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66 ここにお風呂を作ります!





「レオン、ディーがとても落ち込んでいます」


 焚き火からやや離れたところで背を向けて座っているディーを見ながら、リゼットはレオンハルトに相談する。


「責任を感じているのかもしれないな……」

「責任……」


 このダンジョンを見つけたのはディーだ。だが入ろうといったのはリゼットで、レオンハルトもそれを承諾している。

 責任は全員にある。

 だがディーは自分が言いださなければと思っているのかもしれない。


「ここはそっとしておいた方がいい」


 レオンハルトはそう言うが。


(何か気分が明るくなるようなことはないかしら)


 気分というのは重要だ。疲労感やストレスが溜まっていれば本来の力は発揮できない。それはダンジョン攻略において致命傷となりうる。

 何よりディーが落ち込んでいる姿を見るのは辛い。


(お腹がいっぱいになれば前向きになれるはず……でもいま食べたばかりだし)


 食の他にないだろうか。身も心も癒され、前向きになれるようなことが。


 リゼットは海を見つめ、森を見つめ、空を見つめる。

 ダンジョン内で再現された古き時代のそれらを。

 目の前にあるすべてを。

 リゼットは決意し、込み上げる感情のままに立ち上がる。


「ここにお風呂をつくります!!」

「……リゼット?」

「……はあ?」


 ふたりが理解できていない表情でリゼットを見上げる。

 リゼットは右手を空に伸ばし。


「ここには空があります。露天風呂です!」


 左手を水辺に伸ばす。


「海の見える露天風呂です! なんて贅沢でしょうか。王侯貴族にだってそうそうできない贅沢です」


【土魔法(初級)】


「穴!」


 地面に大きめの穴を空け。


「石!」


 穴の表面を石で覆い。


【水魔法(上級)】


「水!」


 石に覆われた穴を水で満たし。


【火魔法(神級)】


「お湯!」


 水をやや熱い程度の温度にまで上げる。


「露天風呂です、どうぞ!」

「すごい……あっという間に風呂が……」


 森のそばの水辺に立派な露天風呂が完成する。海と星空が見える最高のロケーションで。


「こんな状況で風呂とかお前、どんだけ平和だよ」

「お風呂は大切です。食事と睡眠の次に大切です」


 リゼットは力説するが、ふたりとも入る気配がない。お互いに顔を見合わせている。


「いや、さすがにこの状況下で風呂はあまりにも無防備だ……君の浄化魔法もあるしそれで充分――」

「浄化魔法だけでは心のお洗濯はできません。せめて足だけでもどうぞ」


 足湯でもリラックス効果はある。

 ふたりは再び顔を見合わせ、観念したように靴を脱ぎ始めた。

 濡れないように武器と防具も外して置き、脚の裾をまくり上げていく。

 そろりと湯に足を入れる。


「うわっ!」


 ディーが足を滑らせ、レオンハルトを引っ張って二人揃って湯船の中に落ちる。激しい水しぶきと湯気が上がった。


「足下にさっきの海藻が……」

「…………」


 呟くディーも、黙ったままのレオンハルトも、顔まで濡れている。


「あらまあ……サウザンドブロブですね。怪我はないですか? 乾かしますからすぐ脱いでください」

「自分でやるから!!」


 リゼットが濡れた服を受け取ろうとすると、レオンハルトは慌てて逃げる。


「そうですか? では火を起こしますのでそちらでどうぞ」


 リゼットは焚き火の火力を強め、ストーンピラーの魔法で柱を立ててロープを張る。

 ふたりが濡れた服や肌着をロープにかけるのを、リゼットは背を向けながら待つ。くしゃみが聞こえる。


「それでは、乾くまでゆっくりしていてくださいね」





 さざ波の音と焚き火の明かり、白い湯けむり。ゆっくりと流れる時間の中に、リラックスしたため息が聞こえた。


「生き返る……」


 ぽつりと。


(よかった)


 リゼットは服が乾くまでの間、小さいノートを取り出して書き物をすることにする。

 見つけたモンスターと調理についてのメモだ。味についての感想や、反省点と改善点を、簡単な絵と共に記していく。


 集中しながら書き物をし、一息ついて服の乾き具合を見ようとしたその時、上から赤く太い紐が伸びてくる。

 そしてあろうことか乾かしていた服を根こそぎ絡め取る。


「?!」


 空中を飛んでいく服を追って上を見ると、天井に巨大なカエルが張り付いていた。


(――どうして? 結界を張っているはずなのに)


 結界魔法はモンスターを寄せ付けないためのキャンプ地づくりの魔法だ。いままでこの中にいてモンスターに襲われたことはなかった。なのにどうして。


(いつの間にか結界が解かれている――?)


 一体いつの間に。

 リゼットの困惑をよそに、オオガエルは戦利品を抱え込んでぴょんと地面に飛び降り、逃げようとする。


「あー! 待ちなさい!」


 リゼットは弾かれたように立ち上がり、逃げていくオオガエルを追いかける。


「――リゼット! 一人で行くな!」

「すぐ取り戻してきます!」


 ぴょんぴょん地面を跳ねながら逃げていくオオガエルを追いかける。

 飛距離が長いためスピードが早い。発達した脚と後ろ姿が憎らしい。


(そもそも服着ていないのにどうして服を取るのかわかりません!)


 食べるわけでもないだろうに。いたずらとしては悪質だ。

 必死に追いかけるが、どんどん引き離されていく。ダンジョンの奥へ奥へとオオガエルは逃げていく。


(なんて脚の強い……それにしてもなんて……なんて、おいしそうな脚!)


 突如オオガエルの速度が上がる。

 リゼットはあっさりと置いていかれる。


 しかし通路は一本道。どこかで追いつけるはずだ。

 諦めずに走っていると、ふと異様な臭いが鼻につく。むせかえるような、臭いような、だがどこかいい匂いのような。


 ――ふと。

 道の真ん中に服の塊が落ちていることに気づく。

 オオガエルもやはり不要だと思ったのだろう。トラップを警戒しつつ、拾うために近づく。


 むわっと、匂いが濃くなる。

 リゼットは鼻と口元を押さえながら辺りを見渡した。


 そして、水の中に小山が浮いていることに気づく。呼吸の動きからそれが山ではなく、青黒いの体毛のモンスターであることに気づく。

 光球を見つめるふたつの目がぎらりと輝く。


 ふさふさの毛に隠れた口元から、オオガエルの足の先が覗いていた。






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