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70 グレイロアの酒





 アーヴァンクの解体中に出た小間切れ肉と、村で貰った瑞々しい葉物野菜にキノコ、玉ねぎを用意する。

 まずは食べやすい大きさに切った野菜をざっと炒めてから、玉ねぎと肉を絡めるように炒める。

 魚醤、砂糖、酒を入れて、火が通るまで灰汁を取りながらじっくりと待つ。


「そちらは何か進展はあったのか」


 レオンハルトに探索状況を聞かれたケヴィンは、ぱたぱたと手を横に振る。


「いやいや、全然だめだ。どうやったら抜け出せるかもさっぱり」

「そうか」

「ただまあ、ここのダンジョンつくったやつは性悪だってことはわかるぜ。入れるのに脱出できないダンジョンなんてつくるやつはサディストに違いねえだろ?」


 そうしている間も鍋はぐつぐつと煮え続け、野菜に火が通る。

 できあがったアーヴァンクの肉鍋を各個人で取り分けていく。

 甘辛い食欲をそそるにおい。


「いただきます」


 リゼットは野菜をアーヴァンクの肉といっしょに口に入れる。


「いいお肉ですね。ほろほろと崩れていきます」


 肉の臭みが野菜と酒で消されて、魚醤と砂糖でコクが出ている。


「ああ、いい肉だ……肉も毛皮も上等だなんて良いモンスターだな」

「こういうモンスターなら地上にいてもいーな」


 ――それは嫌だとリゼットは思った。


「くぅぅぅ染み渡る……ん? これは魚か? 鱗がついてる」

「それはアーヴァンクの尻尾です」

「……魚の味がする……なんつーか、普通にうまくてもこう、なんか悔しいな」

「わかるわかる」


 ケヴィンとディーが意気投合している。気が合うのかもしれない。


「しかしまあほんと……モンスター食えりゃ、食うのは事欠かねーんだよなぁ」


 ディーがしみじみと呟いた。


「よし、これはお近づきの印だ!」


 ケヴィンが意気揚々と取り出したのは、一本の酒瓶だった。

 ディーの目がきらきらと輝く。


「お前、いいやつだな……」

「まあ、お酒ですか。見せていただいてもいいでしょうか?」

「どーぞどーぞ」


 受け取った青緑ガラスの瓶には半分ほど酒が入っていた。ラベルは掠れていて読めない。


「いい香りがしますね。お返しします」

「それじゃ一杯」

「いえ、私はお気持ちだけで」


 リゼットはカップを手で塞ぎ、笑顔で断る。


「こいつら飲まねえんだよな」

「マジかよ。人生損してるぜ」


 ディーがカップを突き出し、ケヴィンに注いでもらう。


「うへぇ、なんか強烈な味だな……だが、甘いしうめぇ」

「……俺も遠慮しておく」

「まーまー、一杯だけ一杯だけ。それとも大人の味は坊やにはキツイかな」


 ケヴィンにからかうように言われ、レオンハルトの表情がやや険しくなる。

 そしてその表情のまま注がれた酒を飲み干した。


「うっ……」


 よほど強烈なのか渋面になる。


「この酒はなんなんだ……?」

「あー、なんだったかな。忘れた」


 笑いながらケヴィンも飲む。


「あー、これだよこれ」


 満足そうに言いながら、噛み煙草を取り出して手慣れた動作で口に入れる。

 リゼットは鍋に残った野菜を食べながら、その光景を微笑ましく眺めていた。


「……なぁ、そろそろ休まねぇ?」


 食事の片づけをしながらディーが眠そうに目元をこする。

 レオンハルトもどこか眠そうだった。ケヴィンもうつらうつらとしている。


「あ、私が最初に見張りをします」

「悪いねぇ。んじゃお先」


 三人ともあっという間に寝てしまう。よほど疲れていたのだろう。

 リゼットは火の隣に座って、真っ暗なダンジョンの中でひとり起きて過ごす。


 最近の寝ずの番の時はモンスター料理に関するメモを取ったりするのが常だったが、今日はそんな気分になれなかった。

 ユドミラに言われたことが頭の中でぐるぐると何度も回っていた。


 聖遺物を取り込めるのはモンスターだけとユドミラは言った。

 だが火女神ルルドゥは、聖女のみが聖遺物の使い手になれると言った。


 リゼットは自分の手をじっと見つめる。

 人間の手だ。


(私もいつかモンスターになるのかしら……)


 人間がモンスターになるなど聞いたこともない。自分がそんな風に変わることも想像できない。


 だがノルンダンジョン領域で、ダンジョンが己の全てだと言っていたダークエルフのエルクド・ドゥメルは、リゼットの目の前で黒竜に変化した。

 あの光景は忘れられるものではない。


(ラニアルさんは彼をダンジョンマスターと言っていた……)


 ダンジョンの王に選ばれて、ダンジョンマスターになったと。

 ダンジョンマスターとはどんな存在なのだろうか。このダンジョンのマスターに出会えて話ができれば、ここからの脱出も叶うのだろうか。


 そのとき、いびきをかいて眠っていたケヴィンがごそごそと起き上がる。


「なあもしかして、相棒がなんかした?」

「…………」


 半分身体を起こした状態で聞いてくる。


「いやなーんか警戒されてるっぽくて気になってさ。あいつ直情的だからなあ。ごめんな?」


 言いながら、起き上がってリゼットの前に来て、隣に座る。


「あの、近いです」


 じりじりと、やけに距離を詰めてくる。手を伸ばせば届きそうなほど近くまで。

 その距離が更に縮められたとき、リゼットは平手でケヴィンの頬を叩いていた。


「近いです」

「気の強いところも嫌いじゃないぜ」


 全然聞いていない。


「お薬が効き過ぎでは?」

「ん?」


 とろんとしたケヴィンの目を、リゼットはまっすぐに見据える。


「グレイロア。スモーキーな香りと癖のある甘さのお酒です」

「……へえ、驚いた。匂いだけでわかるんだな」


 酒瓶のラベルは掠れて名前は消えていたが、漂う匂いは特徴的だった。


「グレイロアは薬品のような後味が残るため、薬が混ざってもわかりにくいという特徴があります」

「…………」


 ケヴィンの表情から、いつも浮かんでいた軽薄さが消える。

 すっと目が細められ、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光が奥に生まれる。


「ですから念のため、浄化させていただきました。いまおふたりが眠っているのは、お酒の力とこれまでの疲労が出たからです」


 ケヴィンの額に汗がわずかに浮かぶ。


「そしてケヴィンさんは、お酒に混入した薬の効果を打ち消す効能を持つ薬を口にしていた。あの噛み煙草、そうでしょう? でなければ一緒に寝てしまいますから。いまのケヴィンさんの発汗、動悸の乱れ、紅潮は、煙草の興奮剤の効果でしょう?」


 リゼットはユニコーンの角杖を握りしめる。


「お酒に薬を混ぜるなんて危険なことは、いけません」


 すっくと立ちあがる。


「とんだお貴族様だ。お嬢様とみて油断したよ」


 リゼットはそれを誉め言葉だと受け取った。


「どうして気づいた時に指摘しなかったんだ?」

「悪意があるのかただのうっかりなのか、判別しかねたので」


 酒に睡眠薬を入れる習慣があるのかもしれないと。

 ただ、ひとりだけ薬の効果を打ち消すものを摂取したこと。

 そしてレオンハルトとディーが眠っている間に、リゼットに仕掛けてきたこと。

 もう疑いの余地はない。


「何が目的ですか。私たちを追って、ダンジョンにまで入ってしまったのでしょう?」

「……参ったなこりゃ」


 頭を掻くケヴィンの手と反対側の手が、すっと槍に伸ばされる。

 リゼットはユニコーンの角杖を突きつける。そして、結界を一部分だけ穴を開けた。


「おいおい、結界を変形させるって、マジか」


 結界に穴を開ければ結界の役目を果たさない。だがいまはモンスターよりもケヴィンの方が危険だ。リゼットは迷わなかった。


【無詠唱魔法(視線発動)】【土魔法(初級)】


 リゼットはケヴィンの足元の地面を隆起させる。


「――――ッ」


 ケヴィンはそれを避けて後ろに下がる。


【結界魔法】


 ケヴィンが下がったタイミングで結界の穴を閉じる。


「……無詠唱魔法か。そんなこともできるなんて、才能があるな。だが――」


 結界から追い出されても、飄々とした態度は変わらない。

 槍を構える。ケヴィンのまとう雰囲気が変わる。


「そちらこそ、私のことばかり見すぎでは?」

「は?」


 ケヴィンの背後――光の届かない真っ暗な穴の奥から、巨大な生物が這い出してくる。

 それは巨大な黄色いイモムシだった。全長は定かではないが、直径は二メートルはありそうな。



【鑑定】クローラー。腐肉を漁る分解者。触れると麻痺する粘液を吐き出す。飲み込まれたものは消化され、やがて土へと還る。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「そちらこそ」と言うなら、ケヴィンに対比としてもうちょっと喋ってほしいかも。「だが、これで安心できると思うのは視野が狭いな」とかそういうの。 [一言] 楽しく読んでます!
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