79 クエスト依頼がありました
壊滅したゴブリンの集落を遠目で眺めながら、リゼットは身体を震わせた。
「何があったのでしょうか……」
圧倒的な暴力で徹底的に破壊されている。
雪の下には更に凄惨な光景が広がっているだろう。
「……他の冒険者か、あるいはジャイアントキリングベアーの仕業だろうか」
「終わったことだろ。いいじゃねーか、次に行こうぜ」
「そうだな。ここに長居しても意味はない。行こう、リゼット」
「はい」
探索を再開し、晴れた夜の雪原を歩く。
キリングベアーの毛皮はあたたかく、寒風が吹き荒んでもまったく寒くない。
「うおっ? な、なんだヒューマンらか……キリングベアーが立って歩いているかと思ったぞ……」
「フォンキンさん」
森の方から出てきたフォンキンと鉢合わせる。
「お久しぶりです。ご無事なようで何よりです」
「ふむ。そちらもまだ生きとって何よりだ。しかもダンジョンを荒らす害獣を始末してくれるとは!」
キリングベアーの毛皮を見ながら興奮気味に言う。
「害獣って、キリングベアーのことですか?」
「うむ。キリングベアーはこのダンジョンで生まれたのではなく、外から入ってきたモンスターだ。美しいダンジョンの生態系を荒らす醜い外来種だ。まあそれを言うなら貴様らもだがな。わははは!」
フォンキンは心底愉快そうに笑う。
リゼットは何も言わなかった。
(それにしても、フォンキンさんは寒くないのでしょうか)
この雪が降る階層ででも、フォンキンは上の階層で見た時と変わらない薄手のローブ姿だった。ノームは寒さに強いのだろうか。
怪我もしている様子はない。上からここまで、モンスターとも遭遇せずに散歩しながら降りてきたような余裕振りだった。
「フォンキンさんも単独でここまで来られるなんて、お強いのですね」
「強さは関係ない。小生にはモンスターは寄ってこぬからな」
「まあ。どうしてですか?」
「知れたこと。そちらがヒューマンで、小生がノームだからだ。ヒューマンはモンスターのヘイトを買いやすいのだよ。そして人数。そちらは三人で小生は単独。モンスターは人数の多い方へ向かう」
ノルンダンジョン内で出会ったドワーフの行商人カナツチは、ダンジョンの中を単独で行動していた。他の種族はヒューマンと比べてモンスターに襲われにくいようだ。
(ケヴィンさんとユドミラさんも二人パーティ……私たちが一番狙われやすいですね)
だがそれは食料を得られやすいということにも繋がる。
「そうなのですね。でもどうしてヒューマンが狙われやすいのでしょう」
「やれやれ。女神の眷属は、己が主の性質も知らぬらしい」
ため息混じりに冷笑される。
「――しかし。愚かで浅はかだが、ヒューマンの割にはなかなかやりおる」
「オイ。さっきからケンカ売ってんのかよ」
ディーがずいっとフォンキンの前に出る。
「暴力に訴えるつもりかな? ますますもって浅はかなり」
「オレらがバカな害獣なら、お前はどーなんだって話だよ!」
「賢者の偉大さは凡人にはわからぬものよ」
いまにもフォンキンに殴りかかろうとしているディーをレオンハルトが後ろから押さえる。
「離せレオン! こいつ一回殴ってやんなきゃ気が済まねえ!」
「気持ちはわかるが落ち着け」
暴れるディーを軽々と抱えたままの格好で、レオンハルトはフォンキンを見据える。
「無知な凡人にご教授願いたい。どうしてヒューマンがモンスターに狙われるのか」
「簡単なことよ。古代種の血を引かぬのはヒューマンのみ。貴様らは女神が戯れに生み出した自身の模造品。モンスターにとっては己の世界を滅ぼした相手なのだよ」
「なるほど。モンスターとしては俺たちはさぞかし憎いだろう」
「ふん、驚きもせぬか。少しは物を知っているらしい。やはりヒューマンの割にはなかなかやりおる」
その表情は不機嫌そうであり、だが声はどこか嬉しそうでもある。
「よし。貴様らにひとつ依頼してやろう」
「依頼ですか? もしかしてこのキリングベアーコートをご所望でしょうか?」
「それも興味はあるがいまは良い」
「あんのかよ……」
青緑の瞳がぎらぎらと光る。
「幼体のラミアを見つけたらその死体を持ってきてほしいのだ」
――幼体のラミア。
リゼットにはもちろん心当たりがあった。
第一層で出会った、水を求めて苦しんでいた幼いラミアの姿を思い出す。
「そんなもんどうするんだ」
「モンスターの行く末など冒険者の知ったことではないだろう。それとも野蛮なヒューマンは食べてみたいと抜かすのか?」
「オイ。依頼者の態度じゃねーぞ」
「モンスターを殺すのがお前たちの仕事であろう。さあ、四の五の言わずに行ってこい」
虫を追い払うような仕草をする。
「…………」
レオンハルトもディーも黙ったままだったが、怒っているのが伝わってくる。
「報酬はどうなりますか?」
「報酬は食料だ。モンスターだけでは辛くなってきた頃合いだろう」
肉は充分ある。まだ村でもらった野菜も残っている。掘ったヤマイモもある。だがどれも、いつまでもあるわけではない。
「足元見やがって……」
「このダンジョンはまだ若く、浅い。すぐに見つかるであろう」
フォンキンはそう言うと、軽やかな足取りでリゼットたちとは別方向に歩いていく。
「ノームってのはいけ好かねぇやつらばかりだな!」
フォンキンが消えてから、ディーが盛大に毒づいた。
「ノームの方は学者肌の方が多いと言われていますわね……でもきっと、フォンキンさんはあれでも悪気はないのです。ただ、自分が世界で一番偉いと思っているだけです」
「お前もなかなか辛辣だな……」
リゼットは微笑んだ。
「ドワーフの方は職人気質な方が多いそうですが、ノームとドワーフとリリパットは起源が同じと言われていますのよ」
「ノームとドワーフはなんとなく似てるからともかく、リリパットもか?」
「はい。とはいえ私も、伝聞と書物の知識ばかりですが」
爵位を継ぐ勉強の一環で、種族についてはよく学んだ。
リゼットの国はヒューマンが中心だが、種族のことはデリケートな問題を含んでいる。無知による失礼をするわけにはいかない。
「俺の国にはドワーフもノームも多かった。もちろん種族で似ているところはあるが、本当に皆違う。種族でひとくくりにするのは視野が狭くなる。俺とディーとリゼットだって、全然違うだろう?」
「……わかったわかった。偏見はやめる」
ふーっと息を吐き、肩を竦めて。
「あいつがいけ好かねえわ」
「同感だ」