73 雪の舞い散る第三層
第三層に降りると、また雰囲気が変わる。
岩の壁がなくなり、天井が完全に開放されて、一面の夜空が広がっていた。月のない紺碧の夜空は深く澄んでいて、無数の星が瞬いていた。
「なんて解放感……! 寒い!」
とにかく寒い。ものすごく寒い。いままでも気温は低かったが、ここは雪や氷の粒が舞っている。雲もないのに。
吐く息は白く、身体はゆっくりと、だが確実に冷えていく。
「アーヴァンクの毛皮が早速役に立ちそうだ」
「どうします? 身を寄せ合って毛皮を被ります?」
アーヴァンクの毛皮は一枚しかない。
「暖かそうだけど、探索と戦闘には不向きだな……」
レオンハルトはアーヴァンクの毛皮を三枚に切り分けて、マントをつくる。
即席のマントだが、一枚羽織るだけで寒さが遮断され、内の熱がこもり、格段に暖かくなる。
「すごいです……あのアーヴァンクがこんな素晴らしいものになるなんて……肉もおいしくて毛皮も上等だなんて……素晴らしすぎて怖い」
「外にいたら乱獲されそーだな」
レオンハルトはマントを留めながら、警戒するように辺りを見回していた。
「あの二人は近くにはいなさそうだな」
ケヴィンとユドミラの姿は感じられない。それらしき足跡もなかった。
「全然別の場所に出てるんじゃねーの。ま、いまは鉢合わせたくねーよな」
探索を開始する。
地面に薄っすらと積もる雪と星明かりで灯りが必要ないほど地面は明るい。雪の感触を踏みしめながら雪原を歩く。
生えている樹の種類も変わっていた。針状の葉を持つ針葉樹が多くなっている。
木がまばらに生える中を、黙々と進む。雪を踏む音だけが小さく鳴り続けた。
くいっ、と。
後ろから誰かがリゼットのマントをからかうように引っ張ってくる。マントだけではなく髪も、指を絡ませるように軽く。
リゼットは髪とマントを引き戻す。
しかし相手はつかんでマントをするりと上に引っ張って、脱がせようとしてくる。
「もう、いたずらしないでくださ――い……?」
振り返った先には、もちろん誰もいない。当然だ。レオンハルトもディーも前を歩いている。
マントはその間にもするすると引っ張られ、完全に脱がされたマントはひらひらと木立の間を漂う。
寒さが一気に肌を刺す。
マントを奪ったのは、植物のツルだった。
【鑑定】アイスウゴキヤマイモ。寒冷地に適応したウゴキヤマイモ種。ツルは生物に巻き付き、相手を絞め殺して己の肥料とする。
一瞬思考が膠着する。紡ぐ魔法に迷い、足が止まる。
空中を踊っていたマントが投げ捨てられて、雪と木立に隠れていた無数のツルがリゼットに向かって伸びてくる。
「リゼット!」
リゼットが動くよりも早く、レオンハルトが【聖盾】でツルを弾き返し、相手が怯んだところを剣で薙ぐ。
数本はそれで斬り払われたが、生き残ったものがまた何本も同時に伸びてきてレオンハルトの剣を奪い取り、身体に巻き付いた。
アイスウゴキヤマイモは捕らえた獲物を絞め殺そうとする。
レオンハルトは身体に巻き付いた無数のツルを、一息で引きちぎった。ぶちぶちと千切れた白いツルが地面に落ちる。
そこへ一際太いツル――ツルの親玉とも呼べそうなものが、鋭くしなりながらレオンハルトを捕らえようとした。
しかしそれは接触する直前、ディーの投げたナイフが衝突して勢いを殺される。
【火魔法(神級)】【敵味方識別】
「フレイムストーム!」
炎の嵐はリゼットたちを中心にして辺り一面を焼き尽くす。
リゼットの狙いはツルの先ではなく、その根元だ。炎は絡みついたツルを燃やしながら更に赤い舌を伸ばしてそのすべてを燃やしていく。
雪を溶かし、土との境まで。そして根とツルを断ち切る。
焼き切られたツルは、残った部分もしなしなと地面に落ちていった。
「おふたりとも、ありがとうございます。一時はどうなるかと思いました」
投げ捨てられているマントを拾う。燃えておらず、破れたりもしていない。
「にしても頑丈なツルだな。何本か束ねて編んだらロープを作れそうだ」
ディーが落ちているツルを拾い上げ、ぐっぐと引っ張る。
非常に丈夫でしなやかな繊維質だった。獲物を絞め殺せるぐらい頑丈なツルなのだから、ロープにすれば千切れない頑丈なものができそうだ。
「ったく、素手で引きちぎられるもんじゃねーぞ」
「これぐらい軽いものさ」
「どんな筋力してんだよ……オレはもうレオンの方が怖えよ……」
リゼットはマントを着直しながら、アイスウゴキヤマイモの根元を見る。
土の下には当然根があるはずで、根は当然食べられるはずだ。白くて瑞々しいヤマイモが。
ただしあれは手で折れるぐらいやわらかかったはずだ。
リゼットはアイスウゴキヤマイモの根元にしゃがみこむと、ユニコーンの角杖で周囲を軽く叩く。
【魔力操作】【土魔法(初級)】
「とんとん、とんとん」
土魔法で杖の触れた部分の土を掘っていく。
根は脆いのでやさしく慎重に。
「なんの儀式だよ」
「やっぱり! ヤマイモです!」
出てきたのは想像通りの立派なヤマイモの根だった。リゼットは歓喜の声を上げて両手でそれを抱え込み、引き上げる。土を落とすとやや黄色がかった白い皮が現れる。きらきらと輝いて見えた。
それだけではなかった。
辺りに落ちている燃えたツルの節々にあるコブに気づき、リゼットは目を見開いた。
「まあ、ムカゴまで?」
【鑑定】アイスウゴキヤマイモのムカゴ。茎の一部が養分を蓄えて肥大化してできた肉芽。
きれいに焼けているムカゴを摘まみ取る。黒焦げにはなっていない。いい火のとおり具合だ。
「いただきます」
口に入れてゆっくり噛むと、ほくほくしたイモの味が口いっぱいに広がっていく。
頬が緩み、身体が喜ぶ。少しずつ滑らかでねっとりとした感触に変わり、流れるように口の中から消えた。
「……こんな寒い階層でも、適応して生きている植物モンスターがいる……モンスターは私が想像しているよりもずっとずっとたくましいのですね……」
「なんでいい話風になってんだ?」
「さあ……わかるようなわからないような」
「おふたりもどうぞ。なんというか、地上にできるおイモです」
他にも見つけたムカゴを集めて、塩をかけてふたりに渡す。
「淡白だから塩が効いてうまい……なんだかクセになる味わいだな」
「……ん、慣れるとけっこーいける。これなら探索中にも食えそう」
そこからは大忙しだった。ムカゴを取りながら、ツルを集めておく。次のキャンプ時にロープを編むために。
もちろんヤマイモも掘る。貴重な食料、貴重な栄養素だった。