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68 巨大ビーバー アーヴァンク




 ふさふさの毛皮に、どこか愛嬌のあるとぼけた顔つき。立派な前歯でカエルを食べながら、そのモンスターはリゼットを見ていた。つぶらな瞳で。


 どこからともなく漂う濃厚な、麝香に似た香りに、頭がくらくらする。



【鑑定】アーヴァンク。鋭い爪と牙で獲物を引き裂く。魚と人間が好物だが、乙女は誘拐して身近に侍らせる。



「いやああああああ!」


 全身にぞわりと悪寒が走り、リゼットは反射的にユニコーンの角杖を手にしていた。


【先制行動】【火魔法(神級)】


「フレイムバースト! フレイムバースト!!―――フレイムバーストッ!!」


 アーヴァンクの眉間に、特大の爆発を三連続で。

 頭部を破壊されたアーヴァンクの巨体が水の中に沈んでいく。


「はあ、はあ……あ、危なかった……」


 肩で息をして呼吸を整えようとするが、なかなか治まらない。匂いのせいだろうか。くらくらする。残り香まで強い。この匂いでターゲットを前後不覚にするのだろうか。


(モンスターというものは、どうして……食べるのならわかるけれど、異種を侍らそうとする意味がまったくわからない……)


 強い香りで足元がおぼつかなくなりながらも、そのあたりに散らばった服を回収していく。

 服に肌着にその他もろもろ。


(ああ、土だらけ……)


 浄化魔法をかけると洗濯したばかりのようにきれいになる。まだじっとりと湿ってはいたが。


(早く戻らないと)


 全員、替えの服はあるが、着替えがなくなってしまうのは心細いはずだ。早く安心させてあげないと。

 帰路を急ごうとするリゼットの前に、またモンスターが現れる。

 服を奪っていったカエルと同じ種類のカエルが。


 リゼットはぎゅっと服を抱きしめる。

 また持っていかれたら大変だ。今度こそ奪われはしない。


 ひゅんっ。


 風を切って飛んできた矢が、カエルの目にとすりと刺さる。

 カエルはそのまま何も言わず、倒れた。

 死んでいた。一瞬で。


 リゼットは矢が飛んできた方を見る。そこにいたのはすらりとした銀髪の女性だった。フードの奥から鋭い眼光が覗いていた。


「ユドミラさん?」


 ケヴィンといっしょだった女性だ。

 階層が変わってもまた会えたことに感動する。多くのダンジョンは同じ層でも並行世界が存在し、パーティを組んでいなければまったく別の場所に飛ばされる。

 ダンジョン内でパーティ外の冒険者と再会できることは奇跡に近い。


 だがどうしてユドミラは一人なのだろう。ケヴィンと合流できなかったのだろうか。だとしたら大変だ。


「ありがとうございます。ユドミラさんもご無事だったんですね」


 再会を喜んで近づこうとしたリゼットに、ユドミラは弓につがえた矢の先を向けてくる。


「動かない」


 凛然とした声が制止を告げる。


「……ユドミラさん?」

「この毒は人間とモンスターを簡単に殺せる。死にたくなければ質問に正直に答えること。わかる?」


 たとえ毒がなくても急所に刺されば即死だ。

 とりあえず、こくりと頷く。


「髪が燃えているのに気にしないのね」


 指摘されて髪が一房燃えていることに気づく。

 ――モンスターを倒すときに本気になりすぎてしまった。聖遺物の力を使う時、身体に取り込んだ髪は神の炎を燃やす。スキル【聖遺物の使い手】の効果だ。


 ほどなく火は消えるが、ユドミラの赤い瞳の中で燃える暗い炎は消えない。


「それが火女神様の、髪……そうでしょう?」

「…………」


 ユドミラは聖遺物を知っている。

 リゼットが火女神ルルドゥの髪を取り込んだことも、そしてこの燃える一房が聖遺物によるものだということも気づいている。


 容赦ない眼光がリゼットを刺す。怒りも恨みも籠っているような激しさだった。


「どんな手を使って聖遺物を取り込んだの」


 リゼットが火の女神ルルドゥの髪を身体に取り込んだことは、ノルンの神官なら知っているはずだ。そこから話を聞いたのならすべて知っていてもおかしくない。


 なのに、どうしてこのような尋問をするのだろう。

 そこまでは神官から聞けていないのか。

 それとも聞いているが信じてはいないのか。

 おそらく後者だと思えた。


 ――火の女神ルルドゥは、聖女が聖遺物の使い手になれると言っていた。

 聖女とは元々そのために母神によってつくられた存在だと。


 リゼットは聖女だった。一時期その力と聖痕を妹のメルディアナに奪われはしたが、聖女とは聖痕の有無ではなくその魂のかたちそのものだとルルドゥは言っていた。だから聖痕が身体になくても聖遺物を受け入れることができた。


「聖遺物は人間には受け止められない。どうやって取り込んだの?」

「私に聞かなくても既にご存知ではないのですか?」


 ユドミラは憎々し気に舌打ちする。

 やはり知ってはいるが信じてはいないようだった。


 リゼットがここで最初から語ったとしても、信じるとは思えない。

 そしていまのリゼットには聖女の証である聖痕はない。つまり聖女だと証明できない。聖女でないのに何故聖遺物を取り込んでいるのかという話になってくる。


 ――それに。


(このように聞き出そうとしてくる相手に言っても……)


 言ったら言ったで用済みとなって殺されるかもしれない。

 殺して聖遺物を奪うつもりかもしれない。殺して髪を奪うことぐらい試してきそうな迫力だった。


 そして殺すとなれば、死体を水の中へ投げ込むぐらいはしてくるだろう。蘇生ができないように。

 沈黙するリゼットをユドミラは氷よりも冷たい瞳で見つめてくる。

 安心できる材料はひとつもない。


「どうして答えない」

「……私たちはまだ初対面のようなものです。自分のことを話せるような間柄ではまだありません」

「お友達ごっこをしろとでも? ばかばかしい」


 弓が引き絞られる。


「聖遺物を取り込めるのは、巨人の中で眠るモンスターの骸だけ。そのモンスターがダンジョンをつくる……お前もモンスターなの?」

「……私はモンスターではありません」


 次から次へと初めて聞く情報が出てくるが、リゼットにできるのは単純な質問に答えることだけだった。


「どうだか。ヒューマンのような顔をして、聖遺物を取り込んで、いつかマスターを選びダンジョンをつくるつもり? 何が目的? どうせくだらない」


 吐き捨てるように言う。


(……ダンジョンをつくる――?)


 次々に投げつけられるユドミラの言葉の中で、その言葉がひどく響いた。


 ――それは。

 ――なんて。


(楽しそう!)


 ユドミラの身体がびくっと震える。


「やっぱり殺す」

「いえいえ――いいえ! ダンジョンをつくる気はありません! 私はダンジョンを攻略する側ですから!」

「信じられない」


 とすっ。

 顔の真横に矢が射られ、壁に刺さる。


「お前は危険。いつか世界を滅ぼす」

「まさか。そんなことするはずがありません」

「ならお前の目的は?」

「もちろん、モンスターを料理することです」

「…………」


 ――無。

 ユドミラは呆気にとられたようにリゼットを見る。

 静かになった空気の中、リゼットは毅然と顔を上げた。


「モンスター料理の良さを知り、調理法を極め、広めること。それこそが私の使命です」

「――ヒューマンだったとしても……危険すぎる」


 ユドミラは再び弓に矢をつがえ、今度こそはまっすぐにリゼットの顔に矢を向けた。

 緑の目は本気だった。

 石壁にも容易に刺さる矢だ。顔を射られれば無事では済まない。


(たとえ死んでも……レオンが蘇生してくれるはず)


 一瞬弱気な考えがよぎる。だがそう考えると少しだけ気が楽になった。

 リゼットは再び顔を上げ、まっすぐにユドミラの顔を見た。


【無詠唱魔法(視線発動)】【水魔法(上級)】


 新たに獲得したスキルで魔法を発動し、ユドミラの顔に水をぶつける。


「なっ――?」


 言葉によるイメージの補強がないため威力はかなり弱体化するが、奇襲の効果はあった。びしょ濡れの顔を拭いユドミラは驚いて上を見る。

 だがもちろんそこには何もない。


(頭を冷やしてください)


【無詠唱(視線発動)】【土魔法(初級)】


 ユドミラの足元に浅い穴ができ、落ちる。


「――――っ?」


 突然のことでユドミラは受け身も取れずに穴の底で腰を打つ。

 その瞬間、頭にかぶっていたフードが取れた。エルフ特有の尖った耳が露わになる。


「こっの――!」

「リゼット!」


 遠くからレオンハルトの緊迫した声が響いてくる。

 ユドミラはリゼットと声のした方向を交互に見て、小さく舌打ちをして森の中に姿を消した。あっという間に気配が森と同化し、どこに行ったのかわからなくなる。


(ユドミラさん……)


 リゼットは抱えている服をぎゅっと抱きしめながら、ユドミラの去っていく影を見つめた。


「リゼット!」

「おい、待て! 頼むから、ま――」


 追いかけさせてしまったことを申し訳なく思いながら、謝ろうと振り返る――


「レオン、ディー――きゃああああああ!」




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