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72 会議



「ん? なんでケヴィンのやついねぇの」


 めずしいほどの熟睡から目覚めたディーが、辺りを見回しながら不思議そうに言う。

 リゼットは、胃に優しい目覚めのスープを用意しながら、どこから話そうかと考える。


 クローラーを倒した後は、新しいモンスターに襲われることも、誰かが近づいてくることもなかった。

 レオンハルトはあの後もあまり眠ることはできなかったようだが、顔色はかなり良くなっている。ただ何故か、あの後からは口数が少ない。いまも黙々と剣と装備の手入れをしている。


「そうですね。最初から話すことにしますので、食べながら聞いてください」


 サウザンドブロブを細かく切ったものと、アーヴァンクの細切れ肉を入れて塩で味を調えたスープをそれぞれに渡す。


「まず、私がおふたりの服を追っていったところ――」

「そこからかよ。なんかかなり昔のことに思えるぜ」

「とにかくその先でアーヴァンクと出くわし、倒して、その後にユドミラさんと会いました」

「あ、よかった。生きてたんだな」


 ディーはスープを飲みながらほっと表情を緩める。ディーも心配していたようだ。

 続きを話すのを少しためらうが、話さないわけにはいかない。情報の共有は必須だ。


「そこでユドミラさんに尋問? されたんです。どうして聖遺物を持っているのかと。アーヴァンクを倒したときにルルドゥの髪色が発現してしまって、それを見られて、聖遺物だと確信を持たれたようです」

「――尋問? どんな」


 レオンハルトに鋭く問われ、リゼットは短く息を飲む。


「え、えっと……その、弓矢の先を向けられて。この毒は人間もモンスターも簡単に殺せるものだから、死にたくなければ正直に答えるように――と」


 返事はない。だがとても怒っているのは伝わってくる。


「で、でも大丈夫です。おふたりが駆けつけてきてくれたので、ユドミラさんは何もせずに去っていきました」

「なんでそのとき言わねえんだよ」


 その時の状況を思い出し、リゼットは思わず視線を逸らし、顔を伏せる。


「色々あって……」

「……そうだな。色々あったな」


 頭を振り、気を取り直す。背筋を伸ばして。


「それから、ケヴィンさんのことなのですが。私が見張りをしているときに起きてこられたので、あのお酒に薬が混入していたことを指摘したんです」

「薬ぃ? マジかよ。確かにいままでにないくらい熟睡したな……」

「いえ、最初に見せていただいたときに浄化はしました。何か入っていたら大変だと思って」

「お、おう。慎重派だな……」

「グレイロアの酒のことは偶然知っていましたので。薬品臭がかき消されやすいお酒だと」


 貴族の家の出身ということもあり、幼少のころから様々なものを見てきた。古今東西、そしてダンジョンの中から発掘された、いくつもの珍しいものや嗜好品が流れてきた。特に祖父がそういう商品が好きだったこともあり、たくさんのことを教えてもらった。


「――それで、薬の混入を指摘したら雰囲気が悪くなって。そうしたらそこにモンスター……クローラーが現れて」

「なんで起こさなかったんだよ」

「起こそうとしました。ちゃんと呼びました」


 それでもまったく起きなかった。


「起きてくれたレオンもかなり辛そうでしたし、あのお酒自体あまりいいものではなかったのかも」

「俺はもう二度とダンジョンで酒は口にしない」


 レオンハルトが自戒の念を込めて言う。その怒りはまだ収まっていない。

 表に出すことはないが、沈黙と、表情、そして目が、内に秘められた感情を映していた。


「ええとそれで、クローラーを倒した後、気づいたらケヴィンさんは姿を消していました。あのクローラーがこの階層のボスだったみたいですね。きっと現れた階段で、第三層へ行ったのでしょう」


 これまでの流れをすべて話し終わって、リゼットはようやくスープを飲む。

 既に冷めていた。


「わかるのはあいつらがただの冒険者じゃなさそうってことぐらいか。にしたって同じダンジョンに閉じ込められているんだから協力しておいた方がいいだろーに、わざわざケンカ売ってくる意味がわからん」


 最初から敵対していたわけでもないのに、出口の見えない状況で関係を悪化させた意味。

 考えられるのはひとつしかない。


「……ユドミラさんは、私がモンスターではないかと疑っているようです」

「あー……」

「あー……ってなんですか?!」


 怒るとディーは座ったまま後ずさる。


「いやいや、悪ぃ、大した意味じゃねえって。にしたってなんでそんな誤解をするんだかな」

「……ユドミラさんは、聖遺物を取り込めるのはモンスターだけだと言っていました」

「馬鹿馬鹿しい言いがかりだ。女神は、聖女ならば聖遺物を扱える資格があると言っていたじゃないか」


 リゼットに聖体の一部を与えた火の女神ルルドゥは確かにそう言っていた。だが。


「それを知っている人はほとんどいないと思います」


 そもそも女神が言っていることがすべて正しいのかという問題もある。盲目的に信じることはできないが。


「ですが、いままで聖女が誰ひとり聖遺物に触れたことがないとも思えません。聖遺物を管理しているのも、聖女が属しているのも、女神教会ですもの」


 触れる機会はある。


「聖女にそんな無茶をさせるとも思えないが……だが、聖女はある意味代えの利く存在だ」


 地上の女神結界を修復して大地の呪いを抑えるのが、聖女の仕事だ。

 その聖女に女神の聖遺物を取り込ませるなんて――もし失敗して聖女の力が失われることがあれば、取り返しがつかないことになる。


 だが――聖女が死んだり、その力を失えば、また新たな聖女が生まれる。

 そのため能力が弱まっている場合や、人格が破綻している聖女を強制的に代替わりさせることはある。


 誰かが――もしくは聖女が自ら奇跡を求めて聖遺物に触れたことはないのだろうか。どんな恐ろしいことも、どんな馬鹿馬鹿しいことも、試してみたがる人間は存在する。


「……よくわかんねーけど、目的はリゼットの聖遺物ってことか?」

「聖遺物を持っているリゼットごとどうにかしたいんだろう」


 レオンハルトはいまだ険しい表情のまま、続ける。


「ただ彼ら自身の方針がばらばらで、連携がうまくいっていないから、それぞれ単独行動して失敗している」


 その傾向は特にユドミラの方に強く感じた。ユドミラはリゼットの前で感情をむき出しにしていた。怒り、嫉妬、義憤――……そんな強い感情を。

 それに対してケヴィンは本心が見えない。その心も目的も、冷静に隠している。


「ともかくあいつらはただの冒険者じゃねーってことだよな。だとしたら何者? 教会関係者?」

「……女神教会に限らず、聖遺物を狙う者は多いだろう。あれだけの力と、威光。権力を求める者には魅力的で驚異的だ」


 ふたりの視線を受け止め、リゼットは微笑む。


「大丈夫です。これくらいのことは覚悟していました」


 これからのことをすべて覚悟して、自分で選んで、聖遺物を取り込んだ。後悔はしていない。


「私がモンスター料理を広めるだけの存在だとわかってもらえればいいのですが」

「いますぐ捨てろその危険思想」

「捨てません」


 言い合うリゼットとディーの前で、レオンハルトが苦笑していた。


「まあ確かにモンスターを食べることが広まれば飢える冒険者は減る。俺たちのように」

「そう、そのとおりです! なかなか受け入れられないのは、知らないからです。知ってもらえるようにがんばります」

「……無理強いはすんなよ?」

「当たり前です!」


 心から受け入れてもらえないと意味がない。

 強制させて屈服させるつもりなど微塵もない。


「へーへー。で、これからどうする」

「もちろん、下の階層に行きましょう」

「ケヴィンとユドミラに遭ったら? まあ、そこまで心配はいらねーだろーけど。方針は決めといてくれよ」

「その時はその時です」


 ディーは呆れ顔になる。


「出たとこ勝負かよ……決めとけって言ってんだろ。決めておかないと、いざってときブレる」

「――リゼット。ここはちゃんと決めておいた方がいい。おそらくまた彼らと遭遇する」

「レオン……」


 レオンハルトの表情は真剣そのものだった。


「ノルンのダンジョン領域は、一つの階層にいくつもの世界が重なり合った、冒険者によって出る場所が違うランダムダンジョンだった。だがこのダンジョンはおそらく、一つの世界しか存在しない」

「そうですね……でも私はまだ、彼らの本当の目的を知りませんもの。だからこうとは決められません」


 ケヴィンとユドミラからは、使命感に似たものを感じた。行動の理由となっている真意を知らない限り、何も解決はしない。


 雰囲気が重くなる。

 レオンハルトとディーの懸念はわかる。


「とりあえず、私も少し休ませていただきますね」


 長い間起きていたのでさすがに少し眠りたい。

 リゼットは手早く就寝準備を調え、逃げるように眠りについた。








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― 新着の感想 ―
[一言] これまでのことで 明確に敵対したのではないなかぁ
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