ちはわかるけどな)


 ディーはスラムで生まれ育ち、両親の顔も知らないが。外への――閉鎖した環境からの外への憧れは共感できるものがあった。

 その日暮らしの現実から抜け出そうとして、唯一の稼げる手段――盗みの腕を磨いていった。だが腕を磨けば磨くほど、日々を生きれば生きるほど、更に深みに堕ちていった。


 捕らえられた時は絶望と安堵を同時に覚えた。

 ――ああ、これでやっと終わる。


 ディーへ与えられた罰はダンジョン送り。

 当然というべきか、皮肉というべきか、ディーには才能があった。シーフの才能が。

 鍵開けの資格を取り、技能を見込まれていくつものパーティを転々とした。昔スラムで一緒のグループだった冒険者に誘われて、その連中に散々な扱いを受けて最後はダンジョンの中で捨てられた。


 そして、レオンハルトとリゼットに出会った。


(運がいいのか悪いのか)


 あの二人は変わっている。

 血筋がいいのに――いや、あまりにも育ちがいいからこそか――ディーを対等な仲間として接してくる。


(オレはクズだが)


 せめてあの二人の信頼を裏切るような行いはしたくない。

 幼いラミアを見つめる。震えていた。


「寒いのか? だよなぁ……」


 ラミアは服を着ていない。毛皮もない。その上、下半身は蛇だ。蛇は寒さに弱いはずである。


「ほら、これ着てろ」


 ディーはキリングベアーの毛皮を脱ぎ、幼いラミアに着せた。

 自分はアーヴァンクのマントをしっかりと羽織る。


 ディーはアイテム鞄の中を探した。食料はいくつかあるが、モンスターにモンスター料理を食べさせてもいいのだろうか。なんというか、心情的に抵抗がある。

 買っておいたリンゴを取り出し、幼いラミアに渡す。


「取っておきだ。それ食って、ちょっと待ってろ」


 ディーはラミアの上に乗っている倒木に手をかける。

 太さはそこまでない。だが、重い。ずっしりと中が詰まっているようだ。持ち上げようとしてもビクともしない。

 これは無理だ。

 ディーは早々に諦め、方法を変えることにした。


 手ごろな木を探し、ナイフで切っていく。斜めに刃を当てて幹を削り取っていく。しばらく続け、削り取った部分とは反対側に体重をかけるとボキリと折れた。

 邪魔な枝をナイフで払い落とし、丸太をつくる。倒木とラミアの間にその丸太を差し込む。


 あとは、てこの原理だ。

 倒木に差し込んだ側と反対側、浮いた丸太に肩を入れ、持ち上げる。


「ぐぎぎ」


 重い。が。全体重をかければ倒木がわずかに浮いた。

 わずかに開いた隙間から、ラミアが這い出してくる。

 ――ミッション成功だ。

 ディーは満足し、丸太を離した。


(罠解除用に覚えた知識がこんな風に役に立つなんてな)


 満足感と、心地いい疲労を覚える。


「ほら、怖いやつらに見つからないうちにさっさと逃げろ。その毛皮はやるから」


 ラミアはこちらをちらちらと振り返りながら、森の奥へと消えていった。


「はあ……」


 ひとりになって、ディーは大きくため息をついた。


(モンスターになんて同情するもんじゃねーな)


 次に遭ったときは襲ってくるかもしれない。

 母親の方を倒すことになるかもしれない。

 ディーたちが戦わなくても、他の連中――フォンキンやケヴィン、ユドミラたちが倒すかもしれない。逆に倒されるかもしれない。

 どれも愉快な想像ではない。


 ――モンスターと冒険者は、食うか食われるかくらいの関係がちょうどいい。





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