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69 ケヴィンとの再会





「な、なな、な、なんで……私は何も見ていません! 見ていませんから!」


 リゼットは混乱した。もう何もわからない。どうして肌着も付けていないのか。替えはあったはずなのに。

 リゼットはとにかくふたりから目を逸らし、背を向ける。


「ごめん……つい、必死で……」

「オレは止めたからな」


 言いながら荷物の中から予備の服を取り出して急いできているのが、背中越しにわかる。


「いえ、怒っているわけでは……ただその……」


 そこまで言って、リゼットは短く息を飲んだ。

 ――男女混合パーティ面倒くさいと思われたらどうしよう。

 ――女がいない方が気楽と思われたらどうしよう。

 いままで気にしないようにしてきたのに。


「だいじょうぶです! なんてことありませんから! 少し取り乱してしまいましたが。ぜぜ、全然だいじょうぶですから」


 平静を装い、抱えていたまだ濡れている服たちを乾かすために地面に魔法の火を点火する。


「無理すんな」

「無理なんてしていません! していませんが……」


 赤く揺らめく炎だけをじっと見つめながら、リゼットは服をぎゅっと抱きしめた。


「……おふたりに迷惑をかけてしまったことは、申し訳ないです」

「なかなかいい湯だったぜ」


 ディーはそう言ってくれるが、リゼットが余計な考えを起こさなければ、服を盗まれるなんてトラブルは起きなかった。

 いたたまれなくなりながらも、レオンハルトが運んできてくれた荷物の中からロープを取り出し、近くの木の枝と枝の間に張って、服を干し終わる。あとは乾くのを待つだけだ。


「リゼット、あれはアーヴァンクか?」


 すっかり着替え終わり、武器と防具も完璧に装備したレオンハルトが水面の方を見て聞いてくる。そこには青黒いモンスターの巨体が浮かんでいる。


「あ、はい。先ほど倒したものです」

「そうか。アーヴァンクの毛皮が取れそうだな」

「毛皮ですか?」

「どー見てもトゲトゲしいぜ」


 リゼットから見ても、価値のありそうな毛皮ではない。


「刺毛は硬いが、内側の綿毛は柔らかくて上等の毛皮になる。売ればそれなりのゴールドになるはずだ」

「まあ……あのアーヴァンクにそんな素敵な毛皮が隠されているだなんて」


 リゼットの胸がときめく。

 あれほど怖かったモンスターが、光り輝いて見えてきた。


「肉は食べるとして、毛皮も利用してみないか」

「はい!」


 そうと決まれば行動は迅速だ。

 アーヴァンクの本体だけ避けて水面を凍らせて近づき、ロープをかけて一旦陸地の方に戻る。氷を溶かしてロープで引き寄せて、地面の上に引き上げる。

 毛皮をはぎ、肉を解体していく。


「実は肛門付近にある香嚢――匂いを出す部分も貴重なんだけど――」

「いりません!」


 過剰に反応してしまい、リゼットは短く息を飲んだ。


「いえその、私はあまり好きな匂いではないので……どうぞおふたりで」

「いや、捨てておこう」


 レオンハルトはあっさり言い切って、あっさりと捨てた。


 少しだけもったいない気もしたが、あの濃厚な匂いはあまり嗅ぎたくはない。だが貴重というからには需要があるということだ。動物を原料にした香料があることは知っているが、そういった類のものだろうか。


 はぎとった大きな毛皮はよく洗ってから燻煙鞣しにすることにする。

 森から木を切り出して燃やし、煙でいぶして腐敗を止める方法だ。


 間近で見たアーヴァンクの毛皮は固い毛が多いが、内側の白い毛は非常にやわらかくてきめ細やかだ。レオンハルトが言った通り上質の毛皮だった。


 ちゃんと処理すれば価値のあるものになるだろう。そうなると頭を吹き飛ばしてしまったのはもったいなかった。


「この状態でも、いいカーペットになりそうですね」


 水棲モンスターのため、毛皮は耐水性も高いだろう。

 この上で食事をしたり、寝袋を敷けばますます快適なダンジョン生活を送ることができそうだ。


 解体し終わった肉を冷やして保存する。

 食事は先ほどしたばかりなので、これは次の食事の楽しみに置いておく。

 解体している間に、干していた服もすっかり乾いていた。


「毛皮はまだ時間がかかりそうだ。ここを拠点にして周辺の探索をしよう」


 レオンハルトは近くの岩壁に目印の傷をつくる。横に一列、縦に二列の傷を。

 似た光景が続くこのダンジョンでは、こうやって特徴的な目印を入れていかないと際限なく迷う。


「――よっ! また会ったな! 会いたかったぜ!」


 通路の奥から声がする。

 燃える松明の光がゆらゆらと揺らめく。


 槍を持った青年、ケヴィンが助かったとばかりに顔を緩ませ、こちらに近づいてくる。傍にユドミラはいない。ひとりきりだ。

 しかもケヴィンはどこか精彩を欠いていた。身体も足取りも表情も。心身がすり減っているように見えた。


「すっげえ。ダンジョンで再会できるなんて奇跡だぞ」


 ディーが感動の声を上げるとケヴィンはふっと笑う。


「――運命、かな」

「相棒はどーしたよ」


 ディーに問われ、ケヴィンは煤けた顔で遠い目をして長い息を吐く。


「あいつは一匹狼だからな」

「パーティ組んでんだろ?」

「組んでるのにすぐに単独行動するんだよなー。なんで?」


 心底不思議そうに首を傾げる。


「オレらが知るかよ本人に聞け」

「ま、お前らがモンスター寄せてくれてるし、心配ねーよ」

「最低だなお前ら」

「いやいやだから助太刀に来たんだろ? あいつが見つかるまで同行させてくれよ」

「本音は?」

「単独行動マジきつい」


 実感のこもった声と表情だった。


「ソロで潜ってるやつマジ尊敬するわ」


 しみじみと呟きながら松明の火を消す。燃えている火が近くにあるのなら節約は当然だ。

 ケヴィンはちらちらと周りを見ながら。


「どころであんたら、食事はまだなのか?」


 探るように聞いてくる。


「……なんだあ?」


 ディーがにやりと笑う。


「もしかして、モンスター食いたいのかあ?」

「ぐっ……」


 ケヴィンは苦悶の表情で顔を逸らす。

 本意ではないが、それでも縋らなければならないほど切羽詰まっているようだった。


「アーヴァンクの肉が手に入ったばかりだが」


 レオンハルトがリゼットを見る。

 リゼットは一瞬迷ってしまった。

 ユドミラへの不信感は、共にいたケヴィンへの警戒心にもなっている。


 彼と共に食事をしてもいいものか、と。トラブルが起きないだろうかと。そのトラブルにレオンハルトとディーを巻き込んでしまわないだろうかと。

 それに、少し前にレモラとサウザンドブロブを食べたばかりだ。


「――ケヴィン、悪いが……」

「いえ。アーヴァンク、食べてみましょう」


 目の前に空腹の冒険者がいて、モンスター食材がある。

 ならば料理をしない理由はない。


 それに、共に食事をすることでケヴィンたちの真意や目的を知ることができるかもしれないし、誤解があるのなら解けるかもしれない。


 料理をするためリゼットは結界を張った。強度は十分だった。







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