75 アイスウゴキヤマイモのポタージュ
ほどなく、ゴブリンの巣と思わしき場所を発見する。
岩陰に隠れながら様子見する。
周辺の原野とは明らかに違い、そこは村だった。
丸太でつくられた簡素な三角形の小屋がいくつも並んでいた。それで風雪をしのいでいるのだろう。出入り口のところには木の皮で編んだタペストリーがかけられていた。
そして大柄なゴブリンリーダーが小屋の間を巡回していた。
間違いなく、ゴブリンの村だ。
「よし、行こう。リゼット、火を打ち上げてくれ」
立ち上がるレオンハルトに従って、リゼットは魔法の炎を空に向けて打ち上げ、弾けさせた。
一瞬あたりが昼間のように明るくなり、ゴブリンリーダーがこちらに気付く。
仲間を呼んだらしく村がにわかに騒がしくなり、ぞろぞろと10体ほどのゴブリンが武器を手に家の中から出てくる。
そしてリゼットたちは逃げた。
キリングベアーの足跡がある付近にまで誘導するために。
ゴブリンたちは見事につられ、リゼットたちを追ってくる。
リゼットは先導するディーの後ろを必死でついていき、レオンハルトがしんがりを務めた。飛んでくる石や弓矢を盾で防ぎながら。
ようやく目標地点に到達し、リゼットは強く足元を踏みしめ、後ろを振り返った。
【水魔法(上級)】【敵味方識別】
「フリーズアロー!」
氷の矢を生み出して、追ってくるゴブリンたちに浴びせかけ、一掃した。
倒したゴブリンリーダーと手下のゴブリンたちを放置し、リゼットたちは風を避けるため岩陰に腰を落ち着けた。
毛皮マントに身を包み、火を焚いてキリングベアーがやってくるのを待つ。
「火つけてて大丈夫なのかよ。逃げねえか?」
「キリングベアーは火を恐れない」
「それはそれで怖いな……結界はつくらねえの?」
リゼットは小さく首を横に振る。
「結界魔法は魔力の回復に時間がかかるんです。食事をすれば回復しますが、これからキリングベアーとの戦闘が待っていると思うと温存しておきたいです」
「ふーん、そういうもんなんだな」
ディーは残念そうに呟く。
その間にも寒風は吹き続け、雪はしんしんと降り続け、少しずつ体温を奪っていく。
「うん、食事にしよう」
「そうですね」
「賛成」
寒さに耐えきれない。
結界をつくり風除けにして、雪が降り積もらないように天井は円錐型にする。
風邪をひかないように、栄養があり身体が温まるものをと考えたリゼットは、ヤマイモであたたかいポタージュをつくることにした。
ヤマイモを細かく切って煮て、すりつぶす。
肉と玉ねぎのみじん切りを入れてよく煮込み、バターを入れて、塩と香辛料で味を調える。
「できました。ヤマイモのポタージュです」
火を囲んで座り、白く滑らかなポタージュを食べる。
「おいしい……」
じんわり、じわじわと、腹の中から身体全体が温かくなっていく。
「まろやかで、やさしい味だな。バターの風味がいい」
「ふーっ、あったまる……」
寒さも疲れも癒やされていく。アイスウゴキヤマイモは寒冷耐性のある種だから、身体をあたためる成分も入っているのかもしれない。
スープだけでは物足りないのでアーヴァンクの肉をステーキにする。
フライパンを強火で温めて、アーヴァンクの油を溶かして、塩と香辛料を振ったアーヴァンクの肉を焼く。
焼き目が付いたら引っくり返して、今度は火を弱めて、蓋をしてもう片側も焼く。しばらくじっくりと火を通したら出来上がりだ。
「焼けました! アーヴァンクのステーキです!」
まずはステーキ。冷めないうちにカットしたステーキを食べる。
肉の中央はバラ色。理想的な火のとおり具合。
「うめえ!」
「はい。とっても柔らかくて」
「ああ、それに力が湧いてくる」
アーヴァンクはなんて素晴らしいモンスターなのだろうと、毛皮のマントに包まれながら再び思う。
ステーキを食べ終わると、お茶を飲んで一服する。焼きムカゴをつまみながら。
身体は芯まであたたまり、心も空腹も満たされて、平和な時間が流れていく。
ふと、レオンハルトが何かに気づいたように身を起こす。
その真剣な眼差しの先を追うと、のっそのっそと四つ足で動く大きな影が見えた。
「きたきた」
ディーが弓と矢筒を手に取った。
結界の中からは攻撃できないため、外に出る。
「……ジャイアントキリングベアーじゃない。ただのキリングベアーが、三体か……」
ゴブリンを食べる四つ足の獣を眺めながら、レオンハルトが警戒した面持ちで呟く。
「どっちでも同じだ。ついにこいつを使う時がきた!」
ディーは興奮しながら矢筒から矢を取り出す。
防水紙に包まれた、ヒュドラの毒が塗られた矢を。
「ディー、頭は狙わない方がいいです」
「任せとけっての。狙うのは面積の広い、やわらかい場所だ……!」
弓に矢をつがえ、引き絞り、放つ。
矢は見事、食事に夢中になっていたキリングベアーの脇腹に刺さる。
キリングベアーは一瞬硬直し、全身から力が抜けたようにその場に倒れた。
「さすがです」
即死だった。
もがき苦しむ時間もなく、キリングベアーは息をしなくなった。
「この毒すっげえ効くな……」
ディーは声を震わせながら、二本目の矢を弓に番える。
それは二体目のキリングベアーの肩を掠める。矢じりは肩甲骨に弾かれたが、わずかな傷口から入った毒は命までを奪っていった。
三本目。これは後ろ足に刺さる。
キリングベアーはびくりと震えて三歩進んで、その場に倒れた。
地上最強のモンスターと呼ばれるキリングベアーがいとも簡単に死んでいく。ヒュドラ毒の強力さに、見ていたリゼットも戦慄した。
「へへっ、効きすぎて怖いくらいだ」
ディーの顔も引きつっている。
そして四本目の矢を出した。
「あの大物はまだいねえのか?」
「……ああ。気配もない。そのうち来るだろうとは思うが」
「ちぇっ」
つまらなさそうに矢を防水紙に包みなおそうとした時、矢がディーの手からぽろっと滑り落ちる。
そして、ブーツを突き破って足の甲に刺さる。
「ぎゃああああ!」
断末魔の悲鳴と同時に、レオンハルトの剣が、ディーの毒に侵された足を膝下から斬る。その毒が全身に回る前に。
ディーの身体がどさりと倒れた。
リゼットは現実感のない光景に一瞬硬直しかけたが、すぐにディーの太腿をきつく縛って出血を抑える。
レオンハルトはすぐさまディーの足を拾うと矢を抜き、解毒魔法をかける。
「ディー、頑張れ! もう少しだ!」
足の切断面を密着させ、回復魔法をかける。流れ出ていた血が傷口から体内に戻っていき、切断面が繋ぎ合わさる。
「よし。これでもう大丈夫だ。ダンジョン領域でよかった」
「……決断力がエグすぎる……」
ディーは倒れたまま空を仰ぎながら、げっそりとした顔で呟いた。